『 インパルス 』 ~宝くじで900億円当たったから、理想の国を作ることにした~

時雲

251話 白の海に揺られ

 ぼんやりとした世界に、フワフワと綿毛が舞っている。

 何となく掴むと、ほんの数舜留まった後で消えてしまった。

 不思議な事に、掴むと消えてしまう綿毛も、触れずにいると積もって消えなかった。

 何処からか舞って来た綿毛が、ゆっくりと降り積もって行く。

 その様子を眺めながらぼうっとしていたが、気が付くと一面真っ白な"海"になっていた。

 ふわふわと揺らめく海、頭から飛び込めば心地よい気がする。

 そんな事を考えたからだろうか、自然と体が動いていた。

 足を揃え、体重を前へとかけ始める。

 自然と倒れ始めた体に、無意識のうちに姿勢を保とうと踏ん張っていた。

 しかし、ある地点でその支えも外れ――ゆっくりと視界が回り始める。

 衝撃に備えた正巳だったが、幾ら待とうともその瞬間は来なかった。

 恐るおそる目を開くと、フワフワした感触と共に白い毛が目に入って来る。

 てっきり、綿毛の海に入ったのだと思ったが……

「……う、ううん?」

 何となく、先ほど迄とは何かが違う気がする。

 違和感を覚えた正巳だったが、頬に触れる感触が心地よく暫くそのままでいた。

 ◇◆

 ――10分後。

「ふぁ~よく寝たな……」

 体を起こすと、横に寝る白い猫へと視線を動かす。

 ここ最近毎日だが、寝ている間に潜り込んでいたらしい。抱き心地も良いし特に寝相が悪い訳でもないのだが、問題はそれに伴って増える同伴者だった。

「やっぱり、お前達も一緒だよなぁ」

 それなりに大きなベッドなのだが、一人と二匹のせいで少しばかり小さく感じた。

 横に添い寝するボス吉は、丁度抱き枕に良いような大きさだし、その下でボス吉の腰を掴んでいるシーズは、元から人の子ほどの大きさがあった。おまけに――

「サナ、お前はサクヤと一緒だったんじゃ……」

 昨日していた二人の会話を思い出しながら、規則的に呼吸を繰り返すサナを見た。

 相変わらず天使の様な寝顔だったが、その半分はシーズの身体に埋まっている。丁度、ボス吉からサナまでがぐるりと半円状になっているが、全体的にモフモフ率が高い。

 真横に並んだボス吉に手をうずめる。

 しばらく触っていると、薄目を開けたボス吉がのそりと体を起こした。

「にゃお~」
「ああ、おはよう」

 飽くまで触れられる距離に居るボス吉に、こちらへの気遣いを感じる。体を伸ばしたそうだったので手を離すと、小さく頭を垂れてから大きく伸びをした。

 ボス吉の腰に掴まっていた為だろう、シーズが布団の端から落ちた。

「にゃズッ!?」

 変な声を上げたシーズだが、その下半身はサナにがっちりと掴まれていた。

「にゃお~」
「ナァー?」

 床に下りたボス吉が、ベッドから半分はみ出したシーズと何やら会話している。どうやらシーズも目が覚めたらしかったが、サナのホールドで抜け出せないみたいだ。

 何を会話しているかは分からなかったが、恐らく我慢しろとでも話しているのだろう。そのだらんと伸びたのが何となく不憫で、手助けする事にした。

「朝だぞサナ。ほら、ハンバーガーもあるぞ」

 体を揺らしても反応が無かったが、魔法の言葉をささやくと効果てきめんだった。目を薄っすらと開けると、一度微笑んでから目を擦っている。

「はんばーがー……」
「そうだぞ、今日は大人の飲み物にも挑戦するか?」

 そう言って頭を撫でると、頷いてから口を開く。

「する! ……あのね」
「うん?」

 どうしたのかと首を傾げた処に、両手を広げ飛びついて来た。

「おはようなの!」

 難なく受け止めた正巳だったが、視界の端でシーズが落ちるのが見えた。

「……」
「なおーん」

 さすが猫だ、受け身でも取ったのだろう。何事もなかったかのように優雅に歩くシーズに感心していたが、我に返ると呟いた。

「不味いな、そろそろ出ないと間に合わない」

 のんびりしたくなる雰囲気だったが、そうも言っていられなかった。

 ――五分後。

 急いで着替えを済ませた二人と二匹は、程なく部屋を出発していた。

「おはようございます、パパ!」

 どうやら、部屋の外で待っていたらしい。

 人間としか思えないような見た目をしたマムが、手を広げて近づいて来た。それを軽く受け流しながら、応えると同時に聞いた。

「おはよう。それで、今度は映画か? アニメか? それとも――」

 ここひと月ほど、人間に近い機体からだを得たマムは、色々なシチュエーションの"再現"をしているらしかった。その情報元は、多くの場合創作された物だったので、こんな風にチープな……。

「あ、パパ酷いです!」
「わかった分かった、ほら続きやるならやってくれ」

 苦笑した正巳だったが、それに頷いたマムがはじめた・・・・

 少し先まで歩いて行くと、壁にもたれ掛かり……、数秒おいてこちらを見ると笑顔を浮かべる。

「あ、パパ~!」

 駆け寄って来たマムを受け止めながら、欲しいのであろうセリフを口にする。

「待ったか?」

 どうやら、予測は当たっていたらしい。笑顔を浮かべ、首を振ったマムが言う。

「いえ、今来たところ!」

 それに苦笑しながら頷く。

「それじゃあ、行こうか……」
「はい、パパ!」

 無事茶番劇を終えると、不思議そうな顔でぽかんと見ているサナを呼んだ。

「ほら、サナも行くぞ!」
「お兄ちゃんどうしたの?」

 正巳の言葉に、首を傾げながら駆け寄って来る。
 それに苦笑すると、話題を逸らす事にした。

「何でもないさ」

 サナにまで変な趣味が移っても困る。

「それよりサナ、今日は何味の"ハンバーガー"にするんだ?」
「ん~とね、ミューちゃんと同じにするなの!」

 元気に答えるサナに頷きながら、隣を歩くマムに聞いた。

「ミューは何処に居るんだ?」
「はい。今朝パパの一時間ほど前に起き、朝の訓練をこなし、現在は朝食の準備中かと」

 相変わらず働き者だ。

 マムには、ミューが無理していたら教えて欲しいと伝えていた。今の処報告が無いので、問題は無いのだろうが……あまりマムに頼り過ぎず、時々労ってやると良いかも知れない。

 その後、廊下を歩きながら他のメンバーの事を確認していた。

 どうやら、ハク爺の傭兵団は既に起きて朝の訓練を始めているらしかった。

 他に、給仕のメンバーの内でも当番の子達、眠りの浅い"保護中"の人々、それに綾香やユミル、それに今井さんも起きているらしい。

 綾香たちはともかく、今井さんがこの時間に起きていると言う事は……

「なあ、もしかして今井さんは徹夜か?」

 早く寝る事など殆どない今井さんだ。てっきり、いつも通りの徹夜かと思ったが、どうやら違ったらしい。マムがニコリとして答えた。

「マスターでしたら……昨夜はぐっすり寝て、今朝は早起きしていました」

 珍しいなと思ったが、偶にはそういう日もあるだろう。頷いた正巳は、上原先輩から通信が入ったと聞いて、着くまでの間に用を済ませてしまう事にした。

「パパ、繋がってます」
「ありがとう。もしもし、先輩ですか?」

 その後、移動の時間を"物資購入用予算"の話で潰した正巳は、やがて見えて来たドアに言った。

「――と言う事で、一時的な食糧確保については、伝えた予算内で十分に使って下さい」

 現在外出中だが、先輩の事だ上手い事するだろう。

「分かった。予算は十分だ、何かあれば追って連絡する!」

 先輩の声に頷くと、通信が切れたのを確認して言った。

「マム、有事の際は先輩の安全を優先してくれ」

 頷いたマムに満足すると、ドアの前で待っていた二人と二匹に言った。

「待たせたな、それじゃあ入って朝食にするか」

 正巳の言葉と同時にドアが開いた。

 先に入れば良いものを、律義に待っている二匹に苦笑すると呟いた。

「さあ、入ろう……親父も待ってるだろうしな」

 部屋へと一歩入ると、リビングに居るであろう元へと歩き始めた。

 初めて会った時緊張していたサナも、今ではすっかり慣れたみたいだ。その足取りが軽いのを見て、何となく嬉しい気持ちになったのだった。

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