『 インパルス 』 ~宝くじで900億円当たったから、理想の国を作ることにした~
163話 作戦失敗
「"空中歩行"を楽しんでくださいね、パパ!」
マムのその言葉が耳に入って来て、我に返ったのだが……数瞬遅かった。気付いた時には、小さな羽虫の様なモノらが正巳の周囲を取り囲んだ後だった。
「うおっ!」
思わず声を上げるも、何かを言う余裕などは無かった。
周囲を取り囲んだ羽虫は、正巳を取り囲み終えるとその形状を変えた。
――正巳は、体が固定されるのを感じたが(この程度の拘束であれば、いざと言う時には力づくでどうにかなる。それにマムや今井さんが悪いようにする訳が無いだろう)そう考えて、身を任せていた。――
集合としての形状を組み終えた羽虫――外壁防御虫は、その外見を遥か上空へと伸びた黒い筒へとその外見を変えていた。
◆◇◆◇
「お兄さんが浮かんでます!」
ミューがそう言いながら、呆気にとられた表情で見上げている。
わざわざ口に出さなくとも、その状況はそこに居た皆が視認していた。
"浮いた"と言うよりは"持ち上げられた"と言う方が正確だろう。
正巳は、黒いモノ達に半身を覆われ、そのまま宙へと持ち上がっていた。
地上3、4メートルと言った処だろうか。
「すごい……アレは、"防御虫"外敵を最終的に狩り尽くす最終手段だった筈。それが、こんな風な使い方が出来るなんて……すごい」
注意深く観察しているのはリルだ。
リルと言うのは正巳が付けた名前であり、ユミルも初対面の子供だったが、事前にマムから情報だけ得ていた。予め"気配"を抑えるように言われた時には驚いたが、どうやらリルは特殊な感覚を持つ子供らしかった。
その様子から、目の前の"外壁防御虫"なるモノの存在だけは知っていたみたいだが、実物を見るのはこれが初めてらしい。
「そうさ、あれこそが僕がイメージしてたモノだよ。始めて試作した時は、色々君に迷惑かけたけどね……まあ、こうして見ると中々の出来じゃないかい?」
どうやら、これは今井様のイメージから作られたモノの様だ。その言葉から伺うに、上原さんが最初の被験者――被害者だったみたいだ。
ユミルは、その頭の中で今井の事を『博士』、上原の事を『助手』と呼んでいた。
「まあ、お陰で多少の事では動じなくなりましたよ……」
今井に肘で小突かれていた上原は、少しだけ青ざめながら諦めたようにしている。そんな上原に、心の中で『ご愁傷様です』と呟きながら、上空に浮かんでいる正巳を見上げた。
……ミューが不安げな表情をして、つないだ手を少し強めに握って来る。一瞬その力の強さに驚きそうになるが、敢えて平常心に勤めながら声を掛ける。
「大丈夫ですよ、正巳様なら何の心配もありません」
そう言うと、ミューはホッとした顔をして、握る力を抑えてくれた。
(ふぅ、助かりましたね……)
心の中でそう呟いたユミルは、腕を突き出した今井が口を開くのを見ていた。
いつの間にか、正巳の周囲には黒い筒が出来ていた。そして、遥か天空に突き抜けたその筒が、今井の合図と同時に振動を発したのを感じていた。
ユミルは黙ってその様子を眺めていたが、やがて黒い筒からの振動が収まった時一つ呟いていた。
「黒煙筒」
◆◇◆◇
「ファイア!」
誰かが言ったその言葉で、正巳の体に超圧が掛かった。
「うぐっ……とんでもないな……」
そのGを体に感じた正巳は、似た感覚として訓練中に体験した"戦闘機"のカタパルト発進を思い出していた。恐らく、それ程見当違いでもない筈だ。
問題なのは、進んでいる方向が水平でないという事。
四肢を固定されている正巳に、不安定さからくる不安は無かった。しかし、視界が黒い機械達に覆われている正巳にとって、一番不安なのはこの視界が開けた時だった。
そして――上昇が止まった。
「……外は、」
言おうとした瞬間、その視界が開けた。
眩むような光、その光が収まった後視界に広がっていたのは、一面の青空だった。
雲が下にある。
今日はそれ程雲が厚くないが、雲が空に広がる日に来れば、恐らく雲を歩くような感覚を得られるだろう。何となく、歩いてみたくなった。
「おっと……?」
微妙に片足を持ち上げたのだが、そこで気が付いた。
「ボス吉?」
「……」
片足にボス吉がしがみ付いていた。
声を掛けてみても、微妙にフルフルとするだけで反応が薄い。
この反応は、若干"瞑想"に入りかけてる時の状態だ。
「大丈夫だ。ほら、俺が一緒だから……な?」
そう言いながら、手のひらサイズになっていたボス吉を持ち上げると、両手に抱えた。恐らく、俺が車両から出る際に一緒に出て、その後の一連の動きに巻き込まれたのだろう。
ボス吉をモフモフしていたら、それに気が付いた。
現在正巳の足元には、黒い機械達が足場を作っている。
気が付いたのは、その少し先だ。
先程ボス吉を抱え上げた際に屈んだのだが、その屈んだ側だけ、少しだけ足場が広がっていた。どういう事か分からないが、仮説を立てる事は出来る。そして、試す事も……
「よし、少し歩いてみるか!」
正巳がそう言うと、腕の中のボス吉が小さく『みゃぁー』と鳴いた。
どうやら戻って来たらしい。
不安げなボス吉の事を撫でながら、片足を前に出す。元々二、三歩程度の足場は広がっていたので、足を出したのは黒い地面だ。
「おっ、おおぉ~」
前方に、新たな足場が出来ていた。
もう一歩出してみる。
「おおっ! 凄いな!」
どうやら、足を出すとその方向に新たな足場が広がるみたいだ。
そのまま暫く歩き続けていると、いつの間にか空に小さな"広場"が出来ていた。歩ける地面が出来た為か、ボス吉も多少は余裕が出来たみたいだ。腕の中から乗り出す様にして興味深げにしている。
「……なんかこう、雲に乗って移動する感じをイメージしてたけど、これはこれでアリだな」
正巳がそう呟いた時だった。
それ迄地面の形状を取っていた機械達が、一斉にその形を変え始めた。
急な事だったので、正巳は慌ててボス吉を抱き直すと、備えた。
しかし、心配していたような事は何もなく、逆に集まって来た機械達は正巳の周囲にフワフワと漂っていた。それこそ、雲の様に……
それらの一連の事を見ていた正巳は、何となくこの"機械達"がどんなモノなのか分かった気がした。それを確認する為に、正巳は一つの"命令"を出した。
「前へ進め!」
これが、地上の人通りの多い所だったら、まるっきり変人だっただろう。しかし、ここは天空でしかも誰も人はいない。だからこそ、正巳はそれっぽく腕を振るっていた。
正巳が口にした直後、指した方へと動き始めた。
顔に当たる空気と、流れて行く雲……これは気持ち良い。
「よし、次は――体を倒した方向に全速力で進め!」
調子を良くした正巳は、そんな風に命令していた。
「ふ――フハハハハハ! これは良い! 良いモノだーー!!」
空を切る速度が跳ね上がり、縦横無尽に軌道する。
「にゃぁぁぁぁぁぁぁぁ……」
「たのしーなぁ!」
ボス吉の叫び声にそう答えながら、更に複雑な軌道を描いて行く。
こんなに自由に動き回れるとは……これはもう完璧では無いだろうか。
そんな事を考えていると、不意に胸元に痛みを感じた。
「ん?」
不思議に思ってそちらを見ると、ボス吉が爪を立てていたらしい。
……どうやら、やり過ぎたらしい。
バランスを取りながら、その勢いを落として行く。そして、完全に止まった状態になったのを確認すると、ボス吉を持ち上げた。
「すまん、やり過ぎた」
「にゃぁぉ……」
ボス吉に謝ると、ボス吉は一瞬ぴくッとした所で小さく返して来た。その様子を見て、(きちんと話した方が良いな)と判断した。
常時付けているブレスレッドの片方――イモ吉(通信機)を手首から外すと、耳に装着した。装着出来たのを確認すると、ボス吉を持ち上げる。
……瞼が半分下がり、瞳は小さくなっている。
瞼は兎も角、瞳は光に対しての反応だろう。
「悪かった。少々テンションが上がってしまった」
改めてボス吉に言うと、ボス吉はフルフルとして言った。
「主は、主の思う様にして下さい。これは我の未熟さ故……」
そう言われても、はいそうですか。とは行かない。
少しばかり悩んでいると、ボス吉から申し出があった。
「我は、必ずやこの困難と闘って勝利します。ですから主は、普段通りに!」
ボス吉はそう言うと、前足を胸に乗せて正巳の胸に頭を擦り付けた。
……これは、ボス吉が嘆願する時の仕草だ。
「分かった。すまな――いや、ありがとう」
そう言うと、ボス吉は嬉しそうに尻尾をユラユラと動かしていた。
――
少しの間ボス吉と一緒にユッタリしていたら、マムから通信があった。
「パパ、そろそろ"電力"が底をそこをつきますので……」
どうやら、これら機械達は電力の供給によって動いているらしい。
「分かった。すぐ戻る……戻してくれるか?」
「はい。ただ、急がないと途中で――」
「ボス吉が辛くない程度で頼む」
マムにそう言うと、直ぐに機械達が移動を始めた。
……ボス吉が小さくなっていたので、体を覆う形で抱えた。
その数分後――
どうやら、正巳はそれなりに遠くまで行っていたらしい。ようやく拠点が見えて来ていた。地上までまだ100メートル以上はあるが、距離的には近づいている。
見ると、機械達――外壁防御虫は、少しづつ元居た外壁の間へと戻っているみたいだ。先程のマムの言う通り『電力が底を尽きそうになった』のだろう。
煙が吸い込まれるように、戻って行く様子を見ていると、慌てた様子のマムから通信が入った。
「パパ、途中で電力が落ちます!」
「なに……それはどういう――」
みな迄言う前に、それが起こった。
フォールダウン――落下だ。
「くっ、この高さだとMAXならいけるかっ!」
体に力を入れ、全身を沸き立つような感覚に委ねようとした。しかしその途中で、ボス吉が体を大きく変化させ始めた。そのスピードは、正巳よりも速く且つ完ぺきだった。
「主よ、腕をしっかりと!!」
そう言ったボス吉に対して『分かった!』と返すと、その巨大な背中に腕をしっかりと回した。その後はあっという間だった。
回る視界と、不意に感じる筋肉の伸縮と直後の衝撃。
正巳は、車程の大きさとなったボス吉の背の上で、地上に戻っていた。
どうやら、猫由来の完璧な着地でどうにか無事だったらしい。
「……命拾いしたな」
そう呟いた正巳に、マムが言った。
「大丈夫です。パパの身体能力であれば、あの程度の落下でどうにかなろう筈もありません! それに、ボス吉は果たせませんでしたね、パパ!」
マムの声は、耳に付けた通信機からでは無く、車両から降りた本体から発せられたものだった。何処か嬉しそうなマムと、何故か落ち込んだ様子のボス吉を見比べていた正巳は、その理由に思い至った。
「あのなぁ、切磋琢磨してお互いに向上するのは良いがなぁ……」
「……ぱぱ?」
正巳の声色が、普段と変わった事に気が付いたのだろう、マムは少し不安げに正巳を伺っていた。それこそ、正巳が何を言おうとしているのか分からなと言った風に。
そんな様子にため息を付くと言った。
「心臓に悪い事は止めてくれ」
マムのその言葉が耳に入って来て、我に返ったのだが……数瞬遅かった。気付いた時には、小さな羽虫の様なモノらが正巳の周囲を取り囲んだ後だった。
「うおっ!」
思わず声を上げるも、何かを言う余裕などは無かった。
周囲を取り囲んだ羽虫は、正巳を取り囲み終えるとその形状を変えた。
――正巳は、体が固定されるのを感じたが(この程度の拘束であれば、いざと言う時には力づくでどうにかなる。それにマムや今井さんが悪いようにする訳が無いだろう)そう考えて、身を任せていた。――
集合としての形状を組み終えた羽虫――外壁防御虫は、その外見を遥か上空へと伸びた黒い筒へとその外見を変えていた。
◆◇◆◇
「お兄さんが浮かんでます!」
ミューがそう言いながら、呆気にとられた表情で見上げている。
わざわざ口に出さなくとも、その状況はそこに居た皆が視認していた。
"浮いた"と言うよりは"持ち上げられた"と言う方が正確だろう。
正巳は、黒いモノ達に半身を覆われ、そのまま宙へと持ち上がっていた。
地上3、4メートルと言った処だろうか。
「すごい……アレは、"防御虫"外敵を最終的に狩り尽くす最終手段だった筈。それが、こんな風な使い方が出来るなんて……すごい」
注意深く観察しているのはリルだ。
リルと言うのは正巳が付けた名前であり、ユミルも初対面の子供だったが、事前にマムから情報だけ得ていた。予め"気配"を抑えるように言われた時には驚いたが、どうやらリルは特殊な感覚を持つ子供らしかった。
その様子から、目の前の"外壁防御虫"なるモノの存在だけは知っていたみたいだが、実物を見るのはこれが初めてらしい。
「そうさ、あれこそが僕がイメージしてたモノだよ。始めて試作した時は、色々君に迷惑かけたけどね……まあ、こうして見ると中々の出来じゃないかい?」
どうやら、これは今井様のイメージから作られたモノの様だ。その言葉から伺うに、上原さんが最初の被験者――被害者だったみたいだ。
ユミルは、その頭の中で今井の事を『博士』、上原の事を『助手』と呼んでいた。
「まあ、お陰で多少の事では動じなくなりましたよ……」
今井に肘で小突かれていた上原は、少しだけ青ざめながら諦めたようにしている。そんな上原に、心の中で『ご愁傷様です』と呟きながら、上空に浮かんでいる正巳を見上げた。
……ミューが不安げな表情をして、つないだ手を少し強めに握って来る。一瞬その力の強さに驚きそうになるが、敢えて平常心に勤めながら声を掛ける。
「大丈夫ですよ、正巳様なら何の心配もありません」
そう言うと、ミューはホッとした顔をして、握る力を抑えてくれた。
(ふぅ、助かりましたね……)
心の中でそう呟いたユミルは、腕を突き出した今井が口を開くのを見ていた。
いつの間にか、正巳の周囲には黒い筒が出来ていた。そして、遥か天空に突き抜けたその筒が、今井の合図と同時に振動を発したのを感じていた。
ユミルは黙ってその様子を眺めていたが、やがて黒い筒からの振動が収まった時一つ呟いていた。
「黒煙筒」
◆◇◆◇
「ファイア!」
誰かが言ったその言葉で、正巳の体に超圧が掛かった。
「うぐっ……とんでもないな……」
そのGを体に感じた正巳は、似た感覚として訓練中に体験した"戦闘機"のカタパルト発進を思い出していた。恐らく、それ程見当違いでもない筈だ。
問題なのは、進んでいる方向が水平でないという事。
四肢を固定されている正巳に、不安定さからくる不安は無かった。しかし、視界が黒い機械達に覆われている正巳にとって、一番不安なのはこの視界が開けた時だった。
そして――上昇が止まった。
「……外は、」
言おうとした瞬間、その視界が開けた。
眩むような光、その光が収まった後視界に広がっていたのは、一面の青空だった。
雲が下にある。
今日はそれ程雲が厚くないが、雲が空に広がる日に来れば、恐らく雲を歩くような感覚を得られるだろう。何となく、歩いてみたくなった。
「おっと……?」
微妙に片足を持ち上げたのだが、そこで気が付いた。
「ボス吉?」
「……」
片足にボス吉がしがみ付いていた。
声を掛けてみても、微妙にフルフルとするだけで反応が薄い。
この反応は、若干"瞑想"に入りかけてる時の状態だ。
「大丈夫だ。ほら、俺が一緒だから……な?」
そう言いながら、手のひらサイズになっていたボス吉を持ち上げると、両手に抱えた。恐らく、俺が車両から出る際に一緒に出て、その後の一連の動きに巻き込まれたのだろう。
ボス吉をモフモフしていたら、それに気が付いた。
現在正巳の足元には、黒い機械達が足場を作っている。
気が付いたのは、その少し先だ。
先程ボス吉を抱え上げた際に屈んだのだが、その屈んだ側だけ、少しだけ足場が広がっていた。どういう事か分からないが、仮説を立てる事は出来る。そして、試す事も……
「よし、少し歩いてみるか!」
正巳がそう言うと、腕の中のボス吉が小さく『みゃぁー』と鳴いた。
どうやら戻って来たらしい。
不安げなボス吉の事を撫でながら、片足を前に出す。元々二、三歩程度の足場は広がっていたので、足を出したのは黒い地面だ。
「おっ、おおぉ~」
前方に、新たな足場が出来ていた。
もう一歩出してみる。
「おおっ! 凄いな!」
どうやら、足を出すとその方向に新たな足場が広がるみたいだ。
そのまま暫く歩き続けていると、いつの間にか空に小さな"広場"が出来ていた。歩ける地面が出来た為か、ボス吉も多少は余裕が出来たみたいだ。腕の中から乗り出す様にして興味深げにしている。
「……なんかこう、雲に乗って移動する感じをイメージしてたけど、これはこれでアリだな」
正巳がそう呟いた時だった。
それ迄地面の形状を取っていた機械達が、一斉にその形を変え始めた。
急な事だったので、正巳は慌ててボス吉を抱き直すと、備えた。
しかし、心配していたような事は何もなく、逆に集まって来た機械達は正巳の周囲にフワフワと漂っていた。それこそ、雲の様に……
それらの一連の事を見ていた正巳は、何となくこの"機械達"がどんなモノなのか分かった気がした。それを確認する為に、正巳は一つの"命令"を出した。
「前へ進め!」
これが、地上の人通りの多い所だったら、まるっきり変人だっただろう。しかし、ここは天空でしかも誰も人はいない。だからこそ、正巳はそれっぽく腕を振るっていた。
正巳が口にした直後、指した方へと動き始めた。
顔に当たる空気と、流れて行く雲……これは気持ち良い。
「よし、次は――体を倒した方向に全速力で進め!」
調子を良くした正巳は、そんな風に命令していた。
「ふ――フハハハハハ! これは良い! 良いモノだーー!!」
空を切る速度が跳ね上がり、縦横無尽に軌道する。
「にゃぁぁぁぁぁぁぁぁ……」
「たのしーなぁ!」
ボス吉の叫び声にそう答えながら、更に複雑な軌道を描いて行く。
こんなに自由に動き回れるとは……これはもう完璧では無いだろうか。
そんな事を考えていると、不意に胸元に痛みを感じた。
「ん?」
不思議に思ってそちらを見ると、ボス吉が爪を立てていたらしい。
……どうやら、やり過ぎたらしい。
バランスを取りながら、その勢いを落として行く。そして、完全に止まった状態になったのを確認すると、ボス吉を持ち上げた。
「すまん、やり過ぎた」
「にゃぁぉ……」
ボス吉に謝ると、ボス吉は一瞬ぴくッとした所で小さく返して来た。その様子を見て、(きちんと話した方が良いな)と判断した。
常時付けているブレスレッドの片方――イモ吉(通信機)を手首から外すと、耳に装着した。装着出来たのを確認すると、ボス吉を持ち上げる。
……瞼が半分下がり、瞳は小さくなっている。
瞼は兎も角、瞳は光に対しての反応だろう。
「悪かった。少々テンションが上がってしまった」
改めてボス吉に言うと、ボス吉はフルフルとして言った。
「主は、主の思う様にして下さい。これは我の未熟さ故……」
そう言われても、はいそうですか。とは行かない。
少しばかり悩んでいると、ボス吉から申し出があった。
「我は、必ずやこの困難と闘って勝利します。ですから主は、普段通りに!」
ボス吉はそう言うと、前足を胸に乗せて正巳の胸に頭を擦り付けた。
……これは、ボス吉が嘆願する時の仕草だ。
「分かった。すまな――いや、ありがとう」
そう言うと、ボス吉は嬉しそうに尻尾をユラユラと動かしていた。
――
少しの間ボス吉と一緒にユッタリしていたら、マムから通信があった。
「パパ、そろそろ"電力"が底をそこをつきますので……」
どうやら、これら機械達は電力の供給によって動いているらしい。
「分かった。すぐ戻る……戻してくれるか?」
「はい。ただ、急がないと途中で――」
「ボス吉が辛くない程度で頼む」
マムにそう言うと、直ぐに機械達が移動を始めた。
……ボス吉が小さくなっていたので、体を覆う形で抱えた。
その数分後――
どうやら、正巳はそれなりに遠くまで行っていたらしい。ようやく拠点が見えて来ていた。地上までまだ100メートル以上はあるが、距離的には近づいている。
見ると、機械達――外壁防御虫は、少しづつ元居た外壁の間へと戻っているみたいだ。先程のマムの言う通り『電力が底を尽きそうになった』のだろう。
煙が吸い込まれるように、戻って行く様子を見ていると、慌てた様子のマムから通信が入った。
「パパ、途中で電力が落ちます!」
「なに……それはどういう――」
みな迄言う前に、それが起こった。
フォールダウン――落下だ。
「くっ、この高さだとMAXならいけるかっ!」
体に力を入れ、全身を沸き立つような感覚に委ねようとした。しかしその途中で、ボス吉が体を大きく変化させ始めた。そのスピードは、正巳よりも速く且つ完ぺきだった。
「主よ、腕をしっかりと!!」
そう言ったボス吉に対して『分かった!』と返すと、その巨大な背中に腕をしっかりと回した。その後はあっという間だった。
回る視界と、不意に感じる筋肉の伸縮と直後の衝撃。
正巳は、車程の大きさとなったボス吉の背の上で、地上に戻っていた。
どうやら、猫由来の完璧な着地でどうにか無事だったらしい。
「……命拾いしたな」
そう呟いた正巳に、マムが言った。
「大丈夫です。パパの身体能力であれば、あの程度の落下でどうにかなろう筈もありません! それに、ボス吉は果たせませんでしたね、パパ!」
マムの声は、耳に付けた通信機からでは無く、車両から降りた本体から発せられたものだった。何処か嬉しそうなマムと、何故か落ち込んだ様子のボス吉を見比べていた正巳は、その理由に思い至った。
「あのなぁ、切磋琢磨してお互いに向上するのは良いがなぁ……」
「……ぱぱ?」
正巳の声色が、普段と変わった事に気が付いたのだろう、マムは少し不安げに正巳を伺っていた。それこそ、正巳が何を言おうとしているのか分からなと言った風に。
そんな様子にため息を付くと言った。
「心臓に悪い事は止めてくれ」
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