『 インパルス 』 ~宝くじで900億円当たったから、理想の国を作ることにした~
166話 事態収拾
険しい表情を浮かべているハク爺を見て、サナが相当暴れたのであろう事が想像できた。その証拠に、エントランスに設置されていた高そうなカウンターが破壊されていた。
壊れたカウンターを挟んで、後ろには数人のホテルマンも居たが、そこで何時でも動ける体勢を取っていたのは、他でもないこのホテルの総支配人――ザイだった。
どうやら想像以上に切迫した事態だったらしい。
俺の姿を瞬時に見つけたサナが、こちらに向かって飛び出したのだが……気配を感じるのが得意ではないらしい二人――テンとアキラが、サナに反応して飛び出した。
その様子を見ていた正巳は、このままでは無防備に向かってくるサナか、サナに対応する為に相応の力を込めたテンとアキラの誰かが怪我をすると判断した。
「ハッ!」
瞬時に力を行き渡らせた正巳は、その脚力に任せて飛び出していた。
『"ズッ――パンッ!"』
床を蹴った衝撃と、サナを確保した際の衝撃が響いた。
「う、うわぁっ!」
「おおっとっと?」
対象が居なくなった二人――テンとアキラの拳は宙を掻いたが、正巳の後に飛び出したボス吉が前に回り込んでいる。転んで擦り傷を作る事も無いだろう。
サナを受け止めた正巳は、それらを後ろ目に確認していたが、そんな余裕は直ぐに無くなった。常識から外れた力で蹴り出した正巳はサナを抱えた後、そのまま前方のカウンターへと突っ込んだのだ。それ迄、辛うじて原型をとどめていたカウンターだったが、正巳が突っ込んだ衝撃で跡形も無くなってしまった。
残骸と化した上に立ち上がった正巳だったが、テンとアキラの二人ともボス吉の背にかぶさる形で"無事"なのを見て安心した。その後、背中背と回した腕を一向に離さないサナを抱えながら、周囲に居たメンバー全員に声を掛けた。
「色々有ったみたいだが……取り敢えず、俺の部屋に行かないか?」
その後、ホテル側の代表であるザイに『迷惑を掛けた』と謝ると、『いえ、職員にとってもとても良い刺激になりました。それこそ、あの場面で冷静に対応できないメンバーの洗い出しが出来ましたので、こちらとしても利はありました』と言って薄く微笑んでいた。
――費用はきっちりと請求された。
当の請求額は『緊急依頼頭金500万。対応人員3名、バックアップが7名の合計10名で2000万円。ほか調度品類は、長期滞在特典としてサービスさせて頂きます』との事だった。
色々と壊してしまったようなので、後片付けを手伝おうかとも聞いたのだが、『その分も費用に含んでいますので』と言われた。確かに、今回最終的に事態を納めたのは俺だったので、後片付けと迷惑料としてザイの提案に乗っておく事にした。
ハク爺やテン、アキラには、先に俺の部屋に向かってもらった。
その場に、ホテルの職員のほか誰も居なくなった所で、サナを連れて椅子に座った。エントランスの端の方で、奇跡的に幾つかの椅子は無事だったのだ。
椅子に座ると、コアラの様にしてしがみ付いていたサナが顔を上げた。
「お兄ちゃ、いなくなったと思ったの」
目じりに涙を浮かべている。
「何処にも行く訳ないじゃないか、約束しただろ?」
「でも、きゅうに気配がなくなったから……」
「あぁ、リルの所に居た時だな」
「リルなの?」
そう言えば、サナはまだリルに会った事が無かったか。
「あぁ、そう"リル"だ。大切な仲間だからな……まあサナは気配を操作出来るから、近い内に会えるさ。それよりも――」
どうしたら、サナが落ち着くかと聞こうとしたのだが、思いついた事が有った。それ自体は少し前から考えていた事で、今日の夜話す予定だった事なのだが……まあ、良いだろう。
「それよりも、サナに頼みがあるんだ」
「お兄ちゃんの頼み?」
『なに?』と聞いて来るサナを見ながら言った。
「サナには、俺の護衛になって欲しいんだ」
本来、子供に護衛をさせる事などあり得ないだろう。
しかし、サナの実力は訓練所の教官の折り紙付きだ。
それに、俺も実際に守って貰おうと考えている訳では無い。
単純に、こうするのが一番面倒が無いのだ。
そもそも、俺に護衛など必要ない。
全ては、全体のバランスを見ての事なのだ。
正巳の言葉を聞いたサナは、暫く『お兄ちゃの護衛? 強いのに護衛なの? どうして護衛なの?』と呟いていた。そんなサナに、『みんなも仕事してるし、サナにも仕事が必要だろ?』と言った。すると、少し考えて納得したのか手を上げてから言った。
「サナがお兄ちゃんの護衛するなの!」
「ああ、護衛だったら一緒だしな」
「そうなの、一緒なの!」
「そうだな」
笑みを広げているサナに、『マムにも護衛を頼んだ』と言おうかとも思ったが、その喜びようを見て後にする事にした。少なくとも今機嫌を直してくれれば、この後がスムーズになる。
サナが落ち着いたのを見て安心した正巳は、部屋へと戻る事にした。
ホテルマンのほかは誰も居なくなった廊下を歩きながら、サナの話を聞いた。サナの話だけでは全てが補えなかったので、他に聞いていた事と併せる事で、理解の足しにした。
――サナは、正巳の気配が消えた後、暫く館内を探し回っていた。館内を回っても見つからなかったが、マムの呼び出しを聞いて"正巳は外に居る"と気が付いた。
すぐさま、正巳の事を追いかけようとしたサナだったが、一歩外に出るとホテルの特別な加護が無くなる。正巳が居ない中で問題が起きると大変なので、残っていた給仕長や護衛長達の判断でサナを止める事になった――
――これが事の一部始終のようだ。
サナは『面倒な奴らなの!』と言っているが、同時に『何人かは思ったより頑丈で驚いたなの』とも言っているので、恐らく怪我をしない様に加減していたのだろう。
もしかすると、そのストレスが調度品に回ったのかも知れない。
エントランスのカウンターは破壊されていたし、歩いている最中も壁や床の破損が目についた。本人もやり過ぎたと思ったのか、壊れた場所を通り過ぎる度に手や足で擦っていた。
「……やり過ぎちゃったなの」
「そうだな」
「……ちょっと冷静じゃなかったなの」
「そうだな」
「……怒らないなの?」
「ああ、置いて行った俺も悪かったからな」
そう言った後で、『そう言えば、端末で連絡しなかったんだな』と聞いた。すると、『スマフォはマムに言われて"バージョンアップ中"なの!』と答えがあった。
既に調べが付いている事ではあるが、『マムが一番作戦』たるモノを考えていたらしいマムは、かなり用意周到に"準備"と"対策"していたらしい。
マムに関しては、正巳の中で既に許していたので、とやかく言うつもりはない。しかし今後、マムには"精神面"でも成長して貰う事が必要だろう。
サナと話す意図もあって、少し大回りをして部屋に向かっていたのだが……正面から歩いて来る二人を見て、手を振った。
「あれ? マムも居ないんですか」
「なんか、ミューが連れて行ったぞ?」
ミューがリルを休ませに行ったと言うのならば、分かる。
しかし、マムも連れて行った……?
「そうなのか?」
「はい。『お話があります』とミューちゃんは言っていました」
……ミューがサナに『お話』か。
普段ほわほわしているミューだが、仕事のスイッチが入ると性格が変わる。
「何の話か分からないけど、マムがミューに詰められる。か……」
何となく、その状況を見てみたいと思ったが、自重する事にした。
隣で、ユミルとサナが『サナ様、強くなりましたね』『そうなの、頑張ったなの!』と話をしている。そんな様子を見た先輩が『おい、あの入り口のカウンターサナちゃんが壊したって?』と聞いて来た。
何とも言えない顔をしている先輩を見ながら、(実際に目にするとインパクトが違うよな……)と思いながら『武力の面では並の軍人を凌いでますからね』と答えておいた。
「さて、中に入りましょうか」
正巳が促すと、先輩が『そうだな』と言って部屋に入って行った。
扉は自動ドアなので、マムが開けてくれたのだろう。
正巳が入ろうとすると、遠慮がちにユミルが言った。
……片手はサナと繋いでいる。
「あの、今井様がまだのようですが」
「ああ、直に来るはずだよ」
マムが連絡をしている筈なので、間も無く到着するだろう。
少し待つかも知れないが、その間にも話したい事が沢山ある。
賑やかな声が聞こえてくる中部屋へと戻ると、そこには声を掛けておいたメンバーが揃っていた。ソファの横では、ハクエンとアキラがボス吉に顔を埋めている。
先程、デウの姿が見えなかったが、どうやら怪我をしていたらしい。青ざめた顔をして左の腕を擦っているのを見て、何となく何が有ったのか想像が付いた。
……恐らく、サナを止めようとしたのだろう。
「お、坊主が来たぞ!」
ハク爺がそう言ってこちらに手を上げる。
一瞬、サナを見て厳しい表情を浮かべるが、サナが『みんな、ごめんなさい』と言うと、表情を和らげていた。ハク爺は昔から、やたらと力を振るう者を嫌っていた。
今回、サナの実力が遥かに向上しているのを確認して、見方を子供を見るそれから、一人前の大人を見るそれに変えたのだろう。
正巳の視線に気が付いたハク爺は、目を併せて一つ頷いて来た。何となく、サナの保護者でもある自分を認められた気がして嬉しかった。
「お父さん、話聞かせて下さい!」
「あっ、ずるいぞ! 俺だってアニキの話聞きたい!」
元気に跳ねて来る二人を抱き留めながら、その後ろにいたテンに声を掛けた。
「聞いたぞ、頑張ったなテン」
「っつ……はい」
手の平を膝に押さえつけている。
……どうやら、喜びを抑えているらしい。
「そうだの、テンは一番踏ん張ってのぅ」
ハク爺がそう言ってから『今では護衛長だしのぅ』と続ける。そんなハク爺に『そうなの?』と聞くと『テンが長で、アキラとハクエンが副長じゃ』と言った。
「そうか、本当に頑張ったな」
「あいつに約束したので……」
そう言ったテンの瞳には、覚悟の光が灯っていた。
テンが言う"あいつ"とはミンの事だ。
半年前に、攫われたり売られた子供を保護したのだが、ミンはその子供達の中で『帰りたい』と希望があった子供達を、国に、家に送り届けに出発していたのだ。
そろそろ子供達を、家に帰せていても良いと思うのだが……
後で、マムに確認しておこう。
「……それにしても、お前たち三人がトップとは凄いな」
確か、ハク爺に付いて訓練に行った者は、2,3百人いた筈だ。
「そうじゃのぅ、他にも数人適正のある者も居たんじゃが、こ奴らは其々『適正』、『根性』、『愚直』だったからの。それに、二人は地力が人を超えてるて……」
段々と小さくなったハク爺の声だったが、しっかりと『人を超えている』と聞こえた。確かに、テンは元々力が強い"大使館組"の子供だった。が、いつの間にかハクエンも同様になっていたらしい。
ハク爺にもう少し突っ込んで聞きたくなった所で、ハクエンが言った。
「お父さん、それで話を――」
ハクエンが言い終える前に扉が開いた。
「戻ったよ!」
そう言って入って来たのは今井さんだった。想像よりもはるかに早かった今井さんに驚いていると、先輩がため息を付きながら言った。
「今井部長、アレ使いましたね?」
「流石、察しが良いね上原君!」
テンション高めの今井さんを置いておいて、先輩に聞く。
「先輩、『アレ』って何ですか?」
すると、先輩が『見た方が早いだろうな』と言って、近くにあった液晶を操作し始めた。
「ほら、これだ」
先輩がそう言って見せて来たのは、バイクの様な乗り物だったが、バイクでは無かった。
「……車輪がありませんが?」
「そうなんだよ……こいつはな――」
来ると思ったが、予想通り途中で今井さんが割って来た。
「これは、"八動回転翼機"――エイトだよ!」
「……"エイト"ですか?」
回転翼機と言う名には聞き覚えがある。たしか、ドローンが出たばかりの頃に"和名"として一部で使われていた言葉だ。
「そうさ、こいつは大小八つの羽が回転する事で浮力を得て、ジェット噴射で爆発的な加速を起すんだ。その加速力はそれは凄くてね――……」
その後、暫く今井さんの"紹介"は続いた。
今井さんの話が終わる事には、待っていたメンバーが集合し終えていた。
「――と言う事で、最大時速は500㎞を超える計算なんだ。実際はエネルギーの問題があって、そんな事をすれば一瞬で落ちるけどね」
説明を終えた今井さんは、目の前にぐるりと囲んで座っている面々――元からいたメンバーに加えて、ミューとマム、それに十人の給仕長達と綾香――を見回した後『乗ってみるかい?』と言った。
そんな今井さんに対して、声を揃えて『結構です!』と答えた。
ただし、一部――白髪の老人と同じく白髪の少女――は、上げかけていた手をおずおずと下げていた。若干、綾香も手を上げそうになっていたので、そっと手を下ろさせた。
壊れたカウンターを挟んで、後ろには数人のホテルマンも居たが、そこで何時でも動ける体勢を取っていたのは、他でもないこのホテルの総支配人――ザイだった。
どうやら想像以上に切迫した事態だったらしい。
俺の姿を瞬時に見つけたサナが、こちらに向かって飛び出したのだが……気配を感じるのが得意ではないらしい二人――テンとアキラが、サナに反応して飛び出した。
その様子を見ていた正巳は、このままでは無防備に向かってくるサナか、サナに対応する為に相応の力を込めたテンとアキラの誰かが怪我をすると判断した。
「ハッ!」
瞬時に力を行き渡らせた正巳は、その脚力に任せて飛び出していた。
『"ズッ――パンッ!"』
床を蹴った衝撃と、サナを確保した際の衝撃が響いた。
「う、うわぁっ!」
「おおっとっと?」
対象が居なくなった二人――テンとアキラの拳は宙を掻いたが、正巳の後に飛び出したボス吉が前に回り込んでいる。転んで擦り傷を作る事も無いだろう。
サナを受け止めた正巳は、それらを後ろ目に確認していたが、そんな余裕は直ぐに無くなった。常識から外れた力で蹴り出した正巳はサナを抱えた後、そのまま前方のカウンターへと突っ込んだのだ。それ迄、辛うじて原型をとどめていたカウンターだったが、正巳が突っ込んだ衝撃で跡形も無くなってしまった。
残骸と化した上に立ち上がった正巳だったが、テンとアキラの二人ともボス吉の背にかぶさる形で"無事"なのを見て安心した。その後、背中背と回した腕を一向に離さないサナを抱えながら、周囲に居たメンバー全員に声を掛けた。
「色々有ったみたいだが……取り敢えず、俺の部屋に行かないか?」
その後、ホテル側の代表であるザイに『迷惑を掛けた』と謝ると、『いえ、職員にとってもとても良い刺激になりました。それこそ、あの場面で冷静に対応できないメンバーの洗い出しが出来ましたので、こちらとしても利はありました』と言って薄く微笑んでいた。
――費用はきっちりと請求された。
当の請求額は『緊急依頼頭金500万。対応人員3名、バックアップが7名の合計10名で2000万円。ほか調度品類は、長期滞在特典としてサービスさせて頂きます』との事だった。
色々と壊してしまったようなので、後片付けを手伝おうかとも聞いたのだが、『その分も費用に含んでいますので』と言われた。確かに、今回最終的に事態を納めたのは俺だったので、後片付けと迷惑料としてザイの提案に乗っておく事にした。
ハク爺やテン、アキラには、先に俺の部屋に向かってもらった。
その場に、ホテルの職員のほか誰も居なくなった所で、サナを連れて椅子に座った。エントランスの端の方で、奇跡的に幾つかの椅子は無事だったのだ。
椅子に座ると、コアラの様にしてしがみ付いていたサナが顔を上げた。
「お兄ちゃ、いなくなったと思ったの」
目じりに涙を浮かべている。
「何処にも行く訳ないじゃないか、約束しただろ?」
「でも、きゅうに気配がなくなったから……」
「あぁ、リルの所に居た時だな」
「リルなの?」
そう言えば、サナはまだリルに会った事が無かったか。
「あぁ、そう"リル"だ。大切な仲間だからな……まあサナは気配を操作出来るから、近い内に会えるさ。それよりも――」
どうしたら、サナが落ち着くかと聞こうとしたのだが、思いついた事が有った。それ自体は少し前から考えていた事で、今日の夜話す予定だった事なのだが……まあ、良いだろう。
「それよりも、サナに頼みがあるんだ」
「お兄ちゃんの頼み?」
『なに?』と聞いて来るサナを見ながら言った。
「サナには、俺の護衛になって欲しいんだ」
本来、子供に護衛をさせる事などあり得ないだろう。
しかし、サナの実力は訓練所の教官の折り紙付きだ。
それに、俺も実際に守って貰おうと考えている訳では無い。
単純に、こうするのが一番面倒が無いのだ。
そもそも、俺に護衛など必要ない。
全ては、全体のバランスを見ての事なのだ。
正巳の言葉を聞いたサナは、暫く『お兄ちゃの護衛? 強いのに護衛なの? どうして護衛なの?』と呟いていた。そんなサナに、『みんなも仕事してるし、サナにも仕事が必要だろ?』と言った。すると、少し考えて納得したのか手を上げてから言った。
「サナがお兄ちゃんの護衛するなの!」
「ああ、護衛だったら一緒だしな」
「そうなの、一緒なの!」
「そうだな」
笑みを広げているサナに、『マムにも護衛を頼んだ』と言おうかとも思ったが、その喜びようを見て後にする事にした。少なくとも今機嫌を直してくれれば、この後がスムーズになる。
サナが落ち着いたのを見て安心した正巳は、部屋へと戻る事にした。
ホテルマンのほかは誰も居なくなった廊下を歩きながら、サナの話を聞いた。サナの話だけでは全てが補えなかったので、他に聞いていた事と併せる事で、理解の足しにした。
――サナは、正巳の気配が消えた後、暫く館内を探し回っていた。館内を回っても見つからなかったが、マムの呼び出しを聞いて"正巳は外に居る"と気が付いた。
すぐさま、正巳の事を追いかけようとしたサナだったが、一歩外に出るとホテルの特別な加護が無くなる。正巳が居ない中で問題が起きると大変なので、残っていた給仕長や護衛長達の判断でサナを止める事になった――
――これが事の一部始終のようだ。
サナは『面倒な奴らなの!』と言っているが、同時に『何人かは思ったより頑丈で驚いたなの』とも言っているので、恐らく怪我をしない様に加減していたのだろう。
もしかすると、そのストレスが調度品に回ったのかも知れない。
エントランスのカウンターは破壊されていたし、歩いている最中も壁や床の破損が目についた。本人もやり過ぎたと思ったのか、壊れた場所を通り過ぎる度に手や足で擦っていた。
「……やり過ぎちゃったなの」
「そうだな」
「……ちょっと冷静じゃなかったなの」
「そうだな」
「……怒らないなの?」
「ああ、置いて行った俺も悪かったからな」
そう言った後で、『そう言えば、端末で連絡しなかったんだな』と聞いた。すると、『スマフォはマムに言われて"バージョンアップ中"なの!』と答えがあった。
既に調べが付いている事ではあるが、『マムが一番作戦』たるモノを考えていたらしいマムは、かなり用意周到に"準備"と"対策"していたらしい。
マムに関しては、正巳の中で既に許していたので、とやかく言うつもりはない。しかし今後、マムには"精神面"でも成長して貰う事が必要だろう。
サナと話す意図もあって、少し大回りをして部屋に向かっていたのだが……正面から歩いて来る二人を見て、手を振った。
「あれ? マムも居ないんですか」
「なんか、ミューが連れて行ったぞ?」
ミューがリルを休ませに行ったと言うのならば、分かる。
しかし、マムも連れて行った……?
「そうなのか?」
「はい。『お話があります』とミューちゃんは言っていました」
……ミューがサナに『お話』か。
普段ほわほわしているミューだが、仕事のスイッチが入ると性格が変わる。
「何の話か分からないけど、マムがミューに詰められる。か……」
何となく、その状況を見てみたいと思ったが、自重する事にした。
隣で、ユミルとサナが『サナ様、強くなりましたね』『そうなの、頑張ったなの!』と話をしている。そんな様子を見た先輩が『おい、あの入り口のカウンターサナちゃんが壊したって?』と聞いて来た。
何とも言えない顔をしている先輩を見ながら、(実際に目にするとインパクトが違うよな……)と思いながら『武力の面では並の軍人を凌いでますからね』と答えておいた。
「さて、中に入りましょうか」
正巳が促すと、先輩が『そうだな』と言って部屋に入って行った。
扉は自動ドアなので、マムが開けてくれたのだろう。
正巳が入ろうとすると、遠慮がちにユミルが言った。
……片手はサナと繋いでいる。
「あの、今井様がまだのようですが」
「ああ、直に来るはずだよ」
マムが連絡をしている筈なので、間も無く到着するだろう。
少し待つかも知れないが、その間にも話したい事が沢山ある。
賑やかな声が聞こえてくる中部屋へと戻ると、そこには声を掛けておいたメンバーが揃っていた。ソファの横では、ハクエンとアキラがボス吉に顔を埋めている。
先程、デウの姿が見えなかったが、どうやら怪我をしていたらしい。青ざめた顔をして左の腕を擦っているのを見て、何となく何が有ったのか想像が付いた。
……恐らく、サナを止めようとしたのだろう。
「お、坊主が来たぞ!」
ハク爺がそう言ってこちらに手を上げる。
一瞬、サナを見て厳しい表情を浮かべるが、サナが『みんな、ごめんなさい』と言うと、表情を和らげていた。ハク爺は昔から、やたらと力を振るう者を嫌っていた。
今回、サナの実力が遥かに向上しているのを確認して、見方を子供を見るそれから、一人前の大人を見るそれに変えたのだろう。
正巳の視線に気が付いたハク爺は、目を併せて一つ頷いて来た。何となく、サナの保護者でもある自分を認められた気がして嬉しかった。
「お父さん、話聞かせて下さい!」
「あっ、ずるいぞ! 俺だってアニキの話聞きたい!」
元気に跳ねて来る二人を抱き留めながら、その後ろにいたテンに声を掛けた。
「聞いたぞ、頑張ったなテン」
「っつ……はい」
手の平を膝に押さえつけている。
……どうやら、喜びを抑えているらしい。
「そうだの、テンは一番踏ん張ってのぅ」
ハク爺がそう言ってから『今では護衛長だしのぅ』と続ける。そんなハク爺に『そうなの?』と聞くと『テンが長で、アキラとハクエンが副長じゃ』と言った。
「そうか、本当に頑張ったな」
「あいつに約束したので……」
そう言ったテンの瞳には、覚悟の光が灯っていた。
テンが言う"あいつ"とはミンの事だ。
半年前に、攫われたり売られた子供を保護したのだが、ミンはその子供達の中で『帰りたい』と希望があった子供達を、国に、家に送り届けに出発していたのだ。
そろそろ子供達を、家に帰せていても良いと思うのだが……
後で、マムに確認しておこう。
「……それにしても、お前たち三人がトップとは凄いな」
確か、ハク爺に付いて訓練に行った者は、2,3百人いた筈だ。
「そうじゃのぅ、他にも数人適正のある者も居たんじゃが、こ奴らは其々『適正』、『根性』、『愚直』だったからの。それに、二人は地力が人を超えてるて……」
段々と小さくなったハク爺の声だったが、しっかりと『人を超えている』と聞こえた。確かに、テンは元々力が強い"大使館組"の子供だった。が、いつの間にかハクエンも同様になっていたらしい。
ハク爺にもう少し突っ込んで聞きたくなった所で、ハクエンが言った。
「お父さん、それで話を――」
ハクエンが言い終える前に扉が開いた。
「戻ったよ!」
そう言って入って来たのは今井さんだった。想像よりもはるかに早かった今井さんに驚いていると、先輩がため息を付きながら言った。
「今井部長、アレ使いましたね?」
「流石、察しが良いね上原君!」
テンション高めの今井さんを置いておいて、先輩に聞く。
「先輩、『アレ』って何ですか?」
すると、先輩が『見た方が早いだろうな』と言って、近くにあった液晶を操作し始めた。
「ほら、これだ」
先輩がそう言って見せて来たのは、バイクの様な乗り物だったが、バイクでは無かった。
「……車輪がありませんが?」
「そうなんだよ……こいつはな――」
来ると思ったが、予想通り途中で今井さんが割って来た。
「これは、"八動回転翼機"――エイトだよ!」
「……"エイト"ですか?」
回転翼機と言う名には聞き覚えがある。たしか、ドローンが出たばかりの頃に"和名"として一部で使われていた言葉だ。
「そうさ、こいつは大小八つの羽が回転する事で浮力を得て、ジェット噴射で爆発的な加速を起すんだ。その加速力はそれは凄くてね――……」
その後、暫く今井さんの"紹介"は続いた。
今井さんの話が終わる事には、待っていたメンバーが集合し終えていた。
「――と言う事で、最大時速は500㎞を超える計算なんだ。実際はエネルギーの問題があって、そんな事をすれば一瞬で落ちるけどね」
説明を終えた今井さんは、目の前にぐるりと囲んで座っている面々――元からいたメンバーに加えて、ミューとマム、それに十人の給仕長達と綾香――を見回した後『乗ってみるかい?』と言った。
そんな今井さんに対して、声を揃えて『結構です!』と答えた。
ただし、一部――白髪の老人と同じく白髪の少女――は、上げかけていた手をおずおずと下げていた。若干、綾香も手を上げそうになっていたので、そっと手を下ろさせた。
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