ゴブリンから頑張る神の箱庭~最弱からの成り上がり~

リーズン

諦める訳にはいかない

 ──失敗した。

 ──また間違えた。

 せっかくここまで来たのに、森の出口が見えた事で気を抜いた。

 ここではその一瞬の気の緩みが命取りになるとわかっていた筈なのに……。

 元の世界で俺はただのオタクの陰キャだった。
 だから女神様にこの世界へ転生させて貰えると聞いた時、俺にも異世界転生がって喜んだ。

 アニメや漫画、小説で見ていたそれに自分がなる。

 それはとても魅力的で、興奮しっぱなしだったのを覚えてる。
 その時の俺が目指したのはもちろん俺TUEEEEのハーレム展開。
【魅了の魔眼EX】を取って、戦闘面でも各種パッシブスキルと、お決まりの経験値アップ系を取って、今までの報われなかった人生はこの為にあったのかと思ったほどだ。 

 まあ、実際俺が会ったと思っていた女神様はハクア曰く、転生のシステム的な物で本物の女神様とは違ったらしいけど。

 そして転生して、赤子の時から魔力修行をした甲斐があって、たまたま出会ったゴブリンを子供の頃に魔法で倒した事で、村中で天才だとモテ囃されて調子に乗った。

 その後だって、鍛えた魔法に貰ったスキルのお陰でほとんどなにも苦労する事は無かった。

 一つ問題があったとしたら【魅了の魔眼EX】が、年齢が上がると共に効果も上がって自分で制御が出来なくなり始めた事だろう。
 でもそれだって、一時は人の好意が信じられなくなったけど、ダリアとヒストリアのお陰で俺は救われた。
 今思えばそれすらもスキルのせいだったのかも知れないけど、地球で人とのコミュニケーションをして来なかった俺には判別出来なかった。
 いや、そう思い込む事で自分を正当化していただけなのかも知れない。
 だから二人には本当に感謝してる。スキルが無くなった今でもまだ、こんな俺の味方で居てくれるのだから。

 エイラやカイルにも酷く嫌な思いをさせた。
 特にカイルには、俺が……心の底から嫌っていたアイツ等と同じ事をしていた。
 憎くて悔しくて、それでも何も出来なくて逃げるしか無かった自分が情けなくて、何度も……何度も……殺してやりたいと心の中で思っていた奴等と同じ事をしてしまった。
 力を手に入れて、人生をやり直して、文字通り生まれ変わって、俺は……俺は自分が一番嫌っていた事をしてしまった。

 そう思えたのも、あの時ハクアが俺達全員を救ってくれたからだ。

 大丈夫だと思っていた。
 大丈夫だと思い込んでいた。

 ゴブリンなら何度も倒した経験があると……。

 俺達には、……いや、俺にはこんな簡単な依頼なんて不釣り合いだと本気で思っていた。
 でも現実に起きた事は全然違った。

 準備を怠った。
 警戒を怠った。
 慢心して皆を危険に晒した。

 仲間だと思っていたならもっと皆を鍛えるべきだった。

 凄いと言われるのが気持ちよかった。
 頼られるのが誇らしかった。

 だから皆に何も教えなかった。

 自分が凄いままでいる為に。
 自分が頼られる為に。

 でも今違う。
 皆は鍛えられた。
 もう俺だけが強いパーティーじゃ無い。

 だから頼る。

「ブレードマンティスは俺が何とかする! ダリアはヒストリアを護ってくれ。エイラはブラッドグリズリーと俺達との間に遮蔽物を! その後は援護を頼む」
「分かった!」
「了解よ!」
「ヒストリアは回復と強化魔法に集中してくれ!」
「分かりました!」

 指示を出すと同時に走り出す。
 俺達を中心に相対する二組の魔物に包囲された今、切り抜けるには戦うしかない。

 元々俺達を狙って集まった訳じゃ無いのなら、動線を塞げばもしかしたら互いに潰し合ってくれるかも知れない。

 ブラッドグリズリーは目の前の敵を優先して襲う。それを利用して上手く立ち回れば俺達はブレードマンティスとの戦いに集中出来る。
 何よりタフなブラッドグリズリーを相手するよりも、攻撃力は高いが防御力は低いブレードマンティスを倒す方が生存率は高いはず。

 ヒストリアの強化魔法が掛けられ身体能力が上がる。それと同時にブレードマンティスの攻撃圏内に侵入する。

 ハクアから習った事、どんな生物も大抵は身体の構造に従った動きしか出来ない。
 両手を広げた様に鎌を掲げた状態ならば、外から中への斬撃が来る。
 接近と共にピクリと反応した鎌を見て、外側へと身を投げると髪を数本切り落とされたが何とか回避出来た。

 他の奴はまだ来てない。
 攻撃して来た奴もまだ振り向けない。

 回避と同時に背中へと飛び掛り、飛び付く勢いも利用して全力で首を狙う。
 鎌が動き振り向きざまの一撃を放とうとする気配がする。だが、こちらの攻撃の方が一瞬早い。
 確信と共に手に持つ剣に更に力を込める。

 ブレードマンティスはその名の通りカマキリだ。
 その首は細く、鎌の攻撃は脅威だが急所に当たれば俺でも一撃で倒す事が出来る。
 その判断通り、吸い込まれる様に首に到達した剣は抵抗と共に首を跳ね飛ばす。

 残心の余裕すら無くその場を離れると、一瞬の間すら無く斬撃が振り下ろされる。

 まずは一匹。

 目の前には少なくとも十数体の敵が居る。
 状況は最悪。
 でもそれでも諦める訳にはいかない。

 あの時、カイルやエイラに向けた言葉だと分かりながらも俺だって聞いていた。

 諦めるなと、思考を止めるなと、死ぬその一瞬まで考え続けろと訓練中も何度と無く聞いた言葉。

 調子に乗って、夢を見ているかの様に浮かれていた俺を現実に引き戻してくれた。
 絶望的な状況にも笑って安心させてくれた本物の英雄。
 ステータスの強さだけを求めた俺とは違う、本物の強さを持った彼女に鍛えられたんだ。

 オーガとの戦い。
 戦闘中もずっとレクチャーしていたが、あの時でさえ楽な戦いでは無かった。
 攻撃を回避してもその余波だけで肌は裂け、捌くだけでも肉が抉れる。
 傷付きながら、身体を壊しながら、それでも怯まず諦めず戦うその姿は、俺が地球で憧れた漫画の主人公の様だった。

 そんな彼女、ハクアに鍛えられて諦める訳にはいかないんだ。
 認められたいと思ったハクアに認められるまで、何よりも俺を許してくれた仲間を守る為に!

 だが、そんな覚悟など嘲笑うかの様に俺達は追い詰められていく。

 ブラッドグリズリーは思った通りブレードマンティスと戦っている。だけど、それでも俺達の状況は悪くなる一方だった。

 皆も出来る事全てやって、いつも以上に動いている。だが、それだってもう限界だ。
 だから俺が前に出る。
 守る為に、傷付けさせない為に、俺自身が諦めない為に……。

「うぉぉぉお!」

 声を上げ恐怖を振り払う様にブレードマンティスの攻撃を受ける。

 手に力が入らない。
 でも、諦めてたまるか!

 受ける、受ける。
 怒涛の様な攻撃を半ば感を頼りに受けていく。
 だが、キンっという金属の音と共に俺の手から剣が吹き飛んだ。

「アベル!」
「アベルさん!」
「くっ、この!?」

 ダリアとヒストリアの悲鳴の様な声が聞こえる。エイラもその声で状況に気が付き魔法を放とうとするが間に合わない。

 どうする。どうすれば良い? 考えろ。考えろ。諦めるな。俺はまだ生きてるんだ!

 スローモーションの様に近付く鎌を見詰めながら、動かない身体を必死に動かし考え続ける。
 でも時間が止まる事は無い。
 鎌は刻一刻と俺に死を運んで来る。
 阻止て──後、二十センチという所で、遠くの方から猛烈な光が輝き、その瞬間、その光で産まれた影の中から四匹の犬が飛び出し、ブレードマンティスに噛み付くき、その勢いで吹き飛ばした。

「えっ?!」

 あまりの急展開に思考が止まる。
 だが、そんな一瞬の隙に吹き飛ばした近くに居たブレードマンティスが、犬に近付きあっという間にその身体を真っ二つにした。

 殺られた!?

 しかし、俺のそんな心配は杞憂に終わった。

 何故なら──真っ二つにされた犬の胴体から、テニスボールの様な大きさの黒い何かが飛び出し、ブレードマンティスを包み込んだからだ。

 俺はその黒い塊の正体を見てしまった。
 あれは蝿だ。
 そして俺はその蝿の事をよく知っている。
 何故なら少し前に、絶望と共に現れた死の恐怖そのものだったからだ。

 蝿の王 暴食のベルゼブブ

 その群体が、ブレードマンティスを食べ尽くし羽音を立てながら別の個体へと群がっていく。

 何がどうなって?

「アベルさん!」

 ベルゼブブの登場に気を取られた俺は、自分に接近するブレードマンティスに気が付かなかった。
 ヒストリアの声に反応して避けようとするが身体が動かない。
 だが、その攻撃が俺を襲う事はなかった。
 避けようとしたその瞬間、俺を襲おうとしていたブレードマンティスは、横から飛ぶ様に乱入して来た人物に殴られ、首が吹き飛んだからだ。

 ピンチに現れた彼女は、俺が憧れた英雄の様に俺達を背に庇い登場した。

「颯爽登場!」

 それ、なんかのアニメじゃ無かったか?

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