ゴブリンから頑張る神の箱庭~最弱からの成り上がり~

リーズン

全てを壊してやる

 レティと契約を交わした日。
 それからの月日はあっという間の出来事だった。

 レティに放たれた刺客を倒した事で領主達と敵対関係になり、それも二人でなんとか乗り越えた。
  
 だが同時に、レティは領主を倒した事でこの土地を管理する事にもなってしまった。
 そんなレティは、ドラゴンの知恵を領地経営に生かすと触れ込みをし、まず最初に屋敷の人間を仲間に引き入れた。

 元々この土地を管理していた領主は、戦で功績を上げた成り上がり、その為領地の経営はずさんの一言。
 使用人への態度も悪く、税を課しては贅沢三昧、領地経営の報告や日頃の領主への不満を聞く度に、二人で頭を抱えたが、その為もあって僕らへの態度はそこまで悪い物でもなかった。

 国とのやり取りもほとんどが使用人任せで、税さえ払っておけば、当面領主を倒した事はバレないだろう。そう聞いた時は流石に二人で呆れたものだ。

 しかも問題はそれだけではなく、領主打倒によりレティは、ドラゴンを使役する少女として名が広まった。
 そしてそんなレティの元には、同じく領主の圧政で苦しんでいた人々が集まりだし、放っておけないとレティはそれを受け入れたのだ。

 無謀と言う僕の言葉に苦笑いしながら、それでもレティは誰一人として見捨てようとしなかった。

 僕の力を使いモンスターを倒し、土地を切り開き、僕ですら聞いた事がない様々な知識で少しづつ、少しづつだが確実に収穫量を増やし、人々を豊かにしていった。

 一度何故そんな事を知っているのかと聞いたら、前に勉強したと言って胸を張っていた。
 因みに村に住んでいる時もやろうとしたのだが、荒唐無稽と信じて貰えなかったらしい。

 レティの画期的な知恵や工夫で豊かになっていく土地に、魅力を感じない者達など居ない。
 最初はそんな噂を聞いた人間が少しづつ、だが結果が出始めた一年後などには沢山の流入者がレティの元にやって来た。

 だが、それが面白くないのが他の領主達だ。
 その領主達は国に上申すると、レティに弁明の機会を与える事なく逆賊に仕立て上げた。

 おそらくはドラゴンである僕の力を戦力に組み込む事、そして僕の知恵という事にしてある様々な技術が狙いだったのだろう。

 有無を言わさず開戦となった戦いで、多くの平民がレティの味方をし、敵も味方も沢山の人が死んでいった。
 そんな中、先頭に立って戦っていたレティは、いつの間にか救国の聖女と呼ばれる様になっていた。

 そして長く続くと思われた戦いだったが、その終わりは実に呆気なく幕を閉じた。
 国王の娘、第三王女がレティの活躍の裏で暗躍し、クーデターを起こしたのだ。
 クーデターに成功した第三王女は、すぐに使者寄越し僕達と休戦協定を結んだ。

 その時僕等が一番驚いたのが、第三王女がレティの元に自分を売り込み、戦争前まで一緒に秘書として領地経営していた女性だった事だ。

 王城の謁見の間での第一声が、黙っててごめんね。レティ、アークだった時の驚きは今でも忘れない。
  
 こうして僕達は休戦協定を結び、今度は逆に第三王女に使える事になり、様々な技術や知識を今度は国の為に生かす事になった。

 そうして過ごす内に、レティと出会ってから八年の月日が流れて行った。

「あ〜、やっと抜け出せたぁ〜」
「今や騎士団の団長様の言葉とは思えないね」
「むっ、そう言うアークだって普段とは喋り方違う癖に、それにしてもアークのあの喋り方にもやっと慣れて来た」
「う、うるさいな」
「まああっちの喋り方もかっこいいよ。ぷぷっ」
「レティ〜」
「あはは、ごめんごめん。だっていきなりアークが自分の事、我とか言い出したからあの時はビックリしたんだよ」
「レティも偉くなってきたから、僕も威厳ある言葉使いにしたんだよ」
「うん。わかってる。ありがとねアーク」
「それを笑いを堪えながらじゃなきゃ素直に受け取った」

 忙しい毎日を過ごす中で、やっと見付けた時間で抜け出した僕達は、久しぶりに二人だけで森にある泉へとやって来た。

「はぁ〜、気持ちいい」

 泉に足を浸らせバシャバシャとするレティ。
 出会った頃、九歳だった彼女はこの八年ですっかり成長し、大人になる直前の独特な色香を放っていた。

 普段は互いにあえて固い言葉を使って話しているので、二人だけの時は自然と前の口調に戻っている。
 そんな時間を噛み締めながら、僕達は日頃の忙しさを忘れゆっくりとした時間を過ごす。

「なんか……さ」
「うん」
「なんか、遠くまで来ちゃったよね」
「そうだね。……後悔してる?」
「どうだろ。今はアークも居るし凄く充実してる。でも……」

 彼女の言いたい事は分かる。

 近年第三王女の意向で内政に力を入れてきたこの国は豊かだ。だが、世界はこの国ほど豊かではない。
 迫り来るモンスター、疫病、飢饉、そんな物が溢れかえる世界でこの国は狙われ始めた。
 数年前から援助している国まで敵に回り始め、今ではこの国は四方を囲む国々が、牽制し合っている為に生かされている。そんな状況になっている。

「ねぇ、二人で逃げちゃおっか?」
「レティ?」
「あはは、冗談だよアーク」

 冗談。

 レティはそう言ったが、冗談でそんな事を言う人間ではない事を僕は知っている。だが、そんな彼女にかける言葉が自分の中から出てこない。
 沈黙が続く中、それを破ったのは彼女からだった。

「あのね……あの……」

 言い淀むレティ。僕はずっと無言で待つ。

「私、私……ね。結婚、するかもしれないの……」

 結婚。

 その言葉も意味も知っている。

 なんで?

 その言葉が頭の中に溢れるが、その答えは既にわかっている。

 ドラゴンを扱う聖女。

 その価値は計り知れないものがある。しかもレティには知識もあり、人気、美貌もある。
 だからこそ外交の手段として、内外共に利用価値があるのだ。

「……ク! アーク! 聞いてる?」
「あっ、うん」

 正直、レティの声は全く届いていなかった。それでもなんとか僕は話を続ける。

「それで、アークはどう思う?」
「ど、どうって?」
「私が……結婚する事に、アークはどう思うの?」
「それは……」

 この目は知ってる。何かを期待するような縋るような目。だけど、彼女は人間で僕はドラゴンだ。
 だから、僕はその目から逃げるように顔を逸らして、気が付かなかった振りをする。

「君がしたいのなら良いんじゃないかな」

 自分の言葉に何故か胸が締め付けられるような痛みを感じる。

「それが……アークの答え?」
「それ以外に……何がある?」
「もういい! アークのバカ!」

 立ち上がり、走り去っていくレティを追い掛ける事が出来なかった。ちらりと見えたその横顔に涙が見えた。たったそれだけで僕の体は金縛りにあったように動けなくなったのだ。

「どうすれば良かったんだよ」

 それから本格化した他国との戦闘の中、僕とレティが会うのは戦場だけになっていった。
 元々、僕とレティは昔と違い別々の場所に暮らしている。それはレティの立場、そして僕のドラゴンとしての格を保つ為の行為だった。
 それでもレティは、仕事の合間を縫って会いに来てくれたが、あれからそれもパッタリ無くなった。

 一度だけ、第三王女が僕の元へとやって来た。
 共も連れずにやって来た彼女は、僕に深深と謝った。それはレティの結婚についてだ。
 早期に国を見捨て他国に着こうとする貴族。それを繋ぎ止める為に必要だった。そんな事を言っていた気がするが、その言葉が僕の耳に届く事はなかった。
 それでも彼女が何度も頭を下げていた事は覚えている。でも、ただそれだけだ。

 噂で、聖女が結婚した。そんなことを聞いた時、自分がどうにかなってしまうのではないかと思うほど、胸が締め付けられたのを覚えている。
 そしてそれからは、自分の身体の半身を失ったような喪失感を抱えながら過ごしていた。

「誰だ!」

 そんな空虚な日々を過ごす中、今ではもう誰も立ち寄らなくなった住処に気配を感じた。
 しかし、そこから現れたのは予想もしていない人物だった。

「随分と干渉したものですね」

 母、アクアスウィードはそんな言葉と共に突然僕の前に現れた。

「お久しぶりです。母上」
「ええ、久しぶりですね」
「それで、なんの御用で」
「貴方が外界で学ぶ期間はとうに過ぎました。これ以上人間に関わるのは止めて里に戻りなさい」
「それは……」

 もうとっくにその期間が過ぎている事はわかっていた。それでも僕に帰る気は全くなかった。

「人間に関わるなとは言いませんでした。ですが
 龍とはこの世界の秩序を保つ存在でもあります。その貴方が外界でこれ程世界に関わるなど何を考えているのです」

 それもわかっている。それでも僕は……。

「あの少女ですか……。その目、何を言っても無駄なようですね。ならば貴方が里に帰る事は今後一切許しません。それでも──」
「それでも僕はここに居る」
「そうですか。もう貴方の中にはあの少女が居るのですね。なら、話は終わりです」

 それだけ。それだけの言葉を残して母は去っていった。

 あの少女が居る。

 母が去った事よりも、その言葉に僕の心は反応した。

 ああ、そうだ。

 サラサラと流れる漆黒の黒髪。

 夜空のような深い色の吸い込まれそうな黒い瞳。

 お世辞にも上等とは言い難いボロ布を纏った、それでもしっかりと前を向くその少女の姿。

 僕は出会った時からその姿に惹かれていたんだ。

 人間だから、ドラゴンだからと逃げていた。
 だが、それを認めてしまえばストンと何かがハマったかのように腑に落ちた。

 そうだ。正直に話そう。全てを話して、また二人で……。

 そう考えてすぐに僕はレティに【念話】で呼び掛ける。

 ”レティごめん。話がしたいんだ”
 ”アーク。ちょうど良かった。私も貴方に会いたかったの。今から呼んでも大丈夫?”
 ”うん。大丈夫だよ”

 その瞬間、足元に光が生まれ僕を包み込む。
 それは幾度となく行ってきた召喚の魔法陣。

 レティが僕を呼ぶ光。

 その光が収まると、そこは薄暗い部屋の中、そんな中にレティは佇んでいた。
 この二年で少し痩せた彼女。隈も酷い。
 それでも僕は彼女に伝えなければいけない。

「レティ!」
「アーク。さあ、私を──て」

 えっ?

 生まれ持った膨大な魔力、その全てを使いレティが僕に命令を与える。
 それは出会ってから今まで一度も使われる事が無かった力。
 だからこそ僕はその命令に抗うのが一瞬遅れた。

 そして──。

 口の中に血の味が広がる。

 肉だ。

 僕の口の中に肉がある。

 それがなんなのか。それが誰なのか理解するのに時間が掛かる。

 理解したくない。

 わかりたくない。

 だって僕は──。

「ははははははは! これで邪魔な聖女も嬢王も居なくなった! これで助かる。これで俺達だけは助かるんだ! ははははははははははは!」

 男が居る。

 何かを叫びながら嗤う男。

 それを見た瞬間、自分の中からドス黒い感情が湧き上がり、全身を包み込む。

 こいつが、こいつが、憎い、憎い、憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い。




 全てを壊してやる




「ガアァァァァアアァア!」

 溢れ出す感情に身を任せ全てを破壊する。
 男を殺し、部屋を破壊し、城を壊す。

 その中には何人もの兵士に囲まれ、血溜まりに付した第三王女もいた。だがそれも含めて全てを壊し尽くす。

 心は全て憎しみの言葉に支配されている。

 得意だった水の魔法は、その全てがいつの間にか毒へと変わり街を毒の海に沈める。

 人々の絶叫。

 悲鳴を上げ逃げ惑い、毒に呑まれ溶けていく。

 その度に自分の中の黒い力が増していくのが分かる。そして同時に憎しみも増していく。

 壊す壊す壊す壊す壊す壊す壊す壊す壊す壊す壊す壊す壊す壊す壊す壊す壊す壊す壊す壊す壊す壊す壊す壊す壊す壊す壊す壊す壊す壊す壊す壊す壊す。

 支配する感情に身を任せ国を毒に沈める。そしてその言葉にまま近隣の国をも全て蹂躙し尽くした。
 それでもまだ憎しみは止まらない。

 この頃には僕の意識は薄くなっていた。
 夢を見ているような微睡みの中にいる。

 途中、母を含めたドラゴンが自分を討ちにやって来た。だがそれすらも寄せ付けず身体は止まらない。

 その内一人の人間がやって来た。
 その人間は強く、三日三晩の戦闘の末、相打ちで終わりを告げた。

 だが死してなお怨みが憎しみが尽きる事はなかった。

 どれくらいの月日がたったのだろう。

 ある日、二人の魔族がやって来た。

「これが、かつて様々な国を滅ぼした毒竜か。いけるか?」

 大柄な魔族、そしてその後ろに隠れる様に佇んでいた小さな人影がコクリと頷く。
 そして両手を広げ呪文を唱えると、魔法陣が輝き僕は腐毒竜として復活した。

 それでも身体は僕の意思には従わず、魔族の命令に従った。

 そこからの記憶は途切れ途切れだ。

 様々なな事をしたがよく覚えていない。
 だけど、僕は最終的にダンジョンの中で待機になった。

 たまに襲ってくる敵を倒す。

 そんな日々が続く中、あの少女が現れた。

 最初の印象な真っ白な少女。どこか懐かしさを感じる気がするが、とてもこの場所に相応しいとは思えない弱々しい少女だった。

 この少女もまた、自分の毒に呑まれ死んでいく。
 薄れた意識の中でそんな事を思いながら戦いが始まる。

 だが、そこで不思議な事が起こった。

 少女はこの身体に触れたにも拘わらず溶ける事がなかった。

 はっ?

 その現象に思わずビックリした。
 ここ最近では一番意識がはっきりとした出来事だ。

 そして少女はこの場に相応しくない程可憐に微笑を浮かべる。

 その姿に動くはずのない身体が反応した気がする。

 そこからはあまりにも酷い展開だった。

 元々腐っているこの身体は打撃に弱い。それを知った少女の猛攻ぶりは、痛みが感じなくて良かったと心の底から思った。
 そしてあろう事か少女はぼくの身体をむしゃむしゃと食べ始めたのだ。

 自分が生きながら? 死んではいるが食べられる。その事実に恐怖よりも先に笑ってしまった。
 その非常識極まりない行動に、当たり前のように有り得ない事をする少女に、かつての想い人を重ねてしまったからだ。

 そして僕の記憶は途切れたのだった。
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 暗い真っ暗だ。

 そんな中で僕……じゃなくて私だよ。は、ゆっくりと目を覚ます。

 うーむ暗い。

 そう思うと辺りは少し明るくなった。

 わお、便利。

 そして辺りが明るくなった時、私の目の前には一匹の真っ黒なドラゴンが座っていた。

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