『 インパルス 』 ~宝くじで900億円当たったから、理想の国を作ることにした~

時雲

275話 硝煙の陰の捏造

「それで、今回もあった・・・のかい?」

 何がと言われなくとも、何を聞いているかは分かる。
 頷いた正巳は、降ろしていた腕を組むと言った。

「ええ、世界政府を名乗る組織から"犯行声明"と共に、"要求"と呼ぶのも馬鹿らしくなる主張が」

 要求と言うのは、『保有する知識と技術は共有されるべきモノであって、それを占有している"ハゴロモ"は世界悪である。全人類はそれを認識し、団結して求めるべきである』というモノだった。

 テロと言うのは、"テロリズム"つまり――政治的な目的を達成するために暴力および暴力による脅迫を用いることを言うが、今回の主張は滅茶苦茶が過ぎる内容だった。

 子供達が耳にした時、精神に多大な影響があると考えられたため、その内容に関してはある程度の配慮を以って既に共有していたが……

 その共有方法は"映像アニメーション"だった。

 提案したのは今井で、賛成したのは正巳だったが……出来上がった映像を見て、止めておけば良かったと後悔する事になった。

 映像はアニメーションで作られていたが、登場人物には大きく分けて三種類いた。

 先ず"悪の組織"、次に"子供達"、そして"正義の味方"。

 嫌な予感がしたと思うが……そう、その通り嫌な予感の的中だ。

 見た目こそデフォルメされ、多少ポップなキャラクターになってはいたが、登場人物の一人は明らかに正巳を意識して描かれていた。

 黒スーツを着た悪の組織と、それに対する仮面を付けた正装の男。そして、その背後にいる子供達。キャラクターの選び方に多少文句はあったものの、その内容には満足だった。

 思い出して頭痛がして来た正巳だったが、それを見た今井が言った。

「そう言えば、上原君はまだ見ていなかったよね。折角だし感想が欲しいな」

 今井の言葉に、いつの間に用意したのかマムがホログラムを用意している。悪い顔をしている今井と、満面の笑みを浮かべているマムを見て断る事が出来なかった。

「……好きにして下さい」

 そう言って少し下がると、近くにあった椅子に腰かけた。

「あ、この前のヤツなの!」

 サナは早くも「これ好き」と言って観る姿勢になっている。

 先輩はと言うと、どういう事かと気付いた瞬間からニヤニヤとしていたので、そちらに敢えて視線を向ける事はしなかった。

 既に観て知っているが、内容を説明すると大まかにこんな流れだった。

 ――ある所に楽しく過ごす子供達が居た。子供たちは、毎日コツコツ働いて用意した道具や、一生懸命勉強して学んだ知識で豊かな暮らしをしていた。

 一方、その近くには同じような村があったが……ある日、近くの村に悪の組織がやって来て事件を起こした。それは、とても酷い事件で、村人たちが怒るのは当然な事だった。

 当然その村人たちは怒ったが、そこで悪の組織はこう言った。

「あの村の子供達が幸せそうにしているのが悪い。そこにある物は、本来みんなで分けるべきものであって、今すぐ差し出すべきだ」

 それを聞いた村人たちは、最初の内は何を言っているのかと怒っていた。しかし、悪の組織を掴まえようにも掴まえる事は出来ず、酷い事件は繰り返される。

 怒りと不安をため込んだ村人たちはついに、子供たちの処に来てこう言った。

「お前たちが近くに住んでいるから悪い。直ぐに別の何処かに行ってくれ」

 そう言われて困った子供達だったが、実は何も心配は要らなかった。

 子供達と一緒に、正義の味方がいたのだ。

 仮面を付けた正義の味方は、別の場所にもっと良い家を用意してくれていた。

 新しい家に移動した子供たちは、もっと良い家に移動出来て幸せだった。

 ――と、ここまでで本来は良かった筈だ。しかし、今井とマムが用意した映像にはその先があった。初めて見せられた時、思わず苦笑してしまったが……場合によってはあり得る展開だった。

 移動した子供達は、新しい場所で幸せに暮らしていた。

 しかし、そこに忍び寄る影があった。

 その正体は"悪の組織"で、元の場所から移動させたかったのには理由があった。

 それは、悪の組織が子供達をいじめる為だった。

 村人たちの近くでいじめたら、それを見て大勢で反撃されてしまう。でも、見ていない場所でいじめてしまえば、どうとでも上手く言い訳が出来る。

 つまり、全ては悪の組織の悪だくみだったのだ。

 どうしようかと思った子供達だったが、何も心配は要らなかったのだ。

 そう、子供達には正義の味方がいる。近づいて来る悪の組織を片っ端から倒した正義の味方は、そのまま悪の組織を解体して平和な日常が戻って来たのであった――

 若干簡略化はしたものの、これが映像の一部始終だ。

 てっきり弄り倒してくるかとも思ったが、観終えた先輩は少し考えると言った。

「今井部長、これは演算結果ですか?」
「ざっくり言えばね、その通りだよ」

 真面目なトーンに影響されてか、今井の返事にふざけた様子は無かった。

「つまり、この悪の組織と言うのは……なるほどな」

 何を納得しているのかは分からなかったが、どうやら先輩は先輩で何か考える事があったらしい。顔無しノーフェイスについては先輩は愚か、今井にも話していない筈だが……。

 下手な事を言うと、余計な詮索がありそうな気がしたので黙っていた。

 その後、幾つか質問をしていた上原だったが、振り返ると言った。

「なあ正巳、どれくらい先になると思う?」
「早くて三か月、遅くとも半年以内ですね」

 聞いているのは、拠点移動の時期についてだろう。
 即答した正巳に、今井が頷く。

「今の状況が続けばそうだろうね」
「新しい拠点の開発進度はどうですか?」

「今週中に生活フロアは完成するかな。後は、物資とか機体を仕舞っておく場所だけど……実は随分前にそれら"倉庫"、"格納庫"は出来てるんだ。問題なのは生活用水だけど、それもあと二週間もすれば解決かな。他には……」

 ずんずんと話を進める今井にストップを掛けると、聞いた。

「ちょっと待って下さい、生活用水が解決というのはどういう?」

 まさか地下を掘って、地下水でも汲み上げるのだろうか。

 正巳の質問に首を傾げた今井だったが、直ぐに納得した顔をすると言った。

「周りに幾らでも水はあるからね、それを飲めるように精製するだけさ。既存のシステムを大幅に改良したから、かなり小型化も出来てるんじゃないかな!」

 恐らく、無意識に言ってしまったのだろう。

「マスター!」
「うん、どうしたんだい?」

「新しい拠点の場所は秘密なはずですが、その周りに水があると言っては……」
「うーん、そうだったね。ははは……忘れてくれたまえ!」

 ある程度の立地を知っていた正巳はともかく、上原とそばに控えていたデウは首を傾げていた。今井さんが困る様子を見て、そのまま見ていたいなとも思ったものの、仕返しが怖かったので早めに助け舟を出す事にした。

「つまり、一か月以内に移れる状況と言う事ですね?」

 その言葉に、顔を上げた今井はコクコクと頷いて言った。

「そうそう、そう言う事さ!」
「それで、工場の中身はどうしますか?」

 当初、余裕があれば丸々移動させるという話だったが……

「実はね、データを基に改良した"新型"を既に作ってるんだ。だから、正直置いて行っても良いかなぁって。そのままホテルで活用してくれても良いしね」

「先輩はどう思いますか?」

「そうだな、部長が言う通り置いて行っても良いかもな。俺が心配なのは軍事転用されないかだが、あの工場にあるのは精々が美味しい野菜を作る機械だもんな」

「それじゃあ、そうしましょう。後でホテルにもその趣旨で連絡を入れておきます」

 そう言った正巳に頷いた二人だったが、若干一名手を上げた者が居た。

「あの、仮にですが、そのタイミングが想像より早く来た場合はどうしましょうか」

 それに首を傾げると聞いた。

「どういう事だマム?」

「はい。現在、世界各地で何者かによる爆破テロが発生しており、その結果人々の不安とその緊張の糸は張り詰めた状態になっています」

 なるほど、確かにそうだろう。首相から直接言われた通り、人々の不安と緊張は非常に高まって来ている。それに間違いはない。

「そこであと一押し、その糸を弾けさせる衝撃が加わったらどうでしょうか……状況が瞬時に変わるのではないでしょうか?」

 状況が変わるというのはこの場合、このまま拠点に居られなくなると言う事だ。今回拠点を移す事にした理由は、首相から日本国民の不安が膨らんでいると言うのがその理由だった。

 加えて、何処まで行っても結局は"借り物の土地"な訳で、何処かのタイミングで自分たちの国土が必要だと言うのもその理由の一つではあったが。

 マムの言葉を聞きながら思った。

 マムは、基本的に推測の類は口にしないだろう。必ず、何らかの裏付けと根拠を以って話している。仮に間違えるとしたら、それは正巳か今井が言った事をそのまま受け入れた結果だろう。

 つまり、今回マムが口にした"状況が変わり得る何か"が、発生する可能性が高いと言う事だ。顔を見合わせた三人は、恐る恐るマムへと聞いた。

「それが起こるとして、その根拠を教えてくれるか?」

 頷いたマムだったが、正巳の顔をチラリと見て一瞬顔を曇らせた気がした。

「先日、ある出版社の会議で、ある"特集"が企画会議を通過しました」

 嫌な予感がしながらも頷く。

「その特集と言うのは、お察しの通り私達に関連した内容です。その実態と題して組まれた特集で、技術の特異性や子供の数が多い事などを中心に、取り上げられるみたいです」

 なるほど、その程度であれば既に知られた処だろう。

「この特集の中でも一番の目玉記事スクープは、ある"インタビュー記事"で……」

 そこで言葉を止めたマムは、何となくこちらを気遣っているようだった。それに構わないと頷いて促すと、口元をキュッと引き締めた後で言った。

「そのタイトルは『イベント中に爆破テロ未遂、全ての元凶はやはりこの新興国にあった!』という内容のようです。企画の段階で、既に記事の方向性は決まっている様子でした」

 頭に血が上るのを感じたが、それを抑えると視線を今井へと向けた。

「これはつまり、記事を捏造するって事だよね?」
「ええ、恐らくそうでしょうね」

 誰にインタビューをするのか知らないが、きっと誰にしようが関係ないのだろう。何となく、イベントの際チケットを譲った親子の顔が浮かんだが、それを振り払うと言った。

「先輩、止める必要はありませんよ」

 抗議の連絡を入れると言って憤慨する先輩にそう言うと、深呼吸を一つして言った。

「何れにせよ移動する予定だったんです。丁度タイミングも良いですし、出発日を合わせましょう。何なら、こちらからも陰で工作をして、出発日に見送り・・・に来てもらっても良いんじゃないですかね」

 敢えて遠回しな言葉を使ったが、どうやら先輩にも言わんとする事が伝わったらしい。

「さすがは正巳だ、いっちょやるか!」

 そう言って出して来た拳に、拳で返すと言った。

「決まりですね」

 これは言ってみれば、お互いのガス抜きの為に必要な事だ。

 不安をため込んだ風船と、不満をため込んだ風船。それらが予定したタイミングで、互いに気付付け合う事無くガス抜きをする。

 視線を戻した正巳は、マムに言った。

「――と言う事で、マムは出発前に大勢の人が押し寄せるよう工作をしてくれ。どんな記事が上がっていようとそれに対してあれこれ言う必要も、構う必要も無いからな。もちろん、取材を受けた相手にもだ」

 理解しているのかは微妙な処だったが、手を上げたマムは「はい」と返事をしていた。後は、黙っていても時期に出発日が決まって来るだろう。

「ちょっと、どういう事だい? ねえ?」

 途中から置いてけぼりになっていた今井だったが、それに向き直ると言った。

「出発日が決まると言う事ですよ今井さん」
「どういう事か分からないんだけどな」

 仲間外れにされたと思っているのか、少し頬を膨らませた今井に苦笑したが、それを横で聞いていたサナが出て来ると言った。

「あのね、みんなに見送ってもらうなの!」

 そう言ってから、「違う?」と聞いて来るサナを撫でると「そうだよ」と返した。その様子に始終不満げな視線があったのは言うまでも無かったが、結局マムの説明を聞いて納得したみたいだった。

 出発日、それは大勢の人が見送りに来る日、すなわちデモの日・・・・だった。

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