『 インパルス 』 ~宝くじで900億円当たったから、理想の国を作ることにした~
202話 亡き友の影
――某国某日。
正巳達と敵対する国、その国内に一つの建物があった。
国内に於いて"スラム"と位置付けられた場所に建つその建物は、一年以上前から革命軍のアジトになっていた。しかし、過去"安全地帯"と言われたそこに"人影"はなく、しばらくの間集会所として使用された"痕跡"すら無かった。
と言うのも、狭い路地が入り組みスラム街の奥にあるという立地から、これ迄長い間政府軍が送られる事が無かったのだ。それが、つい先月"一斉摘発"と言う名目でスラム街への侵攻を進め、この拠点を最終制圧目的として行軍が行われていた。
最終目的地であったここでは、少なくない数の革命軍とスラムの住人が殺された。よく見ると、彼方此方にその名残である"黒い煤"や"灰"が残されている。
そんな、戦闘と言うより最早"虐殺"の跡地に一人の男が居た。
「今更本腰を入れたという事か……クソが」
男はここ数カ月に渡って、革命軍に必要な物資の調達と分配に奔走していたのだ。それが、ようやく十分な物資の調達に目途が付き、本部となっていた場所に戻ってみればこの有様だった。
悪態と共に拳を握りしめた男だったが、ふと気配を感じて物陰に身を潜めた。
(どうやらこれ迄のようだな)
物陰に身を潜めながらも、若干自嘲気味に顔を引きつらせる。
……そもそも、最初から可笑しかったのだ。
数日前、傭兵団『ホワイトビアド』が革命に参加したという話が有った。しかもその傭兵団は、ある少女を旗印にしているという。その話が耳に入るのとほぼ同時に、それ迄渋っていた交渉先が手のひらを返したように支援の確約を申し出て来たのだ。
……男の目的の一つに、"外交官の子女を救出する事"があった。
別に、正義感からではない。単純に、その少女の父である外交官とは親友の間柄だったのだ。そもそもの切っ掛けは、約一年前に外交官だった友人が"重大な国家への反逆の疑いがある"として捕らえられ、その後まもなくして有罪になり処刑された事だが……
処刑された親友で外交官だった男は、公平公正な正義漢だった。
自らの資産を切り崩してスラム街への支援も行っていた男だったのだ。それなのに、"国家への反逆"などするはずが無い。いや、もしかすると既に手遅れな程腐ってしまった国を憂いて、何か行動を起こしていたのかも知れない。
そもそも、重罪による極刑と言う事だが、国の公表である『"厳罰に該当する内容への抵触が確認された為、十分に調査の上ここに刑の執行とその実施を報告する"』――という内容自体信用できない。
本当に調査を行ったのだろうか……
それこそ、ここ最近の政府のやり方を考えると、嫌疑を掛け立ち入りと同時に断罪と称した"処刑"を行った可能性すらある。その場合、飽くまであの公表は、対面を整える為の嘘となるだろう。
何にせよ、外交官だった男と浅くない――親友と一言で片づけられない絆の有った――繋がりのあった男は、友の死を知った時真っ先にその子女の事を思い出した。
その後、人伝に少女が捕えられていると知ると、居ても立ってもいられなくなり、悪政を倒す事と少女の救出を目的に革命に参加したのだ。
それにしても、当の少女は捕えられているという話だった筈だが、傭兵団が旗印としたという少女は"本物"なのだろうか……
本当に少女本人が"旗印"となっているのであれば、どうやってか"救出されていた"と言う事になる。事実であれば、この時点で男の目的は一つ達成された事になるのだ。
加えて、誰が雇い入れたのか分からないが『ホワイトビアド』という傭兵団は、高額な費用が掛かる分その依頼達成率が高い事で有名だ。
――これら全ての情報を信じるのであれば、現状を打開し得る絶好の機会に違いないだろう。しかし、少し考えれば分かる程、余りにも可笑しい事態だ。
冷静に考えれば考える程、現状が"全て仕組まれた甘い罠"にしか思えない。そして実際、この数日間でかなりの拠点や同志達と連絡が付かなくなっていた。まあ、これに関してはその原因の一つとして、今居る"革命軍本部"の壊滅が起因しているではあろうが……
昇り始めた日の光に目を細めながら、近づいて来る気配に対して"最後の抵抗"をする為に、手に持った単発式の拳銃をドアへと向けた。
手入れが楽で、玉詰まりが極端に少ないからと言う理由で愛用していたが、随分と手になじんでしまった。当初、ここまで手になじむとは思ってもいなかったのだが……
感傷に浸りそうになったが、ドアノブが僅かに振れた処で標準を合わせた。
そして――
「喰らえ!」
ドアが開いた所で、引き金を絞った。
『"パンッ!"』
乾いた音と共に、朝焼けが広がる中火花が飛んだ。
しかし――引き金を絞った後、目に入ってしまった。
異様に小間切れに進む世界と、その向こうに見える人。
そこに居たのは、昔会った時の面影がそのまま残る少女だった。
慌てるも、既に引き金は絞られた。
意識外の速さで打ち出された死の種の生む"結末"を想像し、絶望に飲み込まれそうになる。しかし――
「ズヴァッツ!」
腹の底に来る声と共に、いつの間にか現れた人影があった。
『"ギギンッツ!"』
鈍い金属音が響き、現れた人影は半身になっていた体を起こした。
何処か安堵したような表情と、両手に握られた得物が朝日を反射させていた。
その得物は独特な形状をしており、刃が湾曲し長すぎも無く短すぎず取り回し和すそうな短刀だった。確か、ククリと言う名の武器の一種だったと思う。
現れたのは、白髪と蓄えられた白い髭の老人だった。
……いや、老人と言うにはその印象が違うかも知れない。言うなれば、熟練の戦士と言う方が合っている気がする。立ち姿やその足運びからも、その練達さを感じる。
思わず見とれていた男だったが、思考が正常な状態に戻るのと同時に、一瞬前に目に入った光景――少女の事を思い出した。
(あの少女は、まさか本当に――)
視線の動きを不審に思われたのだろう。
目の前の男――信じられない事に、放たれた銃弾をどうやってか完全に防いだ男――は、未だに手に握った武器を仕舞う気配が無かった。
「あ、あの――」
弁明の必要性を感じた男だったが、何か言うよりも早く加勢する声が上がった。
「大丈夫ですお爺様。その方は私の知っている方なので」
先程の"少女"のようだ。
すると、それまで警戒を崩さなかった白髪の老兵が口を開いた。
「そうかのう……まあ、確かにその気なら止まりやせんだろうしな。よし、それじゃあここには"ジロウ"と"サクヤ"、それと"サーシャ"が留まれ。残りは、引き続きワシと一緒に捜索じゃ。今日には帰らんといかんから、そのつもりで気合い入れて探すんだぞ!」
「「おう!」」
老兵と、その言葉に答えた気配が幾つもあったが、老兵が少女と入れ替えに下がると去ったようだった。残ったのは、少女と他に三人――うち二人は、歩いて来るとそのまま左右背後に回っていた。
どうやら、不審な動きをしたら即時抑え込むという事らしい。
若い男女が横を通り過ぎるのを緊張して見送った男だったが、その緊張もつかの間、それ以上の感情――込み上げて来る安堵と疑問を抑えられなかった。
「も、もしや本当に"ミンリーちゃん"なのかい?」
男が聞くと、少女はその顔をほころばせて言った。
「そういうおじ様は、カイルおじ様ですか?」
その笑顔、その言葉を聞いた瞬間親友の顔がよぎったが、辛うじて笑みで返す事ができた。
「ああ、そうだよ。久しぶりだね……大きくなったね」
頬を伝う雫は、洗う事すら忘れられていたその汚れを含ませ、静かに伝い落ちていった。
正巳達と敵対する国、その国内に一つの建物があった。
国内に於いて"スラム"と位置付けられた場所に建つその建物は、一年以上前から革命軍のアジトになっていた。しかし、過去"安全地帯"と言われたそこに"人影"はなく、しばらくの間集会所として使用された"痕跡"すら無かった。
と言うのも、狭い路地が入り組みスラム街の奥にあるという立地から、これ迄長い間政府軍が送られる事が無かったのだ。それが、つい先月"一斉摘発"と言う名目でスラム街への侵攻を進め、この拠点を最終制圧目的として行軍が行われていた。
最終目的地であったここでは、少なくない数の革命軍とスラムの住人が殺された。よく見ると、彼方此方にその名残である"黒い煤"や"灰"が残されている。
そんな、戦闘と言うより最早"虐殺"の跡地に一人の男が居た。
「今更本腰を入れたという事か……クソが」
男はここ数カ月に渡って、革命軍に必要な物資の調達と分配に奔走していたのだ。それが、ようやく十分な物資の調達に目途が付き、本部となっていた場所に戻ってみればこの有様だった。
悪態と共に拳を握りしめた男だったが、ふと気配を感じて物陰に身を潜めた。
(どうやらこれ迄のようだな)
物陰に身を潜めながらも、若干自嘲気味に顔を引きつらせる。
……そもそも、最初から可笑しかったのだ。
数日前、傭兵団『ホワイトビアド』が革命に参加したという話が有った。しかもその傭兵団は、ある少女を旗印にしているという。その話が耳に入るのとほぼ同時に、それ迄渋っていた交渉先が手のひらを返したように支援の確約を申し出て来たのだ。
……男の目的の一つに、"外交官の子女を救出する事"があった。
別に、正義感からではない。単純に、その少女の父である外交官とは親友の間柄だったのだ。そもそもの切っ掛けは、約一年前に外交官だった友人が"重大な国家への反逆の疑いがある"として捕らえられ、その後まもなくして有罪になり処刑された事だが……
処刑された親友で外交官だった男は、公平公正な正義漢だった。
自らの資産を切り崩してスラム街への支援も行っていた男だったのだ。それなのに、"国家への反逆"などするはずが無い。いや、もしかすると既に手遅れな程腐ってしまった国を憂いて、何か行動を起こしていたのかも知れない。
そもそも、重罪による極刑と言う事だが、国の公表である『"厳罰に該当する内容への抵触が確認された為、十分に調査の上ここに刑の執行とその実施を報告する"』――という内容自体信用できない。
本当に調査を行ったのだろうか……
それこそ、ここ最近の政府のやり方を考えると、嫌疑を掛け立ち入りと同時に断罪と称した"処刑"を行った可能性すらある。その場合、飽くまであの公表は、対面を整える為の嘘となるだろう。
何にせよ、外交官だった男と浅くない――親友と一言で片づけられない絆の有った――繋がりのあった男は、友の死を知った時真っ先にその子女の事を思い出した。
その後、人伝に少女が捕えられていると知ると、居ても立ってもいられなくなり、悪政を倒す事と少女の救出を目的に革命に参加したのだ。
それにしても、当の少女は捕えられているという話だった筈だが、傭兵団が旗印としたという少女は"本物"なのだろうか……
本当に少女本人が"旗印"となっているのであれば、どうやってか"救出されていた"と言う事になる。事実であれば、この時点で男の目的は一つ達成された事になるのだ。
加えて、誰が雇い入れたのか分からないが『ホワイトビアド』という傭兵団は、高額な費用が掛かる分その依頼達成率が高い事で有名だ。
――これら全ての情報を信じるのであれば、現状を打開し得る絶好の機会に違いないだろう。しかし、少し考えれば分かる程、余りにも可笑しい事態だ。
冷静に考えれば考える程、現状が"全て仕組まれた甘い罠"にしか思えない。そして実際、この数日間でかなりの拠点や同志達と連絡が付かなくなっていた。まあ、これに関してはその原因の一つとして、今居る"革命軍本部"の壊滅が起因しているではあろうが……
昇り始めた日の光に目を細めながら、近づいて来る気配に対して"最後の抵抗"をする為に、手に持った単発式の拳銃をドアへと向けた。
手入れが楽で、玉詰まりが極端に少ないからと言う理由で愛用していたが、随分と手になじんでしまった。当初、ここまで手になじむとは思ってもいなかったのだが……
感傷に浸りそうになったが、ドアノブが僅かに振れた処で標準を合わせた。
そして――
「喰らえ!」
ドアが開いた所で、引き金を絞った。
『"パンッ!"』
乾いた音と共に、朝焼けが広がる中火花が飛んだ。
しかし――引き金を絞った後、目に入ってしまった。
異様に小間切れに進む世界と、その向こうに見える人。
そこに居たのは、昔会った時の面影がそのまま残る少女だった。
慌てるも、既に引き金は絞られた。
意識外の速さで打ち出された死の種の生む"結末"を想像し、絶望に飲み込まれそうになる。しかし――
「ズヴァッツ!」
腹の底に来る声と共に、いつの間にか現れた人影があった。
『"ギギンッツ!"』
鈍い金属音が響き、現れた人影は半身になっていた体を起こした。
何処か安堵したような表情と、両手に握られた得物が朝日を反射させていた。
その得物は独特な形状をしており、刃が湾曲し長すぎも無く短すぎず取り回し和すそうな短刀だった。確か、ククリと言う名の武器の一種だったと思う。
現れたのは、白髪と蓄えられた白い髭の老人だった。
……いや、老人と言うにはその印象が違うかも知れない。言うなれば、熟練の戦士と言う方が合っている気がする。立ち姿やその足運びからも、その練達さを感じる。
思わず見とれていた男だったが、思考が正常な状態に戻るのと同時に、一瞬前に目に入った光景――少女の事を思い出した。
(あの少女は、まさか本当に――)
視線の動きを不審に思われたのだろう。
目の前の男――信じられない事に、放たれた銃弾をどうやってか完全に防いだ男――は、未だに手に握った武器を仕舞う気配が無かった。
「あ、あの――」
弁明の必要性を感じた男だったが、何か言うよりも早く加勢する声が上がった。
「大丈夫ですお爺様。その方は私の知っている方なので」
先程の"少女"のようだ。
すると、それまで警戒を崩さなかった白髪の老兵が口を開いた。
「そうかのう……まあ、確かにその気なら止まりやせんだろうしな。よし、それじゃあここには"ジロウ"と"サクヤ"、それと"サーシャ"が留まれ。残りは、引き続きワシと一緒に捜索じゃ。今日には帰らんといかんから、そのつもりで気合い入れて探すんだぞ!」
「「おう!」」
老兵と、その言葉に答えた気配が幾つもあったが、老兵が少女と入れ替えに下がると去ったようだった。残ったのは、少女と他に三人――うち二人は、歩いて来るとそのまま左右背後に回っていた。
どうやら、不審な動きをしたら即時抑え込むという事らしい。
若い男女が横を通り過ぎるのを緊張して見送った男だったが、その緊張もつかの間、それ以上の感情――込み上げて来る安堵と疑問を抑えられなかった。
「も、もしや本当に"ミンリーちゃん"なのかい?」
男が聞くと、少女はその顔をほころばせて言った。
「そういうおじ様は、カイルおじ様ですか?」
その笑顔、その言葉を聞いた瞬間親友の顔がよぎったが、辛うじて笑みで返す事ができた。
「ああ、そうだよ。久しぶりだね……大きくなったね」
頬を伝う雫は、洗う事すら忘れられていたその汚れを含ませ、静かに伝い落ちていった。
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