『 インパルス 』 ~宝くじで900億円当たったから、理想の国を作ることにした~

時雲

247話 魔王の憂い

『"ズッズズガガァァァン!"』

 鼓膜を突き抜ける爆音と共に、腕に走る激痛に意識が遠くなりかけるのを感じる。あまりの衝撃で、遥か後方へと吹き飛ばされていたが――

「耳がキンキンしてるなの」

 どうやら、壁に激突する寸前でサナが抑えてくれたらしかった。

 腕元を見ると、意識があるのかないのか放心し切ったロウがいる。両腕は若干おかしな方向を向いているが、ベストが吹き飛んだ以外は目立った外傷はない。

 どうやら、爆発からは守れたらしい。

「一先ず、か……」

 安堵しながら前方を塞いでいた硬質な覆い・・・・・もとい、変質した両手へと意識を向ける。……このままでは、明らかに人外の化け物としか見られないだろう。

 二人の無事が確認出来た今、元の身体に戻すのが最優先事項だ。再び意識を腕へと向けた正巳だったが、元の状態まで再生するのには数秒掛かりそうだった。

 耳からも液体の様なモノが流れているのを感じるが、鼓膜が裂けていたのかも知れない。既に何となく聞こえている事からも、ほぼ再生しているみたいではあるが……。

「まったく、派手にやってくれたな」

 抉られた大理石の床から視線を上げると、粉塵が舞っているのが見える。

 その粉塵を眺めていた正巳だったが、大勢の人の足音が近づいて来るのが聞こえて言った。

「サナ、少しの間誰も近づけないでくれ」

 心配そうに覗き込んでいたサナに言うと、頷いて返して来る。

「分かったなの、近づけないなの!」

 どうやってとは言わなかったが……サナの事だ、どうにかするだろう。

 それよりも、今すべきは目の前の男への対処だ。

 普通に考えて、この不戦地帯で問題行動――敵対行動をした時点で、半ば運命は決まったようなものだ。死刑になるかは分からないが、少なくともテロリストとして終身刑は免れない。

 きっと、ガムルスにこの責任を問うても、"単独行動"として切り捨てるだろう。

 この男がそうならずに済む道は一つしかないが――

「おい、俺の事が分かるか?」

 そう言ってロウの顔を覗き込む。

「……」

 正巳が覗き込むと若干反応があるように感じるが、その眼は虚ろな色をしている。

「お前が望んだのは何だったんだ?」
「……」

「誰の為にこんな事をしてるんだ?」
「……」

「お前が死ぬ価値がある相手なのか?」
「……」

 問いかけた正巳だったが、その耳を見て(そりゃそうか)と思った。ロウの耳からは赤い血が流れており、それは正巳の声が届かないと言う事を示していた。

 正巳自身がそうだったのだから、当然ロウもそうだと考えるべきだったのだ。

 一瞬、このまま"自爆テロ犯"として引き渡そうかとも考えたが、その場合のメリットとして特段新しいものが無い事を考えて辞めた。その代わり――

「マム――……って、壊れてるじゃないか……」

 どうやら、耳の裏に付けていた皮膚に同化する形の通信装置は、先程の爆発の衝撃で壊れていたらしい。仕方がないので、代わりに仮面を装着し直すと通信を開いた。

「マム――」

 話しかけた瞬間、猛烈な通信があった。

「パパ、無事ですか?! 通信デバイスからのバイタルサインが一部異常、中には途絶、爆発音と」
サイシグナルから軍用爆弾と酷似した反応が見られましたが! ――単一頭部防壁通信端末を通しての情報から、無事であると確認――出来ましたが、ちょっとこの――サナがパパの所に行くのを邪魔しているのですが――どうにかしてくれませんか――!」

 一方的な通信途絶と爆発音で、こちらに異常事態が発生した事は伝わっていたらしい。

 加えてサナは、指示した通り誰も・・通していないみたいで――マムなんかの見知った仲間であれば通しても構わないのだが……取り敢えず、急ぐ必要がありそうだ。

「こっちは大丈夫だ。何か大きな羽織るモノが欲しいんだが、用意できるか?」

 これは、別に正巳が使うのではない。

「それは――……分かりました。代わりに、サナに仰ったと言う命令への"特例"として、そちらへと行く事を許可して下さい。そうすれば、すぐにでも持って行けますので」

 どうやら、サナはマムに対しては"正巳からの命令"と伝える事で、マムがこちらに来るのを防いでいたらしい。確かに、マムには有効な手だが……果たして他の人達――特に記者達はどうやって抑えているのだろうか。

 若干不安になりながら、自分の指示した事だ。信じて任せておく事にした。

 その後、程なくして近づいて来たマムを見て苦笑した。

「パパ、持って来ました!」

 その手に抱えられたコートを見て言う。

「それを持て来たか。まぁ、サイズ的には十分だろうし構わないか」

 そう言ってマムからコートを受け取る。

 正巳の元までくる間に周囲を確認していたマムは、どうやらその状況から何が起こったかを把握したらしい。正巳がコートを受け取るや否や、ロウへと腕を振り下ろした。

「ツッ――!」

 ギリギリでその間に手を差し入れた。

「パパ、どうして……」

 一瞬遅かったら、マムによってロウの首は飛んでいただろう。

「わざわざ怪我してまで生かしたんだ、それを殺されては困るぞ」

 そう、こうなった以上ロウを生かして連れて帰るのが、正巳達ハゴロモにとっては最も利益があり、敵国ガムルスにとっては不利益となる事なのだ。

 マムの行動を注意した正巳だったが、どうやらマムは少し違うように取ったらしい。

「やはり、パパのその状態は……」

 再び視線が鋭くなるマムを落ち着かせる。

「こいつは、操り人形――つまりは被害者でもあるんだ。殺すのは簡単だがな、もし同様の理由で今後も対処して行くとしたら、あらゆる所が死体の山になる」

 そう言った正巳に、一瞬マムが『それでもいい』と呟いた気がしたが、念を入れる事にした。

「もしそうなったら俺が悲しいんだ。それこそ、今井さんだって悲しいと思うぞ?」

 マムの基準は変わらない。

 常に、正巳と今井二人が中心だ。
 ――これは、何処まで行っても変わらない。

 それであれば、その基準・・に従って働きかけるしかない。

「パパとマスターが悲しい……」

 数舜の間に、それこそ無数の判断を重ねたようだったが、正巳の視線に言った。

「分かりました。その代わりに、何かあった際はマムが対処します」

 その、"これだけは譲れません"と言う様子のマムに、(落としどころを用意して来たか)と感心した正巳だったが、特に問題を感じなかったので頷いた。

「それで良い」

 その後、マムの話でミンやカイル達は、既にブラックに乗り込んでいると聞いた。会場から空港までは、約五キロほどなので当然かもしれない。

 マムに、離陸準備をしておいてもらうようにと言うと、虚ろな目をしているロウにコートをかけた。そして、ロウをその腕に抱えると、そのまま出口へと向かって歩き始めた。

「……なるほどな」

 通路を抜けた処で、何やらやたらと怖い気配を放っているなと思ったら、サナがそこで仁王立ちをしていた。どうやら、そこを通ろうとする人間に対して、本気で"殺気"を向けていたらしい。

 見た目が少女と言う事もあって、遠くへ離れる事は無かったようだが、サナを無視して来る事は出来なかったらしい。実に穏便で良い方法だ。

「ご苦労だったな、行こうか」

 そう言ってサナに話しかけると、嬉しそうな顔で見上げて来た。

 しかし、サナに反応する前に、それ迄サナの"殺気"で動けなかった人々が一斉に近寄ってこようとしたので、一度だけ"威圧"してその勢いを殺すと言った。

「問題には対処しました」

 静まり返った中続ける。

「こちらから何か語る事はありませんので、皆さんもその様にお願いします」

 正巳を囲んでいた人々は、正巳とその腕に抱えられた"コートに包まれた何か・・"へお目を向けつつも、一歩踏み出した正巳に道を開ける他なかった。

 後ろにサナとマムを引きつれた正巳は、そのまま正面玄関を出ると、入り口に止まっていた車両歩と乗り込んだ。その車両は、良く見知った今井さんデザインの車両だった。

 車両に乗り込む際、日本から来たと名乗っていた記者と目が合ったが、その瞬間記者がカメラのシャッターを切ったのを感じた。

「……データを消去しますか?」

 実は、記者による取材を受けた際、『この場でのみ写真撮影を許可します』と言っていたのだ。今カメラを向けるのは、約束を違えたと言う事になる。しかし――

「いや、不利益が生じる事はないだろう。そのままにしておけ」

 そう言って、走り出した車両の中会場を後にした正巳は、その後まさかこの時撮られた写真が、一部界隈で高額取引されるようになるとは、夢にも思っていなかった。

 その写真には、この様なタイトルが付けられていた。

 "魔王の憂い"

 その写真の中の"魔王"は、何処か不安を感じる仮面を付けながらも、紅く染まった髪に伏し目がちの眼をしていた。そしてその僅かに開いた眼も同じ――紅い光を放っていた。

 その写真を見た人々は、其々光の加減で紅くなったのだろうと思ったが、その心の内では何処かそれがあたかも"自然"であるかのように感じていた。

 そんな事をつゆ知らない当の魔王――正巳は、車両の中でふとコートに血が付いている事に気が付いたが……(気付かぬ内に着いた傷だろうが既に治ったのだろう)と気に留める事は無かった。

 その本当の傷の主は、車両の中、丁寧に寝かせられた男のモノだったが、男にとっては身体的な痛みは既に感じない――精神的"迷路"に陥った状況にあった。

 虚ろな目で虚空を見ていた男は、ブツブツと呟いていたが、その中で何度も繰り返していた言葉があった。それは、自分で自分に架していた戒め『英雄になる』事ともう一つ、"疑問"だった。

「なんで助けた、なんで助ける……裏切ったんだぞ」

 何度目とも分からない呟きを口にした男は、その答えを探すかのように、その心の内へと更に潜って行くのだった。

 目的の空港はすぐそこだった。

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