中二病たちの異世界英雄譚

隆醒替 煌曄

29.高難度クエスト(3)

 午前5時。俺はリビングで本を読んでいた。やはり、この世界に来てから、俺は早起きが習慣になってしまっているようだ。ちなみに読んでいる本は、最近あまり読んでなかった『二人の英雄の夢想曲トロイメライ』。何度読んでも飽きない、というのはこういう本のことを指した言葉なのだろう。


 ちなみに真雫は、寝息を立てて寝ている。真雫は俺が起こさない限り起きてくれないので、いつも俺が起こしている。今日は7時に起こす予定だ。


 その間に、朝食でも作ってやろう。


 といっても、材料があまり無いため、いつものベーコンエッグとサンドイッチになるが。30分でできるから、まだ作らないでおこう。そんなことを考えながら本を読む。今読んでいるところは、丁度魔神を殺したところだ。熱い台詞と、激戦を想像させる描写が、俺の脳に入ってくる。俺は暫し、その余韻に浸った。


 それから暫くして、真雫が起きた。俺が起こしたのだが。


 またいつも通りに朝食を取り、いつも通りに支度をする。


「準備出来たか?」
「出来た」


 よし、じゃあ行こう。俺達は、ギルドに向かった。


✟ ✟ ✟ ✟ ✟


 やはり、朝のギルドは静かだ。昼や夕方と比べると、本当にここはギルドなのか?と疑いたくなる。人が少ないので、受付嬢も少し暇そうだ。


 掲示板へと足を運ぶ。今日は狩猟系のクエストよりも、護衛系が多いようだ。


「ん、今日はこれとこれがいい」


 そうやって真雫が見せたのは、両方とも護衛系クエストだった。内容は、


・ブレネン国への商品の輸送の護衛
 報酬 金貨8枚


・フリーラン国までの公爵様の護衛
 報酬 金貨9枚


 前者は午前中に、後者は午後中にと、時間が決められている。真雫は今日一日働くつもりのようだ。ちなみに、どちらも高難度クエストに位置するクエストだ。


「わかった、受付嬢に持っていこう」
「うん」


 真雫が選んだクエストを、受付嬢に渡しに行く。すると、昨日と同じように恐れ多い、と言った顔をされた。頼むからその顔やめてほしい。何か、罪悪感がする。


「こ、こちらのクエストをお、お受けになられるのございましょうか?」


 おおう、言葉が非常にたどたどしい。街中でばったり超有名人にあった人みたいだ。この人にこんな顔をさせるなんて、俺達は相当凄いことをしたのだろうな、と実感する。


 受注と同時に、集合場所と時間を伝えられた。今からギルド前に5分後だそうだ。なるほど、5分暇ができたか。午後のクエストもギルド前で、13時に集合らしい。


 とりあえず、ギルド前に待っておく。ギルド前は大通りなので、割と人が多い。


 ぴったり5分後、4頭の馬が大きな荷台を引いて現れた。中には小柄なおじさんが乗っている。


「お主らが、ブレネン国までの商品輸送クエストの受注者かね?」
「はい、神喰 希空と申します。こっちは、星宮 真雫です」


 真雫がササッと俺の後ろに隠れる。真雫ってこういう時にだけ、人見知りが発動するよな。


「ハッハッハ、可愛いおなごじゃな。主のつがいかい?」
「いえ、幼馴染です」
「そうかそうか。大事にするんじゃぞ?」
「はい」


 幼馴染というところを聞いていないように見えたが、真雫を大事にすることに変わりはないので、首肯する。


「ほれ、お主ら早う乗れ。クエストが完了せんぞ?」
「あ、はい。ほら真雫、行くぞ」


 小さい子を連れている気分で馬車に乗る。


 荷台は空いていなかったので、後部座席に座らせてもらった。不思議と車内は涼しく、快適だった。魔法のクーラーがついているみたいだ。


「恐らくあと1時間半で着くからの。それまで護衛頼んだぞ?」
「はい、任せてください」


 1時間半か。真雫に距離を聞くと、ブレネン国までは21kmほどらしい。つまり、この馬車は時速14kmか。意外と速いな。


「それで、お名前は?」
「ああそうそう、言っとらんかったの。わしはコウス。コウス・バーターじゃよ」


 「年をとると、物忘れが激しくてかなわんわい」名前を聞いて、吹き出しかけてしまった。コウスバーターって、おじいさんって意味だよ、確か。見たまんまじゃん。名は体をあらわす、とはよく言ったものだな。


 それから長らく、沈黙と同時に時と風景が流れる。ふと、横に居座る真雫を見て、不思議に思う。


「あれ、真雫大丈夫なの?」
「何が?」
「馬車酔い」
「……あ」


 真雫が馬車酔いをしていなかった。今までは確実にしていたのに、初めてだ。もしかして、真雫の馬車酔いはクーラーの有無?もしそうなら、次からクーラー付きの馬車を優先的に乗ろう。


 もう少しして、俺達は平原を突っ切っていた。ここに転移してきた際にいたあの場所だ。思いのほか久しぶりである。真雫も懐かしそうにしていた。彼女も同じ感慨にふけているのだろう。


 それからさらに暫くして、木々が生い茂る山が近い場所に来た。ここはで有名だ。さっさと通ってほしかったが、時すでに遅し、だった。


 山の方から体のあちこちにタトゥーを入れた、厳つい男達が馬に乗って走ってきた。【感覚強化】に引っかかっていることから、彼らは俺達に攻撃を加える可能性があるということだろう。


 その先頭にいたやつが、コウスさんに話しかける。


「あんたがこの荷車の持ち主だな?」
「いかにも」


 物怖じせずに返答するコウスさん。彼には彼らが怖くは映っていないようだ。


「よし、ならこの荷物全部置いてけ」


 はい出た出ました悪役さん。金に困っているなら働けよ。俺達みたいに。


「意味がわからないの。何故置いてかなきゃならんのじゃい」
「はっ、アホか。命が惜しけりゃさっさと降りてずらかりな」
「もう80にいくこの老骨。死んでも惜しくはないわい」
「あっそう。なら死ね」


 腰のサーベルを抜いて、上段から振り下ろす。はぁ、なんでこの人は自分を殺そうとする発言をしたかね?


 顔面にあたる直前約10cmのところで、不壊剣デュランダルで防ぐ。


「あん、なんだテメェは?」
「すみません、この人の護衛です」
「お前みたいなガキがか?はっ、笑えない冗談だな」


 ははっ、と彼が笑うに連れ、周りの厳つい男達も笑う。何が笑えない冗談だよ、笑ってんじゃねーか。


「まぁ、冒険者なんでね。ちゃんと仕事なんで」
「……それは、俺らを馬鹿にしているのか?」


 男達の眼光が鋭くなっていく。顔面だけだったら、リターさんより強そうだ。実際の強さは一般人と同じだが。


「あの、やめてくれませんか?」


 後ろを振り向くと、真雫が隠れ気味に立っていた。男達の目が光る。


「見る目麗しい女だな。その女も置いていけ」
「……欲はかきすぎては、死にますよ?」


 死にますよ?と言った瞬間に、気絶しない程度の殺気を彼らにあてる。【気配操作】で操作したので、真雫達にはあたっていない。彼らはたじろいだ。


「おめぇら!女だけ残して殺っちまいな!俺はこのガキをやる!」


 その口調から、こいつが1番強いのだろうと察する。


 テンプレなら、こいつを倒してから真雫達の援護にまわるのだろうが、俺はテンプルに沿う気は無い。


 だから、最大力の殺気を放出。ヤツらは皆、泡を吹いて倒れた。


「……何が起きたのじゃ?」
「さぁ、変なものでも食べたのではないんですか?」


 直に殺気を浴びていない彼らは何が起きたのかわからず、困惑気味だった。だが、俺は本当の理由を教えなかった。またこの人の所為で色々広まったら困る。


「そうか?」
「とりあえず、こいつらは放っておいて、先を急ぎましょう」
「……そうじゃな」


 俺達はまた荷台に乗って、先に進んだ。


✟ ✟ ✟ ✟ ✟


 それからは何の障害もなく、ブレネン国に着いた。


 ブレネン国はとても暑い国、として知られている。年中いつでも普通に立っていても、汗がダラダラ滴るレベルらしい。俺は今コートを羽織っているので、早々にここから出たい。


「ここまでの護衛ありがとうございました。また今度、出来ればお願いします」


 そう言って、彼はいろいろ書かれた紙に印鑑を押されたものを渡してきた。


 護衛系クエストは、クリアすると依頼主、または護衛対象にこの紙を渡される。クエスト完了の紙だ。これを受付嬢に渡せば、晴れて報酬が貰える。


 というか、大した脅威がなかった気がするのだが。これが高難度クエストなのだろうか?あまりの簡単さに拍子抜けしてしまう。荷台に乗せていたものが重要なものだったのだろうね。


 彼は知らない。実は通った場所にそれなりに強い魔獣がいたが、彼の殺気で全部泡を吹いて倒れたことを。


 暑いのでさっさと自室に転移する。ほんの少しあの国にいただけなのに、汗をかいてしまった。


「俺ちょっと風呂入ってくる」
「私も入る」
「俺が上がってからにしろ」


 変なことをぬかした真雫を強制的に置き去りにして、シャワー浴びる。扉には鍵をかけたので、真雫が侵入する心配は皆無だ。


 さっぱりしたところで、風呂から上がり、服を着る。そして、部屋から出ると……。


 真雫が不貞腐れていた。頬をぷっくり膨らませている。なんでそんなに俺と風呂に入りたがるんだよ。昔からお前を知っているから違うのは分かるけど、周りから見たら痴女と思われかねないからな?というか、前の舞踏会の時はドレスを来て恥ずかしがっていたのに、何故風呂は大丈夫なんだ?


 聞いてもきっと答えないだろうから、早く昼飯を食べることを促す。割と今日はスケジュールが詰まっているのだ。


「真雫、さっさと昼飯食べるぞ?」
「……(プイッ)」


 全く、いちいちの仕草が可愛いから、困ったものだ。


「はぁ、今度埋め合わせしてやるから」
「……じゃあ、また温泉」
「……はいはい」


 また家族湯かよ。難儀な性格のやつが俺の幼馴染とは、あまり喜べないな。可愛いだけマシか。


 とりあえず、昼食をとる。真雫は何故かご機嫌だった。先程までとは大違いだ。なんだか、ハメられた気がしてならない。


 10数分で食べきり、ギルドに向かう。転移剣ウヴァーガンを設置してもらったので、歩く手間は省いている。


 さて、時刻は12時30分。あと30分暇がある。さて、何をしようか、と考える。が、その必要も無かった。


 遠くから、高級そうな馬車が来た。ここら辺は基本、高い馬車は通らない。例外は、クエストの時だ。あれは、クエストの依頼人と見るのが自然だろう。


 案の定、馬車はギルド前に止まった。中から上品な服装に身を包んだ銀髪の女性が出てくる。その女性の顔に、俺は酷く見覚えがあった。


「「「あっ!」」」


 俺達とその人の声が重なる。


「ノア様とマナ様じゃないですか!」


 そう嬉しそうに彼女、ジェニ・グーストさんは声を上げた。


✟ ✟ ✟ ✟ ✟


「まさか、クエストの受注者があなたがたなんてびっくりしましたよ」


 現在ギルドの酒場。俺達はジェニさんと面を向かって話していた。席のそばには体格がいい執事がいる。グースト公爵家の使用人だろう。


「いえ、こちらこそ本当に驚きました」
「……(コクッコクッ)」


 護衛系クエストでは、依頼人には実際に会うまで伏せられている。指名クエストでもないのに、指名でクエストを受けるわけにはいかないからだ。しかし、依頼主側も同じで、会うまで受注者は誰か分からない。偶にこういったことがあるらしいが。


「お二人は何故冒険者に?」
「実はですね──」


 そうして、冒険者になった成り行きを話す。特に不思議がることもなく、彼女は理解してくれた。別にバッグを買う以外目的はないのだけどね。


「それはそうと、どうしてフリーラン国に?」
「あ、はい。実は──」


 そう言って彼女も事情を話してくれた。


 どうやら親の迎えらしい。本来は執事のみだったらしいのだが、彼女が無理矢理同行させてもらったらしい。


「いけない子ですね」
「……えへっ」


 ダメだ、この人の笑顔は眩しすぎる。少し見惚れていたところを、真雫の肘が脇に思い切り当たったことで現実に戻された。い、痛てぇ。


「それでは、もう時間ですので、行きましょう」
「え、えぇ、そうですね」


 脇の痛みに耐えながら、俺は席を立ち、真雫達と共に馬車へ向かった。

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