『 インパルス 』 ~宝くじで900億円当たったから、理想の国を作ることにした~

時雲

156話 紹介と弁明

 開いたドアから中へ入ると、目が眩むような光が視界を覆った。

 天井に取り付けられたシャンデリアが、キラキラと光を注いでいるのだ。そして、その光達がその設計し尽くされたであろう繊細さで、一本の光の道をつくり出していた。

 ホール内は廊下に比べると、少し薄暗くなっていた。これも、シャンデリアの反射光で"光の道"をつくり出す為なのだろう。

 そして、その"光の道"の両側には、ずらりと並んだ給仕たちが居た。給仕達は両側に其々三列程になっており、その奥には先程顔を合わせなかった護衛員の子供達が並んで居る。

 前に給仕の子達が居るのは、恐らくここ迄が給仕の子達の"成果"を見せる場だからなのだろう。普段あまり前に出る事の少ない仕事なのだ。偶には前に出る機会があっても良いと思う。

 前の列に並んでいる子供は、数人おきにスーツを着た子供が居るが、それ以外の子供達は皆が白いシャツを着ている。十二に分かれた給仕員の長達とその班員なのだろう。

 『十二人の長』と言っても、スーツの子供は十人しか居なかったが……
 欠けている内の一人はミューなので、実質足りないのは一人だ。

 ……何となく、一部で少し申し訳なさそうにしている男の子が居たが、恐らくは長が欠けている班の給仕員なのだろう。

 トップ十二人の内、最後の一人と言う子供の事が少しだけ気にはなった。しかし、無理やりに参加させるのは違うと思うので、触れないでおく事にした。

 後ろに並んでいる護衛の子供達は、恐らく今井さん達と一緒に"新拠点の試運転"に同行していた子供達なのだろう。

 一人一人の顔を見ながら、その道を歩いて行く。

 ……みんな其々良い顔をしている。

 中には、孤児院で職員である男に暴行を受けた少女も居た。
 その子と目が合うと、自然な微笑みを返して来た。

 恐らくは、心の傷が癒えた訳では無いだろう。
 心の傷は厄介で、直ぐに癒えるものではない。

 その証拠に正巳自身も、暗い中に居ると実験体にされていた時の事がフラッシュバックする事が有る。ふとした時に思い出して、あたかも痛みを受けている感覚に陥ることが有るのだ。

 正巳の症状がそれ程頻繁では無いのは、睡眠を取らない為だろう。

 まあ、睡眠を取らないとは言っても、偶に娯楽的な側面でサナと一緒に休む事はある。その際などは決まって思い出させるかのように、痛みと同時にその記憶が蘇って来る。

 あまり気持ちの良い事では無いが、予め『これは夢だ』と言い聞かせて居れば、起きた後にそれ程後を引きずる事は無い。

 その点、子供達は少し心配だが……

 少女は確実に一歩ずつ前に進んでいるみたいだった。

 少女の様子に一先ずホッとしながら、足を進めた。

 少年少女達の中には、死の淵を歩んでいた子供も居た。しかし、その子も今ではきゅっと結んだ口元と、何処か誇らしげな目を真っすぐに向けている。

 不意に視線が合うと、何故か俯いて恥ずかしそうにしたので、つい頭を撫でてしまった。嫌がると思ったが、思いの他嬉しそうだったのでまあ、良いだろう。

 ……ただ、思春期の子供は中々難しい年ごろなので、下手に子供にするように接しない方が良いかも知れない。

 それこそ、今まで通りに接すると鬱陶しく感じるかもしれないのだ。

 俺は自分の育ての親である父に対して、少し面倒に感じていた事が有った。と言うのも、父は余りにも色々と自分の研究している分野の議論に巻き込もうとして来るせいだったのだが……少しばかり素っ気なさ過ぎたかも知れない。

 まあ、あのちちがそんな事でめげるとは思えないが……何にせよ思春期の子供と対する時は、少し気を使うのが良いだろう。

 少し反省しながら、その先を進んだ。

 進む途中、頭を撫でやすそうな角度で傾けている子供も居たが、ぐっと我慢して手を伸ばさなかった。

 そしてそのまま、先に用意されていたテーブルに辿り着いた正巳だったが、振り返るとマムとサナの他には、誰も付いて来ていない事に気が付いた。

 ……どうやらミューに見送られた後は、俺とサナとマムの三人で歩いて来ていたらしい。見ると、ユミルや綾香、ハク爺、ハクエン、アキラなどはミューに連れられ、脇から進んでいる。

 自分だけ偉そうな真ん中の道を歩いて来た事に、少しだけ場違いな気もして来た。
 すると、最後の列に並んで居た6,7歳の子供にペコリとお辞儀をされた。

(……そうだよな、俺がこの子達の親なんだもんな)

 一瞬考えた"場違い"と言う思いに対して、自覚が足りていなかったと少しだけ恥ずかしくなった。そう、ここに居る子供達は皆が俺達を頼ってここに居るのだ。

(俺達、いやがしっかりしないとな……)

 そう考えてから顔を上げると、目の前に今井さんと上原先輩の二人が居た。
 二人は俺の顔を見ると、互いに顔を見合わせてから言った。

「正巳、何も一人じゃないんだ。気負うなよ」
「そうさ、正巳君は少し気負い過ぎだよ!」

「先輩、それに今井さん……」

 先輩と今井さんは、ここ半年の間一緒に動いて来たのだろう。それこそアイコンタクトだけで、お互いの言いたい事の意思疎通が出来ているようだった。

 少しばかり寂しく感じた処で、隣に立っていたサナが手を握って来た。

「お兄ちゃん?」

(……そうだな、要らない心配だな)

 俺も半年間サナと居たお陰で、互いの考えている事は何となく分かるようになった。時間によって補填される事を、気にする必要はないだろう。

 少しばかりナイーブになっていた事を反省をしていると、マムが手を引きながら聞いて来た。

「パパ、それはどの様な感情ですか?」

 恐らく、マムの記憶データには無い行動パターンだったのだろう。
 こういう時のマムは、何時にも増して貪欲に情報を求めて来る。

「懐かしさと不安から来る"寂寥感"かな」
「"寂寥"――『心が満ち足りず、物寂しいさま』ですか……つまりパパは、久しぶりに再会したお二人に対して何か求めるものがあって、それが満たされずに寂しく感じているという事ですね?」

 ……そこまでもの筋が通った気持ちでは無いが、求めるモノ・・が記憶とすると、確かにピタリと当てはまるのかも知れない。
 
「マムの言う通りかもな……」
「と言う事は――」

「つまり正巳君は、別行動していた間の事を僕達と共有したいんだね!」
「ま、まあそうでしょうかね……」

「あれだな、俺達は正巳達の事を観る・・機会がちょくちょくあったから、それ程久し振りって感じる訳じゃないのかもな」

「ちょ、上原君!」

 上原先輩が言った言葉に対して、今井先輩が敏感に反応する。
 恐らく、俺が"上映会"の事を知らないと思っているのだろう。

「今井さん……」
「マスター……」

「ん? いやぁ、これはね何も怪しい事をして居たんじゃないんだ。そう、これはホームビデオの様なモノでね……ほら、お父さん・・・・が海外出張している間、子供達が顔を忘れていたら可哀想かなってだね」

 必死に取り繕うとする今井さんだが、焦った時に出る癖が出ていた。

 今井さんは焦った時に、先ず片方の手を腰のあたりに当てて胸を張り、そこから何か演説するかのように話し出すのだ。

「まあ、その辺の弁明は後で聞きます。それより――」

 マムに『全体に聞こえるようにしてくれるか?』と言うと、マムが手の平から小さなひし形のバッチを出してくれた。

 マムの取り出したバッチを見た今井さんは、『それは集音バッチだね』と説明してくれた。どうやら、このバッチを付けて話をすれば良いらしい。

 マムに礼を言ってから、上着の襟裏――ザイから貰った記章の裏――に付けると言った。

「みんなご苦労様。俺が居ない間も一人一人頑張っていたと聞いてるが、一先ずみんなで昼食だ。一人一人と話したい事もあるが――そうだな、後でゆっくりと聞かせてくれ!」

 正巳が言い終えると、皆が一様に揃って一礼を取った。
 中には一テンポ遅れている子もいたが、それはそれで微笑ましかった。

 にしても、ここまで揃って礼をされると、礼儀作法としては少しばかりやりすぎな気がする。子供達の教育について『これは正しいのか?』と不安になっていると、ミューが『必要な事です』と言って来た。

 ……まあ、其々の役割分担がある。

 俺は、俺のするべき事をやれば良いのかも知れない。

 納得したと見たのか、一息ついた正巳を見たミューは、耳に手を当てると何やら指示を出し始めた。少し聞こえてきた処で『二班から六班が先に先導開始、その後各員配置について下さい。次に七班から十二班も――……』と言っていた。

 ミューの指示を受けたのだろう。其々両脇に並んで居た給仕達が、其々後ろに並んだ子供達を誘導し始めた。給仕の子達の中でも、幼い部類の子達は先にテーブルに着席している。

 その他の給仕員達は、其々警護の子達を誘導している。

 どうやら、本格的な"給仕"のようだ。
 それこそ、そこら辺のレストランやホテルなどよりも、よっぽど鍛えられている。

 ……ホテル側に確かに"依頼"をしたが、飽くまでも少し"お手伝い"が出来るレベルを想像していたので、これほどまでに"実戦レベル"の給仕が出来るようになるとは想像していなかった。

 そんな、"プロレベル"の給仕員である子達の様子を見ていると、何となくハク爺に頼んでいた300人強の"警護員"の子供達についても、心配になって来た。

 只でさえ鍛えるのが好きなハク爺の事だ……今回出発前のノリノリだった様子を思い出して、やり過ぎていはしないか、心配になって来た。

 子供達が突然『拳で語り合おうゼ』などと言い出したら、ちょっと困る。

 ……困ると言うか、ちょっと嫌かも知れない。

 席に着いたり、仕事に移り始めた子供達を見ながらそんな事を考えていると、ハク爺がハクエンやアキラを連れて歩いて来た。

 今気が付いたが、デウの胸元にも記章が付けられていた。デウの記章には花や何かの刻印は無く、シンプルなモノだった。

 デウの横にはハクエンが居た。

 そのハクエンの腕には、いつの間にか居なくなっていたボス吉が納まっていた。
 小さなサイズになっているという事は、ハクエンの腕の中が気に入ったのだろう。

 ……確かに、サナに任せると少し怖いが、ハクエンのそっと抱くような様子を見ていると安心できる。何と言うか、"気遣い"がその仕草から感じられる。

 サナが不機嫌になるといけないので、自然にサナと手を握った。正巳がサナの手を握ると、何時の間に居たのか、ユミルが反対でサナの手を握っていた。

 ユミルは戦闘のスキルも勿論高いが、何より隠密行動にその優れた点があると思う。正巳でさえ、時々その姿を見失うことが有る。

 ……ユミルは、サナと握った反対の手で綾香と手を握っていた。

 そう言えば、ユミルが仲間になった事を正式には伝えていなかった。それに、そもそも綾香と皆は初対面の筈だ。

 十二人の給仕長達を含め、護衛長達とも、もう一度自己紹介をしておく必要があるだろうが、今は食事の前だ。大勢を集めての時間を取る訳には行かない。

 今は取り敢えず、ここに居るメンバーで済ませておけば良いだろう。
 軽く紹介を含めてユミルが正式に"仲間"に加わった事の紹介をした。

 すると、予め知っていた今井さんと上原先輩は『よろしく』と挨拶を交わしていた。が、ハク爺は『中々腕が立つと見受けるが、一度手合わせでも……』と始めたので、後でゆっくりして貰う事にした。

 一先ずユミルの紹介が終わったので、綾香の紹介を続けて行った。

「綾香――っと、こちら日木寄ヒキヨセ綾香だ」

 名前を呼んだ瞬間、綾香が飛びつくようにして来た。

「綾香です。お兄様に助けられた命ですので、精一杯お役に立ちたいと思います!」

 恐らくは、想像していなかったような事の連続だったのだろう。珍しく緊張していた綾香は、『よろしくお願いしますね』と頭を下げたのだが――

 今井さんが思わぬ反応をした。

「ん? ……その髪の"赤"は、染めたのかい?」
「いえ、そういう訳では無いのですが……。普段は黒いと思うのですが――お姉さま」

 今井さんをなんて呼べばよいのか一瞬迷ったようだったが、結局『お姉さま』と呼ぶ事にしたらしい。

 綾香の性格を考えると、これ迄は『お姉さま』と呼ばれる側だったのだろう。何となく、今井さんの事を『お姉さま』と呼んだ後、余韻に浸っているような様子が見て取れる。

 そんな様子を見ながら(綾香も上手く馴染めそうだな)と考えていたのだが、今井さんが顎に手を当てた後に言った言葉で、正巳は余裕を見せている場合では無くなった。

 今井はその"現象"と、先に見せて貰っていたマムの作成した"映画"の内容――[ある国の施設から子供を解放した後に、そのまま全翼機"ブラック"に乗り込み、その後日本の上空から高高度落下傘HALOする正巳達の姿とその顛末]――を思い出し、映像になっていなかった部分の"空白"を埋めて行った。

 現象については、半年前に"治療薬"を開発した際に、マムによって検証報告されていた。その報告には、正巳が人体実験を受けた結果得た"変異の結果"と、補足的に添えられたサナやテンの"実験データ"も一緒に記載されていた。

 ――そして、問題の"空白"だが……

 これまで正巳やサナの活躍の様子は、"ヤモ吉"やその施設に存在する"電子機器類"で撮影していた。しかし、この時正巳が綾香に施した"治療"の様子は、マムの判断で消去されていた。

 これは、正巳の思考を先読みしたマムが、『望まない情報の削除』をした為だった。しかし、今井はその"消された情報"の部分を補ってしまっていた。

 ――変異には、引き金となる薬品"治療薬"が必要で、同様に一定以上の遺伝子情報が不可欠だ。もし、外部から遺伝子情報を摂取するとしても、その機会は幾つも無い。

 仮に、正巳が綾香に治療薬を与えていたとして、正巳の"特異体質"である激情による赤、いや、"紅髪"への変化を受け継ぐには……――

「そうだね、"直接"以外にないか……」

 全てが繋がった今井は、少しばかり悪戯をするような表情を浮かべると、言った。

「さて、正巳君。綾香君に"治療薬"を飲ませた事は知っているが、その際に何か情報……そう、"生体遺伝子の情報"を加えたりしたかい?」

 今井の言葉を聞いた正巳は、脳裏に綾香に治療薬を飲ませた時の事を思い出していた。そして、その時綾香がどの様な状態にあり、どの様にして綾香に"治療薬"を飲ませたのかも。

 視線が泳いだ正巳だったが、観念して言った。

「それしか方法が無かったんです」

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