綾辻には聴こえている

雪抹茶

倉敷君の思い出

 先輩と別れてからしばらく経っても綾辻のことに関して考えていた。
確かに見た目も整っており、性格も良い。
だからって何で等しく慕われるのか。

 綾辻の周りにいる大勢の人の中に、本当に一人も好ましくないと思っている人はいないのだろうか。

もしかしたら俺が知らないだけかもしれない。それでも綾辻の周りを観察していると誰一人として綾辻に対して陰口を言ったり、密かに敵意を向けている者はいなかった。

不自然な程の完璧。何か秘密があるはず。
そんな風に疑うのは俺が屈折した性格だからか。

そんなことを考えていると、地面に影が差した。それに気づき顔を上げると…。

「え…?」

前方にいたのは人。しかし、黒色の着物を身に付け、半分に割れている仮面を着けており、もう半分からは精気のない青白い肌の女性の顔が見えた。
その異様な姿に目の前の者がこの世ならざる者だと理解させられた。

「…お前私のことが見えるのか…?」

鳥肌が立つ。抑揚の無い冷たい声が恐怖心を増大させていった。

(クソッ…!)

反射的に踵を返し、今まで通ってきた道に走り出す。目的地も決めず、ただこの場から逃げる。

「人に私が視えるとはな…。それに随分と美味しそうな匂いをさせるじゃあないか…」

仮面の女はそう呟きながら口角を上げる。そして、仮面の女の身体が浮遊し、空中を滑るように優希の後を追い始める。

(またやっちまった…!こういうのがあるから外では気をつけないといけないのに、いい加減学習しろよ俺っ!)

ーーー

「なんで仮面なんか着けてんの?」

きっかけはちょっとした好奇心だった。
ある日幼かった俺は公園で一人で遊んでいた。そして、公園の入り口辺りにいつの間にか立っていた女性に話し掛けた。
その女性は和服に仮面という明らかに異質な格好であるにもかかわらず、俺の後から公園に入って来る子供達はその女性がまるで『視えない』かのように素通りして行った。

 今思えばその時点でおかしいことに気付くべきだった。だが、何も知らなかった俺は話し掛けてしまった。

「坊や、私が視えるのかい…?」

仮面の女性はこちらに顔を向けると、とても以外そうに問いかける。

「…?当たりまえじゃん」

「そうか…、『当たりまえ』か…。子供ゆえか、妖力が強いのかどちらだろうな…」

「?」

頭に疑問符を浮かべていると、女性は公園内で遊んでいる他の子供達に視線を向け静かに話し出す。

「私はこの場所で子供達が楽しく遊んでいる姿を見守っているんだよ」

「なんで?一緒に遊べばいいだろ」

「それが私の役目だからだよ」

「ふーん…」

「ふふっ…、少し難しかったか?」

 仮面の女性は少し微笑むように笑うと俺の頭に優しく手を置き、撫で始めた。

「なっ…なにすんだよ!」

 撫でられることが心地好く、それと同時に恥ずかしくなった為照れ隠しで語気が少し強くなってしまう。

「坊や、よく聞いておくんだ」

 そう言うと女性はその場でしゃがみ俺と視線の高さを合わせる。
仮面の下の表情は見えないが真剣な声に 、素直に首を縦に振る。

「もしかしたら坊やは今後、怖い者や少し変わった者をたくさん視てしまうかもしれない。でも、それには関わらず視えないふりをするんだ。もちろん私も例外ではない」

「なんでだよ。お前は格好は変だけど怖くないぞ」

「それはな…」

「なあ!君は一人で遊んでんの?」

女性の言葉は、さっきまで離れた場所で遊んでいた男の子の問いかけで途切れる。

「一人なら一緒に遊ぼうぜ!」

男の子は活発な笑顔で俺を遊びに誘ってくれた。

(一人?何を言ってるんだコイツは…)

しかし、俺は続きの言葉が聞けなかった為少し不機嫌になる。

「俺はこの人と話してるから大丈夫だ」

不機嫌から冷たくあしらうように言葉を返してしまう。
すると、その男の子はキョトンとした表情をしていた。



「話してる?…誰と?」




「…は?」

思わず聞き返してしまう。別に聞こえなかったわけではない。しかし、男の子の表情に嘘をついている様子はなかった。
ただただ、疑問を浮かべているだけだった。

「誰と…って、どう見てもここにいる仮面を着けた変な人と話してるだろ」

俺は慌てて仮面の女性を指差す。しかし男の子は周りを見渡し探している。

「いや…何処にいるんだよそんなヤツ…」

まるで、仮面の女性が『視えていない』かの様に言葉を返される。

(なんでだ…コイツには視えないのか…?俺にはちゃんと視えるのに…)

俺は俺で疑問が瞬時に頭を占領する。
次第に男の子の俺を見る視線は不信感を抱いていた。

「なんだよコイツ…気持ちわるっ…。『コイツ以外誰もいない』じゃん…」

そう言うと男の子は遊んでいた場所に戻っていた。『誰もいない』、この言葉に俺は困惑していた。

「だから言っただろう」

仮面の女性は静かに話し出した。その声はどこか悲しく、諦めた様に聞こえる。

「君の様な特別な人の子にしか、私達を『視る』ことはできない。人の間では私達のことを…」


ーーー『妖怪』と呼ぶんだよ。



仮面の女性の声は耳に届くと共に、空中に溶けて消えていった。


































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