『 インパルス 』 ~宝くじで900億円当たったから、理想の国を作ることにした~

時雲

270話 時代のうねり

 ひと息ついた正巳は、少し席を外すと言って立つと訓練部屋に入った。何処でも良かったが、防音と邪魔にならなそうな場所はと考えた時、選択肢があまり無かったのだ。

 マムは、今井さんとミューと一緒に残っていたが、モニターの奥には二次元の状態でマムが控えていた。恐らく、そうした方が良いと判断したのだろう。

 給仕姿のマムに顔を向けると言った。

「アブドラに繋げてくれ」
「はいパパ」

 ぺこりとしたマムが頷くと、数秒もしない内に薄暗い映像が浮かび上がる。

 てっきり、宜しくないタイミングに繋げてしまったかとでも思ったが、どうやら勘違いだったらしい。そこには、練り蝋燭に灯った火と、その明かりで読書する男の姿があった。

 整った容姿に、有機的な光が相まって何処かノスタルジックな雰囲気を醸し出していた。

 その隅には、秘書の女性の姿が見えたが、こちらに気付くとコホンと咳払いした。それに振り返ったアブドラは、秘書へ目をやり、その後でこちらを見て顔を明るくした。

「もしかして繋がっておるのか?」
「ああ、少し前からな」

 そう言って返すと、苦笑したアブドラが言った。

「ふむ、お主こちらが呼び掛けても早々に応えぬのに、そちらからは急に繋ぐよのう」

 現在、通信手段としてアブドラの近くには、円柱型をした悪路対応の"警備ロボ"を置いている。これは、正巳からアブドラにプレゼントしたものだったが、中々に優秀なロボットだ。

 表向きは、有事の際の警備と情報伝達の道具として譲渡していたが、実際にはもっと個人的な事――アブドラが"何処でも連絡が取れる通信機"が欲しいと言った――がその直接の理由だった。

 文句を言うアブドラに、苦笑すると返した。

「仕方ないだろ、結構忙しかったんだ」

 実は、そんなに忙しくない時もあったのだが……重要な要件でも無さそうな時は、三回に一回程度で応ずる事にしていた。でないと、事ある毎に連絡して来て切りが無くなってしまう。

 まるで、初めて玩具を手に入れて喜ぶ子供の様なアブドラに、居留守作戦を使っていたのだ。そもそも、仮にも戦争中の当事者に、「暇だから」と頻繁に連絡してくるのは止めて欲しかった。

「うむそうか、終戦したか時間が出来たんだな?」
「いや、そんなに暇になる訳では無いがな」

 そもそも、国王であるアブドラがそんなに暇して居て良いのかと思ったが……

「お話し中恐縮ですがアブドラ様、毎回バランスを考えて予定を組んでいるのに、それを急がせるのは止めて下さい。当の正巳様もお忙しそうですし、もう少し休息を入れながら――」

 どうやら予定を詰めて終わらせ、わざわざ時間を作っているらしい。

 秘書の言葉に苦笑すると、マムに映像をつなぐように言った。

 基本的には、こちらからは向こうが見えるが、向こうからはこちらが見えない仕様にしていた。これは、予めアブドラにも了承して貰っていたが、情報保衛の面から必要な事だった。

 映像が向こうにも投影されたのだろう。

 こちらを見て手を振るアブドラに、手を上げて返すと言った。

「悪いな、向こうの部屋で二人待たせてるんだ。早速本題に入らせてもらう」

 すると、素っ気なくしたのが不満だったのか、口の端をへの字にして見せていた。一々反応する気も無かったので、見ていない振りをして続けた。

「それでだが……アブドラ、お前こっちに工作員送っただろ」

 報告書――"諜報員・工作員リスト"には、はっきりとグルハの名があった。

 どう聞いたものかとも思ったが、結局直球で聞いていた。これで崩れる関係ならそもそもあって無かったようなモノだろうし、正巳自身そんな浅い関係だとも思っていない。

 一瞬引きつった様にも見えたが、直ぐに笑みを浮かべると大きく頷いて言った。

「ふはははは、流石だな。気付かれてしまったか!」

 まるで阿呆みたいに大口を開けて笑っているが、直ぐ認める辺り、こちらの情報取集能力をよく理解している証拠だろう。変な話ではあるが、余計な言い訳をしない辺り印象が良かった。

 印象が良いのはそれとして、聞くだけ聞いておかなくてならないだろう。

 息を吐き、頭を掻くと言った。

「それで、何を悪さしようとしていたんだ?」

 マムの報告によると、特に怪しい動きは無かったみたいだが……それがかえって不安だった。

 いつの世も、情報の有無が様々な事に影響する。手元にある情報で情勢を理解し、判断の一手を下すのだ。それ故、情報が抜けていると言う事は、それがそのまま不安要素となる。

 ストレートに聞いた正巳だったが、それに対してアブドラは、何やら頭を掻いて言いにくそうにしていた。正直期待して無かったのだが、聞き出せるかもしれない。

「言えないような事なら別に」
「いや、そういう訳では無いだがな……」

 もにょもにょと口元を動かすのに首を傾げていると、控えていた秘書が口を開いた。

「アブドラ様は、正巳様があまりに素っ気ないので、何かプレゼントをしたいと思われていたのです。それで、工作員に潜入して情報を集めるようにされたのですが――」

 途中で立ち上がったアブドラが、秘書の女性の口を押えていた。

「それじゃあ、つまり、俺に構って欲しかったと?」

 コクリと頷く秘書に、アブドラが目をギュッと瞑って首を振る。

「そんな訳なかろうが!」

「そうか……、戦争も終結したし明日からであれば、もう少し時間が取れると思っていたんだがな。その必要が無いなら――」

「あるぞ、うむ! ほら、お主が作ったと言うバーチャル世界、アレを使えば一緒に何か出来るのだろう? 何だったか……ええと、VRなんたらだったか?」

「あぁ、VRMMOか、確かに可能だな」

 VRMMO(Virtual Reality Massively Multiplayer Online)仮想現実大規模多人数オンライン――これは、つい先日限定的に一部ユーザーを招待したゲームだった。

 元になっているのは、軍事訓練に使っていた訓練世界だったが、いずれ世界規模でリリースしようと思っている未来の"主力製品"の一つだ。

 ゲーム利用者から得たビックデータは、その他多種多様な分野に転用できるため、単純な産業として以上に意味のある国家的事業だった。

 頷いた正巳だったが、気のせいか物欲しそうな目で見て来るのに苦笑した。

「……分かったよ、近い内に一基そっちに送る。電源環境が必要なのと、入っている間は無防備になるからな、その点だけ気を付けてくれよ」

 そう言ってマムに目配せすると、マムはぺこりと頷いていた。

 少なくとも数日以内に届けられるだろう。

 心配なのは、アブドラがゲーム漬けにならないかだが……まぁ、その辺りは、秘書を初めとした側近がきちんと管理してくれる事だろう。

 時計を見て、十分ほど経っているのを確認して言った。

「すまないがそろそろ戻る」
「うむ、そうだったな!」

 すっかり上機嫌となったアブドラに手を振ると、通信を閉じた。

 何となく、上手い事丸め込まれた気もするが、今はそれで良いだろう。

 深く息を吸いながら体を伸ばすと、何か言いたげな顔でマムが視線を向けて来た。それに予想を付けながら聞くと、やはり不満とも言えない疑問があったらしい。

「どうした?」
「……いえ、宜しかったのですか?」

 それに頷きながら言う。

「ああ、問題ない」
「しかし、何らかの工作を行っていたのは確実ですが」

 やはり、VR機体を譲渡する云々の方では無かったらしい。あれ一基でも、今市場に流すとすれば"おろし価格"で数千万は下らないと思うのだが……。

「確かに、何かあるのは確実だろうな」

 ではどうして、という顔をするマムに言葉を続ける。

「何にせよ、少なくともこちらにとって悪い事はしないだろう」

 正巳の言葉に、マムは根拠を聞きたいみたいだった。しかし、根拠と言う根拠がない正巳は、ただ"勘"としか答える事が出来なかった。

 正巳にとっては既に"終わった話"だったが、それをマムも感じ取ったのだろう。

「……分かりました、マムはパパを信じます。ただ、いつも通り監視はさせて頂きます」

 それに頷いた正巳は、今井たちが待つ部屋へと歩き始めた。


 ◇◆


 投影されていた映像が消えたのを確認すると、机に向かったアブドラは筆を手に一筆したためた。それは、既に使われなくなって久しい旧言語だったが……書き終えると、インクが乾くか乾かないかの内に封をして言った。

「これを将軍に」

 それを秘書に手渡すと、ハッ息を呑んだ秘書に頷いた。

 恐らく、その封を見て驚いたのだろう。

 封にも種類があるが、今回印したのは最上位の絶対的効力を持つ封印だった。この封によって記された内容を違えれば、場合によっては極刑にさえ成り得る。

 一瞬動揺した秘書だったが、直ぐに表情を持ち直すと言った。

「まったく、またお酒なんて取り寄せるんですか。程々にして下さいね!」
「おいおい、手厳しいな。だからこうして部下にも分け与えるようにだな……」

 少しの間茶番劇をした後、部屋を出た秘書にそっと息を吐いた。

 その脳裏にあったのは、紙に記して命じた一つの"指令"とその先の事だった。

「さて、すべき事は万事終えた。後は寝て待つだけだな……」

 そう呟くと、部屋着を脱ぎ夜着へと着替え始めた。その後、直ぐに着替え終えたアブドラは、そのまま寝床に横になると、遠くに聞こえる足音と聞きなれた声に頷いた。

「伝えて参りました」

 その手元には、指令の文は無かった。

「さて、寝るぞ」

 その声に頷いた秘書の目は、いつもの鋭い目つきから、心なしか柔らかいものへと変わっていた。それは、秘書としての立場から、女としての立場に変わった瞬間でもあった。

 ◇

 その日、将軍の元に届けられた文にはこう書かれていた。

 "時動くとき、我らは常に勝者にある"

 ――それは、予め打ち合わせされた印文だった。

 最終局面に入りつつある事を示す前半、どのように振る舞うかを示す後半。

 全ては、鍵となるであろう男を見極めてから、国民の責任を持つ王――アブドラ王自身が決定を下す。そのように決めたその通りを行った結果だった。

 諜報員から得たのは、各国工作員の動きだった。

 それらは全て、今後予想される時代のうねりに伴って、各国がどのような立場を取るかの調査だったが……予想を超える結果に、それを受け取ったアブドラは眩暈を感じたほどだった。

 しかし、『それでも最後に勝者として立つのは、きっと……』その普通でない考えも、全ては自分の目で見て体感し、それを知って・・・いるからこその判断だった。

 やがて静かな呼吸音が聞こえ始めた中、寝返りをうった口から言葉が漏れた。

「……やりすぎだろぉ、下手すりゃ全部敵だぞぉ……スーハ―、スー……」

 うわ言のように呟かれた口に、そっと触れた指が頬を撫でると、そのまま頭を撫でていた。その後聞こえて来た寝息は二つだったが、時折不規則に、静かに、夜の音色を奏でていた。

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