『 インパルス 』 ~宝くじで900億円当たったから、理想の国を作ることにした~

時雲

189話 技術大会《ハックコンテスト》

 報告後部屋に戻った正巳だったが、マムが『相談がある』と言うので、サナを寝かせるとリビングへと戻っていた。サナは夢を見ているみたいだった。

 リビングへ戻った正巳は、目の前にあるソファへ座ると早速マムに言った。

「それで、相談って言うのは?」
「はい、実は7カ月ほど前に開催したイベントの事で、パパに承諾を貰いたいんです」

 隣に座ったマムの話を聞きながら、記憶を探ていた。
 幸いな事に、半年前のイベントと言うと一つしかなかったのですぐ思い出せた。

「半年前のイベントというと、技術大会ハックコンテストの事か?」
「はい! そのイベントの授賞式をしたいと思ってるんです」

 ……なるほど、状況が把握できた。

「分かった。それで、準備は何処まで済んでるんだ?」

 そう言ってマムに確認すると、マムは正巳の目の前に液晶を投影させた。そこに映っていたのは、一つのトロフィーと幾つかの機械だった。

「これが最優秀者に贈るトロフィーです。実は、このトロフィーにはちょっとした仕掛けが有るんですが、それはパパも楽しみにしていて下さい」

「そうか……まあ、綺麗なトロフィーだな?」

  マムが『まだ秘密です』と言うので、楽しみにしておく事にした。満面の笑みを浮かべるマムを横目に、対象の機械を見ていった。

「それで、ここに映ってるのが……」

 そう言って、そこに映し出されていた幾つかの機械に目を向けた。

 それぞれ、何となくだが使い道が分かる。

 一つは、楕円形をした機械でその上部に、回転する羽が内包されているのが見えた。恐らくはドローンの一種で、自動配達をすると言っていたモノ本体だろう。

 他にも、映像投影ホログラフィックや瞬時に服に形を変える四角い箱《キューブ》等もあった。それらを一つ一つ確認しながら、あれ?これ出していい技術だったか?と少し思ったが、並んでいるモノを見る限りレンタル事業で公開する事になりそうなものばかりだった。

 この際、事前の広告も兼ねて全世界に公開、そしてその流れでレンタル事業を始めると良いかも知れない。そうなって来ると、後は技術の発案者に関してのリターンだ。

「見て頂いた通り、出しても大丈夫・・・なモノばかりです。他にも色々と有益な技術も多かったですが、それらを公開すると恐らく国家単位で注目を惹くと思うので――」

 発案者に対しての報酬は今回の賞金が主だが、レンタル事業での収益を一部支払っても良いかも知れない。何やら物騒な事を言っているマムに返事しながら、後でその辺りは指摘する事にした。

「ああそうだな、その判断は正しいぞ」
「はい!」

 少し大げさではあったが、"表に出すのは控えめにしよう"と自重したらしいマムを褒めておいた。……実際には、今井さんが表に出すか出さないかを判断しているのだろうが、それでもこうして"褒められた実績"をつくっておく事で、後々の判断に影響するだろう。

 正巳の考えをつゆも知らないだろうマムは、そのまま上機嫌で続けた。

「それと、今回は技術で募集をしたのですが、中には色々な生命工学バイオテクノロジーを出して来た者も居まして……えっと、マスターが『面白いじゃないか』と言ってました!」

 ……どうやら、早速"褒めた"のが効いたらしい。

 マムによる告発を聞いた正巳は、何となく嫌な予感がしながらその内容を聞いた。

「それはどんな内容だ?」
「はい、えっと……これですね!」

 そう言ってマムが投影したのは、何かワーム状に見えるモノだった。

 ……うねうねと動いている。

 それが何なのかはよく分からなかったが、半透明な体とその動きから、何となく学生時代に見た微生物に見えた。

「……これは?」
「はい、これはワーム状の微生物です。どうやら、何でも食べる生き物のようですが、その排出物が生物にとって良い土壌を作るらしいです!」

 マムの話を聞いていて、何となくミミズみたいだと思った。

「ミミズとは違うんだよな?」
「はい、環形動物門貧毛綱――通称ミミズは、基本的に消化するモノを選びます」

 ……何を言っているのかよく分からないが、それはそうだろう。

「そうだな?」
「はい、しかしこの微生物はそれをしません」

「ん?」
「つまり、何でも・・・食べて何でも・・・消化するんです」

 ……なるほど?

「と言うと、鉄やプラなんかもか?」
「はい。勿論、消化器官を通らないほど大きなものは無理ですが」

 ……なるほど。

「そうか。それで、それはどう役に立つんだ?」
「はい。このままでは役に立ちませんが、この子をある程度巨大化させて、土壌の死んでいる場所に放てば勝手に耕してくれます。後は、一部の人間の指示を聞くように改良をしておけば――」

 そう言って、続けようとしたマムを一度止めた。

「ちょ、ちょっと良いか?」
「はい、パパ?」

 不思議そうにして『何でしょうか?』と言うのを見て、正巳は言った。

「その"巨大化"って言うのは?」
「はい、そう言えば忘れていましたが――パパとサナ達の細胞と、研究データからその細胞を分裂させ巨大化する技術を開発していたんです。まだ成功はしていませんが、成功すれば色々な生き物を大きくする事も――」

 とても綺麗な目でそう言ってくるマムを見て、思わず頭を抱えたくなるのを抑えた。

「……なあマム、少なくともこの地球でダメだぞ?」
「地球では、ですか?」

 そう言って首を傾げたマムに『そうだ』と答える。
 全て駄目だ、と言うのは気が引けたのでこんな言い方になってしまった。

 少しの間考えていたマムだったが、やがて笑顔を浮かべて言った。

「はい、地球ではしません!」

 そう言って頭を突き出して来たマムを撫でながら、(ん?『地球では』って、他の星でするつもりなのか?)と考えていたが、まぁそうなったらそうなったで良いだろう。

 その後、具体的な受賞イベントの日程について話してから、子供達を迎えに行っているハク爺たちに関しての確認を行っていた。

 どうやら、ハク爺たちは無事?に子供達と合流したらしく、現在ミンと他の施設出身の子達を迎えに行く途中らしかった。どうやらミン達は複雑な状況に有るらしく、現在も政府の牢に拘留されているみたいだった。

 どうするつもりなのかを聞くと、どうやらハク爺たちは襲撃して、奪い返すつもりらしかった。マムに確認した限り、拘留中に拷問すれすれの事が何度も行われているらしかった。

 どうやら警備兵は武装兵らしかったので、改めて『怪我人を出さないように守ってくれ』と言い、ハク爺たちには『ケツは持つから好きにしてくれ』と伝えてもらった。

 マムが『ブラックに搭乗中ですので、直接話せますよ?』と言っていたが、子供達との再会を邪魔するような無粋な事はしたくない、と断っておいた。

 そんなこんなしていると、部屋に入って来たミューが『お出迎えの準備が出来ました』と教えてくれた。どうやら、アブドラはもう少しで着くらしかった。

 サナが寝ていたが、その事を知ったミューが言った。

「お待ちしていますね。サナもお兄さんに起こして貰う方が、嬉しいと思いますので」

 そう言ったミューに続いて、マムが『間違いないですね!』と言ったので、仕方なく腰を上げた。立ち上がる際、軽く触れたヤモリを模した腕輪――ヤモ吉を見て、ふと呟いていた。

「……細菌兵器とかが来なくて良かった」

 ――それは、先程の会話に出て来た"生命工学バイオテクノロジー"という単語から連想した、"嫌な予感"に関連した内容だった。てっきり今井さんが興味を持ったのは、細菌兵器に関しての事だと思ったのだ。

 個人的には、ウィルスほど厄介な相手は無いと思っている。

 目には見えないし、対策するのはどうしても後ろ手に回りがちになってしまうのだ。例え開発したのがこちらでも、一度外部に漏れると取り返しの付かない事に成り兼ねない。

 一人ホッとしていた正巳だったが、実は正巳自身が既にそれに類するモノ――薬品と言う形ではあったが――に生物としての身体構造を変異されてしまっている等とは、その時考えもしなかった。

 そう。正巳は自身の可能となった――身体年齢の操作及び、部分的な身体構造(金繊維や骨格)の操作に関して、単に"便利"だとしか考えていなかった。

 それが、脳内によって意図的にされた"平常でいる為の防衛機能"なのか、それとも単に"気にしていないだけ"なのかは、本人も認知するところでは無かった。


 ◇◆◇◆


 正巳の後姿を見送っていたマムは、電脳世界で呟いていた。

「大丈夫です、生命工学バイオテクノロジーにおける脅威は全て排除します……パパに害を与える可能性のあるモノは全て排除です」

 マムの横で正巳を待っていたミューだったが、何となく目をマムへと向けた。

 視線を向けたミューは、同じくらいの年齢に見えるマムを見つめていた。頬から眉、そして瞳へと移したその視線は、その瞳の中に螺旋状に渦巻く光輪と幾何学的な紋様が浮かんでいるのを見つけていた。

 その様子を見つめていたミューは、やがてマムもこちらを見つめている事に気が付いて、慌てて視線を逸らした。

 慌てて視線を逸らしたからか、ミューの様子を面白そうに笑ったマムは言った。

「大丈夫、パパとマスターと仲間みんなマムが守ります」

 笑いかけて来るマムに『はい、お願いしますね』と答えたミューだったが、ふと自分の肌に何か違和感を感じて袖を捲った。

 てっきり鳥肌でも立っているのかと思ったミューだったが、そこには白い毛が数ミリ生えているのが確認できた。慌てて袖を戻したミューは、マムに悟られぬように普段通りに努める事にした。

「……おにいちゃんにだけは迷惑をかけないようにしないと……」

 小さく呟いたミューだったが、マムはそれをしっかり拾っていた。ミューの呟きを認識したマムだったが、普段通りの"真面目"なミューの独り言だと受け流していた。

 その後、一瞬の寒気と同時に鈍い音が聞こえて来た。

 寝室から出て来る二人の様子を見たミューは、先程迄の不安な感情を振り払うと言った。

「全く、お兄さんの手を煩わせちゃいけないですよ、サナちゃん。それにどうしてお兄さんがほっぺたを赤くしてるんですか?」

「ごめんなさいなの、驚いて反応しちゃったなの」

 項垂れるサナと、その横で『いや、悪いのは俺だよ。別に殺気を飛ばす、なんて方法を取らないでも良かったんだ』――と言って謝る男の人を見て、改めて心に決めていた。

 その後、冷たいタオルを持って来たミューだったが、サナが手をお兄さんに当てているのを見て、少しだけふくれながらタオルを後ろ手に隠した。

 落ち着いたのを確認した一同は、既に集まっている地上階に向かい始めた。

 その後、途中で清掃用収集場所にタオルを置こうと考えていたミューだったが、不意にこちらに視線を向けたお兄さんが言った。

「なあ、何か拭くものは有るか?」

 一瞬何を言っているのか分からなかったが、戸惑っているのを見てか続けて言った。

「……国王に会うのに、顔も拭かずには行けないからな」
「……! は、はい丁度用意してましたので使って下さい!」

 そう言って、持っていたタオルを差し出すと、『流石に気が利くな』と言って顔を拭いていた。その後、頭を撫でて貰いながらタオルを返して貰うと、笑みが広がりそうになるのを抑えながら言った。

「はい、給仕ですので!」

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