『 インパルス 』 ~宝くじで900億円当たったから、理想の国を作ることにした~

時雲

278話 炙り出し作戦

「これからも頑張るなの!」

 どストレートで、何のひねりも無い言葉だ。

「これからも?」
「頑張る?」

 首を傾げる双子に、指をビシッと突き付けたサナが頷く。

「そうなの、これからも頑張るなの。みんなそうしてるなの!」

 そう言って、鼻から息を吐いているサナを見て(それで納得すれば世話ないけどな)と口を開きかけた。が、結果的に頷いた双子に苦笑する事になった。

 どうやら、あれこれ考えて捻ってみるより、ストレートに伝える方が良い事もあるらしい。

「「うん!」」

 元気に頷いた双子は、寄って来ると、黙っていた事に加えてこれからは、もっと頑張るんだと意気込んでいた。その瞳には、最初浮かんでいた不安の色はもうなかった。

 その後、今井の申し出と二人の希望があって、双子は今日付けで今井の傘下に入る事になった。今井の傘下と言っても、基本的には他の子供と同じだ。

 違うのは所属部署で、給仕部や護衛部に加えて、新しく出来た今井の"研究部"に配属されると言う事だった。多少不安ではあったが、ロイス教授にドーソン博士、それにマムも居るのだ。

 きっと、誰かがストッパーになってくれるだろう。

 その後、研究所を探検してくると出かけたサナと双子を見送ると、今井と少しばかり話をした。その内容は当然、双子に関する事だった。

「やはり二人は"人体実験"を……」

 眉間にしわを寄せながら言う正巳に、今井が頷く。

「間違いないだろうね。それも恐らく、最大のタブーである"脳"」
「後遺症とか影響はないんですか?」

 一般的に言っても、脳は最もデリケートな身体部位の一つだろう。腕を損傷するのと、脳を損傷するのではわけが違うように、どんな影響があるのかが心配だった。

 正巳の険しい表情に苦笑した今井は「今の処はね」と答えると、続けて言った。

「優れた頭脳は確かにそうだけど、僕が気になったのはその身体操作の方かな」

 それに首を傾げると、続けて説明してくれる。

「サナは飛びぬけた身体能力があるだろう?」
「そうですね」

 サナの身体能力は"大人並み"とかそういう次元ではなく、人と言う枠を若干外れている節がある。これは、サナが実験の被検体となっていた副作用から来るものだった。

「でもね、双子はそれとは違うんだよ。多少影響は受けているだろうがね」
「でも、あの反応と動きは尋常じゃなかったですよ?」

 体験した正巳だから分かる事だが、双子の動きは洗練された兵士のそれ・・だった。

「そうだろうね」
「というと?」

「二人はここしばらく訓練場に居たみたいなんだ。そこで、動きの上手い人――まぁ坂巻君とかユミル君とかだと思うけど――の事を観察していたらしい」

 それがどう繋がるのか分からないでいると、ヒントをくれた。

「ほら、立ち上がろうとした時、その指令は何処から出ると思う?」
「それは脳ですが……」

 言葉にして気付いた。

「もしかして、見て再現したんですか?」

 目で見た動きを覚えて、それを脳が再現する。文章にすれば簡単かのように感じるが、実際にやってみればそれがどんなに難しい事かがよく分かるだろう。

 プロの動きを見たからと言って、直ぐに同じ動きが出来るわけでは無い。それと同じだ。

 頷いた今井が、更に説明を加える。

「そういう事だね。加えて言えば、さっきの訓練中はずっとモニタリングさせて貰ってたんだ。そうしたら、ある事が分かってね」

 恐らく、異常が無いかの神経モニタリングの事だろう。頷いた正巳に続ける。

「それは……あの二人は、すべての動きを意図通りに判断して・・・・動かしているって事なんだ。それこそ、つま先から頭の上までね」

「つまり、身体能力に支えられた動きではなく、判断と反応によって取られた動きと言う事ですか? あの速度で? それだと、あまりに考える事が多くなる気がしますが」

 人間は歩くにしても走るにしても、一つ一つの行動を一々考えながらやっている訳では無い。一つ一つの動きをする為の一連の動作を、言わば"セット"にして無意識下で行っているのだ。

 その為には経験が必要だが、一度経験さえしてしまえば体が覚える。そうして、考えてから対処できない事であっても、反射的に対応できるようにしているのだ。

 それが、今井さんの話している事をそのまま事実だとすると、リアルタイムで脳から指示を出しながら動きを変えられる――と言う事になる。

 信じられないと呟く正巳に、今井が苦笑する。

「でも事実なんだ」

 脳の指示通りに体を正確に動かす事が出来、その処理速度は戦闘中の咄嗟の動きに正確に反応できるほどである……。仮に、サナを身体的な制限が外れている者とすれば、双子は――

「最早、脳の限界突破者ブレインリミットブレイカーですね」

 空笑いする正巳に、頷いた今井は楽しそうだった。

「二人に知識を詰め込めば、きっともっと面白くなる」

 怪しい笑みを浮かべ始めているのを見て「程々に」と言った正巳だったが、その言葉が果たして届いたのかは限りなく怪しかった。

 楽しそうな今井の横で、満足げなマムに言った。

「それで、何処まで知っていたんだ?」

 以前マムに"正体"について聞いた時、分かっていないと言いつつも「めぼしは付いている」と言う事を言っていた。恐らく、その時から候補に挙がっていたのだろう。

 正巳の問いにマムが答える。

「確信したのは、昨夜双子の呟きを聞いてですね。実は、開催前の概要でパパからのご褒美があると伝えた時、双子には『大抵の事を許して貰える』と付け加えていたんです」

「……なるほどな、それで頑張ったわけか」
「はい、上手く行きました!」

 どうやら、マムの作戦通りだったらしい。
 満足げなマムを見た正巳は、ふと思いついた事をもしかしてと聞いた。

「もしかして、このイベントはそもそも優勝者を見つける為のモノだったのか?」

 表立っては居なかったものの、よくよく考えて見れば、そもそもの言い出しっぺはマムの様な気がする。もしそうだとするならば、全てはマムの"炙り出し作戦"だったと言う事になる。

 コクンと頷いたマムに、一言注意しようかと思ったがやめた。

 手段は大掛かり過ぎるが、その結果だけ見ればみんなが笑顔になり、双子の悩みを無事解決した事になる。褒めさえすれど、叱るような内容ではないだろう。

 妄想から帰って来た今井が声を掛けて来たので、一先ずマムには「よくやった」とだけ言っておいた。更にニコニコとし始めたマムを横に、今井が言う。

「それで、賞金はどうするんだい? 公平に分割するとしても莫大な金額になるけど」

 確か、入賞者の中でも上位10位までで、六割強の66億円を分配されていた筈だ。その内容を思い出しながら頷くと、自分の考えを言った。

「今井さんの名前で行われた大会ですから、今井さんの決定に任せたいとは思いますが……ただ、二人の親としてであれば、その賞金を渡すのは成人してからが良いでしょうね」

 それに頷きながらも今井が言う。

「なるほど、確かにそれが良いかもね。でも、研究には沢山お金がかかるよ?」

 きっと、自分がそうだったからこそ、双子の事を考えての心配なのだろう。満足な研究をする為にも、自由にお金をつかえた方が良いんじゃないかと言う今井に答えた。

「それでしたら問題ありません。私が全て負担しますよ、二人も"研究部"ですからね」

 研究部の一員であると言う事は、ハゴロモの利益のために働いていると言う事だ。その費用を負担したとして、何の問題もないだろう。

 言い切った正巳に、若干「これが親バカってヤツなんだろうね」と声が聞こえたが、そんなこと知った事ではない。

 その後、「何処まで使っても良いんだい?」と聞いて来る今井に苦笑していると、それまでニコニコしていたマムの表情がスッと真面目なものに変わっていた。

「どうした?」

 今置かれた状態を考えれば、何が起こっても可笑しくない。

 真面目なトーンで聞いた正巳に、マムが答えた。

「例の雑誌・・が、全国への配送ルートに乗ったようです」

 例の雑誌と言うのは、先日話をした"ハゴロモの特集記事"が載っている雑誌の事だ。これに関しては、既に各種報道機関がこの雑誌を取り上げると言う事が、情報として入っている。

 まず間違いなく、大きな話題になるだろう。

「そうか、それじゃあ予定通り頼む」
「はいパパ!」

 マムが行なうのは更なる工作だ。

「いよいよだね」

 緊張した面持ちの今井に頷くと、戻って来たサナ達を見て呟いた。

「ええ、いよいよ本当の意味での"独立"の時ですね」

 意図した通りに行けば、一週間以内に大量の抗議の声が日本政府に届くだろう。そして、それから更に一週間経てば、膨らんだ不満と不安が巨大なエネルギーとなって渦巻き始めるだろう。

 ――最終地点ハゴロモを目指した、大きな"デモ"となって。

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