『 インパルス 』 ~宝くじで900億円当たったから、理想の国を作ることにした~

時雲

177話 ご褒美 【当日】

 引っ越しをした次の日から四日間、正巳はサナを始めとしてマム、ミュー、今井との"ご褒美"としての一日を其々過していた。

 ただ、これには色々と付け加えておくべき情報がある。

 先ず、今井さんとのドライブ以外の全ての日に、もれなくマムとサナが同行していた。そして、買い物に出かけた日は綾香とユミルが付いて来た。

 それだけでは無い、予定していた計画も大分変った。

 本来は、最初のサナへご褒美の日に外に買い物に行く予定だった。しかし、出発する前に今井さんにマムの新しい通信端末(正巳があげたスマフォ)を受け取った後から、計画が狂い始めたのだ。

 今井さんが『開発中の訓練シミュレーションを試して行くかい?』と言っただが、それにサナが『やるなの!』と反応したのだ。

 その後、少し時間が掛かりそうだったので、済むまでは拠点地下三階の訓練所を見て回って貰う事にした。結局、サナが戻って来たのは30分程経ってからだった。

 サナと合流して、訓練所を周っている綾香とユミルの元に向かったのだが、どうやら二人共楽しんでいるみたいだった。二人の様子を見たサナが『やりたいなの』と言ったので、好きな様にさせる事にした。

 その後、サナと一緒に新しい機器を使用した"訓練"をしていたら、いつの間にか一日が経っていた。これが、最初の一日だった。

 次の日、名目的にはマムへの"ご褒美"の日だったが、前の日行けなかったメンバーでの"買い物"となった。買い物は、車で三時間ほどかけて着いたショッピングモールで行った。

 ショッピングモールの隣には、小さな遊園地が併設されており、そこではマムだけでなくサナも楽しそうにしていた。

 以前、綾香に遊園地の話を聞いてから、ずっと来るのを楽しみにしていたらしかった。……コーヒーカップのくるくると回るモノには三回、馬に跨って回るモノには四回ほど乗った。

 馬に跨るモノに、一度目は其々別で乗ったのだが……二度目に綾香が一緒に乗り、それを見たマムとサナが其々一緒に乗りたいと言ったのだ。

 綾香の少し悪戯をした後のような表情を見て、『お兄さんと一緒に乗るのが夢だったんです!』と言ったのは、この為だったと分かったが、楽しそうだったので良い事にした。

 ……ユミルは、二回目にサナと三回目に綾香と乗っていた。

 最後には、マムのリクエストで映画を見て来たが、その間綾香はかなりの数の"お土産"を購入した様だった。

 マムに『綾香にお小遣いを?』と聞くと、『いえ、どうやら綾香は父親からそれなりの額を貰っていたみたいです』と言っていた。

 何だかんだと龍児は、娘に甘いらしかった。

 綾香の買った大量の下着類や、お菓子は持って帰るのに少し苦労した。

 次の日は、ミューに約束した日だった。

 ミューは、どうやら綾香からお土産を貰っていたらしく、クマの刺繍された可愛い靴下を履いていた。ミューに靴下の事を言うと、『今日は折角お休みを頂いたので、靴下も可愛いのを……』と言っていた。普段は子供っぽくない黒い靴下を履いているが、今日は"特別"らしかった。

 ミューとは、最初にミューの提案した事が切っ掛けとなった"作物生産工場"へと向かった。工場は、全てが完全に管理されているらしく、中は近未来的な造りになっていた。

 工場の中はかなりの階層分けがされていて、多品種多品目の植物が育てられていた。その中でも、果物――イチゴが沢山成っていた。皆でいちご狩りを楽しんだ後、お土産としてイチゴを持って帰る事にした。

 その後は、少し車を走らせた所にある観覧車に乗り、日が暮れる前に戻って来た。この日、正巳が戻るタイミングでハク爺、テン、ハクエンの三人と、マムの姉妹と言うべきサポート機体を連れ、ハク爺の家族とミンを連れて来る為に、全翼機"ブラック"で出発して行った。

 そして、最後の日――"ご褒美"の為に用意した四日間の最終日は、今井さんとの一日だった。今井さんとの一日は、朝研究モニターの前で寝込んでいる今井さんを起す事から始まった。

 今井さんを起すと、マムが持って来てくれた朝食をサナを含めた四人で摂った。その後『さぁ、僕が用意したのはこれなんだ!』と言う今井さんに、夕方までの間様々な"成果"を見せて貰った。

 今井さんから見せて貰った物の中には、実験用ラットを用いた試薬実験の映像もあった。どうやら、早い段階で問題があると感じて生物実験を止めた物らしかった。

 今井さんが『これは、正巳君とサナ君達の細胞を元につくり出した薬品でね。そうだね……"適応薬"とでも言おうかな』と言って見せてくれた薬品の効果には、目を見張るものがあった。

 映像の中――薬品を投薬したラットに、其々異なる食品――魚の刺身、牛肉、鶏肉を与えると、その食品を喰らったラットの体に其々、鱗や牛皮と見られるような一部の皮膚の変異が見られた。

 ただ、例外は無く全てのラットはその数秒後に体組織が膨張し、破裂した。

 どうやら今井さんは、正巳やサナ達に投薬された成分の研究をして、もし何か問題が起きた際に対応できるようにと考えていたらしい。正巳は、サナ達の体に何か有った場合の事を考えていなかった事に、今更ながら申し訳なさを感じていた。

 ……今のところ、サナやミューを始めとした子供達に問題は見られ無いが、何れこの研究が役に立つ時が来るかもしれない。

 複雑な気持ちになりながら、サナへの気遣いを含め礼を言っておいた。

 今井さんがこの成果を見せる前に、前もってサナに『今日から新しい訓練装置を解放した筈だから、言ってくると良い』と、サナを遠ざけていたのだ。

 その後、マムに『二人で少し外をドライブして来る』と言って、久しぶりにマニュアルモードで正巳が運転する車でドライブに出た。

 ドライブとは言っても、近くの海岸沿いを一時間程走った程度だ。

 その後、拠点に戻ると最後に"発電機"の様子を見に行った。どうやら、今井さんにとって今一番の課題は"電気"と言う事らしい。

 発電機自体は巨大なモノで、通常の家庭であれば数百、数千世帯が賄われるであろう規模だった。しかし、それでも拠点の消費電力量は莫大らしく、早急な補強が必要な事は明らかと言う事だった。

 その日は、夕食をサナが連れて来た子数人と共に摂り、一日を終える事となった。

 翌日――今日は、予め決めていた通りに、"前日確認"と"情報共有"の日としていた。

 前日確認と言うのは、その名の通り明日予定している政府との交渉の最終的な確認だ。この確認中、マムから『逆巻達一行は、逆巻の家族に合流できたようです。この後ミンの回収に向かうらしく、帰りは明後日となると見込まれます』と報告があった。

 マムの言う通りにハク爺達が帰って来れたとすると、早くても政府との交渉が終わった次の日と言う事になる。新しく加わる仲間たちの為にも、交渉を上手くまとめる必要があるだろう。

 ハク爺に関する良い知らせを聞いた所で、次に"情報共有"特に有事の際の対応を擦り合わせておく事にした。もし何か起こった際、正巳は自分でどうにか出来るが、他の子供達……拠点に残っている子供達はそうでは無いだろう。

 ……とは言っても、この拠点が外部からのアプローチに、簡単に崩れる事はあり得ないと思う。問題があるとすれば、マムの防衛モードによる"過剰戦力"や"ハイテク技術"が外部の人間に知られる事だろう。

 だからこそ、"普通"に対処する事が必要だ。

「先ず、政府との交渉は、予定通りこちらの握っている議員の汚職情報とそれを裏付ける資料。この資料だけでも十分に"交渉材料"となるが、加えて国の重役を担う大臣の取った行動の一連のデータ。これが交渉の中心となる」

 正巳がそう言うと、そこに居た面々の内、知っておくべき者達は頷いた。

 "大臣の取った行動"とは、防衛大臣である道尊寺が生物兵器を購入しようとしていたという事実だ。もし、この事実が社会各国の知る処となれば、国際国家の一員としての信用問題にかかわるだろう。

 ……道尊寺に関しては、その息子についての話もあるが、これは何方かと言うと道尊寺本人に対する切り札となるだろう。

「次に、緊急時だが、安易な撃退はせず基本的に中で守りに入る事。マムは、防御虫は最後まで使わないでくれ。ただし、一部撃退兵器は使用を許可する。基本的には俺達が対処するから、心配はしないでくれ」

 正巳がそう言うと、サナが『サナも明日行くなの!』と言っていた。何となくミューが寂しそうだったが、改めて『拠点内の全体の指揮は頼んだ』と言うと、元気に答えていた。

 その後も、幾つか細かい点を確認して行った正巳達だったが、いつの間にやら夕方となっている事に気が付き、皆に夕食のにする事を伝えた。

 夕食を終えた後、少しばかり話した正巳達は、其々が自分の部屋へと戻って行った。

「……ついに明日か」

 そう呟いた正巳だったが、不意に背中への心地よい温もりを感じていた。

 背中に『だんごむしなの~』と言ってくっ付くサナに、『それじゃあ俺は大きいダンゴムシだな~』と言いながら、そのまま床に丸くなると、匍匐ほふく前進のような物を始めた。

 恐らく、他の子供に教わりでもしたのだろう。

 サナと少し遊んだ後で、シャワーを浴びに行ったのだが、途中で入って来たミューとサナに乱入された。その後シャワーから上がった正巳と二人は、マムの『マムもお風呂に入りたいです』と言う愚痴を聞きながら、寝間着に着替えていた。

 特別睡眠を取る必要が無い正巳だったが、サナとミューが寝付くまでの間は、一緒に寝ている事にした。その間マムも近くに居たが、どうやら以前言いつけた事を守っているらしく、"録画"する様な不審な動きは無かった。

 その後、しばらく経って二人が完全に寝付いた所で、正巳は普段の日課を始めた。

 ◇◆◇◆◇◆

 一通りの"日課"を済ませた後、柔軟体操を始めた正巳だったが、部屋内の光が段々と明るい物に変化して行くのを感じていた。どうやら、夜が明けたらしい。

 いよいよ重要な日が来た事を知った正巳は、自分の肌が普段と比べ硬質なモノに変異している事に気が付いた。肌を撫でながら苦笑した正巳はつぶやいた。

「最早"鳥肌"じゃなくて"亀肌"だな……」

 寝室からミューが起きて来るのが見えた。

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