『 インパルス 』 ~宝くじで900億円当たったから、理想の国を作ることにした~

時雲

213話 健康診断

 正巳は、朝食を摂る間に今日の予定を確認していた。

 一応、大きな予定は事前に確認出来ているが、細かい管理についてはその全てをマムに任せているのだ。こう言うと何だか誤解を与えそうだが、そもそもの切っ掛けはマムにあった。

 以前、正巳が自分のスケジュールを手帳にメモしていた所、そのことごとくを紛失し、その度にマムが予定を教えてくれた。非常に助かりはしたのだが……
 後で分かった事で、どうやら手帳はマムが処理――と言う名の裁断をしていたらしい。それ以来、全ての予定の管理はマムに任せている。

「――と言う事で、今日は"健康診断"と健康な保護対象者の"健康レベル"を計る予定となっています。先ずは、"手本"として正巳様から計測して頂いて、その後で順次調べていく事になっていますので!」

 どうやら、正巳が辞退しようとするのを想定していたらしい。
 念を押すかのような言葉に苦笑いして、言った。

「分かったよ。それじゃあ、今日は"健康診断"だな」

 マムに答えてから『健康診断か、そう言えば会社でもこの時期に毎年してたな……』と呟いた正巳だったが、それに反応したのはサナだった。

「けんこうしんだん?」

 音《おん》からは理解できなかったらしく、首を傾けながら不思議そうにしている。そんなサナに説明しようした処で、ミューも同じように首を傾げているのを見てミューも初めてだったなと思い出した。

 あまりにもしっかりしている為、ついつい"知っている"前提で考えてしまいがちだが、そもそも初めに会った時のミューは、何方かと言うとのんびりした印象だった。

(注意して見ていてやらないとな……)

 心の中で確認すると、座っている二人に説明した。

「二人は初めてかも知れないが、"健康診断"って言うのは、体に異常が無いか定期的に調べるものなんだ。そうだな……怪我した時なんかとは違って、"見えない異常"を探すと言えば分かるかな?」

 正巳の言葉に反応したのはミューだった。

「"定期的"に"調べる"……あ、"診療訪問"!」

 言ってから、口に手を当てて何やら納得している。そう言えば、以前にもミューの所作に関してマナーのプロであるホテルマンに感心された事があった。

 もしかすると、ミューは幼い頃――某国によって攫われる前は、何処か良い所のお嬢様だったのかも知れない。そう考えると色々と納得できるが、特に本人から話が無い限りはそっとしておくのが良いだろう。

「そうだな、訪問診療と近い物があるが、健康診断は"予防"と"早期発見"――症状が軽い内に異常を見つけて治療するのを目的にしているんだ。……サナは分かったか?」

 直ぐに納得したミューと違い、しばらく考えていたサナだったが、やがて顔を上げると言った。

「分かったなの! お腹の虫を早く見つけるなの!」

 ……どうやら、昨日の寄生虫駆除がサナにとっては、尾を引くほど衝撃的だったらしい。確かに、体の中から虫が出て来ると言うのは個人的にも背筋が寒くなる事だが、話を聞いたサナが自分のお腹を殴り始めた事には驚いた。

「ああ、そうだな。それと、昨日も言ったがな……別に体を叩いたからと言って、体の中の悪い虫は退治できないからな?」

 正巳の言葉を聞いたサナは、意識してかしないでか握っていた拳をそっと開いている。

「むぅ、虫は嫌いなの!」
「ははは、そうだな。まぁ可愛い虫もいるんだがな……ほら、虫とは違うがこのヤモ吉なんて可愛いだろ? 実物はもう少し小さいんだが、壁にくっ付いたりして動けるんだ。それに……――」

 正巳は残っていた方の腕輪を外すとヤモリの形に変形させ、それを見せて力説し始めた。もう何度目か分からない話を聞いていたサナとマムだったが、同じ席に付いていたミューはそっと席を立つと給水機まで歩いて移動した。

 丁度、正巳達から死角になっている場所まで来たミューは、小さく呟いた。

「どうしよぅ、どうにかしないと……」

 その手は、意識しない内にその素肌を擦っていた。
 ――以前と違う、ふわふわとした手触りの素肌を。

「ミュ~!」

 その後、サナのギブアップの声が聞こえて来た処で、我に返ったミューは服を直すと言った。

「はぁい、今新しい水を持って行きます!」

 そして、敢えて低めに設置された給水口を捻ると、大きめのボトルに入った水を手に持って歩き始めた。ミュー位の子供からすると、それなりの重さがある筈のボトルだったが軽々と持っていた。――何の疑問も持つ無く。

 その後食卓に戻ったミューは、ヤモリの魅力について語る正巳とそれを真剣に聞くマム、助けを求めるサナの姿を見て表情を緩めると、言った。

「お兄さん、そろそろ朝食を済ませましょう。今日も長くなりそうなので」

 そう言うと持って来た水を注いで、自分の食べ終わった食器類を片付け始めた。そんなミューを見て、若干物足りなさげに言った。

「……うん、まぁそうだな。それじゃあ、この話はまた今度だな」

 残念そうに言った正巳に、マムもまた『そうですね』と返したのだが……サナは、元気よく『そうなの! 今日は忙しくなるなの!』と言うと、そのまま残りのハンバーガーを口に入れると片付け始めた。

 サナの姿を見送った正巳は、目の前に座るマムに見つめられながら、残っていたコーンフレークを口の中にかき込んだ。そして、フレークの粉が溶け、味の濃くなったミルクを飲み干すと一息付いた。

「ふぅ……。そう言えば、最近今井さんと朝食一緒してないな」

 何気なく洩らした正巳だったが、まさかそこにマム以外の"目"がある等とは思っても居なかった。正巳の居る場所から、十数メートル降りた場所に居た人影は、栄養剤を片手に持ちながら言った。

「確かに、最近籠りがちだったかも知れないねぇ……。うん、偶には朝は一緒しようかな!」

 ――そう呟いた人影もとい研究者・・・今井は、昨日マムから依頼されていた用途の分からない・・・・・鎮静薬の一種の仕上げをする為に、最後の調整に入った。

 その鎮静薬は、効用そのものを見るとまるで"毒"のようだった。

 ――細胞の機能を抑える毒。

 これがどうして必要なのか、作っている今井自身も良く知らなかった。しかし、今井にとって知らない事自体は、さほど重要な事では無かった。

 重要なのはただ、面白そうかどうかだった。

 そして、マムの持って来たお題"一定の細胞の働きを抑える薬を作る"――は、面白いお題に違いなかった。結局、一日もかからず答えを出せそうではあったが、それでも中々刺激的なこころみだった。

「よぉ~し、それじゃあ最後の調整に入ろうかな!」

 地下深くで響いた声は、その奥で稼働を続ける様々な形をした"装置・・の向こう"へと消えて行った。

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