ゴブリンから頑張る神の箱庭~最弱からの成り上がり~

リーズン

答えは否だ

 ハクアにより生み出された心龍はブレスを放つ為大きく開いた顎に力を集中する。

「なんて……力だ……」

 その力の大きさにアトゥイはゴクリと唾を飲み込む。

 新たな装備の十二単、名を獄門帰依ごくもんきえというこの装備は、全ての力を攻撃だけに回した事で、力を行使する余波に耐えられないハクアのために作られた特別な装備。
 ハクア最大の武器である速度を防御力に変換し、全力の一撃である心龍のブレスに耐えられるように作られた一品。
 そして倶利伽羅天童くりからてんどうとは、ハクアが固定砲台になり、かねてより課題であった火力を、心龍召喚で実現するための姿。

 デメリットは文字通り固定砲台となるため動けない事、そしてこの一撃で全ての力を使い切ってしまう事。
 外せば終わり、近付かれても終わりと、戦局を覆す一手になる反面リスクも大きい切り札だ。

 マナビーストとハクア。

 どちらも身体はすでに限界を迎え気力だけで立っている状態だ。だが、これから行使される力はどちらも今までの比ではない。

 互いが互いに視線を交わし、相手が万全の状態になる事を待つ。そこにはなんの言葉も合図もない。

 互いに集中力を力を高め、迫り来るその時を待ち、遂にその時は訪れる。

鬼哭龍鳴きこくりゅうめい
『ガアアアァァア!!』

「グオオオォォン!!」



 瞬間、閃光、衝撃。



 技名と共に振り下ろし突き出した手に合わせ心龍がブレスを放ち、なんの合図もなくマナビーストも全くタイミングで砲撃を放つ。
 全ての音を置き去りに放たれた二つの白と黒の暴力の塊は、互いの中間地点でぶつかり合い、閃光と衝撃を撒き散らしながら激突する。

「クッ、アアアァア!」

「グオオオオォォン!」

 拮抗する白の暴力と黒の暴力。

 ハクアは口の端から血を流し、突き出す腕を皮切りに吹き出した血が、黒龍の放つブレスに晒され蒸発させながら、命を絞り尽くすような白い輝きのブレスに必死に力を込める。

 そしてマナビーストもまた、力の放出と共に自身の中に混在していた黒い力を吐き出しながら、同時にどんどんと身体の養分を絞り出し、枯れた身体をボロボロと崩れ落ちても砲撃を続ける。

 双方の命の煌めきのような白と黒が、互いを侵食し呑み込まんと輝きを増す。

「くっ……」

 その力は一見拮抗しているように見えるが、その実当人達だけはそれが見た目通りではないと理解していた。

 少しづつ、ほんの僅かにだが、次第にジリジリと押されつつある事をハクアは理解していた。
 僅かに傾き始めた勝敗の天秤は、それを見ている者達にも如実に理解出来る形で現れ始める。

 そしてそれはマナビーストにとっても同じ。

 だがそれでもマナビーストには一片の驕りもない。

 なぜなら目の前にいる小さき勇敢なる者の目に、ほんの僅かにも諦めの感情がないからだ。
 いや、むしろその目には未だ勝利を貪欲に求めるギラついたものがある。

 そうして、ある意味誰もよりもハクアの事を敵として認めていたからだろう、マナビーストは一つの小さな変化に気が付いた。

 それはハクアの呼び出した黒龍の角だ。

 最初は純白だったその角が、気が付けばその色を深紅に染め上げていたのだ。

 次の瞬間、ハクアはその時を待っていたかのように解放の言葉を呟いた。

「原初から終焉へ《はじまりおわれ》 」

 ハクアの言葉と共に白の閃光が、眩い真紅に色を変え勢いを増す。

 ハクアの竜としての特性、蓄積と解放は、鬼と竜の力を最大限に引き出した姿の倶利伽羅天童の状態でも発揮される。
 心龍が放つ鬼哭龍鳴はその特性を活かし、ブレスを放った直後から力の蓄積を始め、任意のタイミングで一気にその力を解放する事が出来る。
 その力は凄まじく、マナビーストの放つ黒の砲撃を呑み込み、眼前、あと一歩の所まで追い詰めた。



 そう……あと一歩の所まで───だ。



 クソ、足りねぇ。


 あと一歩。


 もうあと一押しの力が足りない。

「グッ……オオオオオ!」

 それでも絞り出すように力を込めるが、今のハクアにはここまでが限界だ。

 龍の里に来てから得た今のハクアの集大成でもある倶利伽羅天童。そしてそこから放つ全力の一撃の鬼哭龍鳴は、正真正銘ハクアの持つ最大の切り札であり最後の一撃だ。

 何か……何かないのか。

 必死に力を込めながら、限界まで脳を酷使して思考を加速させる。しかし全ての手札を切り尽くした今のハクアが出来ることなどとうに存在しない。

 クソ、ここまでなのか。

 恐らく、このまま負けたとしても自分が死ぬ事はないだろうとハクアは確信しいる。
 マナビーストの目にはすでに敵意はなく、あるのは純粋に自分の生きた証を刻みたいという渇望だ。

 だからこそもうマナビーストにハクアを殺す意味はない。

 だが、とハクアは思う。

 負けても死ななければそれでいいのか? と、偉大な王が全てを賭けて挑んで来た。そしてそれを受けた簒奪者である自分がそんな考えで良いのか? と。

 そんなもの……答えは否だ。

 負けても良い。そんな考えなら初めからこの戦いを受けていない。
 あの目を前に、逃げの一手などという恥知らずの行為は他ならぬハクア自身がしたくないのだ。

 だから───

 考えろ。何か、何かないのか!?

 自分の学んだ全て、持ちうる物全てを出し切った後に出せる物、それを思い、思考し、たった一つの可能性を見つけ出す。

 それはあまりにも無謀な賭け。

 失敗しても成功しても無事では済まないであろうもの。

 だが、それでも良い。あの目に、あの王の想いに応える事が出来るのなら、後の事は後で考えれば良い。

 そう考えたハクアの口角が自然と上がる。

 今からやろうとしている事、それは……今の全てを出し切ったのなら今よりも先、未来の力を出せばいいという荒唐無稽な事。

 その無茶を成し遂げる為、ハクアは再び集中力を引き上げる。

 それを見たのは一度、それもたった一瞬だけ。
 ミコトとの模擬戦の最中に見た不自然な加速。既存の身体強化でもドラゴンの地、水、風、火の化身とも違う異質なナニカ。

 最初こそ分からなかったが、四つの属性の化身を不完全ながらも会得した今、ハクアはそのナニカを朧気ながら理解していた。

 それと同時にその危険性も。

 だが、それでも良い。

 それで良い。

 ミコトの使ったナニカ。

 それは恐らく光と闇の力だとハクアは考えた。

 だが、それを再現する方法が最初は分からなかった。
 光と闇、その二つの属性で身体を満たした所で、四つの属性の化身のようにはならなかったのだ。

 だから考えた。それはやり方が間違っていて、なおかつ四つの属性の先にあるものではないか……と。

 そしてそれを実行して、いつもの如く文字通り爆ぜた。

 しかし爆ぜる程の力、その方向性は間違いではない。と、考えそれからは四属性を扱えるように注力し、それ以降練習の機会を得られないままこの戦闘だ。

 鳴り響く轟音も衝撃も、その一切を感覚から排除したハクアは、その時の事を思い出しながら自身の内側に集中する。

 扱うは四つの属性。

 火は凝結し風になり、風は液化して水になり、水は固化して土になり、土は昇華して火になる。

 発生する正しい循環は生、つまりは光。

 火は水に消され、水は土に吸われ、土は風で乾き、風は火に呑み込まれる。

 そしてそれを逆に循環させる消失、これを闇。

 生み出す力と消失させる力。

 創造と破壊。

 相反する二つの力を、全く同じように身体の中で同時に循環させる。それにより生み出される第三の力。

 ハクアは知らない。

 この力は龍神とその娘であるミコト、更には代々の龍王にのみ口伝で知らされるものである事を。

 その名は開闢かいびゃく

 天地を創造し、同時に破滅をももたらす程の力の名。

「オオオオオォ!!」

 内側から溢れ出した力を吐き出すようにハクアが吼える。骨が砕け、肉が千切れ、血が沸騰する程のその力を、全て吐き出しマナビーストにぶつける。

 強化の時間は一瞬。

 元々が不完全な力。だが、勝敗を決するにはその一瞬の力で十分だった。

 ハクアの声に応えるように、心龍のブレスが更に真紅と白の入り交じる輝きを放ち、黒の暴流を切り裂いていく。

 そして───

「グオオォォォォオオンン……」

 真紅と白の入り交じる閃光がマナビーストの身体を半分吹き飛ばし、雄叫びを上げマナビーストがその場に倒れたのだった。

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