ゴブリンから頑張る神の箱庭~最弱からの成り上がり~

リーズン

やっちまったぁぁ!?

 地下七階に降りて来てしばらく歩くが、一向にモンスターが私の前に出て来る気配がない。

 しかし……

 囲まれてんだよなぁ。

 襲ってくる気配は全くと言っていいほど無いのだが、私を取り囲み付かず離れずの位置を保ちながら取り囲んでいるのだ。
 奇妙なのはそこまでしておいて出て来る気配が全くない事、取り囲んだなら一気に攻めればいいものを、何故か動く気配すらないからこちらとしても攻めにくい。

 うーん。どうしたものか? 

 とはいえこのまま見逃してくれるはずもなし、取り囲んだまま動いているが微妙に誘導されてる気もする今日この頃。悩みどころである。

 歩きながら行動指針を決めあぐねていると、遂に一匹の赤いスカーフを首に巻いた白いうさぎが私の前に現れる。
 それはずっと私に付かず離れず取り囲んでいた一団の一匹だ。
 そしてその一匹を皮切りに、私を取り囲んでいたモンスター達が次々に姿を現していく。

 見たところ全部動物型のモンスターだ。

 しかし、その一団はここに来るまで相手にした……いや、相手はほとんどしてないけど……ゴホンッ、相手にしたモンスターよりも格段に強い。
 下手をすればケルベロスと遜色ないレベルのモンスター達だ。

 どう切抜けるべきかに思考をフル回転させていると、不意に一番最初に現れたうさぎがスクっと立ち上がり、軽快に跳ね始める。

 いや、違う! これは……。

 私が気が付くのと同時にうさぎは軽く構えると、その場で左右のワンツーを放ち、最後にその脚力を活かしたアッパーカットを放ってみせた。
 全身のバネをフルに使ったそのアッパーカットで飛び上がり、横に一回転して見事な着地を決めたうさぎは再び構えを取ると、手の平を上にして私に向け誘ってきた。

 ……この野郎。

 見事な挑発だ。そしてこんなにもわかりやすい挑発に乗らない私ではない!

 対する私の構えは両腕をこめかみの近くまで上げてかまえる、ピーカーブースタイルの防御の姿勢を取る。

 勘違いしている人間も多いが、顎周辺に両拳を持ってくる良く知る体勢は、腕を休める為の行為らしい。

 それに引替えこちらはボディーへの攻撃は弱いが、頭を守る事で致命傷は避ける事が出来る。
 フットワークを基本にした軽量級の攻撃ならば、頭にいいものを食らわなければ私でも耐えられる。
 そう考えての選択だ。
 拳に魔力を集めたその体勢に若干の驚きを見せながら、うさぎも同じように拳に魔力を集め好戦的に笑う。

 構えながら互いに睨みを利かせながら間合いを測る。

 相手のうさぎ、パンチャーラビットも中々の実力者だ。私の間合いの半歩手前を正確に掴んで動いている。

 そんな私達の間に、今度は一体のゴリラ型モンスターが進み出てきた。
 特徴的なのはなんと言っても金属特有の光沢のある、金色の胸板だろう。

 一瞬襲われるかと危惧したが、誇らしげに出てきたそいつの名前を見て成程と納得する。

 ゴングコング。

 その名前に相応しく、ゴングコングは私とうさぎの双方と一瞬視線を合わせると、両腕を上げてドラミングをした。

 カーン!

 それを合図に最初に行動に出たのは相手の方だ。
 うさぎとしての脚力を活かし、文字通り飛ぶように距離を詰め、一足飛びで間合いに飛び込んで来る。

 まずは挨拶がわりの左ジャブ。

 それを左腕で軽くパリィしながら、素早くコンパクトに引き戻し同じくジャブを放つ。
 だが相手もやはり巧者、巧みなステップで軽く飛び跳ね、アッサリと間合いの外へ飛び退った。

 次に行動に移ったのは私だ。

 飛び跳ねたうさぎの後を追い、逃がすまいと前へと躍り出る。予期していたように動くうさぎのジャブをダッキングで躱し、懐に潜り込むと同時に速度重視のショートアッパーを見舞う。

 自分もよりも低い位置からの攻撃を想定していなかったのだろう。

 一瞬反応が遅れたのがいい証拠だ。しかしそれでも私の攻撃は顎先を掠めるに留まった。

 良い反応だ。

 そう素直に褒めたくなるほどの反応速度で躱したうさぎは、すぐさま詰め寄り強打を放ってくる。

 パリィ、スウェー、ダッキングで躱す私と、巧みなステップで躱すうさぎの打ち合いは続く。

 未だ互いに様子見だが、それでも幾つかはわかった事もある。
 見た目通りの軽量級らしいヒットアンドアウェイの戦法、見た目以上に速く感じるジャブ、そして思った通りの取っておきの隠し球。

 試合であって試合でないこの戦い。
 ボクシングのようではあるが、多少ルールには緩い部分もある。
 ポジション取りの為に足を出すだけではなく、相手の足を踏んでその場に縫い付ける。ショートレンジではヘッドバットも互いに繰り出している。

 だがそれでも審判ゴングコングが止めないのであればこの場では合法だ。

 グローブを付けていない拳の打ち合い、既にどちらもところどころ肌が切れ流血している。

 まあ、自己再生系も自己回復系も切ってるのが原因だが。
 相手もその手のスキルを切っているのか、それとも無いのかは知らないがここで使うのは違うからね。

 激しい打ち合いの中、先に動くのは私。

 いいものを当てているとはいえ、こちらもそれなりにいいものを貰っている。このままいけばジリ貧で、耐久性の低い私の方が負けるのがわかっている。

 だからこその選択だ。

 相手が下がるのに合わせて自分も下がる。その今までとは違う行動に驚くうさぎを見ながら、構えを今までとは違うものへと変化させる。

 左半身を前へと出し、両腕の力を完全に脱力させた構え。

 その構えに訝しんだうさぎだが、それでも飛び込むように一直線にジャブを放ってきた。

 一番最初の焼き直しのような光景。

 しかしその結果は最初と同じようにはならなかった。

 飛び込むうさぎの顔面に私の拳が先に突き刺さったからだ。完全な脱力状態から体の捻りと、腕のしなりで初速から即最高速度を出す拳打。
 ジャブ並の速さを持ち、ストレート並の破壊力を内包、そして生きた蛇のように自在に動く拳、澪と瑠璃からは反則技と言われている名前の無い攻撃だ。
 そしてこの拳打の真骨頂は連射性能にある。

 ガードもままならない高速連打に堪らず下がるうさぎだが、私とて逃がす気は一切ない。

 熱狂するオーディエンスの熱に押されるように回転を速める。そして遂にうさぎの膝が落ちた。

 ここで決める。

 顔面を狙い今までよりも力を込めた拳を放つ。

 だが──

 うさぎは更に膝を沈めその拳を避けると、私の懐に潜り込んで来た。

 放つは必殺の一撃うさ耳アッパー。

 その瞬間、私は思いっきり上体を逸らして攻撃を避ける。それでもうさ耳アッパーは私の想定を遥かに超える速度と威力で放たれ、私の顎先を掠めて行った。

 浮かび上がる顔には驚愕が浮かんでいる。

 それほどにこの必殺の一撃には自信があったのだろう。だが私とて、その見た目モフモフのうさ耳が、鍛え抜かれた武器である事に気が付かなかったら危なかった。
 そして何よりも、血のにじむような鍛錬の果てに手に入れた武器に、私が気が付かない訳が無い。
 それが例え、見た目は愛らしいモフモフのうさ耳だったとしてもだ!

 私の考えが通じたのだろうか。うさぎは驚愕の表情を賞賛のものへと変える。
 お互いの中にあるのは純粋な賞賛だ。
 だからこそ私も容赦はしない。ここまで戦った強者への最大の敬意を込めて、無防備に浮かび上がるうさぎのボディーへと強烈な一撃を叩き込んだ。

 吹き飛びダウンするうさぎに近寄る審判がカウントを取る。

 うさぎも必死に立ち上がろうとするが、テンカウントの合図と共に崩れ落ちる。
 そして審判が私の手を取り掲げると──

「「「おぉーーー!!」」」

 多種多様な動物の鳴き声で熱烈な賞賛が上がった。

 うーむ壮観。

 手を挙げて応えればその激しさが増す。そんな状況に少し照れながら応えていると、不意に強烈な戦意を浴びせられバッとその場で振り向いた。

 今まで熱狂に包まれていたモンスター達も同じだ。

 私と同じものに気が付いたのだろう、同じ方向に振り向き一瞬前までの熱狂が、嘘だったかのように静まり返っている。
 振り向いた先、その先に居る奴の為にオーディエンスの壁が自然と開けられる。

 その先に居たの一匹の熊だ。
 茶色い毛皮に無数の傷跡、そして何よりもひと目でわかる鍛え抜かれた肉体と強者のオーラ。
 唯一特徴的なのが茶色い毛皮の腰の部分に一本走る黒い毛だろうか。
 だがそれも名前を見ればまたも納得するものだった。

 クロオビベアー。

 それがこいつの名前。
 そんなクロオビベアーがゆったりと私に向かい歩き、お互いに間合いのギリギリで立ち止まり構えた。

 レの字立ちの足の位置から体重を落とした立ち方で、重心を前後3対7の割合で保っている。
 後ろ足に7の体重がかかるので、前足は踵を床につけずにつま先で軽く立っている。

 俗に言う空手の猫足立ちだ。

 その状態で弓のように右の拳を引き絞り止まる。
 引かれた右拳には恐ろしいほどの魔力が集められている。

 そして何よりもその目が言っている。

 一撃に全てを掛けろ──と

 だからこそ私もそれに応える。

 パンっと柏手を打ち舞うは鬼神楽・羅刹の舞だ。
 魔法攻撃力が0になり、物理攻撃力が上がる。
 そして選んだ技は鬼神楽・一突鬼。

 互いに準備が調い、何時破裂してもおかしくない緊張感が辺りを包む。

 勝負は一瞬、ここまでの戦いで疲弊した私のポテンシャルを最大限発揮するにはありがたい。向こうもそれを承知での提案だろう。

 そしてまたも審判を務めるのはゴングコングだ。

 ゴクリと唾を呑み込む音をさせながら進み出たゴングコングが、腕を上げドラミングした。

 カーン!

「ハァァア!!」
「がぁぁぁ!!!」

 咆哮と共に弾かれたように動き出した私達の拳が激突するその瞬間、鬼の力をインパクトに合わせて全て乗せた攻撃は、激突と共に紅い閃光を放った。

 互いに位置を入れ替えた私達、立ってこそいるが私の右手はぐしゃぐしゃだ。しかし、クロオビベアーの方は右腕が吹き飛んでいる。

 勝敗は一目瞭然。

 再び湧き上がる熱狂の声に包まれながら、なんとか勝てた事にホッとする。

 危なかった。どっちとの戦いもギリギリだった。
 それにやっと心が言ってた技を、土壇場で成功したのは大きかったな。成功すれば光が生まれるって言ってたし、多分成功だろう。
 力が今までよりも安定してなければ絶対に無理だった。

 そんな事を考えていると、クロオビベアーが咆哮を上げた。するとまたもオーディエンスの壁が割れる。その方向は下へと続く階段のある方向だ。

 クロオビベアーの顔を見るとニヤリと笑っている。

 そうか……。

 私は回復薬を二つだけ取り出してクロオビベアーに投げ付ける。一瞬驚いた顔をするが、敗者をどうするかそれは勝者の特権だ。
 なにか言いたげなクロオビベアーにニヤリと笑い返し、オーディエンスの声援に見送られながら下の階へと向かうのだった。

 ハッ!? やっちまったぁぁ!? こんなに頑張ったのに倒してねえから経験値も収穫もねぇや!?

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