ゴブリンから頑張る神の箱庭~最弱からの成り上がり~

リーズン

ドラゴンだけズルい

 ……おかしい。

 ようやくハクアの元へ戦力を連れて来たアトゥイが、戦闘を見て初めて思ったのはその言葉だった。

 戦力は最初と変わらない。いや、それよりも人数は減っている。それなのに何故か戦いやすいのだ。

「ハハッ! やはりな、あんな雑魚が一人で戦えてる時点でおかしいと思った」

「さっきのはたまたま運が悪かっただけだな!」

「ああ、恐らく奴は俺達の最初の攻撃で弱っていた。それをあの雑魚は一人で抑えているように見せてただけだ」

 そんなわけがない!

 先程よりも苛烈、しかし先程よりも避けやすい迫り来る攻撃を避けながら、聞こえてくる声に心の中でツッコミを入れる。

 もし本当にそうなら、先程自分が戦っていた時も同じように戦いやすかったはず。

 しかし実際は攻撃の数は先程の軽く倍はいっている。

 それなのに戦いやすい理由。

 そんなものは一つに決まっている。

「オイ小娘! 効きもしない攻撃をして俺達の邪魔をするな!」

 アイトゥムが自分達の前を横切るハクアに怒鳴りつける。しかしハクアもそれを無視して行動している。
 その姿に舌打ちをしながら、自分を無視したハクアを射線上に捉えたままマナビーストに攻撃を放つ。

 危ない!

 ハクアの背に迫るアイトゥムの遠距離攻撃。その場面が視界に入ったアトゥイがそう思った瞬間、ハクアはまるで初めからわかっていたかのように、自然な動作で攻撃を避ける。

 ハクアが避けた攻撃は、ハクアに狙いを定め視野の狭まっていたマナビーストには、ハクアがブラインドになり避けるまで気が付く事が出来なかった。

「グォォアオオオ!」

 その結果、ハクアを噛み砕こうと口を開けたマナビーストの、無防備な口にアイトゥムの攻撃が直撃し、苦悶の雄叫びを上げる。

 その隙にハクアはマナビーストの足を、土魔法で地面に縫い付ける。
 もちろんそんなものなど一瞬で拘束から抜け出せるだろう。しかしここに居るのは腐っているのも居るが、優秀な未来ある竜族達。
 その一瞬を見逃すはずもなく、全員が示し合わせたかのように、威力のある攻撃を放ち体力を削る。

 シチュエーションこそ違えど、先程から同じ事は何度も起こっている。

 一瞬の停滞、攻撃の停止、視覚の穴、そういった決定的なタイミングがどこかで必ず訪れるのだ。

 そしてアイトゥム達は気が付いていないが、その全てにハクアが絡んでいた。

 確かにアイトゥムの言う通り、ハクアの攻撃はどれもマナビーストに大したダメージを与えていない。
 しかし、ハクアは自身が一番の標的である事を逆手に取り、時に攻撃で注意を引き、時にわざと視界に映る事で視線を奪う。
 更には攻撃の予兆を読み大きな攻撃の直前、攻撃の急所を突き動きを封殺、重心を崩し動きを止める。
 そんな行動を常に行っている。

 それはマナビーストの予備動作を読むだけではない。

 自分達の好きなようにデタラメに動き回るアイトゥム達、そしてアトゥイを含むフィードとアルムの動きもだ。
 アトゥイ達は多少ハクアに合わせているところもあるが、ほとんど全ての動きはその場その場のアドリブ。
 しかもアトゥイ達とハクアが会ったのは今日が初めての事、それなのにハクアは、初対面のバラバラに動き回るマナビーストと全員の動きをコントロールしているのだ。

 その全てを読み切る読みの精度とそれを維持する集中力。

 その化け物じみた力にゾクリとしたものを感じながら、アトゥイは別の感情にも支配されていた。

 それは───

 こんな……こんな力も世の中には存在するのか……。

 アトゥイの……いや、ほぼ全ての竜族が信じているのは己の力、絶対的な破壊的暴力の力だ。

 それ以外の全ては暴力の力を彩る飾りであり、小手先の技でしかない。

 それは龍の里のほぼ全てに蔓延している考え。

 しかしハクアはどうだ。
 自身だけでは相手を打倒する力はない。

 しかし実際この戦場を支え、支配しているのは間違いなくハクアだ。

 敵も味方もコントロール下に置き、足りない力をサポートに費やす事で戦場を支配する力。

 アイトゥム達が勘違いするのも分かるほど、自身がいきなり強くなったかのような全能感。

 それはアトゥイが今まで触れた事のない異質な力であった。

 アトゥイにとってサポートとは、風竜であるフィードのように仲間の力を上げる、いわゆるバフを掛ける事か、もしくはアルムのように仲間を守る【結界】を張る事だ。

 しかしその二人すら必要な時にそれをするだけであって、ほとんど全ての戦闘時間を攻撃に充てている。
 それをサポートと呼んでいた事さえ、今や恥ずかしさを感じるほどだ。

 それほどまでにハクアのサポートはアトゥイにとって異質。そしてアトゥイの心に衝撃を与える姿だった。

 そしてその思いはアトゥイに一つの変化と気付きを与えた。

 それは決して大きなものではない。

 ハクアを見て動きを理解し、意味を知り、深く、広く、戦場全てを見渡す思考と視野。

 しかしその小さな違いは元々の才能に努力を怠ることのなかったアトゥイに大きな変化を与えた。

 そしてそれはステージの突破という形で現れた。

 バシュンという音と光のエフェクトで、まるでゲームの進化やレア度が上がった時のような突破を果たした。

 その時、ちょうど近くに来たハクアに向かい、そんな場合ではないと思いつつもアトゥイは声を掛ける。

「ハクアお前のお陰で───」

 突破出来た。そう礼を言うつもりだったが言葉は続かなかった。

 何故なら、ハクアが凄い顔で自分を見てたからだ。

「何それ、ねえ何それ!」

「お、落ち着け! ただ単にステージを突破しただけだ!」

 近頃伸び悩んでいたアトゥイにとっては、ただ単になんてものではなかったが、ハクアのあまりの勢いに思わずそう答える。

「なんぞ!? ドラゴンだけステージ突破でそんなエフェクトあるとか狡くない! 私の時もっと地味だったよ確か、ズルいズルいズルいよ!」

 アプリゲーの進化エフェクトやシーン見るのが好きなハクアにとって、それはとても羨ましい現象。
 それには思わず戦いも忘れて、本音をばらまきギリィしてしまうくらいには羨ましいハクアさんだった。

「落ち着け今は戦闘中だ!」

「うぅ。ドラゴンだけズルい」

 まだそんな事を言いながらも自分の役割に戻るハクア。

 そんなハクアを見送り、アトゥイもまた戦闘に集中する。

 今までよりも世界が違って見える。

 そう思えてしまうほどアトゥイの行動は如実に変わっていく。そして次第に変化していくアトゥイの動きにハクアは小さく笑う。

 それを見たマナビーストは、その笑みを自身に向けられた嘲笑と受け取った。

 アイトゥム達の嫌がらせのような攻撃とマナビーストの攻撃で、ハクアの身体は宙にある。

 周りは攻撃に囲まれ逃げる隙はない。

 その絶好の機会にマナビーストは、後ろ脚に貯めた力を解放すると、ハクアを突き貫かんと角を突き出し突進した。

 その攻撃にハクアに避けるスペースはなく、受け止めるだけの力もない。

 だがハクアは更に笑みを深めると呪文の詠唱を始める。

「地よ 我が声に応え力を表さん 我が声を聞き届け 全てを地へと縫い付けろ」

 何をしたいのかなどマナビーストには分からない。しかし目の前の少女が何をしようと、この攻撃が少女を突き貫く事だけは確実。

 だが、その目には何一つとして恐れはない。

 怯む事なくマナビーストに視線を向けたまま、ハクア眼前にマナビーストの凶悪な角が迫る。

 しかし───

 ドガンッ!

 全く警戒していない方向から、龍を象った水流がマナビーストを襲い吹き飛ばした。

「封龍地縛糸」

 そしてその攻撃が来ることを、初めからわかっていたかのようなタイミングでハクアの詠唱が完了する。

「今だ! 叩き込め!」

 容易に抜け出す事の出来ない封印術に捕まったマナビーストに向かい、六匹の竜による全力のブレスが殺到する。

 そのあまりにも暴力的な力に、ハクアの封印術も吹き飛びそうになるがなんとか耐えきった。

「フゥ……」

 ブレスの砲撃に耐えることに力を使ったハクアが一息付く。

「ハッ! トドメだぁ!」

「なっ!?」

 ハクアがほんの一瞬、息を吐いた瞬間を狙うようにアイトゥムが一人飛び出しマナビーストに向かう。

 それはあまりにも無謀な突進。

 そしてその代償は痛烈なカウンターを食らう事で返される。

「グハッ!」

「───っの、馬鹿野郎!」

 マナビーストの第一目標はあくまでハクアだ。

 しかし目の前に更に狩りやすい獲物が居れば、狙いは当然そちらに移るのが必然。

「ガァァゥアア!」

 狂ったような雄叫びを上げながら、角の間に放電したように力が集まり、それがアイトゥムに砲撃となって放たれる。

 なんとか間に合ったハクアが選んだのは助け出す事ではなく、砲撃を受け止める事だった。
 何故ならアイトゥムが飛ばされた位置の直線上には、怪我をしたドラゴン達が隠れているからだ。

 隠蔽の魔法で隠れているドラゴン達をマナビーストも狙った訳ではないだろう。

 だがあまりにも位置が悪すぎるその場所に、ハクアの選択肢は受け止める以外のものがなくなったのだ。

「【金剛六花・紅花】」

 アイトゥムの目の前に立ち、地竜の力を手に入れ進化した【結界】を六重に重ね合わせ、鬼の力をブレンドした紅花を咲かせる。

「くっ、おおおおお!」

 咄嗟の防御に角度を付け、なんとか砲撃を逸らす事に成功する。

 だが───

「ガフッ! テ、メェ……」

 ハクアの腹を貫く凶爪。

 それを成したアイトゥムに視線を向ける。

 その顔は嗤っている。

 そんな姿を見詰めるハクアの口から鮮血が溢れ出した。

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