『 インパルス 』 ~宝くじで900億円当たったから、理想の国を作ることにした~
238話 見眼麗しい至高の・・・
「いよいよですね!」
合流したカイルが声をかけて来る。
一見元気に見えるが、眼の下にはクマが出来ている。
「ええ、そうですね……休めました?」
「ははは、いやお恥ずかしい事に興奮で目が冴えてしまって」
当然と言えば当然なのかも知れない。
何せ、これから自分の祖国に対しての、重要なイベントが待っているのだ。
「出番は昼頃になると思うので、それ迄はリラックスしていましょう。そうですね、サナがハンバーガーを食べたいらしいので、美味しい朝食でも食べて――」
カイルの緊張をほぐそうとしていた正巳だったが、サナが手を引いて来た。
「お兄ちゃん」
てっきり"朝食の主張"かと思ったが、サナはその視線を真っすぐ前方へと向けていた。
「ん? どうし……うむ。探しているのは俺達か?」
空港へと到着した一向だったが、そこで待ち構えていた者達がいた。ベレー帽に制服姿の筋骨隆々な男達……手前に三人、周囲に三人、計六人確認出来る。
一人だけ服装が違うが、他の男達の左胸のふくらみと重心の取り方を見るに、恐らくは拳銃数丁と鈍器、対人用ナイフを携帯している。明らかに、空港職員ではない装備内容だ。
どうしたものかと、警戒態勢に入ったジロウとサクヤを視界の端に確認する。
「空港内でなければな……」
まだ入国手続きすら終えていないのだ、どうにかやり過ごさなくてはいけない。
(入国拒否かそれとも他の……)
考え始めた正巳に、マムが言った。
「心配ありません。彼方は恐らく"迎えの者"だと思うので」
「……迎えの?」
"迎え"と言われても、心当たりがなかった。
「もしかして、先に着いたアブドラが?」
「いえ、アブドラ国王は昼前に到着する予定かと」
唯一可能性のありそうなところを突くも、どうやら違ったらしい。確かに、もしアブドラであればこちらと面識のある者達を使いに出すだろう。
それに、アブドラ達が褐色の肌なのに対して、男達は真っ白な肌をしている。
(それじゃあ、いったい誰が……)
答えが何処にも見つからない正巳だったが、一つだけヒントを見つけた。
「もしかして、マムが連絡を取った相手の?」
そう、先程マムは『大丈夫だと思う』と言った。つまり、マムだけは心当たりがあると言う事で、それはそのまま答えに繋がるであろう内容だった。そして、その予想通り――
「はい。今回の宣言や布告に関して、最後の準備として用意しました」
そう言ってから、『実際は、先方からの要望があっての事なんですがね』と続けたマムに、理解が追い付いて来た。
「なるほどな、そういう事か……」
推測だが、恐らくこちらと実際に会って確認したい、と言う事なのだろう。となると、先に待っているのは連合諸国の内何処かの国の"代表"のはずだ。いや、男達の様子を伺うに……
「おい、大丈夫なのか?」
警戒態勢を保ったまま聞いて来るジロウに答える。
「多分な」
「おい、多分って――」
突っ込みを入れるジロウだったが、隣のサクヤが腕をひねる。
「うるさい」
「あっ――っイテェーな!」
手首を押さえられ、簡易的にキメられたジロウが声を上げるが、サクヤは構わずに締め上げている。その様子を見て(きっと、飛行機内で溜まったストレスを発散しているんだろうな……)と思った正巳だったが、少し注目を集めてしまった事に気が付いた。
「……二人とも、それぐらいにしておけ」
こちらに歩いて来る男達を視界の端に留めたまま言うと、サクヤはすんなりとジロウを離した。
「分かった」
「お前は――ったく」
何か言おうとしたジロウだったが、男達が間合いに入った事で、位置取りを変えている。
やはり、何だかんだとプロの傭兵をしているだけはある。仕事は、きっちりとこなしている事に感心していた正巳だったが、声を掛けられたので思考を切り替えた。
「失礼ですが、国岡正巳様御一行様でしょうか?」
声を掛けて来た男に驚く。
てっきりこの国の言葉で声を掛けられると思ったのだが、男が口にしたのは日本語――それも、ネイティブ並みに滑らかな日本語だった。
「ええ、そうです」
「重ねて失礼ですが、国岡様でいらっしゃいますか?」
再度確認をとって来る男に頷く。
「ええ、私がそうですが……?」
本当は、こちらから声を掛け絵も良かったのだが、マムがどんな風にアポイントしているか分からない。一先ずは、向こうから声を掛けられるのを待っていた。
正巳の答えに、ほっとしたらしい男が表情を崩した。
「なるほど……良かった。それではご案内いたしますので、こちらへ」
男の表情が、あまりにも"心からの安堵"に見えたからだろうか、マムに聞きたい事が出て来た。
「それじゃあ、行こうか」
カイルやミンに頷くと、先導を始めた男について歩き始める。
後ろに、しっかり全員付いて来ている事を確認してから聞いた。
「失礼ですが、私達についてどのように伝えられていたんですか?」
正巳の問いに、一瞬困った顔をした先導する男だったが、苦笑してから答えた。
「いえ、私どもは"見眼麗しい至高の存在が率いる一向"と聞いていたので……」
「はぁ……ちょっと失礼、――マム、何か言い分があれば聞こうか?」
先頭と数歩の距離をとった正巳は、後ろを歩いていたマムを問い質した。それに対して、まるで"待っていました!"とでも言うかのように、満面の笑顔を向けたマムが答える。
「もっと相応しい言葉があったと思うんですが……直ぐにこちらを見つけられなかった事を考えるに、足りなかったみたいですね。次は一目で見分けられるように――」
やはり、マムの仕業だったらしい。
何やら勘違いし始めたマムに、(今井さんの暴走を警戒するよりも、マムをしっかりと"教育"する事の方が重要かも知れないな)と思った。
「マム、今後はそういった言葉の"装飾"は要らないからな。単純に"見た目"と"集合場所"……いや、"性別"と"集合場所"だけで良い」
正巳の言葉に一瞬不満げな顔をしたが、何を考えたのか納得を持って答えて来た。
「なるほど、分かりました!」
「分かったのならそれで良い」
そう答えた正巳だったが、再び歩調を戻した後で小さく聞こえて来た言葉に、赤面する事になった。その言葉は、どうやら先導する男にも聞こえていたらしく、生暖かい目で見られる事になった。
「確かに、下手な言葉で飾らなくとも十分ですものね!」
きっと、マム自身は本心からそう考えているのだろう。
苦笑していた正巳に、先導していた男が言った。
「お連れ様に、随分と好かれておられるのですね。羨ましいくらいです」
「ははは、いやそうですかね……」
軽く受け流した正巳だったがその後、男の"羨ましい"が本心から来ているのかも知れないと、そう思う事になった。
――と言うのも、移動中通り過ぎる人々の多くが、マムへと視線を向けて離さないのだ。それは、まるで有名な俳優へと向けるような視線だった訳だが……
ひょんな事から、男達がこちらに気が付いた理由を知る事になった。
(……そうか、マムを代表者だと思ったわけか)
確かに、マムの造形は美しい。
その美しさは、先程男が言っていた『見眼麗しい至高の存在が率いる一向』が引き合いに出て来るほどで……つまり、初めはマムを代表者と勘違いしていた可能性もあると言う事だ。
(それでの、あの安堵だったのか)
声を掛けて来た男は、もしかすると初めは正巳の事を従者か何かかと思ったのかも知れない。しかし、万が一があるので"確認"をしたのだろう。
これが、同じ国の人間ならまだしも外国人なのだ、名前だけでは男か女か判別できなかったに違いない。すると、何と話しかけた男こそ"国岡正巳"だった。
(胃が痛くなりそうな状況だな……)
男の心境を察して同情した正巳だったが、いよいよ出口まで来た所で、外に見える車列を見て驚いた。そこに見えたのは、黒塗りの大型車――胴が長いのが特徴的な車両だった。
その車両の前後には、明らかに手が加えられた車両が警護に当たっており、厳重な警備態勢にある事を物語っていた。
「……やけに厳重だな」
思わず呟いた正巳に、男が答えた。
「勿論でございます。我々の代表と大切なお客様に、万が一があれば戦争不可避ですので。まぁその場合は、国民の全武力を持って排除しますがね」
流石は、一家に一つは必ず核シェルターがあると言われている国だ、国民性が根本的に異なるのだろう。永久中立国と言われ、核兵器による抑止武装を所持する国なだけは、あるようだった。
これから国を建て上げて行く正巳達にとって、一つの国の形としては参考になるモノがあった。
その後、警護の男達に連れられて車両まで辿り着いた正巳達一向だったが、車両の前で待つ一人の女性がいた。女性は、周囲を兵士達に警護されていたが、こちらを見つけると軽く会釈して来た。
その女性に応じるように会釈を返しながら、マムの翻訳通訳システムを利用する事にした。
差し出した手を握り返すと、女性が言った。
「ようこそおいで下さいました。私が連邦大統領のアルダリアン・ルガールです。軽食と懇談の場を用意していますので、ご一緒しましょう」
そう言ってから、ここまで案内してくれた男の方を向いた。その様子を確認した正巳は、手を上げると通訳を止めて応えた。
「お迎え頂きありがとうございます。国岡正巳、ハゴロモの代表をしています。お招きに感謝します……皆お腹を空かせておりまして」
笑顔を交えながら言った正巳に、女性は驚いて言った。
「ロマンシュ語を話せるのですか?!」
まさか『いえ、これは自動翻訳です』などと言う訳にも行かなかったので、適当にはぐらかす。
「いえ、まぁそうですね。ですので、通訳の方には連れの"通訳"に当たって頂ければと」
正巳がそう言うと、横で控えていた男が顔を輝かせると頷いて下がった。
その様子を見るに、恐らく――「失礼します、お嬢様。わたくし通訳のウィル・ガリスと申します。お嬢様の通訳をさせて頂けると――」
やはり、向かったのはマムの所だった。結末はある程度予想できたので、それ以上は意識を向ける事をせずに目の前の女性に集中する事にした。
「すみません、十か国語以上を使い分けるほど優秀な男なんですが……」
「いえ、大丈夫ですよ。男女の中であれば、其々に自由があるでしょうし」
そう、男女の中であれば……。
その後、軽く談笑しながら車両へと乗り込んだ一向は、そのまま目的地へと走り始めた。車両には、正巳達含め十二人が乗っていたが、それなりに余裕を持って乗る事が出来ていた。
その端には、通訳の男を挟むようにしてカイルとジロウが座っていた。
「仕方ないですよ、マム様には通訳は必要ありませんから」
「そうだぜ。それに、下手に手を出すと、拠点に残ってる主人が怖いだろうな」
両脇から慰められる男。
「それなら、せめて女性の……」
そう言ってミンに視線をやると、テンがズイっと体を前に倒す。
「女性の……」
さまよわせた視線を、そのままサクヤへと向けるが、サクヤはピクリとも反応しない。
「じょせい……」
終いにはサナへと視線を向けた男だったが、そんな男と視線を合わせたサナが言った。
「あのね、ハンバーガーがいいなの!」
サナの言葉に思わず声を上げて笑った一同だったが、どうやらルガール大統領も気になったらしかった。ルガール大統領へと一連の事を通訳した正巳は、その後大統領に弄られる男に言った。
「良かったじゃないですか、女性と話せて」
正巳の言葉に、絞り出すような声で男が答えた。
「上司は勘弁して下さいよ……」
その後、しばらく続いた談笑だったが、車両が停車するのと同時に落ち着いて行った。
「ふふ、仕事では初めてこんなに笑ったわ」
ルガール大統領の言葉に、何となく安堵を感じていた。
合流したカイルが声をかけて来る。
一見元気に見えるが、眼の下にはクマが出来ている。
「ええ、そうですね……休めました?」
「ははは、いやお恥ずかしい事に興奮で目が冴えてしまって」
当然と言えば当然なのかも知れない。
何せ、これから自分の祖国に対しての、重要なイベントが待っているのだ。
「出番は昼頃になると思うので、それ迄はリラックスしていましょう。そうですね、サナがハンバーガーを食べたいらしいので、美味しい朝食でも食べて――」
カイルの緊張をほぐそうとしていた正巳だったが、サナが手を引いて来た。
「お兄ちゃん」
てっきり"朝食の主張"かと思ったが、サナはその視線を真っすぐ前方へと向けていた。
「ん? どうし……うむ。探しているのは俺達か?」
空港へと到着した一向だったが、そこで待ち構えていた者達がいた。ベレー帽に制服姿の筋骨隆々な男達……手前に三人、周囲に三人、計六人確認出来る。
一人だけ服装が違うが、他の男達の左胸のふくらみと重心の取り方を見るに、恐らくは拳銃数丁と鈍器、対人用ナイフを携帯している。明らかに、空港職員ではない装備内容だ。
どうしたものかと、警戒態勢に入ったジロウとサクヤを視界の端に確認する。
「空港内でなければな……」
まだ入国手続きすら終えていないのだ、どうにかやり過ごさなくてはいけない。
(入国拒否かそれとも他の……)
考え始めた正巳に、マムが言った。
「心配ありません。彼方は恐らく"迎えの者"だと思うので」
「……迎えの?」
"迎え"と言われても、心当たりがなかった。
「もしかして、先に着いたアブドラが?」
「いえ、アブドラ国王は昼前に到着する予定かと」
唯一可能性のありそうなところを突くも、どうやら違ったらしい。確かに、もしアブドラであればこちらと面識のある者達を使いに出すだろう。
それに、アブドラ達が褐色の肌なのに対して、男達は真っ白な肌をしている。
(それじゃあ、いったい誰が……)
答えが何処にも見つからない正巳だったが、一つだけヒントを見つけた。
「もしかして、マムが連絡を取った相手の?」
そう、先程マムは『大丈夫だと思う』と言った。つまり、マムだけは心当たりがあると言う事で、それはそのまま答えに繋がるであろう内容だった。そして、その予想通り――
「はい。今回の宣言や布告に関して、最後の準備として用意しました」
そう言ってから、『実際は、先方からの要望があっての事なんですがね』と続けたマムに、理解が追い付いて来た。
「なるほどな、そういう事か……」
推測だが、恐らくこちらと実際に会って確認したい、と言う事なのだろう。となると、先に待っているのは連合諸国の内何処かの国の"代表"のはずだ。いや、男達の様子を伺うに……
「おい、大丈夫なのか?」
警戒態勢を保ったまま聞いて来るジロウに答える。
「多分な」
「おい、多分って――」
突っ込みを入れるジロウだったが、隣のサクヤが腕をひねる。
「うるさい」
「あっ――っイテェーな!」
手首を押さえられ、簡易的にキメられたジロウが声を上げるが、サクヤは構わずに締め上げている。その様子を見て(きっと、飛行機内で溜まったストレスを発散しているんだろうな……)と思った正巳だったが、少し注目を集めてしまった事に気が付いた。
「……二人とも、それぐらいにしておけ」
こちらに歩いて来る男達を視界の端に留めたまま言うと、サクヤはすんなりとジロウを離した。
「分かった」
「お前は――ったく」
何か言おうとしたジロウだったが、男達が間合いに入った事で、位置取りを変えている。
やはり、何だかんだとプロの傭兵をしているだけはある。仕事は、きっちりとこなしている事に感心していた正巳だったが、声を掛けられたので思考を切り替えた。
「失礼ですが、国岡正巳様御一行様でしょうか?」
声を掛けて来た男に驚く。
てっきりこの国の言葉で声を掛けられると思ったのだが、男が口にしたのは日本語――それも、ネイティブ並みに滑らかな日本語だった。
「ええ、そうです」
「重ねて失礼ですが、国岡様でいらっしゃいますか?」
再度確認をとって来る男に頷く。
「ええ、私がそうですが……?」
本当は、こちらから声を掛け絵も良かったのだが、マムがどんな風にアポイントしているか分からない。一先ずは、向こうから声を掛けられるのを待っていた。
正巳の答えに、ほっとしたらしい男が表情を崩した。
「なるほど……良かった。それではご案内いたしますので、こちらへ」
男の表情が、あまりにも"心からの安堵"に見えたからだろうか、マムに聞きたい事が出て来た。
「それじゃあ、行こうか」
カイルやミンに頷くと、先導を始めた男について歩き始める。
後ろに、しっかり全員付いて来ている事を確認してから聞いた。
「失礼ですが、私達についてどのように伝えられていたんですか?」
正巳の問いに、一瞬困った顔をした先導する男だったが、苦笑してから答えた。
「いえ、私どもは"見眼麗しい至高の存在が率いる一向"と聞いていたので……」
「はぁ……ちょっと失礼、――マム、何か言い分があれば聞こうか?」
先頭と数歩の距離をとった正巳は、後ろを歩いていたマムを問い質した。それに対して、まるで"待っていました!"とでも言うかのように、満面の笑顔を向けたマムが答える。
「もっと相応しい言葉があったと思うんですが……直ぐにこちらを見つけられなかった事を考えるに、足りなかったみたいですね。次は一目で見分けられるように――」
やはり、マムの仕業だったらしい。
何やら勘違いし始めたマムに、(今井さんの暴走を警戒するよりも、マムをしっかりと"教育"する事の方が重要かも知れないな)と思った。
「マム、今後はそういった言葉の"装飾"は要らないからな。単純に"見た目"と"集合場所"……いや、"性別"と"集合場所"だけで良い」
正巳の言葉に一瞬不満げな顔をしたが、何を考えたのか納得を持って答えて来た。
「なるほど、分かりました!」
「分かったのならそれで良い」
そう答えた正巳だったが、再び歩調を戻した後で小さく聞こえて来た言葉に、赤面する事になった。その言葉は、どうやら先導する男にも聞こえていたらしく、生暖かい目で見られる事になった。
「確かに、下手な言葉で飾らなくとも十分ですものね!」
きっと、マム自身は本心からそう考えているのだろう。
苦笑していた正巳に、先導していた男が言った。
「お連れ様に、随分と好かれておられるのですね。羨ましいくらいです」
「ははは、いやそうですかね……」
軽く受け流した正巳だったがその後、男の"羨ましい"が本心から来ているのかも知れないと、そう思う事になった。
――と言うのも、移動中通り過ぎる人々の多くが、マムへと視線を向けて離さないのだ。それは、まるで有名な俳優へと向けるような視線だった訳だが……
ひょんな事から、男達がこちらに気が付いた理由を知る事になった。
(……そうか、マムを代表者だと思ったわけか)
確かに、マムの造形は美しい。
その美しさは、先程男が言っていた『見眼麗しい至高の存在が率いる一向』が引き合いに出て来るほどで……つまり、初めはマムを代表者と勘違いしていた可能性もあると言う事だ。
(それでの、あの安堵だったのか)
声を掛けて来た男は、もしかすると初めは正巳の事を従者か何かかと思ったのかも知れない。しかし、万が一があるので"確認"をしたのだろう。
これが、同じ国の人間ならまだしも外国人なのだ、名前だけでは男か女か判別できなかったに違いない。すると、何と話しかけた男こそ"国岡正巳"だった。
(胃が痛くなりそうな状況だな……)
男の心境を察して同情した正巳だったが、いよいよ出口まで来た所で、外に見える車列を見て驚いた。そこに見えたのは、黒塗りの大型車――胴が長いのが特徴的な車両だった。
その車両の前後には、明らかに手が加えられた車両が警護に当たっており、厳重な警備態勢にある事を物語っていた。
「……やけに厳重だな」
思わず呟いた正巳に、男が答えた。
「勿論でございます。我々の代表と大切なお客様に、万が一があれば戦争不可避ですので。まぁその場合は、国民の全武力を持って排除しますがね」
流石は、一家に一つは必ず核シェルターがあると言われている国だ、国民性が根本的に異なるのだろう。永久中立国と言われ、核兵器による抑止武装を所持する国なだけは、あるようだった。
これから国を建て上げて行く正巳達にとって、一つの国の形としては参考になるモノがあった。
その後、警護の男達に連れられて車両まで辿り着いた正巳達一向だったが、車両の前で待つ一人の女性がいた。女性は、周囲を兵士達に警護されていたが、こちらを見つけると軽く会釈して来た。
その女性に応じるように会釈を返しながら、マムの翻訳通訳システムを利用する事にした。
差し出した手を握り返すと、女性が言った。
「ようこそおいで下さいました。私が連邦大統領のアルダリアン・ルガールです。軽食と懇談の場を用意していますので、ご一緒しましょう」
そう言ってから、ここまで案内してくれた男の方を向いた。その様子を確認した正巳は、手を上げると通訳を止めて応えた。
「お迎え頂きありがとうございます。国岡正巳、ハゴロモの代表をしています。お招きに感謝します……皆お腹を空かせておりまして」
笑顔を交えながら言った正巳に、女性は驚いて言った。
「ロマンシュ語を話せるのですか?!」
まさか『いえ、これは自動翻訳です』などと言う訳にも行かなかったので、適当にはぐらかす。
「いえ、まぁそうですね。ですので、通訳の方には連れの"通訳"に当たって頂ければと」
正巳がそう言うと、横で控えていた男が顔を輝かせると頷いて下がった。
その様子を見るに、恐らく――「失礼します、お嬢様。わたくし通訳のウィル・ガリスと申します。お嬢様の通訳をさせて頂けると――」
やはり、向かったのはマムの所だった。結末はある程度予想できたので、それ以上は意識を向ける事をせずに目の前の女性に集中する事にした。
「すみません、十か国語以上を使い分けるほど優秀な男なんですが……」
「いえ、大丈夫ですよ。男女の中であれば、其々に自由があるでしょうし」
そう、男女の中であれば……。
その後、軽く談笑しながら車両へと乗り込んだ一向は、そのまま目的地へと走り始めた。車両には、正巳達含め十二人が乗っていたが、それなりに余裕を持って乗る事が出来ていた。
その端には、通訳の男を挟むようにしてカイルとジロウが座っていた。
「仕方ないですよ、マム様には通訳は必要ありませんから」
「そうだぜ。それに、下手に手を出すと、拠点に残ってる主人が怖いだろうな」
両脇から慰められる男。
「それなら、せめて女性の……」
そう言ってミンに視線をやると、テンがズイっと体を前に倒す。
「女性の……」
さまよわせた視線を、そのままサクヤへと向けるが、サクヤはピクリとも反応しない。
「じょせい……」
終いにはサナへと視線を向けた男だったが、そんな男と視線を合わせたサナが言った。
「あのね、ハンバーガーがいいなの!」
サナの言葉に思わず声を上げて笑った一同だったが、どうやらルガール大統領も気になったらしかった。ルガール大統領へと一連の事を通訳した正巳は、その後大統領に弄られる男に言った。
「良かったじゃないですか、女性と話せて」
正巳の言葉に、絞り出すような声で男が答えた。
「上司は勘弁して下さいよ……」
その後、しばらく続いた談笑だったが、車両が停車するのと同時に落ち着いて行った。
「ふふ、仕事では初めてこんなに笑ったわ」
ルガール大統領の言葉に、何となく安堵を感じていた。
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