『 インパルス 』 ~宝くじで900億円当たったから、理想の国を作ることにした~

時雲

248話 貨物室の男

 目的地が見えて来た。

 目を向けると、黒い機体がその存在感を示している。

 やはりと言うかなんというか、空港内でもブラックはひときわ目立つ機体だ。そのフォルムもそうだが、塗装が黒一色なのがまた何とも異様な雰囲気がある。

 機体横に停車した車両と、そこに見知った顔が居るのを確認して言う。

「マム、ロックを解除してくれ」

 ロウは未だに何か呟いているが、害意を感じないので問題ないだろう。サナに『先に良い子で乗っててくれな』と言うと、ドアを開いてそのまま降りた。

 走行中に飛び降りる形になったが、空宙で一回転する事で運動エネルギーを逃がして着地した。着地しながら仮面を外すと、後方の様子を確認しながら歩き出す。

(問題無さそうだな)

 ブラックの後部ハッチは、車両をそのままの状態で搭載できるようになっている。ブラックの中へと車両が入って行くのを確認しながら、近づいて来た男と手を交わした。

「我が友よ!」
「アブドラ、黙っていた事だが――」

 宣戦布告をした件で補足しようとした正巳だったが、アブドラの余裕を見せられる結果となった。

「ふむ、何かしようとしているのは気付いていたからな。その辺りの影響は気にしないでも問題ない! ところで、我がまだ見たことが無い部屋があると、東寺首相に聞いたが本当か!」

 相変わらずテンションが高いが、正巳にはこのいつも通り・・・・・が有難かった。

「ああ、そうだな」

 軽く頷いた正巳に、アブドラが詰め寄る。

「なんだと! ……なるほどな、そうやって我を楽しませようとしているのか!」

 長くなりそうだったのもあって適当に頷いた正巳は、独立宣言時の協力の感謝を言った。

「お陰で無事終わったよ」
「なに、我々にも利のある話だったからな。それに、我が友の為であればこれ位はな!」

 そう言って笑うと、続ける。

「そう言えば報酬の件だがな、実は約束していた内の大半が持ち込めなかったようでな。今回は一部のみの引き渡しとなったが、他は機を見て直接運ばせようぞ」

 どうやら、入管の際に引っ掛かったらしい。確かに、考えてみれば家畜等の生きた動物は、その辺が厳しいに違いない。となると、今回受け取ったのは穀物類の種と言う事になるが……

「わかった。その時は、拠点内の他の場所にも案内しよう」
「それは楽しみだな、まぁそれも片付く事が片付いたらだろうが」

 最後に手を交わしたアブドラが、『必要であれば何時でも手を貸すぞ』と言ったので、心強く思いながら頷いた。

「そうだな、その時は頼らせてもらおう」

 アブドラと挨拶を交わした後、ライラとも軽く手を交わして機体ブラックへと入った。

 その後、閉まって行く後部ハッチの向こうにアブドラ達を見送った正巳は、アブドラの一歩後ろで控えるライラが嬉しそうな顔を浮かべているのを見て、(綺麗になったな)と思った。

 ブラックに乗り込んだ正巳は、既に着席していた一同を見回すと言った。

「さて、帰ろうか」

 何か聞きた気な顔も幾つか見えたが、一先ず離陸してからにして貰う事にした。席に着くまでの途中、貨物を確認したがどうやら穀物類の詰まった小型コンテナが、幾つか積み込まれていたらしい。

 約束では、複数種類の穀物の種を一定量づつ貰ったはずだ。これをマムの手に渡す事で、更なる食の種類が増えるだろう。

「土産が出来て良かった」

 徐々に動き始めた機体は、やがてその機体を上空へと向けていた。

 丸窓から外を除いた正巳は、その空港の端に見知った顔を確認した。恐らく、首相もミンの事を見送りに来ていたのだろう。

 帰国後は距離的には近くとも、今後しばらくはそう簡単に合えないかも知れないのだ。恐らく、もう一度ミンとゆっくり話したかったのだろうが、それはまたの機会――全て終わってからだ。

 やがて加速し始めた機体は、数分もしない内に遥か高度へと浮上していた。

「……大丈夫、直ぐにケリを付けるさ」

 そう呟いた正巳は、早速寄って来た面々に対応する事にした。

「それで、どうしたんだサクヤ?」

 珍しく主張の激しいサクヤにそう聞くと、どうやらそれ迄我慢していたらしい。手前に座っていたサナを乗り越えて、ペタペタと体を触り出した。

「……ん、怪我ない。良かった」
「当たり前なの、重いなの!」

 怒るサナを気にする素振りも無いサクヤに、このままだと面倒な事になりそうだと立ち上がった。

「ほら、大丈夫だ」
「ん……」

 席を立ったら立ったで、再び触診している。

「どうしたんだ、怪我なんてしていないぞ?」

 余りにも入念に確認しているサクヤに苦笑するが、ジロウの言葉で納得した。

「コイツ、MAMUマムさんが走行中の車から急に飛び出したもんだから、何か非常事態が起こったんだろうって聞かなかったんだ。まったく、抑えておくのに苦労したんだぜ」

 確かに、マムには荷積みの事もあって先にブラックに向かってもらっていたが……こちらの異変に気が付いたマムは、途中でこちらに戻って来ていた。

 話を聞くに、車両に乗っていた全員が、急に飛び出したマムに驚いていたらしい。

 どうやら、その驚きも二種類で、何か非常事態だと察したメンバーと、単純に飛び降りた事に驚いたメンバーの二種類だったらしい。

 ジロウの話では『正巳だから問題ない』って言ったら、"納得した"と言う事だったが……確かに、急に車から飛び出したら驚きもするだろう。既に遅い気もするが、今後は気を付けよう。

「苦労かけたな」

 そう言って頷くと、頭を掻きながらもチラチラと視線を泳がせているのを見て言う。

「マム、ジロウに何か報酬をやってくれ。何が良いかはジロウから聞いて――」

 気を利かせたつもりの正巳だったが、それを聞いたジロウは首から上、頬から耳まで真っ赤にして首を振っていた。

「いやいやいやいや、何を言ってるんだよ! ほら俺なんてさ、こう只の人って言うか只の男だし、そんな膝枕とか頭なでて欲しいとか、そんな事は言えないって言うか――!」

 その様子は、何となく思春期の男の子のようで可愛らしくもあったが、三十代の男がやっても周囲からの評判は良くないらしかった。

「気持ち悪い」
「具合悪いなの?」
「ジロウ君、それはちょっと……」

 サクヤを筆頭に、サナ、カイルと心に刺さる言葉を向けている。そんな中、ミンだけは本気で"体調が悪いのかも知れない"と思ったらしかった。

「あの、大丈夫ですか? もし、何処か悪い所があるなら言ってください」

 ある意味、直接言われるよりもきつい言葉だが、当のジロウは言わば"無敵"状態にあった。

「これで良いのですか?」

 マムに頭を撫でられているジロウは、目をとろんとさせている。

「……マム、向こうの端に連れて行ってくれ」
「はい正巳様」

 何となく、サナやミンの教育に悪そうだったので離れて貰った。

「さて、気を取り直してだが――」

 気を取り直して、アブドラから受け取った物について聞こうと思った。しかし、未だに正巳に怪我がない事を確認していたサクヤが、何か見つけたらしかった。

「これ、なに?」

 見ると、服の裾の辺りに着いた血が気になったらしい。

「あぁ。これは血だが、既に乾いているし確認した通り、俺は怪我をしていない」
「……それじゃあ誰の?」

 正巳の言葉に首をひねったサクヤは、何を思ったかゆっくりと後方へと振り返った。

「そう言えば、気配もう一つあったはず。……まだ後ろにある」
「待てサクヤ、それは帰ってからゆっくり説明をだな――」

 立ち上がったサクヤを止めようとしたが、どうやら遅かったらしい。サクヤに追いついた頃には、車両のドアをこじ開けられた後だった。

「待て、手を出すな!」

 叫んだ正巳だったが、どうやら心配要らなかったらしい。見ると、横になったロウの口には投薬容器があった。中身を入れ替えていない限り、安全なものだ。

 若干むせながらも飲むロウを確認して、不思議に思う。

「……サクヤ?」
「これで良い」

 ロウの服を剥いでいたサクヤは、その下半身――太ももの部分にある傷が塞がるのを見て、満足げに頷いている。サクヤが使ったのは、事前に持たせていた治療薬だ。

 不思議なのは、何故それをロウに使ったのかと言う話だが……

 どうやら、サクヤには気になるモノがあったらしい。横に置かれていた正巳のコートを持ち上げると、その匂いを確認し始めた。

 そんなサクヤからコートを引き離すと、聞いた。

「なぜ使ったんだ?」

 治療薬は、いざと言う時の生命線にもなる重要なものだ。プロの傭兵として生きて来たサクヤに、その重要性が分からないはずがない。

 正巳の問いに首を傾げたサクヤだったが、短く答えた。

「死んだら困る、おとうと」

 ……どうやらサクヤの行動は、正巳の事を考えての事だったらしい。見ると、寝かせていた座席だけでなく、床にも"血だまり"が出来ている。

「確かにな。助かった、ありがとう」

 折角無理やり連れ出して来たのだ。公開情報としては"死亡"と公表する事にしているが、それは飽くまでも表向きの話だ。本当に死なれてしまっては、それこそ困る事になる。

 正巳がお礼を言うと、サクヤは嬉しそうに言った。

「いい。それより、それ貸す」
「ん? ……コートこれか?」

 手に持っていたコートを指差すサクヤに、どうしたものかと思ったが、特に減るモノでもないので最終的には渡していた。

 コートを被ったり嗅いだりしているのを見ていた正巳だったが、その後ろの面々がいよいよ我慢が出来なくなっていたらしいので、それに応ずる事にした。

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