ゴブリンから頑張る神の箱庭~最弱からの成り上がり~

リーズン

むふー

「あっ、着いたみたいっすね。後はあそこを曲がれば終わりだったはずっす」

「そしてハクアは本当にテア様が言っていた通りの考えだったみたいなの」

「……そうじゃな」

 シーナの言う通りハクアの前を行く一行はボス部屋の前に辿り着き、最後の小休憩に入っている。

 そしてそれを理解したハクアは、誰が見ても確実に分かるほど、やっちまった感を出していた。
 その表情からはあからさまに、もっと早く行動に移せばよかったという後悔が見える。

「それにしてもハクアはどうするつもりなんじゃ? 奴らが終わった後にゆっくりとボスを攻略するのか?」

「あー、確かにそうっすね」

「ですね。ボス部屋の前は横穴とかもないし、部屋に入るには皆の前を通らないと入れないですからね」

「いえ、白亜さんの事ですから正面突破でしょうね」

「流石にそれはないと思うの」

 テアの言葉に流石にそれはないと全員が思ったが、ハクアの事を良く知るテアと聡子には確信があるようだった。

 そうこうしている内に映像の中のハクアは、曲がり角の手前で何やら小さな革袋を取り出し作業をしている。

「あれはなんっすか?」

「あれはハクちゃんの調合した薬だね。簡単に言えば人の集中力を乱す効果がある。効果も弱いから気を抜いてるドラゴン達じゃ気が付かれないだろうね」

「元々ドラゴンはその手のモノに耐性もありますから、あまり気にもしませんしね。刀刃前鬼に進化した今のユエと白亜さんの繋がりなら、ボス部屋とはいえあの程度や距離であれば呼べる出せるでしょうし、やはり正面突破のようですね」

『ふぅ……』

 テアの言葉を証明するように準備を終えたハクアが深く息を吐くと歩き出す。

「わぁ……」

 思わず零れたミコトの感嘆の声。

 しかしそれもしょうがないだろう。

 ただ歩くだけ、しかしその自然な所作がとにかく美しい。

 見る者の視線を釘付けにし、思考を奪うに十分だ。

 そして

『お疲れー』

『あぁ……っ!? 誰かそいつを止めろ!!』

 気配を隠す事すらなく、ただ自然とそこに現れたハクア。

 有り得ない状況、更に戸惑いを見せた瞬間に普通に声を掛けられた事で、条件反射の如く思考を停止したまま返事を返す。

 一瞬、瞬き程の一瞬の間隙。

 しかしハクアのスピードを持ってすれば、曲がり角からボス部屋の扉までの五メートル程の距離などその一瞬があれば、障害物があろうとすり抜けるには十分お釣りが来る。

『随分と疲れてるみたいだからゆっくりと休んでくれ、私達が攻略するまでな』

『くっそぉー!!』

 ハクアの道行を阻止しようと腕が伸びる。

 しかしハクアはそのどれもを寸前で躱し、捨て台詞と共にボス部屋の中へと侵入した。

『うむ、ぱーぺき。さてさて入っただけじゃ襲ってこないっぽいし、さっさとユエを呼ぼうかな』

「うわ。本当に正面突破で入っちゃったの」

「だな。相変わらず無茶苦茶な奴だ」

「いえ、無茶……と、言うほどではありませんよ?」

 ムニとトリスが若干引きながらハクアの事を評価すると、それを聞いていたテアがやんわりとそう否定してきた。

「ええそうね。ここまでの連戦、ボス部屋前の安全地帯という安心感、そこに薬を使った事で更に思考を鈍化させた」

「更にはあの歩きだね。一つのパーティー程度の人数なら、ハクちゃんレベルの気配遮断なら気が付かれない可能性が高い。けれどあの人数ならそれだと気が付かれる」

「そこであの動きだな。気配も消さず散歩するかのように普通に現れる。そうする事で居るはずのない場所に、居るはずのない人間が普通に現れる違和感に一瞬思考が停止する」

「そこに畳み掛けるように声を掛けられ事で、条件反射で返事を返してしまった。それが更に思考を奪う、その一瞬で扉まで駆け抜けたという訳だ」

「もちろん少しでも白亜さんが殺気や敵意、普段通りとは違う空気をかもし出せば反応は出来たでしょう。しかし白亜さんは一切それらを感じさせなかった。だからこその結果です」

 続けざまの解説になるほどと納得するシーナ達。

 それほどに先程のハクアの行動は予想外の連続だった。

 一瞬の出来事にそこまで詰め込まれれば、外からならまだしも、自分達が同じ事をやられた時、果たして反応出来るだろうか? そう考えて恐らくは否だと結論付ける。

 映像に目を戻せば既にユエを呼び寄せたハクアは、鎮座するボス、鋼鉄のゴーレムを眺めていた。

『硬そうだなぁ。多分、ユエに頼る感じになると思う』

『むふー。あるじ、任せる!』

 ハクアに声を掛けられたユエは鼻息荒くそう答える。

 そもそも本日のユエさんはやる気満々なのだ。
 それが何故かと言えばボス部屋に入る前に着替えた新装備が原因だ。

 ハクアの装備を作った血戦鬼の余り素材で作られたユエの鎧。しかもハクアの糸をより合わせて留め具なども作られているので、更にテンションは爆上がりなのだ。

 そもそも前の衣装でもハクアの糸が使われ、その時もテンションは高かった───が、その時は他の仲間達の衣装も一緒に作られていた。
 それが今回はハクアが勝ち取った素材で作られた一点物、更にはハクアの装備と同じ素材を使った言わばお揃いの装備。
 これであるじ大好きなユエのテンションが上がらない理由が有るだろうか? いや無い。

 そこに来てハクアから頼るなどと言われればもう、今なら相手がドラゴンでも倒せそうな気がしてるユエさんなのだ!

『むふー』

『うーむ、まあいいか。それじゃあ一発入れたら指示出すね』

 言うやいなやハクアの腕が素早く動きクナイを投擲する。

 しかし普段なら岩にも刺さる威力のクナイは、ゴーレムに当たるとカキンッと小気味いい音と共に弾かれた。

『あー、やっぱ私じゃ無理っぽいなぁユエ任せた。私は周りに湧いてきたの始末する』

 攻撃が当たるとゴーレムが動き出し、その周りには木人形が現れた。ハクアは素早く判断するとユエに指示を出し、先程と同じ要領でクナイを投擲して、全ての木人形にヒットさせる。

『やる! むふー』

 ハクアの指示を聞いたユエもまた、一気に走り出しゴーレムとの距離を詰める。
 そんなユエを迎撃する為に振り下ろしたゴーレムの一撃を避けると、鬼珠装備の【陰刀・影牙】と、刀刃前鬼となって手に入れた大刀【刃角】を両手に握り、ゴーレムの脇腹を斬り付けながら走り抜ける。

 それを見たハクアは自分の判断が間違ってなかったと一人満足する。

 刀刃前鬼になったユエには一つのスキルが増えた。

 それが【貫通攻撃】だ。

 スキルの効果は文字通り。ユエの攻撃全てに貫通効果の付くパッシブスキルは、どんなに硬い相手でも一定のダメージを与えられる。
 まさしくこのボス戦に相応しい能力だ。

 この能力を知ったハクアがユエの事を褒めながら、内心では寝転がって駄々を捏ねたい程、羨ましかったのもしょうがない優秀なスキルである。
 きっとこのスキルを手に入れたのがユエではなかったら、半泣きで羨まがった事だろう。

 それでも無いものはしょうがないと思っても、実際目の前で見ればやはり羨ましいのが人情である。
 心の中で少しだけギリィとしながら、木人形を引き付けるハクアだった。

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