『 インパルス 』 ~宝くじで900億円当たったから、理想の国を作ることにした~

時雲

219話 初めてのお給金

 ハク爺率いる一向が帰還して、四日目に入っていた。

 昨日は、健康診断にそのデモンストレーション。そして、ミューの"変異"などがあった。一時はどうなるかと思ったが、その夜は久し振りに、今井さんとゆっくり話しながら食事が出来た。

 今井さんは、普段研究に入り浸っており、食事に誘っても大抵が『あとで……』となり、その後90%以上の確率ですっぽかされるのだ。

 本人曰く『一度集中しちゃうと止まらなくてね』と言う事だが、悪いとは思っていたらしく、今回はそれを防ぐために研究室に戻らなかったらしい。

 今井さんがサナを抱えて寝込んだ後、日課の鍛錬を終えた正巳は夜の月を見て、その後VR訓練機にてマムによる"状況判断"の訓練を受けていた。

 まだまだ未熟だと感じている正巳だったが、その訓練内容は、過去の史実に元付いた戦況判断の訓練であり、その内容は凡そ軍事大国の将校が受ける訓練を遥かにしのぐ内容だった。

「ふぅ、朝か……」

 訓練機から降りた正巳は、そのままシャワールームに行くと体を綺麗にした。

 実は、正巳自身汗が出る事が無く、分排便をする事が無くなっていたのだが(どうやら、摂取した食べ物はその全てがエネルギーに変換されるみたいだ)気持ちの問題では、運動をしたり一日の終わりには汗を流したかった。

 ……たとえ汗をかかなくとも。

 自分が汗を掻かなくなったと知った時は、(俺、いつの間に人間やめたんだ?)と不安になったが、当時は紛争地帯にいた為、そんな事悠長に考えている暇など無かった。その為、単に(まぁ汗を掻かないお陰で服が臭わなくて良いな)と考えるまでだった。

 しかし、こうして今一度考えてみると不思議な体になったものだ。多少の傷であれば塞がってしまうし、身体能力は依然と比べるべくもなく、その上身体年齢を変えられる……

「うん、深く考えるのは止めておこう」

 何となく、掘り進めても碌でもない答えにしか辿り着かない気がしたので、考えるのを途中で止めた。その後は、只流れ落ちる水の音とその細かな刺激を楽しんだ。

 空っぽになった頭の中を埋める水音は、心地よく精神を集中させてくれる。

 修行の一種に、滝行たきぎょうというものがあるらしいが、精神を集中させるという意味では、条件さえ整えばシャワーでも十分な気がする。

 その後、無心でシャワーを浴びていた正巳だったが、ふと外に気配がしたので上がる事にした。

「マムか…………え?」

 それ迄無音無雑たる心象だったのが、シャワールームを出るや否や放り込まれた雑念によって、さざ波どころでは無い波が立ち始めていた。

「や、やあ正巳君」
「え……っと、今井さんは何故ここに?」

 目の前には、一枚の布を体の前に垂らした女性が立っていた。その、体を覆うには余りにも面積が足りない布切れに目をやりながら、右手が伸ばされていた事に気が付く。

「もしかして、今井さんもシャワーを?」

 答えが明らかな質問だったが、正巳の出来る最大限の落ち着いた・・・・・質問だった。

 正巳の言葉を聞いた今井は、一瞬視線を左下から右斜め上へと揺らしながら答えた。

「そ、そうなんだ。実は朝起きたら汗が凄くてね!」
「そうでしたか。それじゃあ、俺は上がるので後はゆっくりと」

 一瞬反応してしまったが、今考えると、紛争地帯ではシャワールームが男女兼用なんて事はざらだった。今井さんは、恐らく俺が入っている事に気が付かなかったのだろう。

 下手に反応して傷付けてはいけないので、穏便に済ませる事にした。

 そのまま外に出ると、そこで待っていたマムからタオルを受け取り、体を拭くと再び服を着た。何となく後ろを振り返りたくなったが、それは裏切り行為の気がして止めておいた。

「それじゃあ、今井さんの事もよろしくな」

 マムにそう言うと、寝ているであろうサナの元に行く事にした。

「……ん?」

 途中で、何となく寝室から違和感がしたので、その気配を探ってみるとある事に気が付いた。それは、てっきり今日はまだ帰って来ないと思っていた気配だった。どうやら、気配を消そうとしているらしく、普通にしていたら気付かなかっただろう。

 それに、本来ある筈の気配に関しては、全くその気配を感じない事から、何となく事情が読めて来た。扉の向こうで構えているのを気配で確認した正巳は、一拍おいて開けた。

「わ、わぁ!」

 両手を万歳する格好でこちらに向いている。

(これは……?)

 どう受け取ったら良いのか分からなかったが、前でポーズを取っているのに続いて、後ろでも同じ格好をしているサナを見て、ようやくその意味が分かった。

「う、うわぁっ! ……びっくりしたよミュー。それにサナも」

 若干わざとらしかったかなとも思ったが、少し大げさに驚いたふりをしておいた。すると、そんな正巳を見たミューは、嬉しそうにしていた。

「はい、ただいま戻りました!」
「うん、お帰りミュー」

 ミューの事を撫でていると、後ろにいたサナも負けじと加わってくる。

「お兄ちゃん、おどろいたなの!」
「ああ、驚いたよ。二人で隠れてたのか」

 そう言いながら突き出されたサナの頭を、苦笑しながらももう一方の手で撫でる。

「そうなの、ミューが帰って来たから一緒に隠れたなの!」
「そうかそうか、上手い事隠れてたな」

 実際、サナは上手く隠れ過ぎていて違和感を感じたのだが、その事――時と状況に応じて、必ずしも完全に気配を断つ事が最適ではない――については、サナとの訓練の中で教えて行けばよいだろう。

 まあ、戦闘ではそんなに使う事が無さそうだが……

 その後、二人としばらく話していたが、途中で今井さんが上がって来たので朝食を摂る事にした。何となく、今井さんは挙動不審だったが、それも直に元に戻って行った。

 心配していたミューだったが、部屋に戻って来た事から分かる通り、その顔は元より腕や腹部にも生えていたという産毛は、綺麗さっぱり消えていた。

 その後、用意された朝食を囲んだ第一声はサナのものだった。

「お肉なのー!」
「そうだな。沢山食べて大きくなるんだぞ!」

 賑やかな朝食を今井さん含めた面々で囲んだ後、研究室に戻ると言う今井さんを見送ってから、保護している地上階の人達の様子を見に行く事にした。

 元気な子であれば、そろそろ走りたくなる頃だ。

 まだまだお互いに時間が必要だが、何れは一緒に生活するのだ。その下地を作る為にも、一先ず話を持って行こうと思っていたのだった。

「そう言えば、カイルさんは外交官だったんだっけ……となれば、俺は当然として先輩も一緒にお願いするしかないよな。まぁ何でもするとは言っていたけど、対価は必要だよなぁ……」

 既に、カイルは正巳に『出来る事全てを差し出す』と言ってた。しかし、正巳からすればそれが正当な等価交換であれば問題無いが、貰い過ぎは良くないとも考えていたのだった。

 そう、苦しい状況の者に付け込んで奪えるだけ奪うのであれば、それは他の支配者と変わらない。どこまで行っても正巳視点でしかないが、それでも、正巳にとっての"等価"であるかどうかは重要だった。

 これは、国同士の取引に関してでも同じだ。

 ただ、大前提として自国優先である事に変わりはない。

 全て、持つからこそ与える事が出来るのだ。世界中の"知"を残らず集め、吸収しているのもこれが理由だ。そう、負ける訳に行かないのであれば、負けない土壌を作れば良い。

 それにそもそもが、まだ軌道にも乗って居ない状態で、他国の事に気を配るあまり自国が窮地に陥っては、余りに情けなく、それこそ『自国さえ立ち行かせられずに、責任を持つべき事をするな!』となるだろう。

 それに、これは遊びではない。一歩間違えれば、一度失敗すれば手元にある全てを失い、その結果死に絶える事や、それ以上の苦痛が待っている事すらあるのだから……

 自分以外の命のかかった仕事に、甘さなど不要だろう。

 それに、軌道に乗り安定化したら、その後に幾らでも道はある。

 アブドラには少々悪いとは思うが、その分は今後この"ハゴロモ"の名が全世界に知らしめられた時にでも、"同盟国"と言う立場を十分に活用してもらえば良いだろう。

 日本も同盟国となったが、これに関してはあの優秀な首脳陣の事だ。
 いち早くアブドラから入手した情報を駆使して、一番都合の良い立場を取る事にしたと考えて間違いないだろう。その証拠に、いつの間にか第二の同盟国となっている。

 加えて言えば、第三の同盟相手は"国"では無く"革命軍"が相手だ。
 今回は、正巳達"ハゴロモ"が某国ガムルスに宣戦布告をした際、国際社会がこちらの味方をする為の一つの起爆剤として利用する事になるが、事が済んだら国を復興させるための支援が必要になるだろう。その際は、ウチの生産工場プラントがフル稼働する事になりそうだ。

 ……同盟国は兎も角、今後の世界との関わり方については、ある程度予測が立っている。

技術の管理・・・・・か……」

 今後、幾らでもこの"ハゴロモ"の技術が表に出る機会はあるだろう。そして、それに比例して技術を求める国も増えるだろう。それが、理性的であるにせよ無いにせよ。

 今回、日本とは"レンタル事業"を協業し、飽くまでも技術提供はしない事になっている。これは、単に独り占めするのが意図ではない。

 そもそもが、今使える技術の大半の危険性自体、良く分かっていない状態なのだ。

 核エネルギーの研究は、ある優秀な研究者によってもたらされ、この技術は将来を明るいものにすると確信していた。しかし、その実際はどうだっただろうか。

 今や、世界は核による終末の時を恐れている。

 幾ら技術が優れていても、それを生み出した側が一緒に成長する訳では無い。多くの場合が、痛みを伴う経験れきしから学んで行くのだ。

 話題が逸れたが……今ハッキリしているのは、今井さんとマムが生み出した技術の中には、人類だけでなく生物生命その全て、或いは一部を死滅させるだけの能力を持つ技術が複数あると言う事だ。

 もし、この技術を他国へ提供し、その先の世界に害をなす者の手に渡った場合どうなるだろうか。その答えは分かり切っているだろう。過去人類が歩んで来た歴史そのものだ。

 そう、こればかりは単純にはいどうぞ、とはなら無い内容なのだ。

 そして、残るは最後の危険――"ハゴロモ"自体が世界に対して、その殲滅を試みようとした時と、その可能性についてだが……これに関して言えば、俺が居る限りそんな事はさせないし、あり得ない。

 ――……歩きながら考えていた正巳は、そう結論付けると、ここ三日かけて用意していた物を携えて、一人の人の元へと先を急いだ。

 これは、三日前に久しぶりに今井さん含めた面々で朝食を摂った後、カイルへ"頼み事"をする途中で思い付いたものだったが、先程ようやく準備が出来たものだった。

「おはよ~!」
「「おはようございま~す!」」

 エレベーターを出た所にいた少年少女に挨拶をすると、そのままある一室に向かう。

 ここ二、三日で徐々にハゴロモの皆と、保護したメンバーとの交流の機会を作って来たが、やはり子供と言うのは直ぐに仲良くなってしまうらしい。彼方此方で仲良さげに遊ぶ子供らの姿を見ながら、扉の前に立ったマムへと声をかけた。

「もう来てるか?」
「はいパパ、既にカイル先生並びに、上原さんは入室済みです!」

 どうやら、正巳が最後だったらしい。

「入ります」

 礼儀を持った回数扉をノックすると、中に入った。

「おいまさみぃ、勘弁してくれよ~」
「あれ? 先輩はまだ追試ですか?」

 先輩の前に置かれた端末と、涙目になった表情を見ながらニヤリとする。

「お前なぁ、これでも睡眠時間削ってるんだからなぁ……そもそも、お前が可笑しいんだよ。いきなり外交のノウハウを叩き込めだなんて、こんなの無理に決まってるだろ~」

 泣き言を言う先輩を軽くあしらった正巳は、目的を済ませる為に口を開いた。

「カイル先生」

 正巳の言葉を聞いたカイルは、視線を上に動かしながら口元をもにょもにょとすると呟いた。

「いや、貴方にそう呼ばれるのは、何時までたっても慣れませんね」
「何を言っているんですか、先生は私の外交の先生ですよ」

 改めて、顔を見ながらそう言うと、カイルは頭を掻きながら言った。

「まぁ、それも昨日で卒業されてるとは思いますけど……今日は一体どうされたんですか? これ以上は、何も教えられる事は無いと思うのですが……」

 控えめに言うカイルを見ながら、改めて(この人性格変わるな~)と思った。そう、このカイルと言う男は昨日正巳の先生をしていた時は、それはそれはスパルタだった。

 流石の正巳も、鬼が乗り移ったのではないかとさえ思ったのだが、それが終わった途端この優男だ。正直、詐欺だと思う。まぁ、何にしても確かにしっかりと教わったのだから、良いのだが……

「はい、今日はこの"働き"への報酬を支払いに来ました」
「ん? ……えっと、それは母国がどうにかこうにか?」

 顔に疑問符を浮かべているカイルを見て、混乱させてしまった事を詫びながら続ける。

「いえ、すみません説明不足でしたね。今回の件は、別に"同盟"とは関係しないただの"依頼"だったんです。それで、この依頼については対価となる報酬を支払います」

 言いながら、手に持った特殊な端末を前に掲げる。
 その端末は、厚さ三センチほどで非常に高度な設計と技術による、強度と機能を持っていた。

「これですか?」
「はい。そのまま近づいて、画面上の点を見て下さい」

「……これで良いですか?」
「はい、ありがとうございます。これで、カイル先生への支払いが完了しました」

「……へっ?」

 正巳の『支払い』と言う言葉に驚いたのだろう、何か聞きたそうにしている。

「えっとですね、この端末上にはカイルさんのユニークデータが登録されていて、今そのデータと紐付けて電子通貨として入金したんです。ほらここに……」

 そう言って端末の一部分を指すと、そこにはカイルの指名と入金した金額が表示されていた。そこには、日本の通貨表示で"500,000 yen"と表示されていた。

「えっとこれは……?」

 よく分からないと言う顔をした正巳だったが、直ぐに、それが表示されていた通貨単位のせいだったと気が付いた。

「ああ、それは便宜上"円"で入金されていますが、そうですね。カイルさんの母国の通貨に帰るとこんな感じですかね……」

 そう言って表示を変えると、カイルは数えては数え直しを数度した後で、ようやく理解したらしかった。驚いた顔のままのカイルが言う。

「えっと、これは私が働いていた時の給金の三倍ほどもあるのですが……」

 その言葉を聞いて、国家公務員であったであろうに、その給料の低さに驚いた。しかし、その後直ぐに(汚職をしていなかったらこんなモノなのだろう)と納得した。

「それが、今回の適正な支払いです。一応補足させて貰うと、このお金は世界通貨に対応しているので、使いたい国のお金に変える事も出来ます」

 正巳がそう言うと、ようやく理解が追い付いて来たらしいカイルが言う。

「……完全な、電子通貨マネーと言う事ですか」
「そういう事になります」

 正巳の言葉をカイルの後ろで聞いていた先輩は、何やら諦めた様なため息を付くと言った。

「それで、それは俺達も"給料"を貰えると言う事で良いのか?」

 呆れ顔で言う先輩に頷く。

「ええ、そういう事になりますね」

 そう、一応は正巳が先輩と今井さんを雇っているような立場である為、給料を支払う必要があるだろう。まぁ最も、国としての仕組みがしっかりと組み上がりさえすれば、それ以降は国の財源からの給料支払い――そうなって行くだろう。

 因みに、一応京生貿易の方も正巳が大株主であり、今井は役員。そして、上原も一応は社員としての籍が残っている。今後この辺りも整理して行かなくてはいけないが、約一年近くも出社していないのにそのままと言う訳にも行かないだろう。

 ……一応、給料も変わらず支払われているようだし。

 ガッツポーズを決める先輩を眺めていたが、どうやらカイルによる外交指導が再開されるらしかった。二人に挨拶した正巳は、昼過ぎに予定のある来客の準備に移る事にした。

 ◆◇◆◇

 その日から、徐々に通貨に関連して小さな小売店なども出始める事になるが、それ等は主に子供達の"教育"の為であって、まともな使い先が出て来るのはもう少し先の話だった。

 何は兎も角、この国で最初に給金を貰ったのはカイル・デルハルン、他国から亡命中の同盟同士であった。その後、全世界で使われる通貨システムを、初めて実用途で使用した人物として記録される事になるのだが……そんな事は、誰一人として知る由のない事だった。

コメント

コメントを書く

「SF」の人気作品

書籍化作品