ゴブリンから頑張る神の箱庭~最弱からの成り上がり~

リーズン

もう少し……あと少しで……

 夜の暗闇を照らし出す光剣が生まれては消えていく。恐るべき威力を秘めた光剣は、ハクアを貫かんと豪雨の様に降り注いでいる。

 だが、一撃でも喰らえば絶命するであろう致死の攻撃を前にしても、先程までと同じ様に極めて冷静にその全てを短剣で逸らし、回避して未だカスリ傷一つとしてハクアは負って無い。

 創り出した光剣の数は既に百を超えた。

 まさに紙一重という様な極限の見切り。
 後、数ミリで届く刃。しかしラインはその数ミリが攻撃をすればする程、とてつもなく遠く、分厚く感じていた。

「ぎっ、おおぉぉお!!」

 追い詰めている筈なのに攻撃が当たる未来が見えないラインは、その場から飛び退くとハクアとの距離を明け鬼殺害に力を込めて雄叫びをあげる。

 すると光剣の動きは明確なほどに変化した。

 今まで取り囲む様に配置されていた光剣は、ハクアを鳥籠から逃がさない為に配置後は動きが無く、頭上に出現させた光剣が雨の様にまっすぐと降り注ぐだけだった。
 しかし、今やその動きはラインの手に握られたニ対の斧の動きに連動する様に、流動的な動きを見せている。

 普段自動で行われる布都御魂剣の攻撃は、操作しなくてもいい分魔力の消費が少なく、手動で行えば自分の思うままに光剣を動かし攻撃を行なう事が出来る。
 しかしその分魔力の消費も激しく、魔力操作の苦手なラインでは、十全な威力を発揮するものでは無い。
 だがそれでも今までの何処か機械的な動きから、人の手によって動きが変わった光剣はスピードが更に増し、人を追い詰める嫌な動きになったのは確かだ。

 今までの光剣の動きは安全を考慮した防御の動きだった。しかしラインはそれではハクアの事を捉える事は出来ないと、自らリスクを負う判断をした結果だった。

 同時に操る事が出来る光剣の数は少ないが、速度と変則的な動きが加わった攻撃は今までの攻撃よりも更に過激な物となった。

 だが光剣の動きが変わった事でハクアの動きも当然の様に変化する。囲いが無くなった事で道筋が出来たハクアは、その速力を更に上げラインへ向かい加速する。
 そしてラインも接近するハクアを迎え撃つ様に光剣を操作すると、大量の矢で射った様な高速の攻撃をハクアへ向けて放ち、量は少ないが後方からも同じ様な攻撃を行なう。

 しかしハクアはそんな両面の挟撃にも見事に対応する。

 迫る光剣に短剣を添える様に当てると、その威力を減衰させる事無く完璧に後方へと流し、別の光剣に当てる事で軌道を逸らしてみせる。

 自身の身体に掛かる負荷も構わずに魔力の出力を上げたラインは、身体から吹き出る血にも構わず更に光剣の数を増やして攻撃を放つ。
 それは最早生きた魚群の様に意志を持って動き回る破壊の嵐その物だ。

 しかしそれでもハクアは止まらない。

 それを見たハクアは即座に進路を変えると、四方八方から襲い来る光剣の僅かな隙間を潜り抜けた。
 だが、それすらも見据えた攻撃は、命からがら逃げ出した獲物の心を折るかの様に、残酷に光の雨となってハクアの事を待ち構える。

 ここに来てラインは自分の限界を超え、自動の攻撃と手動の攻撃を同時に操る術を体得しつつあった。

 絶え間ない攻撃に逃げ場を無くす。しかし、それでもその攻撃は一度とてハクアに届かない。
 まるで全ての動き、正解のルートが見えているかの様に、時に進み、時に離れ、身を投げ出し、側転、回転、あらゆる全ての動きをしながら、進路を変えて光剣の嵐の様な攻撃を掻い潜り武器を振るう。

 それはもう一種の芸術と言っても過言では無い絶技だった。

 感動が心を支配し、一挙手一投足に魅力される。

「「チッ!」」

 互いに漏らした舌打ちの音。

 ハクアの攻撃は薄皮一枚程度に留まり。それでも確かにこの戦いが始まって初めて牙を届かせた。
 そしてラインは潜り抜けて来たハクアを、迎撃する形で攻撃を避けると同時に、今まで散々目に見える攻撃に慣れさせた所で、もう一つの鬼術を使い、地面からの攻撃という不可視の不意打ちを放ってみせた。
 だがハクアはそれをまるで知っていたかの様に読み切り、薄皮一枚と言う成果でも深追いせずに即座に離脱する。

 離脱したハクアへ引き続き光剣で攻撃しながらラインの疑問は膨れ上がる。
 目の前のこの鬼の少女はどれ程の死線を潜り抜け、どれ程の死を覆して来たと言うのか。自分の潜り抜けて来た死線の数々がまるで児戯だったのではと思う程の経験値。

 先程までのハルバートの攻撃でさえ感じていたその確かな経験は、攻撃方法が光剣へと変わった事で更に浮き彫りになった。
 ラインの見立てでは布都御魂剣の怒涛の攻撃をハクアが避ける事など不可能な筈だった。
 それは少なくない死線を超えたラインの経験則から来る予測だ。
 しかし実際蓋を開けてみれば、手順を間違え数ミリでも角度がズレれば被弾し、刹那の時間すら迷う事が許されない状況の中、幾千の正解を選び取るという奇跡を起こしていた。

 奇跡の体現者。

 その一言がこれ程似合う者も居ないだろうと思わせる程の戦いぶり。
 ある種戦いの境地とも言うべきものだった。

 飛び抜けて早い訳でも無い。
 むしろここまでの戦闘で疲れ切った身体は速度が下がっている。だが、それでも全ての攻撃を回避する。速度は下がっているがキレは増し、反射速度と攻撃の予測精度は今も尚上がり続けている。

 ハクアにとってこの世界に来て初めての人間との死闘。

 強いだけならば仲間との戦闘訓練で十分だっただろう。だが、そこに自身の命を明確な命のやり取りが加わるとなれば話は別だ。
 強さだけならば心達、元神の強さには到底届かない。技術、魔法なら、澪や瑠璃、アリシアやクーの方が上だ。だが、互いに命を貪る様な人間との死闘は望むべくもない。

 そんなものを望む訳でも無いだろうが、格上の人間との死闘。それが急速にハクアを成長させて行ったのは確かだ。

 戦い始める前のハクアなら、ここまで完璧に攻撃を避ける事など出来なかっただろう。

 だが、ハクアの根底にあるのは弱者の戦い方だ。

 相手の力を利用し、戦闘の流れを読み、最適な動きを取る。

 身体が弱く、長い間動く事が出来無かったハクアの地球での戦い方。

 それがここに来て、異世界での経験と融合し昇華されて行く。

(もう少し……あと少しで……)

 あと一歩で何かを掴める。そんな感覚を抱きながらハクアは一時とて止まる事無く、暴風の様な光剣を避けながら虎視眈々と相手の隙を窺っていた。

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