たった一つの願いを叶えるために

ノアール

悪夢

気づくと暗闇にいた。

「ここは、どこだ?」

確か、図書館で調べ物をして屋敷に戻ってグランさんたちと夕食をとった辺りまでは覚えていたが、そこからがうまく思い出せない。

周りを見渡しながら歩いてると、不意に後ろから声がかけられた。

「テル!」

その声は何度も聞いた声だった。

バッと振り向いた先には、黒髪を肩で揃えた、騎士が着る服に身を包んだ女性が立っていた。

「え……?な、んで」

「どうしたの?そんな泣きそうな顔をして」

不思議そうに問う彼女に、混乱して返事を返すことができなかった。気づくといつの間にか前世で暮らしていた家の中にいた。

「?ほら、突っ立ってないでこっちにきてご飯食べよ」

呼ばれるままに近づき、席に座る。

目の前にある光景が信じられなかった。その光景は、テルが何度も取り戻したいと望んだ最愛の人との愛しい日々で、二度と戻らないと思っていた光景でもあった。

「シア、なのか?」

「え〜!恋人の顔も忘れたの?」

「い、いや、そうじゃないんだけど……」

「テル、なんか変だよ?」

これは夢だ。

頭でそう理解しても、感情がそれを否定する。何よりまたこの日常が壊れてしまうのが怖くてたまらなかった。

この料理も見覚えがあった。

そこへキッチンから声がかかる。

「シアちゃん、この料理も運んでくれるー?」

「はーい!」

そうだこの声、母さんの声だ。

シアについてキッチンに向かうと、お皿に料理を盛り付けている母の姿があった。

「あら?どうしたのテル?」

「おばさん、今日のテルなんか変なのよ」

「そうなの?」

望んで止まなかった光景に、涙出るのをこらえることができなかった。

「ちょっ、テル!どうしたの?いきなり泣いて」

「どこか具合でも悪いの?」

「いや、ごめん何でもないよ。ご飯食べようか」

「ほんとに大丈夫?」

「ああ、大丈夫だよ」

最後の料理を持って行き、みんなで席に着く。

「「「いただきます」」」

夢かどうかなんて関係ない。

この時間が永遠に続けばいい。

今までが悪い夢だったんだ。

食事が終わり、それぞれ風呂に入ったりと過ごし寝室に向かう。

扉を開けるとシアが寝る準備をしていた。

「ごめん。もうすこしまってて…きゃっ!どうしたのテル?」

俺はシアを後ろから抱きしめた。

「すごく抱きしめたくなった」

「もう、なにそれ」

2人で笑いあっていると、周りがいきなりガラッと変わった。

「な、なんだ?…シア?」

驚き、周囲を見回すといつの間にかシアの姿がなかった。

嫌な予感がし、シアを探す。

「シアーー!」

周囲は建物が壊れたり、人が倒れてたり、あちこちで火の手が上がってたりと、まるで……。

シアを見つけることができた。

「シア!」

「あ、テル!」

シアを見つけられたことに安堵して警戒を忘れていた。

突如横から衝撃を受け、吹っ飛ばされる。

「がっ!?」

近くの瓦礫の山に突っ込む。急ぎ上体を起こし、シアの方を見る。

「っ!シア!!」

そこにはシアが構えていた剣を薙ぎ払われ、とどめを刺される直前の光景があった。

間に合えっ!

助けに向かうが、距離が足りなかった。

ドスッ

シアは剣で体を貫かれた。

刺した敵を吹き飛ばし、シアを抱きかかえる。

「シア!シア!」

「………」

傷口から溢れ出し、止まらない血。致命傷だった。

どうして!?なぜ守れない!!

そうだ!母さんは?

そう思って周りを見ると、また景色が変わった。

ここ俺の村か?しかもあの時か!

テルが生まれた村ではあったが、火の手が上がっていた。

そして、広場の真ん中には村中の人が集められ、一人一人と殺されていく。殺された中には父の姿もあった。

父さん!

向かおうとするが体が動かない。

なんで!なんで動かない!

そうやってもがいていると母さんが前に出された。

母さん!くそっ!動けよ!

母さんが殺されてしまう焦りに必死にもがくが、体は動かなかった。

「テル!」

母さんの声に目を向ける。

「テル!強く生きて!」

そう笑顔で言った後、剣が振り下ろされた。

◇ ◆ ◆

「……っ!!」

悪夢から目が覚め、勢いよく起き上がる。寝間着のシャツは汗でびっしょりだった。

夢…か。

その時ドアからノックの音が聞こえる。

「はい。」

「アリスです。あの、入ってもよろしいですか?」

「いいよ」

入ってきたアリスは、どこか心配そうな面持ちでこちらを見ていた。

「どうしたの?」

「あのテルさん。うなされていたみたいでしたが……」

「え、ああ、うん。ちょっと悪い夢を見ちゃってね」

「大丈夫ですか?」

「うん。今はだいぶ落ち着いたから大丈夫だよ」

未だ心配そうなアリスに、大丈夫だとわかるようにいつものように取り繕った。

深く心に刻まれた痛みから目をそらすように。

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