『 インパルス 』 ~宝くじで900億円当たったから、理想の国を作ることにした~
266話 夜会 [後編]
話し声が収まり視線が集まって行く。
数百人が注目する中、階段を上って来た一団があった。
横でモシャモシャとしていたサナが手を振る。
「ただいまなのー!」
それに対して突っ込みを入れた正巳だったが、お陰で注目がこちらにも集まってしまった。
ここに居るのは、その多くが保護しているガムルスの民だ。一部給仕の子供たちも見えるが、飽くまで少数であって、その殆どは下の階で屋台を楽しんでいる。
おかえりと言いながら手を振るサナに、先頭に居た少女――いや、女性が微笑む。その後、そのまま歩いて来た一向に対面すると、先頭の女性が口を開いた。
「ただいま戻りました」
それに頷くと答えた。
「お帰りなさい。いや、お疲れ様です……それで、聞かせて貰えますか?」
敢えて言い直した正巳に、ハッとした様子でチラリと周囲を見回した。
どうやら、自分の今の立場を思い出したらしい。息を短く吸い込むと、真っ直ぐに視線を合わせて口を開いた。恐らく、この様にして国連でも立派に務めて来たのだろう。
「新政府設立の宣言とその承認。戦犯の国際司法への引き渡し及び、終戦宣言を終えました。これにより、共和国ガムルスは新政府による新生"共生国家ガムルス"となりましたので――」
その、よく通る声に人々が聞き入る。
その人々の様子を見ながら、保護して来た当時の事を思い出した。保護した当時、極度の栄養失調だった人や歩くのもやっとだった人、負傷していた人など、問題の無い人は殆どいなかった。
それが、今ではだいぶ回復して普通に生活を送れるようになっている。少なからず言いたい事があるだろうが……それでも、黙って聞いてる人々の目には希望の光が宿って見えた。
そんな人々に応えるように、ミンが見回しながら語る。
「まだ問題点が多く残る我が祖国ですが、これより過去の悪法を廃棄し、新しい統治と国民が安心で安全、そして"平等"で幸せな生活ができる――その様な国をつくる事を誓います」
最終的に"宣誓"となっていたが、それも良いだろう。
「出来る限りの協力と支援はさせて貰いましょう」
表情を和らげながら言った正巳に、ミンの後ろにいたカイルが、口を緩め「身内には本当に優しいんですよね」と呟いているのが聞こえた。それには答えずにいると……
何故だか頭を下げたミンが、言った。
「その大きな翼の庇護の下、我が国民は感謝を忘れない事を誓い、務めます」
一瞬、何を言っているのか理解できなかったが、ミンの後ろにいた二人――カイルとテンが膝をつき、こちらにかしづくのを見て理解した。
"主従の礼"
固まった正巳は、ふと頭の中で学生の頃古代文明の支配者たる"パロ"に、人々が平伏する絵を思い出していた。次に思い浮かんで来たのは、中世の頃の騎士とその主の図だったが……
ぼんやりとした現実に目を向けた時、既に手遅れらしい事を見て頭痛がして来た。そこには、近くにいたガムルスの民を初めとし、波が伝わるように頭を垂れて行く人々の姿があった。
「友として……」
ここで、ミンと二人の行動を否定しては、折角つくり上げた幸せな雰囲気が全て無駄になってしまう。前を向き始めた人々を突き放し、不安に落とすような事はしたくなかった。
言葉を絞り出した正巳は、否定にも肯定にもならないよう言った。
「親しい友人として、互いに助け合おう」
すると、それを聞いた人々が声を上げた。
「うぉおおおお!」
「これでやっと……!」
「よかったぁ」
その大半は、安堵の声だったと思う。
大人たちの叫び声を聞きつけた子供たちが、いつの間にか混ざっていたが、状況を理解してたわけでもないだろうに一緒になって喜んでいた。
その中には、顔をのぞかせたサクヤやユミル、今井にロイス教授、ミューやハク爺の姿もあった。隣で目を輝かせているサナを、近づいて来たボス吉へと誘導すると言った。
「やってくれたな」
知らない振りのつもりなのか、首を傾げてミンが答える。
「全て予定通り。いえ、それ以上にしっかりと済ませましたよ?」
それに対し、恨み節の一つも浮かばなかった正巳は、言いかけた言葉を呑み込んで息を吐くと、初めて出会った時の姿に重ねながら言った。
「おまえ……はぁ、成長したじゃないか。もう大丈夫そうだな」
あれは、上原先輩を助けに潜入した大使館だったか。初めて出会った時のミンは、しっかり者ながらも何処か心に穴が空いた少女に過ぎなかった。
それが、数年経たぬ内に……。
恐らく入れ知恵したであろうカイルを睨みつつも、目の端に涙を浮かべ始めたミンを抱き寄せた。
「テン、お前が守るんだぞ」
「はいっ……約束します」
下唇を噛んだテンに、苦笑すると手を広げた。そっと寄って来たテンをミンと一緒に抱きしめると、二人が落ち着くまでしばらくそのままでいた。
改めて視線を向けた正巳に、カイルが口元を動かして言った。
――感謝します。
ため息で返したかったが、くっ付いた二人に視線を落とすと、目を閉じる外なかった。……その後、ようやく落ち着いて来た二人が「お腹がすいた」と言うのを聞いて、下の階に送り出した。
目を上げると、話したいと思ったカイルの姿は既になく、そこに居たのは二匹と一匹――抱えられて無の瞳をしたボス吉と上機嫌なサナ。
それと、その横でソワソワと歩き回る大猫シーズの姿があるのみだった。
「ふわっふわだなぁ……」
その毛並みを楽しむ事にした正巳だったが、そこに来たマムの言葉に苦笑した。
「浮かない様子ですが、パパ?」
「そりゃあなぁ」
「理由を聞いても?」
「守らな、ならんくなった」
「ガムルスの事ですか」
マムの言葉に頷く。
そう、問題はミンやテンなど"個人"を、では無く"ガムルス"をという点だ。
と言うのも、先ほどミンが取ったのは"主従の礼"だ。
言い方を選ぶ必要があるが、言ってしまえば"配下だと宣言した"と言っても良いだろう。少なくとも、あの場では一国の代表同士として話していた訳で、その場限りと言うわけに行かない。
つまり、少なくとも正巳にとっては責任が生じた訳で、仮にこちらが何か請求するわけでなくとも、向こうを守るのは一種の義務となったのだ。
正巳の考えている事を理解したらしい。
少し考えていたマムが言った。
「つまり、カイルさんに上手い事ハメられたと言う事ですね。分かりました、それでは私が今掴まえて引っ張ってきますので、そこで――」
物騒な事を言い出したマムだったが、そこに来た今井によって言葉が中断された。
「正巳君、ちょっと良いかな?」
今井の傍らには、見覚えのない男の姿があった。てっきりガムルスの民の一人かと思ったが、その肌や髪など身体的特徴が違ったので、首を傾げる事になった。
「ええ、勿論ですが……そちらの方は?」
すると、それに頷いた今井が、白衣から一つの瓶を取り出した。
中には数種類のカプセルと、錠剤が入っている。
それを見て、そう言えば"面接"をしたいと言われていた事を思い出した。
「それでは……」
目の前の男が誰なのか見当をつけた正巳に、大きく頷いた今井が言った。
「そう、ラシュナー博士さ!」
今井の紹介に一歩出ると手を出しながら言った。
「初めましてぇ~クリフォード・ラシュナー=ドーソンよ、どうぞお気軽にドーソンって呼んでね! 特技は絵を描く事と、お薬をつくる事。よろしくねぇ~!」
どうやら、やたらキャラクターの濃い人らしい。
その勢いに苦笑しながら、一旦落ち着かせると言った。
「ここでは人目もありますし、場所を移しましょうか」
そう言った正巳に博士が反応する。
「えぇ~個室~! そんな、いきなりなのぉ~!?」
正直な処、即「返品!」と言いたかった。しかし、飽くまでこれは今井さんの"推薦人物"なのだ。今井さんに推薦されるような人材はそうそう居ない。
できれば同席して欲しかったが……その後ろに、ロイス教授がいるのを見て諦めた。教授の話し相手は正巳の父だったが、今井さんも積もる話があるだろう。
「久しぶりの再会ですからね。ゆっくりして下さい」
そう言って視線を送ると、少し恥ずかし気に笑って言った。
「ありがとう、そうさせてもらうよ」
戻って行く今井の肩は、普段より少し力が抜けて見えた。
数百人が注目する中、階段を上って来た一団があった。
横でモシャモシャとしていたサナが手を振る。
「ただいまなのー!」
それに対して突っ込みを入れた正巳だったが、お陰で注目がこちらにも集まってしまった。
ここに居るのは、その多くが保護しているガムルスの民だ。一部給仕の子供たちも見えるが、飽くまで少数であって、その殆どは下の階で屋台を楽しんでいる。
おかえりと言いながら手を振るサナに、先頭に居た少女――いや、女性が微笑む。その後、そのまま歩いて来た一向に対面すると、先頭の女性が口を開いた。
「ただいま戻りました」
それに頷くと答えた。
「お帰りなさい。いや、お疲れ様です……それで、聞かせて貰えますか?」
敢えて言い直した正巳に、ハッとした様子でチラリと周囲を見回した。
どうやら、自分の今の立場を思い出したらしい。息を短く吸い込むと、真っ直ぐに視線を合わせて口を開いた。恐らく、この様にして国連でも立派に務めて来たのだろう。
「新政府設立の宣言とその承認。戦犯の国際司法への引き渡し及び、終戦宣言を終えました。これにより、共和国ガムルスは新政府による新生"共生国家ガムルス"となりましたので――」
その、よく通る声に人々が聞き入る。
その人々の様子を見ながら、保護して来た当時の事を思い出した。保護した当時、極度の栄養失調だった人や歩くのもやっとだった人、負傷していた人など、問題の無い人は殆どいなかった。
それが、今ではだいぶ回復して普通に生活を送れるようになっている。少なからず言いたい事があるだろうが……それでも、黙って聞いてる人々の目には希望の光が宿って見えた。
そんな人々に応えるように、ミンが見回しながら語る。
「まだ問題点が多く残る我が祖国ですが、これより過去の悪法を廃棄し、新しい統治と国民が安心で安全、そして"平等"で幸せな生活ができる――その様な国をつくる事を誓います」
最終的に"宣誓"となっていたが、それも良いだろう。
「出来る限りの協力と支援はさせて貰いましょう」
表情を和らげながら言った正巳に、ミンの後ろにいたカイルが、口を緩め「身内には本当に優しいんですよね」と呟いているのが聞こえた。それには答えずにいると……
何故だか頭を下げたミンが、言った。
「その大きな翼の庇護の下、我が国民は感謝を忘れない事を誓い、務めます」
一瞬、何を言っているのか理解できなかったが、ミンの後ろにいた二人――カイルとテンが膝をつき、こちらにかしづくのを見て理解した。
"主従の礼"
固まった正巳は、ふと頭の中で学生の頃古代文明の支配者たる"パロ"に、人々が平伏する絵を思い出していた。次に思い浮かんで来たのは、中世の頃の騎士とその主の図だったが……
ぼんやりとした現実に目を向けた時、既に手遅れらしい事を見て頭痛がして来た。そこには、近くにいたガムルスの民を初めとし、波が伝わるように頭を垂れて行く人々の姿があった。
「友として……」
ここで、ミンと二人の行動を否定しては、折角つくり上げた幸せな雰囲気が全て無駄になってしまう。前を向き始めた人々を突き放し、不安に落とすような事はしたくなかった。
言葉を絞り出した正巳は、否定にも肯定にもならないよう言った。
「親しい友人として、互いに助け合おう」
すると、それを聞いた人々が声を上げた。
「うぉおおおお!」
「これでやっと……!」
「よかったぁ」
その大半は、安堵の声だったと思う。
大人たちの叫び声を聞きつけた子供たちが、いつの間にか混ざっていたが、状況を理解してたわけでもないだろうに一緒になって喜んでいた。
その中には、顔をのぞかせたサクヤやユミル、今井にロイス教授、ミューやハク爺の姿もあった。隣で目を輝かせているサナを、近づいて来たボス吉へと誘導すると言った。
「やってくれたな」
知らない振りのつもりなのか、首を傾げてミンが答える。
「全て予定通り。いえ、それ以上にしっかりと済ませましたよ?」
それに対し、恨み節の一つも浮かばなかった正巳は、言いかけた言葉を呑み込んで息を吐くと、初めて出会った時の姿に重ねながら言った。
「おまえ……はぁ、成長したじゃないか。もう大丈夫そうだな」
あれは、上原先輩を助けに潜入した大使館だったか。初めて出会った時のミンは、しっかり者ながらも何処か心に穴が空いた少女に過ぎなかった。
それが、数年経たぬ内に……。
恐らく入れ知恵したであろうカイルを睨みつつも、目の端に涙を浮かべ始めたミンを抱き寄せた。
「テン、お前が守るんだぞ」
「はいっ……約束します」
下唇を噛んだテンに、苦笑すると手を広げた。そっと寄って来たテンをミンと一緒に抱きしめると、二人が落ち着くまでしばらくそのままでいた。
改めて視線を向けた正巳に、カイルが口元を動かして言った。
――感謝します。
ため息で返したかったが、くっ付いた二人に視線を落とすと、目を閉じる外なかった。……その後、ようやく落ち着いて来た二人が「お腹がすいた」と言うのを聞いて、下の階に送り出した。
目を上げると、話したいと思ったカイルの姿は既になく、そこに居たのは二匹と一匹――抱えられて無の瞳をしたボス吉と上機嫌なサナ。
それと、その横でソワソワと歩き回る大猫シーズの姿があるのみだった。
「ふわっふわだなぁ……」
その毛並みを楽しむ事にした正巳だったが、そこに来たマムの言葉に苦笑した。
「浮かない様子ですが、パパ?」
「そりゃあなぁ」
「理由を聞いても?」
「守らな、ならんくなった」
「ガムルスの事ですか」
マムの言葉に頷く。
そう、問題はミンやテンなど"個人"を、では無く"ガムルス"をという点だ。
と言うのも、先ほどミンが取ったのは"主従の礼"だ。
言い方を選ぶ必要があるが、言ってしまえば"配下だと宣言した"と言っても良いだろう。少なくとも、あの場では一国の代表同士として話していた訳で、その場限りと言うわけに行かない。
つまり、少なくとも正巳にとっては責任が生じた訳で、仮にこちらが何か請求するわけでなくとも、向こうを守るのは一種の義務となったのだ。
正巳の考えている事を理解したらしい。
少し考えていたマムが言った。
「つまり、カイルさんに上手い事ハメられたと言う事ですね。分かりました、それでは私が今掴まえて引っ張ってきますので、そこで――」
物騒な事を言い出したマムだったが、そこに来た今井によって言葉が中断された。
「正巳君、ちょっと良いかな?」
今井の傍らには、見覚えのない男の姿があった。てっきりガムルスの民の一人かと思ったが、その肌や髪など身体的特徴が違ったので、首を傾げる事になった。
「ええ、勿論ですが……そちらの方は?」
すると、それに頷いた今井が、白衣から一つの瓶を取り出した。
中には数種類のカプセルと、錠剤が入っている。
それを見て、そう言えば"面接"をしたいと言われていた事を思い出した。
「それでは……」
目の前の男が誰なのか見当をつけた正巳に、大きく頷いた今井が言った。
「そう、ラシュナー博士さ!」
今井の紹介に一歩出ると手を出しながら言った。
「初めましてぇ~クリフォード・ラシュナー=ドーソンよ、どうぞお気軽にドーソンって呼んでね! 特技は絵を描く事と、お薬をつくる事。よろしくねぇ~!」
どうやら、やたらキャラクターの濃い人らしい。
その勢いに苦笑しながら、一旦落ち着かせると言った。
「ここでは人目もありますし、場所を移しましょうか」
そう言った正巳に博士が反応する。
「えぇ~個室~! そんな、いきなりなのぉ~!?」
正直な処、即「返品!」と言いたかった。しかし、飽くまでこれは今井さんの"推薦人物"なのだ。今井さんに推薦されるような人材はそうそう居ない。
できれば同席して欲しかったが……その後ろに、ロイス教授がいるのを見て諦めた。教授の話し相手は正巳の父だったが、今井さんも積もる話があるだろう。
「久しぶりの再会ですからね。ゆっくりして下さい」
そう言って視線を送ると、少し恥ずかし気に笑って言った。
「ありがとう、そうさせてもらうよ」
戻って行く今井の肩は、普段より少し力が抜けて見えた。
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