『 インパルス 』 ~宝くじで900億円当たったから、理想の国を作ることにした~

時雲

222話 協力と策謀と真実と

 移動して来た正巳は、ソファに座って首相と向き合っていた。

 座っているのは正巳と首相の二人だが……首相には秘書と護衛が、正巳には給仕二人とカイルがその背後に控えていた。給仕と言っても、"給仕の格好をした白髪の少女"であったが、それでも何となく貫禄のある二人だった。

 どうやら、カイルと首相は顔を会わせたことが有るらしく、首相はカイルが居る事に驚いていた。カイルは兎も角、ミンには挨拶をしてテンと共に退室して貰っていた。

 そのまま居て貰っても良かったのだが、時折首相が視線を送る事と、何故か途中からテンについて色々と――どんな男なのか等――聞いて来るので、これは良くないと考えての事だった。

 テンの事を詰問しようとする首相の姿は、まるっきり娘に近づく男に対してのそれだったが……何にしても、ミンとテンに退室して貰った事は結果的に正解だった。

 二人が立ち去った後で首相が始めた話は、一種の"報告"だったが、その内容はミンやテンにとっては余りにデリケートな内容だった。

「それで、道尊寺あいつに逃げられたと?」

 若干責めるような口調になるのは、仕方が無いだろう。

「どうやら、内部に手引きする協力者がいたらしくてな。我々が思っていたよりも、ずっとあの男は手を広げていたらしい」

 通常謝るべきところで謝罪が無かった事に、一瞬感情が動きそうになったが、直ぐに(そうか、国の代表である者がそう簡単に謝罪しては、色々と問題が出るからな……)と納得した。

 それにしても、"我々"と来たか……

 飽くまで平静な表情を保ったまま、口を開く。

「道尊寺の処理は、そちらに任せた案件です。そちらで責任持って処理して頂ければ、こちらで何か口出しする事は有りません」

 そう言った処で、マムから情報が入る。

『パパ、道尊寺は拘束後に移送官に入り込んでいたスパイによって、ガムルスに亡命しています。尚、先程護衛の女が渡したデータは、襲撃犯の尋問データかと思われますが、自白剤を投与した結果、その体内に摂取していたとみられる薬剤と化学反応を起こし、死亡しています』

 道尊寺は兎も角、襲撃犯は自殺か……。

「あの、正巳殿?」

 マムからの報告を聞いていた為か、反応が送れた。

「え、いえ。そうですか……その、"依頼した"と言う専門機関は、例えば他国へ亡命した犯罪者に関しても追及して捕えるだけの能力と実行力を持つのですか?」

 首相は、逃げた道尊寺を拘束する為に、専門の機関に依頼したと言っていた。しかし、そんな機関が有るのかと言うのが、正巳の持った疑問だった。

 それこそ、公安は一部他国でも活動する部隊を持つと言うが、まさか亡命した人間を捕えて移送するだけの事が出来るとは思えない。それこそ、捕えるだけならまだしも、移送する際には亡命先の相手国と、何らかの交渉をする羽目になるだろう。

 どうやら、こちら程道尊寺の動きを正確に掴んでいる訳でもないみたいだが……

 正巳の指摘を受けた首相だったが、それでも顔色を変えずに答えた。

「問題ありません。ご存知無いかも知れませんが、世界各国に強力な影響力を持つ組織に依頼をしましたので、いずれ――遠くない先に捕らえられて来るでしょう」

 何となく、正巳自身も縁の深いホテルのロビーが思い浮かんだが、どうやら想像した通りだったらしい。再びマムの報告があった。

『……ありました。確かに、ホテルに対して"生け捕り確保"の依頼が出されていますね。依頼金額は前金で約30億円、成功報酬で残りの支払い。必要資材分は別途支給――拠出元は"M"所謂かつてあった戦争の後、方々から徴収された資金を元に形成された――』

 どうやら、"ホテル"への依頼資金は、表で処理できない事案に対して使用する"裏国庫"から拠出されたらしい。思わず後ろに控えるマム――白髪の少女の内の一人――の顔を見そうになったが、どうにか抑える事が出来た。

 ……まさか手を付けてはいないと思うが、後で手を出さないように釘を刺しておこう。

 首相の言葉を受けてしばらく黙り込んだ後、ピクリと動いたせいか、首相は完全に勘違いしたらしかった。正巳に『いずれ必要になった際にはご紹介しますよ』と言って、微笑んでいる。

「そうですね、その時は……」

 苦笑する訳にも行かなかったので、そのまま適当に流しておく事にした。

 その後、ペースを戻した首相は正巳達を襲撃した際に捕らえた襲撃犯についても言及したが、その内容には苦笑する外なかった。

「――と言う事で、現在尋問中です。何か情報を吐き次第すぐにお知らせしますので」

 まさか、『既に死亡しているんだろう?』とも言う訳に行かなかった為、頷いておく。

 首相が事実・・を知っていて、ただ円滑に"外交"をしているのか、それとも本当に知らないのかは判断できなかったが、それを知った所で大した違いは無いので放置する事にした。

『パパ。元データオリジナルを確認した所、死亡するまでの数秒間に数人の者が"鈴屋"と連呼していたようです。やはり……』

 マムの報告に頷きながら口を開く。

「ええ、お願いします」

 首相が頷いたのを確認した正巳は続ける。

「それで、そのの事は問題ありませんか?」

 正巳が指したのは、道尊寺に関連した内容でもある事――議員の掌握や、陸上自衛隊関連での生物兵器購入未遂の処理に関してだった。それ等を正確に理解した首相は答えた。

「ええ、そうですね。一部、内側だけで済まない内容が含んでいましたが、そちらもどうにかまとまると思います……まだ何とも言えませんがね」

 首相の言葉を聞きながら、何となく(もしかして、協力する様に暗に言っているのか?)と感じたが、首相の後で続いたマムの副音声的補足に納得した。どうやら、かなり困った状況らしい。

『――と言うのも、陸自の幹部も絡んでいた今回の件では、その後ろに複数の大国の影があったようです。確認されている中では中、露、米、そして中東国が"競売"にアポイントしていた事がキャッシュに残っていました』

 ……なるほど。生物兵器と言うと、あの"ゴン"の事を指している筈だが、どうやらアイツはアイツで中々の人気者だったらしい。その理由も何となく想像できるが……恐らくは、各国其々出し抜けれないように――と言うのが本音だろう。

 『そうですか』と返した正巳だったが、その反応を見て話題を変えて来た。

「そう言えば、前回得た権利・・は上手く活用されていますか?」

 "権利"と言うと自治権やそれに付随した、税や法律の独自化の話だろう。後は、原発付近への立ち入りと利用許可と言った処か。

 言うまでも無く、自治に関しては着々とその準備が終わって来ている。後は、一週間後に控えた大きな舞台を待つばかりだ。原発付近の立ち入り禁止区域に関しては、今井さんが関連した部分での研究をしていると話を聞いている。

 そう言えば、先日『正巳君! ついに検証完了、後は放射剥奪の為に散開起動する機体を用意すればいい感じだよ!』などと言っていたが、全く明るくない分野の話だったので、いつも通り何となく聞いて頷いていた。

 ……よくよく考えてみると、問題しかなさそうな話だった。

「その事に関して相談があるのですが、宜しいですか?」

 勿論、余計な事を話すつもりは無い。若干緊張している首相を見て(この流れだからな、そりゃ心配もするか)と思いながらも、頷いたのを確認してから口を開く。

「原発事故で封鎖された範囲へのアクセスと、そこでの活動と権利に関して許可頂いたかと思います。それに関連した事で、この地域に残っていた遺留物を回収し、特設サイトを通じて持ち主への返還をしたいのですが、構いませんか?」

 途中で言葉を止めると、不要な誤解を与える可能性もあったので、一息に言い切った。数秒呆気に取られていた首相だったが、持ち直すと直ぐに答える。

「それはこちらでも歓迎すべき事ですね」
「それでは――」

 実は少し前に、今井さんと"遺留物に関しては保管しておく"と決めたのだが……これが、地中に埋まっていたモノも掘り起こしたりしていた為、半端では無い数保管されているのだ。

「そうですね。管理費は、共同事業での利益を充てると言う事で――共同では如何でしょうか」

 実は、この遺留物返還によって、日本国民の心象を良くしようと言う思惑が有った。恐らく、首相も同じ事を考えたのだろう。食い気味な首相に、内心苦笑しながら考えた。

 ……国民からの指示を受けた時、直接影響を受けるのは正巳達では無い。首相含めた政権の支持率に貢献する事になるが、全てを自分の手柄とするような事さえなければ、協力するのも良いかも知れない。

 正巳は頷くと言った。

「分かりました。共同で構いません」

 正巳の言葉に大きく頷いた首相だったが、当の正巳としても、日本政府が後ろ盾となる事で国民の安心が満たされる――そう考えると、悪い話では無かった。

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