中二病たちの異世界英雄譚

隆醒替 煌曄

15.奪還(1)

 ここ、は……?


 私は先程まで、舞踏会会場にいたはず。そして、急に明かりが消えたと思ったら、足元に魔法陣が描かれ、気がつけばここにいました。


「キャッ」


 後ろから聞こえた悲鳴に、肩がびくんと跳ねてしまいます。


 ぎこちない感じで振り向けば、モーガン様がいらっしゃりました。現フィー公国第一王女、モーガン・フィー様です。今まで話したことは勿論ありません。


 話しかけて状況を知りたい。でも……怖いのです。人間恐怖症な私にとって、ほぼ見ず知らずの人に話しかけるのは、まさに至難の業。ノア達には、転移者マニアでもある私にとって、その転移者に会えるという興奮が勝っていたから、そんなに緊張などはありませんでした。でも今は違う。目の前にいる人は紛れもない他国の王女様。立場を考えながら発言しなければならないのです。そこまで考えついているのに、緊張で声が出せない。怖い、怖い。


 ふと、また違う方を向けば、3人女の子がいます。初めて見る方々です。着ている服から、相当高い地位の家の生まれなのだと分かります。


「いてて、ってうわぁ、何ここ!?」
「ちょっと、意味わかんないんですけど」


 おそらくここにいるみんなが、今の状況を分かっていないでしょう。少し危ない状況です。


「みなさん!」


 王女様から声が上がります。


「この中で、何が起きているかわかる人はおりますか?」


 流石というべきでしょうか。この状況で、最初に皆へ言葉を発したのは、状況を確認するため。他に人にとっては、普通かもしれません。でも、私から見たら、とてもすごいこと。


「お、王女様?……いえ、分かりません」
「私も同じです」


 互いに状況を確認し合う皆さん。でも私は、その輪に入ることができなませんでした。


「あなたは?」


 突然、私に話が振られる。話の流れ的に当然です。でも、心で色々な感情がせめぎ合っていて、答えることができませんでした。


「無視するの?」


 その事を無視と勘違いされたのか、王女様が怒気を発して睨んできます。その行動に、私はさらに口を閉ざしてしまいました。ああもう、私のバカ!


「あの、実は……」


 私以外にいた、1人の何も喋らなかった娘が、口を開きました。


「今回のこの事件、『闇の3勢力』の仕業だと思うのです」


 『闇の3勢力』とは、『ユープト』『フレ』『エモードン』のことです。


「どうしてです?」
「あの私たちをこの場に転移させた魔法陣、武器密輸専門の『ユープト』が用いているものなんです」


 確かにそれならほぼ確定で『ユープト』が絡んでいるでしょう。ただその前に、何故知っているのでしょうか?疑問が浮かびましたが、口に出すことができません。ノア達がいないと何も出来ないことを、改めて痛感しました。


「何故それを知っているのですか?」
「それは……」


 そこまで言いかけて、彼女は口を噤んだ。何が言い難いことでもあるのでしょう。


 静寂が降り注ぐ。


 その中で私は、お父様の言葉を思い出していました。それは、私の人間恐怖症が、今よりずっと酷かった時のこと……。


✟ ✟ ✟ ✟ ✟


「お父様」
「何だい?リーベ」


 絵を描いていたお父様は、走っていた指を止めた。


「どうして、みなさまは普通に人と喋れるのですか?」


 彼は微笑んでいた。でも私には、計算の難しい問題と直面したような、そんな困ったような顔に見えた。


「リーベ」
「はい、お父様」


 お父様が、まだ小さかった私の手を取る。


「人が、怖いかい?」
「……はい、怖いです。話そうとすると、こう、なんか喉が詰まってしまって」
「そうかい……」


 お父様は、また少し考えて、


「私もね、怖いんだよ」
「人が?」
「うん、人が」


 当時の私は驚愕しました。私はお父様の交友関係の幅広さから、お父様を憧憬の対象にしていたのだから、当然です。


「よくお聞き、リーベ」


 そしてお父様は、おもむろに語り出します。


「怖いって感じるのは、どうしてだと思う?」
「どうしてなのです?」
「それはね、知らないからだよ」


 知らないから……?


「リーベは、そうだな、ケーキが怖いかい?」
「怖くないです」
「だろう?それは、ケーキとは何か、知っているからなんだよ」


 お父様の話は続きます──


「人も同じなんだ。どんなに見栄を張ろうと、怖いものは怖いんだよ」


 まだ語彙力があまりなかった私には、少し難しかった。


「分からないなら、どうすればいいと思う?」
「……おべんきょう?」
「まぁ、そうだね。知らなければ、おべんきょうすればいい。だから、まずはね、人と話すときには、自己紹介から始めるといいよ」
「……はい」
「­­はは、少し難しかったね。でも、いつか分かるだろうから、これだけは覚えておいてくれ」


 お父様は間を置いて──


「人を知りなさい、リーベ」


 語りかけるように、そう言ました。


「さぁ、私はまた絵を描くから、メイドたちと遊んでなさい」
「はい!」


 お父様は、最後に含蓄な言葉を残して、私を部屋から出した。


✟ ✟ ✟ ✟ ✟


 人を知れ。それがお父様の言葉でした。だから、私は人と話す時、今まで自己紹介から入った。それを、今になって忘れていたなんて……。


 緊張で手が震えている。怖い怖い怖い怖い。でも、話しかけなければ、始まらない。この状況は解決しない。負けるなリーベ、ここにあり!


「あの!」


 視線が私に集中します。どうしても手が震えてしまう。震えが止まる気配は一向にありません。


 でも、言わなければならない。状況を打破するために。私のこれからのために。


「自己紹介、しませんか?」




 暗い部屋の中、私たちは中央を向くように並んでいました。


「えっと、プリンゼシン公爵家長女、リーベ・プリンゼシンです」


 まず私から自己紹介をしました。次に王女様が口を開き、続いて残りの3人も口を開きます。


「フィー公国第一王女、モーガン・フィーです」
「ハスリッチ公爵家次女、メイダン・ハスリッチでーす」
「グースト公爵家長女、ジェニ・グースト……です」
「ゲレヒティヒカイ公爵家長女、ライデン・ゲレヒティヒカイですわ」


 この会話が成り立ったことに、私は嬉しく感じました。


 最初は、「は?」みたいな反応こそされましたが、ジェニ様の働きかけもあって上手くいきました。元々記憶力は良かったので、もうこの場の方々のお名前は覚えています。


「これで満足ですか?」
「はい、あと──」
「えぇ、情報交換しましょ」


 私の声を遮り、メイダン様が言葉を発します。


「──そうですね」


 私の同意の声に続いて、他の方々も頷きました。


「それでは、まず、今回のこれに心当たりがある人」


 心当たり……あのことが頭に引っかかる。


「……実は、私、数日前に変な人たちに襲われたのです」
「え?あなたもですか?」
「あなたも……?」


 周りを見れば、全員同じようでした。つまり、この場にいる人の共通点は、数日前に襲われた、ということでしょう。


「これは、今回のこれと関係ありそうですね」


 それはほぼ確定でいいと思います。だけど、その目的が知りたいのです。


「そういえば、ジェニさん先程『ユープト』を知っているような発言をしていましたね?」
「あ、あれは……実は、私の叔父は、『ユープト』の関係者だった者で、時々あのような武器の類を見せてもらっていたのです」


 その方、よく『ユープト』を追われませんでしたね……?


 でもそれなら、ほぼ確定で『ユープト』も絡んでいるに違いありません。


「それと、私たちをこのようなところに連れ去って理由ですが……」
「分かりませんね」


 それもそうですよね。


「あの、とりあえずこの場から出ませんか?」
「……えぇ、そうですわね。出ましょう」


 今更ながらに状況がわかりました。私たちを連れ去ったということは、おそらくまたここにその連れ去った人は戻ってくるのでしょう。


「でも、どうやってですか?」
「皆さん、天井は見えますか?」


 その声に引かれるように上を向けば、排気管がありました。なるほど、あれから外に出れば……。


「でも、あの高さじゃあ私たち届きませんよ?」
「大丈夫です。先に登った人があとの人を引き上げていけば」


 確かに大丈夫ですが、とても難しそうです。


「それじゃあいきますよ、掴めましたか?リーベさん」
「は、い。掴めました」


 膂力を使い、排気管に頭だけ入れます。中は意外と広くて、人が2人並べるほどの幅でした。


「じゃあどんどん引き上げ……キャ!!」


 突然、ゴンッ、という音と共に、最下部のジェニ様が崩れます。自分の体を支えるほどの膂力がなかった私には、そのまま掴んだままでは耐えきれず、下に落ちてしまいます。


「な、何っ!?今の!?」


 頭を抑えながら立ち上がります。突然の衝撃に、場は混沌としたまま。私はもはや声すら出ません。


 ガチャッ、ガチャッ!!


「な、何!?」


 それは、この場の人達の心を代弁した言葉でした。


 ガチャッ、ガチャッ!……ギィィ。


 明かりもなく暗いままだったこの部屋に、わずかな光が差し込みます。


「おぉ、いいおもちゃが揃ってるでおじゃるねぇ」
「はい、全員、見る目麗しい、王家、及び公爵家の娘達です」


 恰幅のいい体型の方と、ひょろ長い男性。どちらも高そうな服を着ていますが、表情が怖いです。


「よし、買った。こいつら全部買うでおじゃる」
「ありがとうございます。手続きは後ほどさせてもらいますので──」
「いつも通り遊んでいて良いでおじゃるな?」
「はい」


 恰幅のいい男性の方が、ひょろ長い男性の言葉を遮って、そのようなことを言いました。状況が読めず、この場で動いているのは2人だけです。


 すると、恰幅のいい男性が、自分を中に入れて今来た戸を閉めました。


「さて、まずどれにしよう?」


 ゲヒゲヒ、と醜い笑いをしながら、歩いてきます。そして自分の背中のあたりに手を当てると、何かを取り出しました。


「たっぷり、怖がってくれでおじゃるよ?」


 取り出したものは、鞭でした。体型に似合わず、器用に鞭を操っています。


「じゃあ、まずお前か、ら!!」
「キャア!!」


 鞭が振るわれ、モーガン様の頬に当たります。その頬は、みるみるうちに腫れていきます。


 ────逃げなきゃ。


 足の震えが止まらない。顔面は、自分でも分かるほど蒼白。


「ふん、あまりいい声でなかないでおじゃるな。次は……お前じゃ」


 そう言って男の指さしたのは──私でした。


 嫌、嫌。彼が進むたびに、私も後ろに下がってしまいます。


「そうじゃそうじゃ。恐れろ。我は主らのこれからの主人じゃ」


 そう語り、手を構えた男は、手のそれを思い切り振りました。


 ────助けて、ノア、マナ……!!


 心の中で叫びながら、ぎゅっと目を瞑る。顔面への鞭の衝撃は…………来ませんでした。


「え?」


 そこには、ノアとマナが立っていました。ノアの手には、黒剣が煌めいています。


「な、なんだチミは!?」


 男がそうノアに問いますが、ノアは周囲を見渡しているまま。


「不審者だ、であえ、であ──ふぐうぅ」


 返答を待つことができなかった男が、警備員か何かを大声で呼ぼうとしましたが、ノアのとんでもない速さの回転蹴りによって、壁へと飛ばされました。


 この場にいる人は、ノアとマナ以外かたまったまま。


「もう、大丈夫ですよ」


 彼の優しい声音が、部屋に鮮明に響きました。

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