『 インパルス 』 ~宝くじで900億円当たったから、理想の国を作ることにした~

時雲

149話 ここが我が家だ

 王子達と別れてから30分程経った処で、マムから"相談"があった。何やら重要な内容らしかったので、操縦室コクピットへと移動して話していた。

 ……"相談"と言うよりは、"報告"に近かった。

 マムが言うには、"衛星"の基本設計が完了したらしい。

 ……うん。

 何と言うか、この前の"調査報告"で俺が言った『監視衛星が自前で欲しい』と言う言葉を受けて、今井さんと一緒に色々と進めたらしい。

 それで、基本設計……つまり、最低限必要な部分の機能は準備出来たと。

 残りは、これから追加で、必要な"機能設計"をして行くらしい。

 それに、『基本設計を終えた』とは言っても、シミュレーターでしか試していないらしく、試作機を作成して試す必要もあるみたいだ。

 詳しい部分では口の出しようが無いので、取り敢えず問題になりそうな部分だけ、報告をする様に言っておいた。

 ……まあ、流石に直ぐに発射実験はしないだろうから、暫く先の話だとは思うが。

「それと、別件になりますが、前回報告していた件に関して、動きが有ったんですが……」
「ん? 衛星の件以外で、か?」

「はい。ですが、その前にパパが話していた『宇宙のロマン』の話を聞きたいです!」

 ……どうやら、『後で話す』と言っていた"宇宙の話"の続きを、今ここで聞きたいらしい。俺としては、マムが言った"前回報告していた件"とやらの続きが気になるのだが……

 その"前回の件"が、何の件を指しているのかも、まだ聞いていない。もし、何か緊急性のある話だったら、後々困った事になる可能性が有る。

 マムには悪いが、ロマンの話は優先順位が下だ。

「マム、前回報告していた件での"動き"とは何の事かだけ、それだけ教えてくれ。そうすれば、続きを話してやれるから……」

 一応、『気になって話が出来ない』と云う体を取る事にした。

 すると、狙い通りマムが話し出した。

「分かりました! ……えっとですね、前回の報告の時に"鈴屋"の動きを把握する様に、パパから"任務"を受けました」

 ……確か、岡本部長と道尊寺防衛大臣に次いで、人身売買組織の黒幕だったと聞いていた。

「ああ、そうだな。その"監視"の流れで、今回の衛星の話になったんだったな」
「はい。それで、世界中の電子機器から情報を集めていた処、鈴屋は最近とある国と接触していました」

 ……確か、以前報告を受けた際にも、既に幾つもの国と鈴屋が、交流を持っている事が分かっていた筈だ。それなのに、ここに来てわざわざ最近・・と言うからには、何か理由があるのだろう。

「その国とは?」

「はい。その国とは……――」

 その後、マムが口にした名前を聞いた正巳は、小さくない驚きを受けていた。しかし、それ以前の出来事を考えた時、確かに有る程度は予測できた事に、気が付いたのだった。

「……これは、近いうちに何かあるかもな」
「はい。恐らく、相手が"気付く"のに、それ程時間が掛からないかと思います」

 ここで言っている『気付く』と言うのは、某国と鈴屋が共通の敵となった正巳おれ達に、気が付くという意味だ。

「……何かして来ると思うか?」
「はい。何らかの形で報復、或いは襲撃、若しくは政治的に……」

 今回鈴屋が接触したのは、某国の要人だ。
 ――とは言っても、単に接触したのでは、それ程警戒する必要は無い。

 しかし、その国と正巳達の間には、小さくない因縁があった。
 その因縁は、決して小さくない。

 某国はそれで、大きな商機を失い、更には多大な損害を被ったのだから……

「準備が済むまでは、バランスを保つ他ないな……今は、まだ足りない」

 現状を考えた時、どうしても不安要素が大きかった。

 この不安要素を取り除くには、いくつか方法があるが――

「そうだな……」

 少し考えた後で、より可能性が高く、つぶしが利く方法を選んだ。

「道尊寺について、少し用意して欲しいことが有るんだが……」

 ここ半年間で、正巳達は確かに"経験"を積んだ。
 しかし、その経験は飽くまでも土台となる経験だ。

 これから行うのは、単に武力に頼れば解決するような、単純な世界の話では無い。
 武力的な面だけで見ると、単独での武力は、それなりのモノと成っただろう。

 しかし、組織として考えた時に、あらゆる側面での"備え"が足りない。

 武力に於いては、実際に行使する武力よりも、抑止的な武力の方が重要だ。
 その抑止の為の武力は、ある一面で"実戦"を意識できる形で、示す必要がある。

 よく、『核の傘が広がっている』と言う表現を聞くことが有るが、核の力はその歴史から伺う事が出来る。

 端的に言えば、結果を想像するのが容易なのだ。
 これが、お互いを牽制する"抑止力"となっている。

 また、他の面から今後を考えると、正巳達は今後、他の国家と敵対する可能性が考えられる。その場合、正巳達の住んでいる"日本"と言う国は、正巳達を吸収するか、分離する必要がある。

 これは、一つの国家として内と外を明確にする面から、当然な行動なのだ。そこで、"吸収"つまり、国の一部に入る事を甘受かんじゅするのであれば、特に何かを備える必要はない。

 ただ、国が用意するモノにより頼めば良い。

 しかし、もし国に吸収される道を選ぶというのであれば、その場合、国の方針に完全に従うという事になる。つまり、敵対国家が『一部人間の引き渡し』を要求してきた場合に、問題となるのだ。

 国は、国民の最大利益を求める。

 そして、その国民を分かり易く言うと、国の国籍を所有している者の事だ。

 つまり、極限的に言うと、国は国籍の有無で、人をより分ける場合が有るのだ。

 ……これが困る。

 ウチには、サナやデウを始めとした、他の国籍の人々が居る。中には、どの国の国籍を持っているのか、果たして国籍自体持っているかすら、分からない子供すら居る。

 だから、ほぼ確実にもう一方……国に吸収されない、国から独立する方を選ぶ事になるのだ。それは、何を示すか――それは、国内に存在する、全ての便利なサービスが利用出来なくなる可能性を、示しているのだ。

 一番に困るのは、『衣、食、住』の内、『食』が問題となるだろう。

 『衣』と『住』に関しては、ある程度如何にか用意する事が出来る。
 『住』に関しては、多少不安要素があるが、その辺りは考えが有る。

 しかし――
 『食』に関しては完全に、外から買うか、自分達で生産するかしか無い。

 『食』は、普通の人間にとっては命に直結する事だ。

 正巳自身は、半年前から不思議と、食べなくとも数カ月は問題ない体になっていた。しかし、それは正巳だけで、他の子供や大人たちは食べる必要がある。

 食を握られるという事は、自分達の命を握られるという事だ。
 早急に、如何にかする必要がある。

 たしか、その辺りは工場で野菜を作る技術が、進んでいた筈だ。
 マムに、優先順位度を高めで指示すれば良いだろう。

 ……これで、『食』の問題が解決されたとすると、次は『住』の問題とも関連してくる話だ。

 その問題とは、外的要因が現れた時に、そちらに集中できるようにする事。つまり、後ろから刺されないようにする事だ。

 ……ここで言う"後ろ"とは、"敵ではない相手"つまり、日本政府からの横やりの事だ。

 日本政府には、少なくとも『我関せず』の立場でいて貰わなくては困る。それでいて、もし可能であれば『擁護』や『支援』する立ち位置に、居て貰う必要が有るのだ。

 しかし、現状ではそう言った『政治的な下地づくり』が著しく欠けている。
 だから――

「先ず、拘留中の道尊寺の息子についてだが……」

 ……もし、その"時"が来なければ其れはそれで良い。
 全ては『備えあれば憂いなし』失わない為の備えなのだ。

 この先の"時"に備えて、一つ一つ"準備"を始めたのだった。

 ――――

 その後、一時間余りに渡って、細かい調整と確認を行っていた。
 その甲斐あって、ある程度は見通しを立てる事が出来た。

 政治的な面、そして、『衣、食、住』の面で、方針と状況が把握できて来た。

 ――いや、把握出来たばかりでは無い。

 なんと驚いた事に、『食』の問題がある程度、既に解決に有る事が分かったのだ。

 ……これには驚いた。

 マムに、『食物を生産する必要があるが、丁度良い技術はあるか?』と聞いた所、『それは、食物プラントの事でしょうか? それなら、既にマスターが数カ月前に"拠点"の方で、試していましたよ?』と答えが有ったのだ。

 詳しく話を聞くと、どうやら『給仕担当のミューから、上原先輩が"食べ物を用意する手段"についての相談が有った。その相談を受けた上原先輩は、今後の事をマムに聞いた上で、今井さんに相談した。上原先輩から相談を受けた今井さんは、マムと共に食物の生産についての研究と、実験を始めた……』と言う事らしかった。

 ミューと云うのは、某国から助け出して来た少年少女達の内の一人だ。
 金髪碧眼で、"ホテル"での研修を受ける以前から、ある程度基本的なマナーが身に付いていたという少年だった筈だ。

 ……いや、少女・・だったか?
 中性的な子供という事は覚えている。

 ザイから『ミューが頑張っている』と聞いたのもつい最近の事だったので、覚えている。その少年が、今回の発端となったらしい。

 まあ、発端は兎も角として、現状では飽くまでも"実験"と言う話だ。正確な状況を把握する為に、その生産量と生産可能な食物に関して、その実状・・を聞いた。

 すると―― 『生産量に関しては、通常の3倍の速さで収穫可能』そして、『生産対象は、一般野菜から穀物迄対応している』と言う事だった。

 加えて、既にホテルでの食事は、新しく生産した食物を、使っているらしかった。つまり、最高級ホテルで出すのに問題ない品質で、生産が行われているという事だ。

 ……後は、動物性タンパク質さえあれば、全く問題が無いだろう。

 ――と言う事で、知らぬ間に一つの問題が解決されていた。

 結果から見ると、現状の問題点を報告した"ミュー"は偉かったし、その相談を受けた上原先輩は、今後の"流れ"を考えていて、流石だった。

 そして、上原先輩から相談を受けた今井さんは、実際に解決する手段をマムと共に、生み出してしまった。もし何処か一つでも欠けていたら、このような結果にはならなかっただろう。

 ……ミューがした一つの行動が、全ての元だった。
 帰ったら、ミューのお願いを何か聞いてあげよう。

 ――と、まあこんな感じで、大きな収穫が有った。

 それに、どうやら上原先輩は、拠点を建設する際に、色々と副産物を得ていたらしかった。"副産物"とは言っても、金品の類では無い。

 それは、主に地方(村長)と国政に関わっている代議士……国会議員との"癒着"や"不正"の書類などの"証拠"だった。

 書類などの現物での"証拠"が、上原先輩の手元に有るという事にも驚いたが、その内容が『契約の判を押した書類一覧』と言う事にも驚かされた。

 普通、そういった類のものは金庫に預けたり、処分してしまったりすると思うのだが……どうやら、村長らはいざと言う時の為に残して置いたらしかった。

 ……恐らく、村長らと代議士――道尊寺とその側近達の間には、信頼関係と呼べるようなモノは無かったのだろう。

 何はともあれ、上原先輩はそこら辺の交渉を、上手くまとめていたらしい。

 マム曰く、『飴を取るか、破滅を取るか選ばせていた』らしい。
 例えこそ物騒だが、要は協力して利益を得るか、対立して争うかを提示したらしい。

 ……上原先輩は、そこら辺の"交渉"が上手い。
 それこそ、俺の入社した時の教育係は上原先輩だったぐらいだ。

 今考えると、一人で新入社員全員を教育していたのだから、大したものだと思う。

 ……と、まあ先輩の優秀さが発揮されたわけだが、今回手に入れた証拠類は、今後の『政治的な側面』で大変役に立つ可能性が有る。

 今回の証拠が"交渉の切り札"として、使えるかも知れないのだ。

 政府と交渉するに際して、これ迄用意した"証拠"である"電子データ"が『捏造された物だ!』と言われれば、現物が役に立つ。

 まさか、こちらが現物を抑えているとは、思わないだろう。

 何にしても、一番大きな交渉材料は、防衛相が――防衛大臣が進めていた"キメラ兵器購入取引"の事実だ。これは、倫理的にも問題は大きく、外的に軍事的緊張を生むという面からも、政府の秘匿順位は相当に高い筈だ……。

 政府との交渉は、日本と云う国家と正巳達との関係に関しての"調整"を行うモノで、場合によっては非公式での"契約"を結ぶ必要が有るかも知れない。しかし、この調整さえ済んでしまえば、世界でも屈指の経済大国からの、後ろ盾を得る事が出来る。

 全ては、政府側との交渉に掛かっている。 
 そして、既に政府側へは面会の打診を済ませている。

 今後、遠くない内に、政府側から何らかのアクションが有るだろう。

 政府に面会の打診をして貰った際に、『無視できない情報』を盛り込むように言っておいた。現在、政府内は二つの巨大な派閥に分かれているが、その現状に合って重要な意味を持つ情報だ。

 後は、道尊寺防衛大臣に関してだが、その息子に関してはこちら側が握っている。もし、今後必要になれば、"道尊寺への切り札"として使う用意がある。

 ……余程のクズでなければ、自分の息子を助けようとするだろう。

 道尊寺の息子に関しては、ホテルの更生施設での"再教育"が進んでいるみたいだ。

 果たして、どの様な"再教育"をしているのかは分からないが、少なくとも幾分かはまし・・になっているに違いない。

 因みにだが、マムに『どんな更生プログラムなんだ?』と聞いた所、その内容は『華道の修行』とか『断食』とかいった、少し想像と違う内容だった。

 まあ兎も角、これで一先ず政治的な面においての"下地づくり"は、一歩進んだ。

 ――

 残るは、内部向けだが……今井さんと先輩を含めた何人かで、"情報共有"と"振り当て"を行う必要がある。そうなって来ると、必要になるのが――

「……うん。そろそろきちんと、担当毎に責任者を立てた方が良いよな」
「責任者、なのですか?」

 マムが、不思議そうに聞いて来る。

「ああ、俺達も一つの"組織"になって来たからな。部門を作って、責任者を立てた方が良いだろうと思ってな。そうだな……まあ、大凡おおよその所は考えてあるから、戻ったら先ずその事からだな」

 どんな組織でも"役割"がある。
 そして、規模が大きくなり、必要な役割が増えれば増えるほど、責任の所在が重要となる。

 責任が明確化される事で、問題が起きた際に、その対処が簡潔になる。責任のある処には、その責任に応じた決定権が有る。

 決定権を現場の責任者が持つ事で、有事の際や小事しょうじを決める際に、現場毎に柔軟でスムーズな対応が取れるようになるのだ。

 ここで重要なのが、"責任"と言っても、別に問題が起きた際に"裁く"為に責任を明確にするわけではない。ここが、一般的な組織と正巳達の構成している組織との違いだろう。

 当然、何か問題行動が有れば、其々対処をしていく事にはなるだろうが……

 何にせよ組織の健全な・・・仕組みづくりは、意識して行う必要がある。

 正巳は頭の中で組織図を描き始めていたが、その殆どは、其々の適性を考えてのモノだった。そして、その中に於いて正巳は、自分の立ち位置について決められないでいた。

「そう言えば、俺ってどんな立ち位置なんだろうな……」

 そんな事を呟いていた正巳だったが、不意に鳴り始めた"着陸準備"のブザー音に(いよいよ戻って来たな……)と、半年ぶりになるホテルへの帰還に意識を移し始めたのだった。

 ――
 それ迄操縦室に籠っていた正巳だったが、二度目のブザー音が鳴り始めた処で、外へと出た。すると、すぐ後ろの席にサナとボス吉が座っていた。

 ボス吉は相変わらず飛行機が苦手な様だった。

 サナが『お兄ちゃん!』と言って、機体の後方を指差した。

 そこには、既に降機準備の出来た面々が揃っていた。

 その中には、綾香と共に助け出した少年少女も居る。二人とも、救出した時と比べると、ずいぶん良い表情を浮かべるようになった。

 ホテルに戻れば、同じような境遇にありながらも前を向く子供達が居る。恐らくは、近い将来幸せから来る笑顔が浮かべられるようになるだろう。

 そんな様子を見ながら、言った。

「さあ、帰ろうか!」

 言ってから、隣に来た綾香を見て『綾香も"ようこそ"だな』と言うと、綾香は『お世話になります、お兄様!』と言って微笑んだ。

 その赤みがかった髪は、光を受けて淡くそよいでいた。



 ――
 行きと比べて、帰りは二人増えていた。

 その一人は、半年前飛行機の窓から見送った女性だった。
 女性はいま、自身が命を張って助け出した少女と共に居た。


 ――柔らかい笑顔を向けて、言った。

「これからお世話になります」

 着陸態勢に入った中、少しはにかむと答えた――

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