コンビニの重課金者になってコンビニ無双する

時雲

3話 解雇

結局、弁解の余地など無く、俺はコンビニの事務室に連れられて来ていた。


「だから、何も取っていないんですって……」
「いえ、確かに何かを取って行くのを見ました!こう見えても私、視力両目とも2.0なんです!」


……いや、こう見えてもって、どうも見て無いけど。


逆に、自分がどう見えていると思っているのだろうか。
あ……眼鏡かけてるから、”こう見えても”なのか。


でも、視力が良いなら何で眼鏡なんか……


「それで、霞くん。本当にこのお客さんが万引きしたんだろうね……」
「はい、私のこの、2.0の目で! 見ました!」


……節穴だな。


「いやいや、何にも取ってませんって……」
「いえ! 確かに盗っていました!」


……このっ!


”証拠”を出そうと、カバンに手をかけた。


カバンに手を掛けたところで、少しお腹の出た、ぽっちゃりとした中年の男性と目が合う。


レジ打ちをしていた、ボーイッシュな女性が紹介するには、このコンビニの店長だそうだ。


「……それじゃあ、警備会社に連絡して、カメラの映像を送ってもらうけど」


仕方ないとは思うが、俺の事を疑いの目で見ている。


「構いません」
「絶対に、ぜ~ったいに、盗ってます!」


……ブチっと切れかけたが、俺は大人だ。


それに、金もある。


何かあったら、金で解決じゃ!


……いや、な~んにも盗ってないから、心配する必要なんてないんだけどね?


「それじゃあ、連絡してくるよ」


そう言って、店長が書類を片手に電話をしに行った。


「……盗ってないからね」


店長が出て行った後も、女性基レジ子がじ~っと見て来る。


「いえ、そんな事はありません!絶対に!」
「だからっ!……そうだ、それなら、何を賭ける?」


「賭け……?」
「ああ、俺が盗っていると言うのなら、見たというのなら、問題ないだろう?」


「ええ!勿論!何でも賭けますよ!……そ、そのか、か、体でも!」
「……いらん」


「そそそれじゃあ、私を奴隷に?!」
「いや、いらんって」


自分の体を手でぎゅと掴んでフルフルと身を揺すっている。


……眼福……では無くて。


「それじゃあ、もし俺が正しかったら、お前にはコンビニを辞めて貰う!」
「コンビニを? ……で、でもやっと就職できた仕事なのに……」


……就職?


レジ子の胸元に下がっているネームプレートには、”アルバイト研修中”とある。


「あー……他の条件にするか?」
「……いえ、そうですね、これは己の正しさを明かす為!良いでしょう!その勝負、受けました!」


『己の正しさ』って……正しさの欠片も無いのに大丈夫か?


「分かった……それじゃあ――」
「あ、直ぐ来るみたいです」


店長が入って来た。


……何だか、ニコニコと上機嫌な気がするが、気のせいだろうか?


――
それから5分後、セキュリティ会社の人が2人来た。


「チース、こちらで宜しいですかー?」
「あ、はい。こちらに。あの、それでこのカメラなんですけど……」


隅の方にある防犯カメラのモニター前まで移動して、何やら話している。


「あ、この時間ですね……すみません来てくれますか?」


店長に呼ばれたので、俺とレジ子がモニターの前に移動する。


「あ!そうです!私がレジを担当した後……少しカッコイイなって思っていた隙に……ほら!ここです!ここの棚から雑誌を盗ってます!」


この子は、少し残念な子なのだろうか……


「あの、俺仕事あるので、帰って良いですか?」


時計を見ると、時刻は予定していた打合せ時刻を30分程過ぎている。


「あ、はい。この度はご迷惑をおかけしました。それで、勝負の方の……」


店長が、頭を下げて、丁寧に謝ってくるが、俺にはそんな時間はない。


「あ、良いです。あの、もう行くんで」


そう言って、スマートに出て行こうとしたが……


「逃げるんですか!それに店長も!私が言った通り、この男の人は、確かに盗ってました!」


レジ子が、俺の方を指差してそんな事を言ってくる。


思わずため息を付きたくなり、横にいたセキュリティ会社の人を見る。


「あ、ご愁傷様です~」


そんな風に言って、 ――意外な事に―― 心底同情する表情を向けて来る。


「ハハハ……」


乾いた声しか出ない。


「何笑ってるんですか!これから、牢屋です!臭い飯食べて……その前にかつ丼食べて!それで……」


「……良いよ、もう」


そう言って、店長がレジ子の名札を無理やり外す。


……無理やり外した為か、店長の手がレジ子の気持ちばかりの胸に触れていたが、レジ子はそれ処では無かったようで、放心している。


また、5分過ぎてしまった。


「……それじゃあ、俺は行くんで」
「はい、ありがとうございました!!」


元気に送り出す店長に、『何だかな~』と思いつつも、足早にコンビニを出た。


――
その後、出社した俺は、待たせてしまったお客様に、頭を下げて平謝りしていた。


その後、どうにか許して貰い、作業の確認をして貰った。


ただ、俺が打合せに遅れた為、謝罪の意も含めて費用は5%ほど割り引いておいた。


後は、報告をして、今日は帰宅だ。


昼ご飯を食べている暇が無かった為、帰りにコンビニで弁当でも買って帰ろう。


「お疲れ様です~契約完了したので、報告上げに来ました」


事務所に入ると、そこには社長と人事部長、それに同期の平山が居た。


「お、丁度良かった」
「丁度?……まあ、改修の件は終えましたので……」


このメンツは初めて見るメンツだ。


同期の中で、圧倒的に結果を出していた俺は、平山にライバル視されていた。
まあ、俺からしたらどうでも良い事なのだが。


それに、人事部長は、経理部の部長も兼任していて、度々不正に・・・仕事の完了期間を長引かせろと言われていた。
まあ、適当に理由を付けてさっさと作業を終わらせていたが。


この二人は、俺からしたら”少し面倒な奴”だ。


しかし、社長は違う。


俺が会社を辞めなかった理由の一つに、この社長の存在がある。
何が有っても、俺の話を一通り聞いてくれるのだ。


「正巳君……いや、本郷正巳。君を今日付けで解雇する!」


……へ?


「社長?」
「聞いたところによると、ウチの会社の利益を不当に少なく細工していた様じゃないか。それに、平山君の話によると、今朝コンビニで万引きをしていたとか……今まで目を掛けて来たのに、この様な形で恩を返すとは……!」


……グウの音も出ない。
……阿保らしい。


「はぁ……それは、しっかりと話を聞いた結果ですか?」
「馬鹿者!誰に対しての口の利き方だ!出て行け!」


……なるほど、俺が社長を慕っていたのは、一方的なモノだったらしい。


「……分かりました。それじゃあ、書類は送って下さい」


静かに、部屋を出た。


「……まぁ、良いか……」


そう呟いて、数年を過ごした会社を去った。


――
今朝騒動に巻き込まれたコンビニに寄った。


コンビニに入ると、店長がレジ打ちをしていた。


俺の姿を見た店長が駆け寄って来て、『何でも弁当をお譲りします!』と言って来たので、遠慮なくステーキ弁当を貰った。


少し引きつった顔で見送る店長を尻目に、散歩する事にした。


――
少し歩いた場所に、公園があったので、ベンチにでも座って弁当を食べる事にした。


夕日で照らされ紅く染まる公園のベンチに座った。


……目の前には、池がある。


ステーキ弁当を一口食べた。
口の中に、肉の重厚な味が広がる。


もう一口食べる。
最後にこの弁当を食べた際の事を思い出す。


もう一口食べる。
手の平に雫が……


「ぐぅぅ~」


…………?


不意になった音に、我に返る。


俺の腹の音?


……いや、それは無い。


それじゃあ……?


「ぐぅぅぅ~」


ベンチの下から音がしている。


「……お前」
「えへへ……」


ベンチの下には、子猫を抱えたレジ子が居た。


「そんな所で何してるんだ?」
「いや、何だかいい匂いがするな~って、来たら……」


「そいつは?」


レジ子の手の中には、子猫が居る。


「この子は、カラスに苛められている所を助けたんだ……なんか、他人ごとに思えなくて」


こいつは……


「それで、バイトは良いのか?」
「はい……あの、首になっちゃいました~」


なるほど……


「それで、家に帰らなくて良いのか?」
「……私、家無いんです」


……?


「どういう事だ?」
「えっとですね……」


そう言って、レジ子が身の上話を始めた。


レジ子の話をまとめると、こういう事だった。


両親が、事故に合い、大学に通えなくなった。仕方なく、学校を辞めて、働くことにした。地元で、仕事を探したが見つからなかったので、都心部に来ることにした。その後、就職活動をするも、決まらないまま一週間が経ち、昨日やっと働き口が見つかった。給料日はまだだったのでお金が無く、泊まる場所なども有る訳も無く……公園で寝泊まりをしていた。


……それで、先ほどそのコンビニを解雇された。


「……まあ、なんだ。 ……食べるか?」


そう言って、食べかけのステーキ弁当を差し出すと、レジ子はオロオロと手を彷徨わせた後、受け取った。……お腹が空いていただろうから、がっつくかと思ったが、子猫に少しづつ弁当をあげ始めたのには驚いた。


「まあ、なんだ……今日泊まってくか?」
「え…………?」


……決してやましい気持ちがあったわけでは無い。


まあ、確かに少し身の上話に同情を覚えたのは確かだが……


「その、なんだ……俺も今日解雇されたしなっ!」


力強くそんな事を言うと、レジ子が俺の顔を見て、笑った。


「なんね、それ!」
「仕方ないだろ~大人には色々あるだよ!」


その後、しばらくはベンチの上で夕日が沈む様を見ていたが、日も落ちて暗くなってしまったので、家に帰る事にした。


……帰り道、一人と一匹が増えていた。



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