『 インパルス 』 ~宝くじで900億円当たったから、理想の国を作ることにした~

時雲

218話 ベッドの上の少女 [後編]

 先程は体を起こそうとしていたのに、今度は布団を頭からかぶってその全身を隠している。

「さて……」

 どう話しかけたものかと考えながら、座ると言った。

「なにか心配な事があるなら、相談してくれると嬉しいぞ……ミュー?」

 流石に真面目な彼女だ。自分の名前が呼ばれ、その内容が聞こえたのだろう。頭を布団の中に隠したまま、律儀に答えてくれた。

「……心配な事は無いのです。……いえ、少ししか、ちょっとしかないのです」

 どうやら、沢山あるみたいだ。

「そうか。それじゃあ、少しで良いから聞かせてくれないか?」
「それは、できないのです。……すみません」

 ミューは頑固な為、同じ方法で聞きだそうとしてもダメだろう。

「そうか、分かった。それじゃあ、顔を見せてくれないか?」

 そう言ってから、続いて『問題はないとは聞いたが、顔を見て話せないとやっぱり心配でな。それに、何時までもそうしている訳にも行かないだろうしな』と言う。
 すると、何やら慌てた様子で布団の中でもぞもぞとし始めたミューだったが、そのまま待っていると、恐る恐ると言った様子で布団の端から顔を覗かせ始めた。

「……」
「どうした?」

「いえ……」
「ああ、いつも通り可愛いぞ?」

 綺麗なブロンドの髪が見え始めたので、そのまま続ける。

「やはり、ミューは綺麗な髪をしているな」
「そんな事ないです……」

「いや、ほら髪も艶があるしな」
「あ……」

 ミューの頭へと手を置いた正巳だったが、そこで完全に顔が出た。

 ミューは一瞬目を強く閉じていたが、その表情、そしてその顔を見た正巳は、これ迄のミューの態度とその理由を理解した。

「……ほら、いつまでも布団の中にいるのは勿体ないぞ?」

 そう言った正巳に対して、ミューは何処か信じられないような顔をしていた。

「え、でも、だって私の体はこんなに毛が生えて来て気持ち悪いのに」
「……こんなに綺麗・・なのにか?」

 そう言いながら落ち着くようにさすると、それまでため込んでいたのだろう。ミューの頬を、その涙が止まることなく流れ始めた。途中までは控えめに、それ以降は溢れ出る泉のようだった。

 落ち着くまで側にいる事にした正巳は、その後も泣き続けたミューが疲れて寝てしまうまで、その場を動く事は無かった。

 様子を伺っていたのか、マムが連絡をしたのか、部屋に戻って来た今井さん達と合流した正巳は、その後事の経緯を聞いた。

「――と、ミュー君が最後だったんだがね、どうしてもと言う事で僕ら以外は部屋に出て貰ったんだ。その後診察をしたんだが、どうやら体を産毛が覆っていたみたいでね。それで、丁度そう言った部類の"治療薬"を作っていたから、それを試す事になって……」

 どうやら、以前から何らかの兆候は表れていたらしい。
 マムの話によると、某国――ガムルスによる人体実験によって投薬された薬が、依然体内に残っており、何らかのきっかけでその反応が出て来たのだろう――と言う事だった。

「なるほど。それで薬を試したら、今度は顔に異変が起きたと」
「そういう事だね」

 泣き疲れて眠ってしまった顔を見ながら、(俺は綺麗だと思うけど、女性からしたら気休めにもならないのかもな……)と思った。ミューがそう望むならば、元通りに毛が無い状態にするのが良いのだろう。となれば、問題なのは――

「それで、治療薬の効き目は問題ないんですか?」

 そう、問題は戻るか・・・だ。

 正巳の言葉を聞いた今井が頷きながら答える。

「ああ、それならさっき調べてたんだが、そもそも体が何か問題がある訳では無いからね。逆に通常よりも健康体と言っても良い位だよ。それに、体表の産毛の事であれば、薬の効き目が出ればすぐに元に戻るだろうからね」

 どうやら問題ないみたいだ。ミューが起きた時、その時はミューが望むように戻っているだろう。まぁ、ふさふさした毛が生えているミューと言うのも、それはそれで可愛い気もするが……

 そんな事を考えていた正巳だったが、この後まだ仕事が残っていた事を思い出して、ミューの事は一先ずは任せる事にした。

 今回の件は、以前正巳の身体が幼い子供のサイズになった事と同じ問題な気がするが、そうであれば、ミューも自身の体毛の調整が出来るようになるのかも知れない。

「今井さんは、このまま研究に戻るんですか?」

 正巳が声をかけると、首を振って言う。

「いや、今日は一緒について行くよ」

 今井さんも研究室に戻るのかと思ったが、どうやら今日は正巳の部屋に来るらしかった。ここしばらく一緒に食事する機会も、時間を取って話す機会も無かったので、久々に話す事が出来そうだ。

 『ついて行くよ』と言った今井に『そうですか』と答えた正巳だったが、表情に出ていたらしい。正巳の顔を見て、何やらニヤニヤし始めた今井に気が付いた正巳は、若干火照った頬を冷ましながら部屋を出る事にした。

 部屋を出る際、ユミルに礼を言うとミューの事を頼み、未だに部屋の前に整列していた子供達に対し、問題無い事と、近いうちに元気な姿が見れると約束して解散させた。

 その列には、それまで地上で片付けをしていたメンバーも含まれていたが、疲れた様子にも拘らずミューの心配をしていた。心配して聞いて来る面々に対し、簡単に答えた正巳だったが、改めてミューの人望を知る事となり嬉しい限りだった。

「さて、戻ろうか」
「戻るなの!」

 どうやら、サナはすっかり安心したらしく、ミューの事は綾香とユミルに任せる事にしたらしい。そんなサナの様子を見ていた今井が言った。

「そうだね、今日の夕食は僕が作ろうかな! 沢山作っておけば、後でミュー君も食べられるだろうし、これは気合いを入れて作らないといけないね!」

 腕まくりして言う今井さんを見た正巳は、(……今井さん料理出来るんだったっけ?)と思ったが、取り敢えずはサナが嬉しそうだったので良い事にした。

 マムもなんだか楽しそうにしていたので、その理由を聞いてみた。すると、満面の笑みを浮かべたマムは、何ら含むところなく言った。

「パパとマスターがとても嬉しそうなので、マムも嬉しいです!」

 その言葉を聞いて、サナも言った。

「家族だから、当然なの!」


 ――部屋に着くまでハイテンションだった一同は、その後今井さんの"変わった料理"に味覚をおかしくする事になるのだが……何だかんだと楽しく過ごした後、一人いつもの訓練を始めた正巳は呟いていた。

「"家族だから当然"か……あの人もそうだったのかな」

 それは、しばらく連絡を取る事すらしていない人物――今となっては、巻き込んでしまう可能性を考えると、決して連絡を取ってはいけない人物――を想像して言った言葉だった。

 その日の夜、ふらりと訪れた最上階から見る月は、きれいな半月をしていた。

 ――場所によって"見え方"は違えども、"見える月"は同じだった。

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