俺は5人の勇者の産みの親!!
第61話 セビリアの舞踏姫・ボレロ(2)
︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎
「お姉ちゃん! 倉庫の中にいろってパパが言ってたよ! なんで外に出ちゃうの!」
私はこの頃はまだ気が強く、何事にも物怖じしない性格だった。
その日は外の天気は雨。
ただの雨ではない、血の雨だ。
「ダメだ、ここはもう直ぐに陥落する!」
お姉ちゃんは勇ましくも弱々しい羽を持っていた。
私の小さくてどうしようもない羽とは違い、立派な女性だとわかるほどに綺麗で悲しげな羽だ。
月明かりを透き通らせる彼女の羽は、外で飛び散る肉片も映し出す。
「でも、お姉ちゃんがいないと神樹が無くなっちゃうよ! パパもママもお姉ちゃんが居なくなったら困るって!」
私はその時、思いっきりお姉ちゃんの手を引っ張った記憶がある。
それは、私のワガママなんかじゃない。
我が王家の宝、命、名誉の全てを任せられたお姉ちゃんの存在がどの兵士や城や、私の命よりも大事なものであったから止めたのだ。
パパもママも言っていた。
『この戦争が終わるのは、神樹を失った時だ』
と。
つまり、それは何を意味するかは世間の事を何も知らない私でも分かっていた。
お姉ちゃんの死だ。
お姉ちゃんさえ死ねばこの大戦争は終結するのだ。
「アイネ、私のことは好きか?」
「な、なんでそんなことを聞くの」
お姉ちゃんの手は温かくて湿っている。
私はその手で思い切り払われる。
「っ?!」
よろめいて尻餅をつく私。
そして、姉は大声で私に叫ぶ!
「私はこの王家の最高位に君臨する王女だ! この戦争を止めずしてなにが王か! 奴らの狙いは私の首であることは分かっている! その意味がわかるか、アイネ!」
赤い月明かりに照らされるお姉ちゃんの姿は魔物そのものだった。
青い髪ですら、血塗られた汚い色に変色した。
彼女が負っていた古傷、そこから染み出すものはいかほどのものなのだろうか。
その傷は内臓を侵食して、脳を憎悪で殴られて大量の後悔を生み出しているに違いない。
「やだよ、お姉ちゃん! お姉ちゃんが死んだら、これから私はどうやって生きていけばいいかわからないよ!」
私は叩かれたにもかかわらず、死の門へ向かうお姉ちゃんの足にしがみつく。
姉の巫女服から見える素足には割れたガラスが無数に刺さっていた。
彼女の血の足跡は廊下からここへ続いていることがここからでもわかる。
故に、敵から見つかるのも時間の問題だと言うことだ。
涙腺を張った頰が腫れ上がり涙を出せずにいた私、そのときに不意に私のことを血まみれの指が撫でた。
お姉ちゃんの温かい手が私の頭の上に乗った瞬間、強い光を感じて顔を上げた。
導かれるような強い光。
私はお姉ちゃんの左手に集められた光を見つめる。
「……王家をこれから守るのはお前だ、アイネ。これを受け取りなさい」
お姉ちゃんの光り輝く手のひらにそっと手をかざした瞬間、私の体の中に大量の魔力が流れ込んでくる!
「おっ、お姉ちゃんっ! 痛い、痛いよぉ!」
あまりの痛みに私は身体を反らせながらお姉ちゃんの強い光を飲み込む。
「これはな、アイネ。私の最高傑作だ。『アイネ・クライネ・ナハトムジーク』。代々伝わって来た最高位魔法の最終形態だ。この魔法は貰い受けた時からアイネ、お前に渡すつもりで編曲して来たんだ」
「でも、ダメだよ! 私はお姉ちゃんみたいに強い魔法は発動できないし、才能が無いってパパやママもっ!」
「そんなの嘘に決まっているだろう、馬鹿者!」
お姉ちゃんは私の手を強く握ると、全ての魔力が私の中に入って来た!
思い切り突っ込まれた光は私の中を搔きまわすと、全身が焼けつくような感覚に襲われる!
「……お前はまだ世間を知らなすぎるんだ。どうやったら恋ができるか知ってるか? どうやったら男の人を喜ばせられるか知ってるか? どうやったら子供ができるか知ってるか?」
私は涙を溜め込むお姉ちゃんの表情が映ったのか、目玉が熱くなっていく。
「お前は切り札なんだ、この王家のな。私が死んだ後に代理となるピクシーだ。だから、世間のことをなにも知らないんだ」
お姉ちゃんは強く撫でると、私の顔を眺め続ける。
「初めてを神の代理と済ませて気づいたよ、これは愛した人間とするべき事だったと。巫女は生贄にされるまで純潔で居ないといけないらしくてな、色恋は禁止なんだそうだ」
私はその当時、なんのことを言っているかは分からなかった。
ジュンケツってなんだろう?
イロコイってなんだろう?
「だから、アイネ。どうか、せめて本当の初めては好きな男性としなさい。私は汚れた女だ。そして、生まれてくる子供達に伝えてくれ、『この風習は止めるべきだ』と」
お姉ちゃんは私に抱きつくと、涙を流しながら震える。
私と言えば、本当に逝ってしまうお姉ちゃんの最後の言葉を脳で咀嚼することで精一杯だった。
涙は結局出ない、まだ信じていないからだ。
「お姉ちゃん……?」
そして、お姉ちゃんはポケットから一つの木の枝を取り出す。
綺麗な茶色い枝、それは神樹の強い魔力を発していた。
「私が儀式中に握って折ってしまった神樹の枝だ。両親に見つかったらいけないと隠し持っていてな。私が死んだ後にこのような不名誉を残したく無い。預かっておいてくれ」
そう言い残すと、お姉ちゃんは立ち上がって赤い月を眺める。
「ダメだよっ! お姉ちゃん! 行っちゃ嫌だ!」
言葉数が足りない、語彙力の無い私。
もう彼女は振り返ることはない。
そして、ようやく涙が流れ出した頃、お姉ちゃんは最後に私に一言、一言だけ声を渡してくれた。
「素敵な王子を見つけろよ、アイネ」
そして、姉は大きな扉を閉めた。
それから先は暗闇の中、開かない扉をただただ叩き続ける時間が続いた。
折れた枝を握り締め続けた。
痛いはずなのに、血が流れているはずなのに私はノックし続けた。
何時間も何時間も。
……。
あれから激しい音は鳴り止んで、静寂が私の心を騒つかせる。
戦争が終わったことをどこか嬉しく、そしてどこかで怒りと悲しみを感じていた。
私は試しにお姉ちゃんからもらった魔力を手の中で使ってみた。
明るくて優しく輝く彼女の命の結晶。
その曲は王位継承者が持つべきクラシックの魔法だった。
『アイネ・クライネ・ナハトムジーク』
意味は『小さな夜の曲』。
私はその曲を聴きながらお姉ちゃんが死んでいく様を心に浮かべていた。
優しくて、温かくて、寂しい音楽。
私は、この曲が大嫌いだ。
だから、私はお姉ちゃんが大嫌いだ。
……そう思って生きていかないと、心が死んでしまう気がした。
そう、心の中では忘れられるわけない。
あんなに優しいお姉ちゃんが、本当に死ぬの?
誰よりも笑ってたお姉ちゃんが……?
私はお姉ちゃんが大好きだ。
だからこそ、嫌いにならなければならなかった。
人は忘れることで生きていける。
いつまでも依存して生きていきたくないでしょ?
だから、私はもうお姉ちゃんを思い出さないよ。
だから、許してください。
私はお姉ちゃんが大嫌い。
……。
それから程なくして大戦争は終戦した。
神樹が枯れ果てたことを考えると、なにが起きたかは明白だった。
倉庫から出してもらった時、気つけば私の右手に握られていた神樹の枝は手のひらに深く突き刺さっていた。
血だらけになった私の巫女服がどれだけ重大であるかを物語っていた。
だけど、お姉ちゃんの痛みに比べればこんなの痛くないよ。
だから、これから私の身に起こる全ての痛みに耐えるよ。
だから……どうか安らかに眠ってね。
大嫌いだよ、いつまでも……。
︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎
「クレシェンド、クレシェンド、クレシェンドっ! 本当にサンドバックだな、アイネ! そんなんで私に勝とうっての?! 笑わせるなよ!」
ボレロはさらに巨大な音を奏でながら私に楽器を飛ばしてくる!
私のボトラーズも振動に耐えきれずに割れていく!
「……っ!」
脳が砕ける音を聞きながらも、耳から血が吹き出しながらも、私は我慢した。
聞こえてくるのはセレナーデ。
私のために作られたお姉ちゃんとの大切な宝物。
だから、運命の指揮を待ち続けていた。
曲は既に始まっている。
聞き取れないなんて、まだまだボレロは半人前だね。
つづく。
「お姉ちゃん! 倉庫の中にいろってパパが言ってたよ! なんで外に出ちゃうの!」
私はこの頃はまだ気が強く、何事にも物怖じしない性格だった。
その日は外の天気は雨。
ただの雨ではない、血の雨だ。
「ダメだ、ここはもう直ぐに陥落する!」
お姉ちゃんは勇ましくも弱々しい羽を持っていた。
私の小さくてどうしようもない羽とは違い、立派な女性だとわかるほどに綺麗で悲しげな羽だ。
月明かりを透き通らせる彼女の羽は、外で飛び散る肉片も映し出す。
「でも、お姉ちゃんがいないと神樹が無くなっちゃうよ! パパもママもお姉ちゃんが居なくなったら困るって!」
私はその時、思いっきりお姉ちゃんの手を引っ張った記憶がある。
それは、私のワガママなんかじゃない。
我が王家の宝、命、名誉の全てを任せられたお姉ちゃんの存在がどの兵士や城や、私の命よりも大事なものであったから止めたのだ。
パパもママも言っていた。
『この戦争が終わるのは、神樹を失った時だ』
と。
つまり、それは何を意味するかは世間の事を何も知らない私でも分かっていた。
お姉ちゃんの死だ。
お姉ちゃんさえ死ねばこの大戦争は終結するのだ。
「アイネ、私のことは好きか?」
「な、なんでそんなことを聞くの」
お姉ちゃんの手は温かくて湿っている。
私はその手で思い切り払われる。
「っ?!」
よろめいて尻餅をつく私。
そして、姉は大声で私に叫ぶ!
「私はこの王家の最高位に君臨する王女だ! この戦争を止めずしてなにが王か! 奴らの狙いは私の首であることは分かっている! その意味がわかるか、アイネ!」
赤い月明かりに照らされるお姉ちゃんの姿は魔物そのものだった。
青い髪ですら、血塗られた汚い色に変色した。
彼女が負っていた古傷、そこから染み出すものはいかほどのものなのだろうか。
その傷は内臓を侵食して、脳を憎悪で殴られて大量の後悔を生み出しているに違いない。
「やだよ、お姉ちゃん! お姉ちゃんが死んだら、これから私はどうやって生きていけばいいかわからないよ!」
私は叩かれたにもかかわらず、死の門へ向かうお姉ちゃんの足にしがみつく。
姉の巫女服から見える素足には割れたガラスが無数に刺さっていた。
彼女の血の足跡は廊下からここへ続いていることがここからでもわかる。
故に、敵から見つかるのも時間の問題だと言うことだ。
涙腺を張った頰が腫れ上がり涙を出せずにいた私、そのときに不意に私のことを血まみれの指が撫でた。
お姉ちゃんの温かい手が私の頭の上に乗った瞬間、強い光を感じて顔を上げた。
導かれるような強い光。
私はお姉ちゃんの左手に集められた光を見つめる。
「……王家をこれから守るのはお前だ、アイネ。これを受け取りなさい」
お姉ちゃんの光り輝く手のひらにそっと手をかざした瞬間、私の体の中に大量の魔力が流れ込んでくる!
「おっ、お姉ちゃんっ! 痛い、痛いよぉ!」
あまりの痛みに私は身体を反らせながらお姉ちゃんの強い光を飲み込む。
「これはな、アイネ。私の最高傑作だ。『アイネ・クライネ・ナハトムジーク』。代々伝わって来た最高位魔法の最終形態だ。この魔法は貰い受けた時からアイネ、お前に渡すつもりで編曲して来たんだ」
「でも、ダメだよ! 私はお姉ちゃんみたいに強い魔法は発動できないし、才能が無いってパパやママもっ!」
「そんなの嘘に決まっているだろう、馬鹿者!」
お姉ちゃんは私の手を強く握ると、全ての魔力が私の中に入って来た!
思い切り突っ込まれた光は私の中を搔きまわすと、全身が焼けつくような感覚に襲われる!
「……お前はまだ世間を知らなすぎるんだ。どうやったら恋ができるか知ってるか? どうやったら男の人を喜ばせられるか知ってるか? どうやったら子供ができるか知ってるか?」
私は涙を溜め込むお姉ちゃんの表情が映ったのか、目玉が熱くなっていく。
「お前は切り札なんだ、この王家のな。私が死んだ後に代理となるピクシーだ。だから、世間のことをなにも知らないんだ」
お姉ちゃんは強く撫でると、私の顔を眺め続ける。
「初めてを神の代理と済ませて気づいたよ、これは愛した人間とするべき事だったと。巫女は生贄にされるまで純潔で居ないといけないらしくてな、色恋は禁止なんだそうだ」
私はその当時、なんのことを言っているかは分からなかった。
ジュンケツってなんだろう?
イロコイってなんだろう?
「だから、アイネ。どうか、せめて本当の初めては好きな男性としなさい。私は汚れた女だ。そして、生まれてくる子供達に伝えてくれ、『この風習は止めるべきだ』と」
お姉ちゃんは私に抱きつくと、涙を流しながら震える。
私と言えば、本当に逝ってしまうお姉ちゃんの最後の言葉を脳で咀嚼することで精一杯だった。
涙は結局出ない、まだ信じていないからだ。
「お姉ちゃん……?」
そして、お姉ちゃんはポケットから一つの木の枝を取り出す。
綺麗な茶色い枝、それは神樹の強い魔力を発していた。
「私が儀式中に握って折ってしまった神樹の枝だ。両親に見つかったらいけないと隠し持っていてな。私が死んだ後にこのような不名誉を残したく無い。預かっておいてくれ」
そう言い残すと、お姉ちゃんは立ち上がって赤い月を眺める。
「ダメだよっ! お姉ちゃん! 行っちゃ嫌だ!」
言葉数が足りない、語彙力の無い私。
もう彼女は振り返ることはない。
そして、ようやく涙が流れ出した頃、お姉ちゃんは最後に私に一言、一言だけ声を渡してくれた。
「素敵な王子を見つけろよ、アイネ」
そして、姉は大きな扉を閉めた。
それから先は暗闇の中、開かない扉をただただ叩き続ける時間が続いた。
折れた枝を握り締め続けた。
痛いはずなのに、血が流れているはずなのに私はノックし続けた。
何時間も何時間も。
……。
あれから激しい音は鳴り止んで、静寂が私の心を騒つかせる。
戦争が終わったことをどこか嬉しく、そしてどこかで怒りと悲しみを感じていた。
私は試しにお姉ちゃんからもらった魔力を手の中で使ってみた。
明るくて優しく輝く彼女の命の結晶。
その曲は王位継承者が持つべきクラシックの魔法だった。
『アイネ・クライネ・ナハトムジーク』
意味は『小さな夜の曲』。
私はその曲を聴きながらお姉ちゃんが死んでいく様を心に浮かべていた。
優しくて、温かくて、寂しい音楽。
私は、この曲が大嫌いだ。
だから、私はお姉ちゃんが大嫌いだ。
……そう思って生きていかないと、心が死んでしまう気がした。
そう、心の中では忘れられるわけない。
あんなに優しいお姉ちゃんが、本当に死ぬの?
誰よりも笑ってたお姉ちゃんが……?
私はお姉ちゃんが大好きだ。
だからこそ、嫌いにならなければならなかった。
人は忘れることで生きていける。
いつまでも依存して生きていきたくないでしょ?
だから、私はもうお姉ちゃんを思い出さないよ。
だから、許してください。
私はお姉ちゃんが大嫌い。
……。
それから程なくして大戦争は終戦した。
神樹が枯れ果てたことを考えると、なにが起きたかは明白だった。
倉庫から出してもらった時、気つけば私の右手に握られていた神樹の枝は手のひらに深く突き刺さっていた。
血だらけになった私の巫女服がどれだけ重大であるかを物語っていた。
だけど、お姉ちゃんの痛みに比べればこんなの痛くないよ。
だから、これから私の身に起こる全ての痛みに耐えるよ。
だから……どうか安らかに眠ってね。
大嫌いだよ、いつまでも……。
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「クレシェンド、クレシェンド、クレシェンドっ! 本当にサンドバックだな、アイネ! そんなんで私に勝とうっての?! 笑わせるなよ!」
ボレロはさらに巨大な音を奏でながら私に楽器を飛ばしてくる!
私のボトラーズも振動に耐えきれずに割れていく!
「……っ!」
脳が砕ける音を聞きながらも、耳から血が吹き出しながらも、私は我慢した。
聞こえてくるのはセレナーデ。
私のために作られたお姉ちゃんとの大切な宝物。
だから、運命の指揮を待ち続けていた。
曲は既に始まっている。
聞き取れないなんて、まだまだボレロは半人前だね。
つづく。
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