『 インパルス 』 ~宝くじで900億円当たったから、理想の国を作ることにした~

時雲

160話 守護者『リル』

「"害虫駆除"って言うのは、"虫"の"駆除"……じゃないよな?」

 正巳が聞くと、――立体投影されたマムが人差し指を立て――『ある意味"虫けら以下"を駆除する才能ですが』と前置きをしてから続けた。

「ここで指す"害虫"とは、"Verminヴァ―ミン"つまり――"害虫"、"害獣"、"害鳥"を含むモノです。意味的には『害を与える虫けらの様な存在』という事になるでしょうか」

 なるほど、外敵の事を"害虫"と言っているらしい。

 マムの指先に小さな虫が映し出され、微細な虫から小さな虫、虫から小さな爪の有る獣、その後幾つかの獣を経て、鋭い爪と牙を持つ獣へと変化した。それまで幾つもの虫や獣の姿を取っていた"害獣"は最後に、二足歩行の獣へと変化を止めてその醜悪な顔をこちらへ向けて来た――人間だ。

 確かに、人間と言うのはある意味全ての生き物にとって、一番厄介な害獣となり得る。

「それで"駆除"は?」

 害虫については十分すぎるほどに理解した。しかし、駆除が実際に何を意味するのかを聞いていない。……まあ、聞かなくても大体の予想は着くが、この際確認しておくのが良いだろう。

 正巳の意図をくみ取ったのか、マムが端的に答えた。

「"駆除"は、そのままの意味――『害になるものを追い払い、また殺して取り除く事』ですね」 

 そう言うと、自身の指先に投影した害獣を討った。

 映し出されていた人間が倒れると、その後も次々に"害獣"そして"害虫"が討たれて行った。それぞれ撃たれる時に現れた武器が違ったのは、『敵に応じて適切な対処をする』と言いたいのかも知れない。

 ……なるほど。

 マムの"害虫"の定義には人間も含まれている。そして、人間これを討つのも他の虫や獣を殺すのと、何ら変わりは無いのだろう。

 しかし、幾ら適正や才能が有るとは言っても、実際に"才能"が有るとされているのは子供だ。人間を含めた"駆除"など任せて良いのだろうか。

 ――人を殺せば、その業を負う事になる。

 "業"という考えは、教官に教わった事の一つだ。

 どうやら、普通は"命"というもの自体に何か特別な思いを持つものらしい。俺自身は、人の命に関して余り関心が無かったのだが、身近な存在については大切だと思っている。

 大切な理由は、『大切だと思うから大切』なのだが、どうやら普通は『命という存在が大切』という事らしい。それが、知らない他人の命であってもそうらしい。

 命は大切なモノだから大切、知らない人の命であっても大切……不思議なものだ。

 そして、その大切な"命"を奪う事は悪い事であり、悪い行いつまり――悪業を負う事になる。業を負うと、周り周って本人にも悪い"何か"が回って来る。そういう考え方らしい。

 確かに、見境なく命を奪うようになると獣と変わらないし、社会システムが混乱する事になる。つまり、社会を知性的に運営する為に必要な道徳なのだ――そう思い至って、教官にもそのように聞いた。

 ――が、これは違ったらしい。

『普通は罪悪感や恐怖――恐怖は、自分も命を狙われるんじゃないか、とかそう言う恐怖――感じないか?』

 しかし、俺には死への恐怖が無い。

 純粋な驚きとか、ワクワクなどはあるが……死への恐怖は存在しない。

 しかし、もし他人の命を奪った事で、自分も同じ目に会うのでは無いかという恐怖――"業"を負う事になるのであれば、そんなモノは負わない方が良いに決まっている。

 少し悩んだ後で、一つ質問をした。

「この子の才能を"排除"という面を除いて説明してくれ」

 そう言うと、マムはまるで聞かれるのが分かっていたかのように言った。

「はい。十二番目は『守る範囲や対象を認識すると、それらを守る為に、現状で実行出来る"最適"な判断を下せる』これが、この子――十二番目の才能です」

 先程、マムから十二番目この子の経歴について聞いていたが、これ迄の経験や環境などの全てが、その才能に影響しているのだろう。

「……なるほど、何と言うか『守護者ガーディアン』みたいだな」

 正巳がそう言うと、それ迄静かにしていた十二番目しょうじょがぴくっと反応した。途中で意識が戻った事に気が付いてはいたが、話を聞かせる為に敢えてそのままにしていた。

 急に声を掛けても驚くだろうから、暫くこちらを観察させていたのだ。

「さて、それじゃあ"十二番目"と呼ぶのもなんだし――」

 驚かせない様に"気配"を抑えていた甲斐があった。

 少女は、先程の様に気絶していない。

 先程少女が気絶した際、直前の微かな眼球運動と、その後のマムの話――これ迄何度か気絶したことが有った――を聞いて("シミュレーション"を行っていたのだろう)と判断していた。

 気絶した相手としなかった相手、気絶した時の状況……それらを総合的に考えて(恐らく、圧倒的強者――何をしても逃げられない相手――に出会った時に気絶するんだろうな)と判断していた。

 理由は、思考のオーバーフローなのか、何らかの自己防衛反応なのかは分からない。

 しかし、それらの原因である"判断"は、生物的な"本能"によって行われている事は明らかだった。何せ、年端も行かぬ子供が"強者"と判断するには経験では足りないだろうし、知識も足りないだろう。そうなると、残るは生物の持つ"本能"で行われているしかないのだ。

 そして、(この問題は"気配"を操作すれば解決される)と判断したのだが……正解だったみたいだ。

「――君の名前を教えてくれるかい?」

 そう言いながら、膝の上で抱えていた"十二番目"と呼ばれる、給仕長の少女に声を掛けた。すると、ピクリと反応して細く瞼を開け始めた。

 目が合うと、一瞬ビクッとしたが直ぐに覚悟を決めたようだった。

 ソファから体を起こすと、目の前に立ち上がった。

「あ、あの!」
「うん?」

 少女は、口元をもにゃもにゃとした後で言った。

「名前が欲しいんだ!」

 ……冗談だと思ったが、どうやら本気らしかった。

「名前は無いのか?」
「えっ、今は"給仕長"とか"十二番目"とか言われてて、その前は…………」

 常人には聞き取れないぐらいの小さな声だったが、正巳の耳には『イヌ』と『ハエ』の二言が聞き取れていた。恐らく、其々叔父と孤児院に居る時に付けられた名なのだろう。

「わかった、それじゃあ――」

 センスが有るとは言えないが、子供に頼まれたと有れば答えない訳には行かないだろう。それに、人に付ける名前では無い"名"で呼ぶ訳にも行かない。

 少女・・を見た。

 髪の毛は、ふんわりとした栗色に近い髪で、毛先が何となくクルリとしている。瞳は、どことなく眠たげだが、その奥には意志の強そうな光がある。

 瞳の色は、髪の毛と同じく栗色だ。

 下唇を時々かむ癖があり、どことなくボーイッシュな印象も受ける……

 少し考えた後で言った。

「"リル"でどうかな?」

 正巳がそう言うと、目の前の少女・・は頭をぶんぶんと縦に振り始めた。

 気に入ったのかな……?

 感想を聞こうと口を開きかけたのだが、それ迄静かにしていたマムが正巳に言った。

「あの、もしかしてパパはこの子の事――」

 何となく嫌な予感がした。

「ちょちょっと、待ってくれ!」
「はい……パパ」

 マムが、何かを察したように静かになった。
 そんなマムの様子が、嫌な予感を更に強くする。

「なあ、リル」
「えっと……『はい、ぱぱ』?」

 ふわっとした髪を揺らしながら、小首をかしげて来る。
 ……何となく、何人かの子達の要素を感じる。

「ああ、別に他の子共の真似をしなくても良いんだ。お前は、お前なんだからな……」

 そう言うと、心当たりがあったのだろう、自分の頬を両手でスリスリして小さく『すみません……』と言って来た。

 恐らくは、不安や何やらの感情が"他者の真似"をさせたのだろう。

 しかし、そんな事は必要ない。
 皆には自分らしくして欲しいのだ。

「――っと、そんな事じゃなくて」
「うん、どうしたの~?」

 ……真似を辞めたらしい。何と言うか、一気に気が抜けたリラックスしたような感じだが、こっちの方が子供らしいし良いと思う。

「そんな事じゃなくて……」

 数秒間、本題からそれた事――リル可愛いよな――などと考えていた。

 しかし横に浮かぶマムから、少しジトっとした視線を感じて、覚悟を決めた。

 息を深く吸い込み、ゆっくりと吐き出す。
 そして僅かに息を残したまま、口を開いた。

「あのさ、もしかして男の子――だったりする?」

 少し緊張しながら聞くと、リルは不思議そうな顔をして言った。

「そうだよ~? ……そういえば、みゅーも『男の子みたいね』って言ってたけど、男子なのになんでそんなこと聞くんだろ?」

 ……ミューも"勘違い"していると考えて、間違いないだろう。確かにボーイッシュだとは思ったが、本当に男の子だったとは……

「マジかー……まじかー」

 ずっと女の子だと思っていた正巳は、衝撃のあまり掠れた叫びを上げていた。


 ――
 その後、リルに『名前を変えようか?』と聞いたが『お兄ちゃんが付けてくれた名前、カッコいいけど……』と言われた。

 どうやら、リルという名前が気に入ったらしかった。

 女の子だと思って付けた名前だったので、若干複雑な気持ちだったが、本人が良いならそれで良いだろう。それに、このまま成長して行けば美青年になるだろうし、リルという名前も悪くないかも知れない。

 一先ずホッとした正巳は、その後少しの間リルと話をしていた。

「――それで、何となく嫌な感覚がした方に行ったら気を失ったのか……」
「うん、そうなんだよね~」

 ……どうやら、リルは極度の"人見知り"と云う訳では無いらしい。単純に、『下手に歩き回ると気を失う・・・・から出歩かない』という事だった。

 ただ、『あんまり、知らない人に会いたくないんだ~』とも言っていたので、確かに人見知りでもあるのだろう。

「ミューには言わなかったのか? ほら、自分の事とか、意識が飛ぶ理由とか……」

 少しでもミューがこの事を知っていれば、色々と配慮が有ったと思う。

「みゅーは凄く真面目だから……迷惑かな、って……」

 そう言って、リルは少しだけ俯いた。

 正巳は、そんなリルを引き寄せると言った。

「俺達は仲間だし、家族だ。家族なら多少の迷惑を掛けられても、迷惑だなんて思わない。そんな事よりも、後になってから何も・・"知らなかった"って気が付いた方がショックなんだ」

 若干極端な話し方をしたが、嘘では無い。

 多少手間が掛かる位が丁度良いと思っているし、実際に子供達が沢山いるにも拘らず、手が掛からな過ぎて若干物足りなくも思っているのだ。

 それに、問題になりそうな事に関しては、先に話して貰った方が逆に助かる。

 実際には、俺も子供達に話していない事はあるし、話せない事もある。

 しかし、俺が話していない事は、話す事で子供達に重荷を負わせたり、余計な心配をさせる様な事ばかりだ。子供達に荷を負わせる訳には行かないが、逆に親として子の重荷は全て負う覚悟はある。

 この半年は、その為の半年間だったのだ。

 ――全て、降りかかる火の粉は叩き落とす。

 リルの顔を見ると、未だ葛藤しているみたいだった。

 これ迄の人生に於いて、全てを内側にため込む人生だったのだろう。それを急に変えろ、と言われても難しいのは良く分かる。

 何となく親近感を覚えながら言った。

「まあ、ゆっくりで良いさ」

 すると、リルがこくんと頷き、下唇を噛んでから答えた。

「お兄ちゃんと皆を害虫から守る守護者ガーディアンになる!」

 リルがそう宣言したのと同時に、部屋の扉が開いた。

 ……良いタイミングだ。

 丁度良いタイミングで開いた扉は、音を立てずにスーっと開くと、開き切った所で止まった。そして、扉を開けた本人――小さなスーツ姿の給仕を先頭にして数人入って来た。

 最初に入って来た"小さな給仕さん"は、リルの"宣言"をしっかりと聞いていたらしく、困ったようにして言った。

「あなたは、ハウスキーパーの"長"なのですがね……」

 その表情は、困った様子ながらも何処か嬉しげであった。

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