『 インパルス 』 ~宝くじで900億円当たったから、理想の国を作ることにした~
180話 交渉 【総理大臣】
『治外法権を認める』と言った菊野の表情に、何となく嫌な予感がしたが、取り敢えず目的は果たしたので署名された書類を受け取ると、退出しようとした。
すると、慌てた様子の菊野大臣が言った。
「おい、こちらの約束は果たしたんだ。その装置をこちらに渡せ!」
別に、こちらとしても、渡さないつもりではなかったのだが……
菊野に一度視線を向けた後、佐野の顔を見ながら言った。
「菊野財務大臣に渡せば宜しいのですか?」
すると、一瞬口をきつく閉じた後で何か言おうとしたのだが――
「渡せばいいのだよ!」
伸びて来た菊野の手によって、先輩の持っていた装置が掴まれた。
しかし、装置は菊野の手に渡る事は無く、先輩の手の中に残ったままだった。
――と言うのも、先輩も身体構造が"変異"しており、その単純な握力を取っても通常の大人の数倍はあるのだ。例え少し力を入れただけだったとしても、その結果万力で挟んでいるような力が出ていても、何ら可笑しくはない。
反応しそうになっていたデウを視線で抑えながら、『宜しいですか』と佐野に再び聞くと、呆気に取られていた表情を繕いながら言った。
「え、ああ、いいですよ」
「……分かりました」
正巳が頷くと、先輩が手を離した。
それ迄顔を赤くして引っ張っていた為だろう、勢いよく後ろに飛び、装置を手に持ったまま尻もちをつきそうになっていた。
何となくその様子が可笑しくて笑いそうになったが、空気を読んで堪えた。
若干一名、先輩の後ろで笑いを漏らしている男が居たが……
その後、佐野が『表までお送りします』と言ったので、頼む事にした。ドアの向こうに閉じて行く菊野達の様子を後ろに、何となく気が抜けた様な――"これで終わりなのか?"という感覚を覚えていた。
その後、佐野が案内するのに従って歩いていた正巳だったが、ふとある事に気が付いた。それは、訓練によって自然に行う様になっていた事――"地形把握"に関連する事だった。
どうやら、ユミルは当然としてデウもその事に気が付いたらしく、若干周囲への警戒を強めていた。ユミルなど、若干歩調を大きく取る事で、何時でも反応できるようにしていた。
そんな中、それ迄連絡の無かったマムから連絡があった。
『本番 開始』
どういう事なのかと疑問に思った正巳だったが、その疑問は直ぐに解けた。
マムの言葉、来た時と違う帰り道、そして前を歩く佐野が立ち止まった場所。
……本当に"本番"は、これからみたいだった。
立ち止まった佐野は、こちらを見るとにこやかな表情で言った。
「お待たせしました。中へどうぞ」
どうやら先輩も、佐野が口を開く前に答えに辿り着いていたらしい。
こちらを見て一瞬眉を上げると、先に入るように促して来た。
先輩のほっとしたような様子を見て、思わず苦笑しそうになったが、正巳には気になる事が有った。それは、普段と比べやけに伝えて来る"情報量"の少ないマムと、少し前から感じていた"知っている気配"の事だった。
付けている通信装置は、長文で受け取ると酔うらしい。
――とは言っても、余りにも情報が少ない気がした。
何となく、ここ迄の"シナリオ"を想像してみた正巳だったが、馬鹿らしくなって途中で止めた。何がどうなっているかは分からないが、それらは全て中に入れば全てが分かるのだ。
未だに状況がつかめていないらしい約一名を除き、良い意味で緊張の取れた面々は、正巳を先頭にして部屋の中へと入って行った。
中に入ると、先程の部屋とは趣の異なる調度品の類と、その中に在って緊張感のない笑みを浮かべた男と、少しゲッソリした様子の面々が居た。
男は、座っていたクッション……柔らかそうなソファから立ち上がると、正巳に向かって腕を回しながら言った。
「我が友よ!」
実際には異国語で言われた言葉だった為、正巳とユミル以外は何と言ったのか分からなかったみたいだった。元より他言語を操るユミルはさて置き、正巳はここ一週間マムによる"レッスン"を受けていた甲斐があり、簡単な会話であれば不自由なくなっていた。
その後、事情を知らない一同の驚く中、正巳はその男と話していた。
「友よ、以前会った時と比べ、少々発音が下手になったな」
「まあ、それはそうだろ。アレは"翻訳"だったからな」
「なんと、それではあの"全てを制圧した存在"がそんな事も?」
「あ、ああそうだが……変な事言ってないよな?」
何となく不安になり、そこに居たこの国の政治の長"首相"に視線を向けたのだが、何故か自然な感じに目を逸らされてしまった。
何を言ったのか不安になりながら、男をソファに座らせると言った。
「何故、彼がここに居るのでしょうか?」
正巳の問いに対して、首相は顔を引きつらせながら言った。
「それは私共の方がお聞きしたいのですが……まあ、それは良いでしょう。それより、貴方は何者なのですか?」
首相の問いに対してどう答えた物かと考えていた正巳だったが、それに対して答えたのは正巳では無かった。
首相の言った言葉を通訳を通して聞いた男は、胸を張ると言った。
「正巳は我の友である! 我、グルハ王国国王アブドラ・ジ・グルハがその全てを保証しよう!」
アブドラがそう言い放った後、通訳を通してその内容を聞いた首相は、相変わらず何とも言えない様な困った顔をしていた。それもそうだろう、正巳とアブドラが一定以上に仲の良い知り合いという事はその様子を見れば分かる。
首相ら政府の中枢を担う者達にとっては、男の正体――
つい先日電撃的に国王へと戴冠したアブドラ国王。その国は、世界で生産される機器類に必要な"希少金属"が採掘されるだけでなく、エネルギー資源国としてもその地位を築いている。そのような国の王から『友』と呼ばれる男。
――その正体を知りたかったのだ。
しかし、そんな首相らの思いは届く事は無く、アブドラの『我の言った通り、正巳は状況を全て支配してその結果を全て思う様に支配する男――だろ?』という言葉に、首相含めその側近達は何となく頷く他無かった。
そんな様子を全て横で見ていた正巳は、アブドラを後ろで操っていたであろう存在の事を考えていた。恐らく……いや、間違いなく今回の件を描いたのはマムだろう。
……マムは、一体俺をどうしたいのだろうか。
状況だけ見ると、正巳達の"力"や"コネクション"を見せつける事が出来、結果的に良い事のように思える。しかし、これによって難しくなった事もある。
それは、実力を隠して上手く立ち回る事で、余計な手間を掛けずに上手くやって行く事だ。実際、正巳としてはうまく立ち回る事で事なきを得ようとしていた。それなのに……
上機嫌のアブドラと、青ざめた様子の首相が『貴方方が、グルハ王国のクーデターを止めたというのは事実ですか?』と聞いて来たのを聞いて、確信した。
……これで、少なくともこの国の政治家からは、"何でもない存在"とは思われる事が無くなっただろう。よって、面倒なく色々と勝手をする事は困難になった。
少しばかり憂鬱になりかけたが、隣で生暖かい目をしている先輩を見て思った。
(どうせ戻れないんだから、この際この状況を最大限生かすしかないよな……)
何となく、マムがこうなる事を見越していたような気がしたが、それら余計な事を頭から追い出してから言った。
「色々確認したい事、聞きたい事は後にして、今は当初の目的である"交渉"を済ませましょう。まさか、あれで全ての情報だとは思っていませんよね?」
そう言った正巳の言葉で、それ迄若干ぐったりし始めていた首相を始めとした、交渉相手に顔色が戻り始めていた。
その様子を見ていると、首相の隣に居た男が『良かったですね、一方的に進められるかと思いましたが……』と耳打ちしているのが聞こえた。
他の者には聞こえないほど小さな声だったが、正巳の耳ははっきりと聞き取っていた。その呟きで、自分がどんな風に思われているのかを大体把握して苦笑しかけたが、如何にか堪えた。
正巳の表情を密かに伺っていたらしい首相は、僅かに微笑むと言った。
「今回の交渉は、アブドラ国王が立ち会って下さるという事です。互いにとって益となる結果となるよう、お互い歩み寄りましょう」
そう言って促して来た首相に、やはり苦笑しながら答えた。
「ええ、そうですね」
――こうして、本番とも言える交渉が始まった。
すると、慌てた様子の菊野大臣が言った。
「おい、こちらの約束は果たしたんだ。その装置をこちらに渡せ!」
別に、こちらとしても、渡さないつもりではなかったのだが……
菊野に一度視線を向けた後、佐野の顔を見ながら言った。
「菊野財務大臣に渡せば宜しいのですか?」
すると、一瞬口をきつく閉じた後で何か言おうとしたのだが――
「渡せばいいのだよ!」
伸びて来た菊野の手によって、先輩の持っていた装置が掴まれた。
しかし、装置は菊野の手に渡る事は無く、先輩の手の中に残ったままだった。
――と言うのも、先輩も身体構造が"変異"しており、その単純な握力を取っても通常の大人の数倍はあるのだ。例え少し力を入れただけだったとしても、その結果万力で挟んでいるような力が出ていても、何ら可笑しくはない。
反応しそうになっていたデウを視線で抑えながら、『宜しいですか』と佐野に再び聞くと、呆気に取られていた表情を繕いながら言った。
「え、ああ、いいですよ」
「……分かりました」
正巳が頷くと、先輩が手を離した。
それ迄顔を赤くして引っ張っていた為だろう、勢いよく後ろに飛び、装置を手に持ったまま尻もちをつきそうになっていた。
何となくその様子が可笑しくて笑いそうになったが、空気を読んで堪えた。
若干一名、先輩の後ろで笑いを漏らしている男が居たが……
その後、佐野が『表までお送りします』と言ったので、頼む事にした。ドアの向こうに閉じて行く菊野達の様子を後ろに、何となく気が抜けた様な――"これで終わりなのか?"という感覚を覚えていた。
その後、佐野が案内するのに従って歩いていた正巳だったが、ふとある事に気が付いた。それは、訓練によって自然に行う様になっていた事――"地形把握"に関連する事だった。
どうやら、ユミルは当然としてデウもその事に気が付いたらしく、若干周囲への警戒を強めていた。ユミルなど、若干歩調を大きく取る事で、何時でも反応できるようにしていた。
そんな中、それ迄連絡の無かったマムから連絡があった。
『本番 開始』
どういう事なのかと疑問に思った正巳だったが、その疑問は直ぐに解けた。
マムの言葉、来た時と違う帰り道、そして前を歩く佐野が立ち止まった場所。
……本当に"本番"は、これからみたいだった。
立ち止まった佐野は、こちらを見るとにこやかな表情で言った。
「お待たせしました。中へどうぞ」
どうやら先輩も、佐野が口を開く前に答えに辿り着いていたらしい。
こちらを見て一瞬眉を上げると、先に入るように促して来た。
先輩のほっとしたような様子を見て、思わず苦笑しそうになったが、正巳には気になる事が有った。それは、普段と比べやけに伝えて来る"情報量"の少ないマムと、少し前から感じていた"知っている気配"の事だった。
付けている通信装置は、長文で受け取ると酔うらしい。
――とは言っても、余りにも情報が少ない気がした。
何となく、ここ迄の"シナリオ"を想像してみた正巳だったが、馬鹿らしくなって途中で止めた。何がどうなっているかは分からないが、それらは全て中に入れば全てが分かるのだ。
未だに状況がつかめていないらしい約一名を除き、良い意味で緊張の取れた面々は、正巳を先頭にして部屋の中へと入って行った。
中に入ると、先程の部屋とは趣の異なる調度品の類と、その中に在って緊張感のない笑みを浮かべた男と、少しゲッソリした様子の面々が居た。
男は、座っていたクッション……柔らかそうなソファから立ち上がると、正巳に向かって腕を回しながら言った。
「我が友よ!」
実際には異国語で言われた言葉だった為、正巳とユミル以外は何と言ったのか分からなかったみたいだった。元より他言語を操るユミルはさて置き、正巳はここ一週間マムによる"レッスン"を受けていた甲斐があり、簡単な会話であれば不自由なくなっていた。
その後、事情を知らない一同の驚く中、正巳はその男と話していた。
「友よ、以前会った時と比べ、少々発音が下手になったな」
「まあ、それはそうだろ。アレは"翻訳"だったからな」
「なんと、それではあの"全てを制圧した存在"がそんな事も?」
「あ、ああそうだが……変な事言ってないよな?」
何となく不安になり、そこに居たこの国の政治の長"首相"に視線を向けたのだが、何故か自然な感じに目を逸らされてしまった。
何を言ったのか不安になりながら、男をソファに座らせると言った。
「何故、彼がここに居るのでしょうか?」
正巳の問いに対して、首相は顔を引きつらせながら言った。
「それは私共の方がお聞きしたいのですが……まあ、それは良いでしょう。それより、貴方は何者なのですか?」
首相の問いに対してどう答えた物かと考えていた正巳だったが、それに対して答えたのは正巳では無かった。
首相の言った言葉を通訳を通して聞いた男は、胸を張ると言った。
「正巳は我の友である! 我、グルハ王国国王アブドラ・ジ・グルハがその全てを保証しよう!」
アブドラがそう言い放った後、通訳を通してその内容を聞いた首相は、相変わらず何とも言えない様な困った顔をしていた。それもそうだろう、正巳とアブドラが一定以上に仲の良い知り合いという事はその様子を見れば分かる。
首相ら政府の中枢を担う者達にとっては、男の正体――
つい先日電撃的に国王へと戴冠したアブドラ国王。その国は、世界で生産される機器類に必要な"希少金属"が採掘されるだけでなく、エネルギー資源国としてもその地位を築いている。そのような国の王から『友』と呼ばれる男。
――その正体を知りたかったのだ。
しかし、そんな首相らの思いは届く事は無く、アブドラの『我の言った通り、正巳は状況を全て支配してその結果を全て思う様に支配する男――だろ?』という言葉に、首相含めその側近達は何となく頷く他無かった。
そんな様子を全て横で見ていた正巳は、アブドラを後ろで操っていたであろう存在の事を考えていた。恐らく……いや、間違いなく今回の件を描いたのはマムだろう。
……マムは、一体俺をどうしたいのだろうか。
状況だけ見ると、正巳達の"力"や"コネクション"を見せつける事が出来、結果的に良い事のように思える。しかし、これによって難しくなった事もある。
それは、実力を隠して上手く立ち回る事で、余計な手間を掛けずに上手くやって行く事だ。実際、正巳としてはうまく立ち回る事で事なきを得ようとしていた。それなのに……
上機嫌のアブドラと、青ざめた様子の首相が『貴方方が、グルハ王国のクーデターを止めたというのは事実ですか?』と聞いて来たのを聞いて、確信した。
……これで、少なくともこの国の政治家からは、"何でもない存在"とは思われる事が無くなっただろう。よって、面倒なく色々と勝手をする事は困難になった。
少しばかり憂鬱になりかけたが、隣で生暖かい目をしている先輩を見て思った。
(どうせ戻れないんだから、この際この状況を最大限生かすしかないよな……)
何となく、マムがこうなる事を見越していたような気がしたが、それら余計な事を頭から追い出してから言った。
「色々確認したい事、聞きたい事は後にして、今は当初の目的である"交渉"を済ませましょう。まさか、あれで全ての情報だとは思っていませんよね?」
そう言った正巳の言葉で、それ迄若干ぐったりし始めていた首相を始めとした、交渉相手に顔色が戻り始めていた。
その様子を見ていると、首相の隣に居た男が『良かったですね、一方的に進められるかと思いましたが……』と耳打ちしているのが聞こえた。
他の者には聞こえないほど小さな声だったが、正巳の耳ははっきりと聞き取っていた。その呟きで、自分がどんな風に思われているのかを大体把握して苦笑しかけたが、如何にか堪えた。
正巳の表情を密かに伺っていたらしい首相は、僅かに微笑むと言った。
「今回の交渉は、アブドラ国王が立ち会って下さるという事です。互いにとって益となる結果となるよう、お互い歩み寄りましょう」
そう言って促して来た首相に、やはり苦笑しながら答えた。
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