俺は5人の勇者の産みの親!!

王一歩

第64話 俊足の王・チャルダッシュ(1)

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 金髪が月明かりを反射しながらキラキラと輝き、まるでテルの髪色のようになる。
『怒りの日』まで残り数分、私とフーガ先生とメロちゃんは非常階段を駆け上がっていく。
 途中で固まったままの救急隊が邪魔だったりしてうまく上まで上がれない。

「リバビリルームは何階でしたっけ?!」

「8階です! あと2つ上です!」

 フーガ先生の私に話しかける声が震えている。
 二度目、自分が死んだ場所へ向かうことの恐怖はどれほどなのだろうか。
 私はその『恐怖』と呼ばれる意識に乏しいため生まれて此の方、畏怖による撤退をしたことはなかった。
 しかし、今回の敵は違う。
 私はあの時確かに感じた、強い敗北感と倦怠感。
 その二つを足した感情こそ恐怖と畏怖なのだろう。

「メロちゃん! あなたは完全な人間なのですから、飛んでくるコンクリートやガラス片に注意するのですよ!?」

「わかってますよ、春日! 自分の身は自分で守ります!」

 メロちゃんはクッションを両手で持って頭に被せている。
 そんなものでチャルダッシュの攻撃が受け止められればいいのだが……。

 そして、たどり着いた8階・リハビリルーム。
 あたりはまだ綺麗で、すでに人は誰もいない。
 これはチャルダッシュにとってどれだけ不都合であるかは以前の戦いで分かっている。

 俊足の王・チャルダッシュ。
 ヴァイオリンを弾くその手は肉眼で確認することができないほどの速度で、摩擦の力で空気を熱していく。
 飛び散った鱗粉で筋肉を保護してさらに速くなり、溜めた力をフィナーレで放出するのだ。
 美しい音色とともに踊り出す瓦礫たちや死人たちは私の気を紛らす効果があり、以前は飛んでこなかった瓦礫がどんな風に攻撃してくるか予測できない。
 要は、相手の出方が全くわからないのだ。

 しかし、勝機がないわけではない。
 こちらには、フーガ先生が以前持ち込めなかった秘策があるのだ。
 その言葉だけがこの状況ではオセロの盤面を一気にひっくり返すような大逆転劇に繋がるのだ。

 時計が12時を指し示した。
 あたりは急に明るくなり、緑がかった空は一瞬で赤く黒くなっていく。
 結界の全てを破られてはいないものの、4つの光が同時に結界内に飛び込んできたことは自分の肌に触れられた時のように分かった。

 奴はここにくる。

「来ます、フーガ先生とメロちゃん!」

「はい、できるだけ邪魔はしないようにします!」

 二人は私の背後に回ると、フーガ先生は弱々しい結界を張る。
 私も初撃で首を討たれまいと厳重に警戒する。
 猛スピードでこちらへ近づく何かは我々に殺気を送った瞬間、リバビリルームの全てを蹴り飛ばす!
 空間に茶色い粉が吹き荒れると、赤く赤く燃えていく。
 月明かりに照らされた美しい粒子たちは踊るように私たちの姿を曇らせていった。

「……チャルダッシュっ!」

「やぁ、久しぶりだね、アリア。残念だけど、二度目の君には興味はないんだ。女は一度しか抱かないと決めてるからね」

 茶髪の少年、蛾の羽を振り上げて挨拶をこなす。
 時折見せる残酷な笑顔は、彼の容姿端麗な顔をくしゃくしゃに掻き混ぜた。

「スティリアット・シナータルゼ・アフェルカナ!」

 私が呪文を唱えると、地面からヴァイオリンの『セバスチャン』が飛び出す。
 私はG線にボウを置き、いつでも戦闘が可能なスタイルになる。
 しかし、彼は奢りからなのか一切戦闘態勢を取らない。

「……はやく武器を取って欲しいですの。ここは戦場ですのよ?」

「まぁ、焦るなよアリア。言っただろう? 一度ヤった女とはヤらないって。僕は戦いに来たわけじゃないんだ」

 チャルダッシュは一枚の紙を取り出すのと、鱗粉に乗せてこちらへと寄越す。
 私はその紙を受け取ると、汚く書かれた私たちの世界の文字に目を通す。

「……魔王軍の招待状?」

「そうだ、魔王様が君の存在を高貴なる魔族であると高く評価なさったのだよ。以前から交流があったヴァンパイアの一族が先の戦いで根絶やしになったみたいでね。代わりと言っちゃなんだけど君たちの王族も魔王軍の手中に収まらないかって話さ。これは王位継承者である君の判断が必要でね。すでに旧王と旧女王の身柄はこちらにある。どうだい?」

 チャルダッシュは悪魔の囁きの様な声で私に『血判を押せ』と暗に脅迫する。
 鋭い視線が私の体に突き刺さると、再びあの感覚に陥る。
 恐怖と畏怖。

「……申し訳ありませんけど、このお誘いはお断りいたしますわ。私は魔物でなければ世界の確変のための殺生もしたくありませんもの」

 私はその禍々しい魔力のこもった紙を空へ投げると、ボウで真っ二つに切り捨てる。
 その行為を見たチャルダッシュの目が赤く光る。
 怒りを覚えたのか、右手を大きく振り上げた。

「……仕方ないね、ならば君を殺して旧王を王に仕立てるしか無くなるよ」

『ディアボルト!』

 そうチャルダッシュは叫ぶと、迅雷のごとき光と轟音を立てて、少年の手にヴァイオリンが握られる。
 そして、彼はヴァイオリンに頰をつけると私に熱線のごとき激しい眼差しを送る。

「ここで死と後悔を手にするといいだろう。今のうちに服は脱いでおくといいぞ、血で汚れないからな。その服はレクイエムにあげてもいいくらい美しいものだ」

「あなたこそ、墓場はここでいいんですの? 私に自分の墓標に何を書いて欲しいか伝えておいたほうがいいですわ」

 私はチャルダッシュと同じ立ち姿で演奏が始まるのを待つ。
 指揮は世界、合図は月明かりの揺らぎによって始まる。
 動かないボウ、鳴らない弦、見つめ合う二人。
 静寂の最中聞こえる演奏は遥か彼方から聞こえる誰かの演奏だろうか。

 そして月がさらに強く輝いた瞬間、お互いの演奏は始まった!

 チャルダッシュの音色がルームに響き渡り、空間は一気に緊張の場に仕上がった。
 熱が籠る鱗粉まみれの空間、真っ赤に美しく光る月、焦げ臭い場の空気。
 摩擦で生じる腐敗臭を一身に受けながらも私はたった一本の弦にボウを乗せて弾き続けるのだ。

 G線は唸り、私と踊る様に震えていた。
 あの日死に別れたウィルヘルミが隣にいてくれれば、ピアノと力を合わせればこの力は何十倍にも何百倍にも威力は跳ね上がるというのに。

「どうした、アリア! 手がおぼつかない様だな、クラシカルな雰囲気は苦手かな?」

「あなたの演奏こそ、前と違ってキレが足りませんわよ! 迷ってらっしゃるのではなくて?!」

「っ! ほう、僕の速さがついに限界値に達したとでも言いたげだな、南の王女!」

 そう言うと、さらにチャルダッシュは腕の速さを上げていく!
 摩擦熱で舞い上がった鱗粉が彼を巻き込んで固まっていく!
 光輝き出すチャルダッシュの右手、そして肥大化していく右腕、怒りに身を任せて弾き語る彼の目の色が赤黒く変わる。

「来ますよ、春日さん!」

「分かっています! もう一枚シールドを展開してください!」

 私は大声を張り上げた途端、チャルダッシュの右手の動きは透明に見えるほどに速くなり、竜巻が辺りを覆っていく!

「これが神速の力だ、聞き受けるがいい!」

 美しい主題にたどり着いたチャルダッシュの周りの瓦礫たちが一斉に踊り出す。
 リハビリルームに散らかった全ての質量を持ったモノたちが彼の武器なのだ。

「塵と化せ、穏やかな音楽では生命は救えないことをこの僕が証明してやる!」

 そして、チャルダッシュは体を振りながらボウをヴァイオリンから弾き上げた!
 腕に集まる鱗粉はまるで弾丸の様に撃ち出され、瓦礫たちも空気を砕きながら私の体に降り注ぐ!

 私はその機を逃さず、ボウをG線から離して空間を切り裂く!

『G線上のアリア』!!!!!!

 瓦礫たちは砕けて辺りに飛び散り、鱗粉たちも私の目の前で塵すら残さずに消えていった!

「な、何をしたアリア! 君の有しているひ弱な力では僕の攻撃は受けきれないはずだ!」

「そうですわ。でも何も策を講じずにあなたの目の前に来たとも思っていないでしょう? これが私の真の力ですわ。リュート様が授けてくださった力……!」

 私は自分の左手の静脈を切り、吹き出す血液を満遍なくボウに染み付かせる。
 ヴァンパイアの血族は純血であればあるほどより強い魔力を持つと言われてきた。
 私はその半分の血しか受け継がれていないため、充分な攻撃魔法を打ち出すには私の全力の2倍以上の魔力消費が必要だった。
 それを補ってくれたのが、リュート様との濃密な時間だった。
 私が100人いても使い切れないほどの超強力な魔力が体の中を滞留してむず痒くなった。

 ボウに染み付いた私の血液は真っ赤に透き通っていて、サキュバスの血が流れているとは思えないほどに強力な魔力が宿っていた。
 そしてそれをG線に乗せた刹那、血液はヴァイオリンのセバスチャンに流れ込んでいく。

「これが私の血族の本来の力、ヴァンパイアの伝統の力ですわっ!」

 私はG線からボウを振り上げて、チャルダッシュのところまで弦を飛ばす!
 それが彼のヴァイオリン『ディアボルト』に絡みつくと、彼は怒りのあまり大声を張り上げる!

「アリア! 君はヴァンパイアとサキュバスの混血の身! このような芸当ができるのは雄のヴァンパイアのみのはずだぞ! 計算にない、計算にないぞこんなの!」

 彼は思い切り力を込めてボウで叩きつけるが、飛ばした弦は刃のごとき鋭さであり、切れるわけもなく。
 ボウは真っ二つに切れて地面に落ちた。

「どうですの? これが私、ヨハン・ファスト・アリアの最高位の魔術ですわ!」

「……ヴァンパイアの血族め……!」

 彼に絡みついたのは紛れも無い私の血液。
 そして、セバスチャンの血でもある、

 言ってはいなかったが、このヴァイオリンはもともと私のものでは無い。
 このヴァイオリンは大切な貰い物。
 セバスチャンとはその持ち主の名前から頂いたものだ。

『ウィルヘルミ・アギリス・セバスチャン』

 彼はどの血族よりも強い魔力を持っていた『ロード』の最高到達点の存在。

 不殺の吸血鬼・ウィルヘルミ卿の神聖なるヴァイオリンである。

 つづく。

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