『 インパルス 』 ~宝くじで900億円当たったから、理想の国を作ることにした~

時雲

273話 最後の日常

 ガムルスの民が帰還した数日後、正巳宛に請求書が届いた。

 請求元はホテルで請求者はザイだった。

「どうやら終わったみたいだな」

 実は先日の内に、早速"環境清掃"の依頼を出していたのだ。

 指名したのはドレイクで、対象地域はガムルスの首都周辺だった。現在も一部今井謹製の警備ロボが巡回しては居るが、どうしても目立つため不穏分子を完全に排除できていなかった。

 それでドレイクに依頼したのだが……どうやら、無事掃討し終えたらしかった。

 報告書を確認して、かかった費用と報酬を含んだ請求額に目を通す。

「……ふむ、一、十、百、千、万、十万、百万……なるほど。かかったは掛かったけど動いた人数と効果を考えると、それなりにリーズナブルだったかもな」

 そこに記載されていたのは、億を軽く超えた数字だった。金額的には大きいが、実働されたのが三個中隊規模だったのだから仕方がないだろう。

 それに、少しでも安全が買えるなら、買っておくに越したことはない。

 当然ミンには秘密で行っていたが、旧軍隊――現在は改名して"護衛軍"としているらしい――のトップに就いたテンには共有している。

 後はテンの方で上手い事統制を取るだろう。

 テンはまだ若いが、カイルが軍の独房で見つけたと言う"信頼のおける軍人"や、少なからず残っていた良心のある元軍務経験者に助けて貰いながら、足らない部分は補うに違いない。

「マム、決済しておいてくれ」

 そう言って請求書を渡すと、それを受け取ったマムが頷いた。

「はい、今してしまいますね――終わりました」

 一瞬だったが、確かに終えたのだろう。

 静かな室内を見回すと言った。

「サナは訓練か?」
「はい、新しく配置された人たちを"揉んでやる!なの"と言っていました」

 恐らく、ハク爺の影響でも受けたのだろう。

「そうか、そう言えば所属部署の再配置・・・をしたんだったか?」

 思い出しながら言うと、マムが頷いた。

「はい、基本的には適正と希望に沿っての配置ですが、今回は大人も加わりましたので。少しばかり、これまでとは様子が変わったみたいですね」

 今回の再配置は、一部の子供達がガムルスに移住したのがその大きな理由だった。

 移住したメンバーの多くは"給仕部"に所属していたメンバーで、"護衛部"からは殆ど出ていなかった。その為人数的バランスが悪くなり、今回再配置となったわけだ。

 サナが何をするのかは分からないが、テンが居なくなった今、ハクエンとアキラがいるだろう。それこそ、ハク爺や傭兵団のサクヤやジロウだっている。任せていても大丈夫だろう。

 ミューの姿も今ここにはなかったが、それもそのはず、今一番忙しくしているのは恐らくミューなのではないだろうか。

 給仕としての基礎知識を教えるのは勿論、その配置を決めるのもミューの仕事だ。

 因みに、ガムルスから移住して来たのは、その大半が傷病者や老人、子供だった。話をしてみて分かったが、自分は祖国に居ても"お荷物"だと思ったらしい。

 話しながらハッとして、「お荷物ですがどうか……」と請われてしまった。自分たちが労働力として十分でない事で、捨てられるとでも思ったのかも知れなかった。

 そんな事が複数回あったもので、正巳は今井と上原と話し合ってある事を決めていた。

 それは、体の弱い人でも負い目を感じなくて済むように"役割"を与える事。そして、希望者には"再生治療"を施す事だった。

 子供達に対しては、既に施していた治療だったが……大人――特に国外の大人達に対しては、別の方法を取っていた。それは"義手義足"、今井謹製のスーパーサポートだった。

 ガムルスに戻る中にも、義手や義足を付けていた人々が居たが、帰還する際「返還しなくてはいけませんか」と聞かれた。悩みはしたが結局、基本的にはそのまま譲渡する事にした。

 通常の人間の数倍から十数倍の力を発揮するのが今井謹製の"義手義足"だったが、一度あげた物を取り上げると言うのは意地が悪いだろう。

 それに、敵になるのでなければ別に構わないとも思う。

 そんなこんなで、義手義足は高性能であってもいわば"常識的"、特に問題は無かった。問題なのは、細胞の再生に関わる治療をした子供達だった。

 細胞の再生を行なった子供たちは、その大半が手足や体の一部を欠損していた子供達だった。再生後の子供たちの体は、力の弱い子供でも大人程度の力を発揮していたのだ。

 つまり、細胞の再生と同時に"変異"もしくは、何らかの"枷"が外れた状態になったわけだ。普通に考えて、そんな便利な力は諸外国どんな国でも欲しいだろう。

 何せ、一本注射を打てば力が数倍になるのだ。実際には、マムの解析力が無くては不可能な芸当だったが、そんなのは知った事ではないだろう。

 結局、事前に出国する子供達には、通常の力に戻す"ワクチン"を摂取して貰った。テンを初めとした一部には免除したが、これで子供は子供らしく相応の力しか出せないだろう。

 特別な力があると狙われるのだから、その力を消してしまう――これが今回取った手段だった。ガムルスに出た子供達には、新しい人生を普通の一人の人間として楽しんでほしい。

 因みに、義手義足はどうなのかとも聞かれたが、情報によれば技術先進国の一部では既に兵器としてより特化された"強化戦闘服パワードスーツ"が実用化されているらしい。

 多少高性能な義手義足程度であれば、特に心配は要らないだろうと答えておいた。

 顔を上げた正巳に、近づいて来たマムが言った。

「そろそろ時間ですね」

 言われて確認すると、約束していた時間まで五分を切っていた。

 頷いた正巳は、差し出された手をつなぐと立ち上がった。

 今日は約束していた"治療の日"、一生を共にすると誓った入植者達の傷を癒す日だった。前もって一人一人の検診と解析は終えている。後は施術するだけだ。

 治療には痛みが伴うのと、場合によっては古い傷までは治らない可能性がある。治らなかった場合は、今井さんに頼んで義手義足を用意する事になるだろうが……。

 いつの間にか隣に現れていた二匹の猫に目を向けると、軽く撫でた後で歩き始めた。

「さて、喜んでくれるかな……」

 その後数日に分けて行われた治療は、無事全て終わっていた。

 中には、それまで腰が九十度に曲がっていたのがバキバキと音を立てて真っ直ぐに伸びていたり、つるつるだった頭皮に一瞬で毛が茂ったりしている。

 少しばかり、恐怖を禁じ得ない場面もあった。

 サナなど、その光景に「おばけなの?」と言って構えそうになっていたが……慌てたサクヤ達に説得され、最終的には抱えられる形で止められていた。

 何となく、無毛の大地に一瞬で髪が茂る光景を見て「この増毛効能を知られれば、それだけで世界中から狙われそうだな」と思った。

 ただ、一概に良いとも言えず、ある程度伸び切った処で脱毛が始まり、結局毛根ごと死滅してしまった――なんて事も起こっていた。まったく、ギャンブルにもほどがあると思う。

 正巳達が順調に組織の再編と強化を行っていた間、世界各地では異変が起きていた。

 それは、これまで起こっていなかった地域でのテロ行為。その多くは自爆テロであり、事前に止めようとした警察や軍隊が巻き込まれる"無差別的"な犯行だった。

 唯一共通していたのは、犯行の前後で行われる"犯行声明"と、その中で繰り返されるある"主張"だった。初めはテロ自体への嫌悪を向けていた世界だったが……

 一向に収まらない犯行と、当初から一貫して叫ばれる内容に、少しづつ様子が変わりつつあった。それは、到底正常ではない変化だったが、非常時にあって永遠に正常であり続けるのは難しい事なのだろう。

 ――遂に、近隣国"日本"でも爆破テロが発生した。

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