『 インパルス 』 ~宝くじで900億円当たったから、理想の国を作ることにした~

時雲

212話 朝日と共に・・・

 ガムルスの人々を保護してから、三日目の朝を迎えていた。

 初日は、情報の共有と保護した人々の健康状態の確認、簡易治療に留まっていた部分の治療で終わっていた。一部で重症な人もいたが、それ等重症なメンバーに対しては"特医療室Cカプセル"と呼ばれる酸素カプセルの二倍ほどのサイズの装置が活躍していた。

 特医療室Cカプセルは自走可能らしく、内部は必要に応じて溶液に満たされたり、自動手術オート・オペが実施されるらしかった。マムが正確に手術するらしいので不安はなかったが、確認しない訳には行かないと、一度その内容を見せて貰った。

 正巳がその治療に立ち会ったのは、両足が複雑骨折した後、時間経過によってそのまま接着。その結果、神経と骨が絡む歪んだ足となり、歩く度に神経に激痛が走る――と言う少年だった。

 マムによって、治療中内部の映像を出力して貰った。

 麻酔、足の消毒、切開……切開は、足の側辺部から二ヶ所行われた。

 一か所が、大腿四頭筋だいたいよんとうきん大腿二頭筋だいたいにとうきんの間――所謂"ふともも"の辺りだ。そして、もう一か所は前脛骨筋ぜんけいこつきん腓腹筋ひふくきんの間――これは"ふくらはぎ"の辺りだ。

 どうやらかなり酷い状態だったらしく、一度折れて歪になった骨を全て摘出する必要があったようだった。その為、足を一度解体するような大きな手術となり――途中までは、ミューやその他子供達も見ていたが、最後まで隣に居たのはサナだけだった。

 どうやら、当人がまだ若く、手術に耐えられるだけの元気があったから良かったらしい。これが高齢であった場合、これ以上神経を傷つけない為にも車イス生活になっていた事だろう。

 麻酔と鎮静薬、そして治療薬を摂取した少年は安らかな顔で寝ていたが、目が覚めた時どの様な顔をするか楽しみだった。

 ――これは、飽くまでも足を失わずに済んだパターンだったが、当然中には手遅れである子供も存在した。その殆どは、既に慣れているようだったが、当然望んで失ったわけでは無いのだ。どこか羨むような視線を向けているのを見て、後で義手や義足を作る事に決めた。

 拠点には、その地下に正巳の家族である"子供達"が居たが、どうやら地上で面倒を見ているメンバー以外は通常通りに――訓練と学習――していたらしかった。

 そして、二日目。

 二日目は、想定外の事態から朝が始まった。

 一日目に粗方治療の済んだはずの子供達が、朝食を食べた後に体調不良を訴え始めたのだ。一体どうしたのだと慌てたが、その後大人達も同じように苦しみだして、その理由が発覚した。

 どうやら、保護したメンバーの体内には"寄生虫"がいて、その寄生虫が"エサ"を得た事で活動し始めたらしかった。

 寄生虫の事をすっかり忘れていた正巳だったが、思い出してホッとすると同時に指示して"虫下し"の薬を用意させた。しかし、どうやら虫下しの薬はそれ程多くは用意できなかったらしく、マムによって提案された治療薬を試す事になった。

 マムは、『治療薬……治療虫です!』と言い直していたが、それを見た正巳は(同じ事じゃないか?)と苦笑していた――実は、ナノサイズのマシンによる治療だったので、"治療虫"では説明不足だったのだが……

 配られる透明な水(の中に含まれた無数のナノマシン)を飲む面々を見て、何処か懐疑的だった正巳も、徐々に良くなっていく顔色を見て(ほぅマム謹製の"虫下し"はこんなに即効性が有るのか)と感心していたのだった。

 その後トイレラッシュとなったのだが、非常用トイレの解放と、移動式トイレを持ち出す事でどうにか対処出来た。そんな百人単位のメンバーがトイレに駆け込んでいる中、正巳は今井とマムの会話が聞こえて来て苦笑する事になった。

「マスター! データに無い"新種"の寄生虫も確認出来ていますが、瀕死の状態で確保しますか? 一応"対象"はそれ用・・・の捕獲装置で用を足して貰っていますが?」

「うん、面白そうじゃないか! 寄生虫アレは特殊な身体構造をしているからね、きっと他の技術を開発する際にも参考になる筈――確保だよ、それも出来る限りたくさんね!」

 流石に会話に入る勇気は無かったが、研究の成果が有益な結果を生む事を祈っておいた。

 その後、昼まで地上階の保護組の面々を周っていた正巳は、その中でカイル含めた"代表者"と話をしていた。その内容は、保護の条件と期限についてだったが、念頭に"全てが終わった後"の事を考えての事だった。

 全てが終わった後――つまり、保護する必要が無くなった後――どの様な身の振り方をするのか。これはいづれ来る問題で、初めから考えておく必要のある事だった。

 とは言っても、それを伝えるのは今のタイミングでは無いだろう。

 一先ず、保護している間守って貰う"決まり"――互いに不満が出て来た時の解決手段や、立ち入り禁止区域について。そして、"期限"――ガムルスとの対立が終わるまで――を話しておいた。

 その後、二日目の午後はいつも通り訓練に汗を流したり、今井さんの研究所《ラボ》に顔を出したり、新しくなって戻って来たと言うサナの通信機正巳のスマフォだった物の説明をサナから受けたりした。

 どうやら、サナの新しくなった通信機は、先輩にも同じ物が渡されたらしい。

 夜、顔を出しに来た先輩からも自慢された。その後、顔を出しに来たハク爺とその家族で側近の二人――ジロウとサクヤ――を交えて、食後の晩酌をする事になった。

 正巳の部屋でハク爺と顔を会わせる中、その隅で盛り上がっている声が聞こえて来る。

「おおっ! 凄いなそれ、バンドになるのか! もう一回やってくれよ!」

 上原先輩が、ジロウにせがまれて通信端末の機能を実演して見せている。どうやら、その"一度分解して再度形成される"動きが、ひどく興味を刺激するらしい。

 確かにかっこ良いが……。

 先輩とジロウの横では、自慢げに見せるサナと目を丸くして見つめるサクヤがいる。

「ふぁ……凄い。もう一回見せて欲しい」

 どうやら、こちらも夢中のようだ。

 様子を見ていた正巳に、ハク爺が言った。

「すまんな、ああしたハイテクには触れる機会が殆ど無くてな。どうしてもあんなふうになってしまうんでのぅ……他の奴らも、今は大人しくしているが、完全に回復したらどうなるやら」

 ……確かに、保護した面々は、その殆どが動き回る機械や液晶に目が行っていた気がする。もしかすると、大人しく静かなのは、常に興味を惹く機器が有るから――なのかも知れない。

「いや、良いさ。それに、馴染んでくれ始めているみたいで安心した」

 そう、保護した中でもハク爺とその家族は、ガムルスとの事が済んだ後も行動を共にするのだ。早い段階で仲良くなってくれるのであれば、それに越した事は無い。

「ああ、そうよのぅ」

 正巳の言葉を受け、嬉しそうに顎鬚を擦りながら言ったハク爺は、手に持った酒を煽っていた。後ろで、ミューが新しい酒を用意してくれているが、あまり飲み過ぎないで欲しい。

「正巳様も」
「ああ、ありがとう」

 ミューが差し出す器を受け取りながら(まぁ良いか)と思った正巳は、再び視線を戻すと、そこでサナがサクヤに対して胸を張っているのを見た。

「これはね、お兄ちゃんから貰ったなの!」

 相も変わらず通信端末の話をしている。

「それは、ずるい……私も弟から何か欲しい」
「ダメなんだよ。えっとね、頑張らないとダメなの!」

 別に何か頑張ったから、サナにスマフォをあげた訳では無かったと思ったのだが……

「それなら、私も頑張って弟に何か貰う」
「えっとね、ふつう・・・に頑張ってもダメだと思うなの!」

 ……。

「それじゃあ、すごく頑張る」
「うん、すごく頑張ったら仕方ない・・・・なの!」

 どうやら、途中までは見栄を張っていたようだったが、サクヤの真っすぐな様子に思わず頷いてしまったらしい。何にしても、決めるのは俺であってサナでは無いと思うのだが……。

(……かわいい)

 やり取りを見ていた正巳は、心の中で小さく呟いたが――どうやら顔に出ていたらしい。

「ほう、坊主もそんな顔をするんだのぅ」
「……いや、少し飲み過ぎたみたいだ」

 そう言った正巳に、ハク爺は笑って次の一杯を進めていたが、そんな様子を部屋の端――急速充電器チャージャーの上に座っていたマムは呟いた。

「正巳様が酔う事はあり得ない筈ですが……体調不良の前兆でしたらいけませんし、明日は健康診断ですね……となると、今からその準備をしなくてはいけません」

 何気ない一言で、翌日の予定が決まりつつあったが、まさか本当にその必要がある人がいる等とは、そこに居たメンバーは愚か誰一人想像しても居なかった。

 ――当人を除いて。

「パパ、後一刻程で就寝時刻となりますが……」
「ああ、マム。もう充電は良いのか」

 マムが頷くのを見た正巳は、随分と仲良くなったらしい一同に声を掛けた。

「それじゃあ、今日はお開きにしよう。なに、明日もこうして時間を持てば良いからな」

 正巳の言葉に頷いた面々は、其々頷くと寝る前の挨拶をして自分の部屋へと戻って行った。どうやら、先輩はデウが地上階の巡回担当の間は毎日来るつもりらしかった。

「それじゃあ、また明日」
「ええ、良い夢を。先輩」

 正巳にとっては、"良い夢"を見なくなって既に半年以上が経過していたが、交わす挨拶としては未だによく使う"お気に入り"のフレーズだった。

 一同を見送った正巳だったが、部屋の端に居るミューが一瞬見せた表情の揺らぎに声を掛けた。

「ミュー?」
「あっ、いえ……」

 少し俯き気味のミューを見た正巳は、てっきり(寝る前の挨拶が出来なかったのが残念だったのか?)と思った。そこで、頭を撫でると言った。

「明日挨拶すれば良いさ」
「……はい、そうですよね!」
 
 笑顔を浮かべたミューに頷いた正巳は、そのままミューとサナを寝室に寝かせて来た。その途中、何となくミューの頭が心地よい気がしたが、まさかそんな事を言う訳にも行かず黙っておいた。

「……よく手入れしているのかもな」

 ミューの髪の毛が、思いの他モフモフとした心地よさなのに驚いた正巳だったが、それが"手入れの良さ"に起因していると納得する事にした正巳は、そのまま夜の鍛錬に入ったのだった。

 ◆◇

 ――実は、既に数日前からミューが一人で風呂に入り、決して半袖の服を着なくなっている等とは、正巳が知る由も無かった。そして、その体に重大な異変が起きている等とは……

 ベッドの隅で小さくなっていた少女は、その体をキュッと抱くと呟いた。

「こんなのやだよぅ……」

 一滴ひとしずくの涙が頬を伝った。

 ◆◇

 それから約6時間ほど後。

 日課である鍛錬を終えた正巳は、最上階に直通で向かえるエレベーターに乗ると、朝日を眺めてから部屋へと戻って来た。朝日を浴びる事で、何となく体内時計がリセットされる気がするのだ。

「おはよう」

 エレベーターを出た正巳は、そこで朝食の準備をしていた少女に挨拶した。すると、振り返った少女が笑顔で応えた――

「おはようございます、良い朝ですね!」

 その顔には、いつも通り・・・・・の笑顔があった。

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