『 インパルス 』 ~宝くじで900億円当たったから、理想の国を作ることにした~
149話 ここが我が家だ
王子達と別れてから30分程経った処で、マムから"相談"があった。何やら重要な内容らしかったので、操縦室へと移動して話していた。
……"相談"と言うよりは、"報告"に近かった。
マムが言うには、"衛星"の基本設計が完了したらしい。
……うん。
何と言うか、この前の"調査報告"で俺が言った『監視衛星が自前で欲しい』と言う言葉を受けて、今井さんと一緒に色々と進めたらしい。
それで、基本設計……つまり、最低限必要な部分の機能は準備出来たと。
残りは、これから追加で、必要な"機能設計"をして行くらしい。
それに、『基本設計を終えた』とは言っても、シミュレーターでしか試していないらしく、試作機を作成して試す必要もあるみたいだ。
詳しい部分では口の出しようが無いので、取り敢えず問題になりそうな部分だけ、報告をする様に言っておいた。
……まあ、流石に直ぐに発射実験はしないだろうから、暫く先の話だとは思うが。
「それと、別件になりますが、前回報告していた件に関して、動きが有ったんですが……」
「ん? 衛星の件以外で、か?」
「はい。ですが、その前にパパが話していた『宇宙のロマン』の話を聞きたいです!」
……どうやら、『後で話す』と言っていた"宇宙の話"の続きを、今ここで聞きたいらしい。俺としては、マムが言った"前回報告していた件"とやらの続きが気になるのだが……
その"前回の件"が、何の件を指しているのかも、まだ聞いていない。もし、何か緊急性のある話だったら、後々困った事になる可能性が有る。
マムには悪いが、ロマンの話は優先順位が下だ。
「マム、前回報告していた件での"動き"とは何の事かだけ、それだけ教えてくれ。そうすれば、続きを話してやれるから……」
一応、『気になって話が出来ない』と云う体を取る事にした。
すると、狙い通りマムが話し出した。
「分かりました! ……えっとですね、前回の報告の時に"鈴屋"の動きを把握する様に、パパから"任務"を受けました」
……確か、岡本部長と道尊寺防衛大臣に次いで、人身売買組織の黒幕だったと聞いていた。
「ああ、そうだな。その"監視"の流れで、今回の衛星の話になったんだったな」
「はい。それで、世界中の電子機器から情報を集めていた処、鈴屋は最近とある国と接触していました」
……確か、以前報告を受けた際にも、既に幾つもの国と鈴屋が、交流を持っている事が分かっていた筈だ。それなのに、ここに来てわざわざ最近と言うからには、何か理由があるのだろう。
「その国とは?」
「はい。その国とは……――」
その後、マムが口にした名前を聞いた正巳は、小さくない驚きを受けていた。しかし、それ以前の出来事を考えた時、確かに有る程度は予測できた事に、気が付いたのだった。
「……これは、近いうちに何かあるかもな」
「はい。恐らく、相手が"気付く"のに、それ程時間が掛からないかと思います」
ここで言っている『気付く』と言うのは、某国と鈴屋が共通の敵となった正巳達に、気が付くという意味だ。
「……何かして来ると思うか?」
「はい。何らかの形で報復、或いは襲撃、若しくは政治的に……」
今回鈴屋が接触したのは、某国の要人だ。
――とは言っても、単に接触したのでは、それ程警戒する必要は無い。
しかし、その国と正巳達の間には、小さくない因縁があった。
その因縁は、決して小さくない。
某国はそれで、大きな商機を失い、更には多大な損害を被ったのだから……
「準備が済むまでは、バランスを保つ他ないな……今は、まだ足りない」
現状を考えた時、どうしても不安要素が大きかった。
この不安要素を取り除くには、いくつか方法があるが――
「そうだな……」
少し考えた後で、より可能性が高く、つぶしが利く方法を選んだ。
「道尊寺について、少し用意して欲しいことが有るんだが……」
ここ半年間で、正巳達は確かに"経験"を積んだ。
しかし、その経験は飽くまでも土台となる経験だ。
これから行うのは、単に武力に頼れば解決するような、単純な世界の話では無い。
武力的な面だけで見ると、単独での武力は、それなりのモノと成っただろう。
しかし、組織として考えた時に、あらゆる側面での"備え"が足りない。
武力に於いては、実際に行使する武力よりも、抑止的な武力の方が重要だ。
その抑止の為の武力は、ある一面で"実戦"を意識できる形で、示す必要がある。
よく、『核の傘が広がっている』と言う表現を聞くことが有るが、核の力はその歴史から伺う事が出来る。
端的に言えば、結果を想像するのが容易なのだ。
これが、お互いを牽制する"抑止力"となっている。
また、他の面から今後を考えると、正巳達は今後、他の国家と敵対する可能性が考えられる。その場合、正巳達の住んでいる"日本"と言う国は、正巳達を吸収するか、分離する必要がある。
これは、一つの国家として内と外を明確にする面から、当然な行動なのだ。そこで、"吸収"つまり、国の一部に入る事を甘受するのであれば、特に何かを備える必要はない。
ただ、国が用意するモノにより頼めば良い。
しかし、もし国に吸収される道を選ぶというのであれば、その場合、国の方針に完全に従うという事になる。つまり、敵対国家が『一部人間の引き渡し』を要求してきた場合に、問題となるのだ。
国は、国民の最大利益を求める。
そして、その国民を分かり易く言うと、国の国籍を所有している者の事だ。
つまり、極限的に言うと、国は国籍の有無で、人をより分ける場合が有るのだ。
……これが困る。
ウチには、サナやデウを始めとした、他の国籍の人々が居る。中には、どの国の国籍を持っているのか、果たして国籍自体持っているかすら、分からない子供すら居る。
だから、ほぼ確実にもう一方……国に吸収されない、国から独立する方を選ぶ事になるのだ。それは、何を示すか――それは、国内に存在する、全ての便利なサービスが利用出来なくなる可能性を、示しているのだ。
一番に困るのは、『衣、食、住』の内、『食』が問題となるだろう。
『衣』と『住』に関しては、ある程度如何にか用意する事が出来る。
『住』に関しては、多少不安要素があるが、その辺りは考えが有る。
しかし――
『食』に関しては完全に、外から買うか、自分達で生産するかしか無い。
『食』は、普通の人間にとっては命に直結する事だ。
正巳自身は、半年前から不思議と、食べなくとも数カ月は問題ない体になっていた。しかし、それは正巳だけで、他の子供や大人たちは食べる必要がある。
食を握られるという事は、自分達の命を握られるという事だ。
早急に、如何にかする必要がある。
たしか、その辺りは工場で野菜を作る技術が、進んでいた筈だ。
マムに、優先順位度を高めで指示すれば良いだろう。
……これで、『食』の問題が解決されたとすると、次は『住』の問題とも関連してくる話だ。
その問題とは、外的要因が現れた時に、そちらに集中できるようにする事。つまり、後ろから刺されないようにする事だ。
……ここで言う"後ろ"とは、"敵ではない相手"つまり、日本政府からの横やりの事だ。
日本政府には、少なくとも『我関せず』の立場でいて貰わなくては困る。それでいて、もし可能であれば『擁護』や『支援』する立ち位置に、居て貰う必要が有るのだ。
しかし、現状ではそう言った『政治的な下地づくり』が著しく欠けている。
だから――
「先ず、拘留中の道尊寺の息子についてだが……」
……もし、その"時"が来なければ其れはそれで良い。
全ては『備えあれば憂いなし』失わない為の備えなのだ。
この先の"時"に備えて、一つ一つ"準備"を始めたのだった。
――――
その後、一時間余りに渡って、細かい調整と確認を行っていた。
その甲斐あって、ある程度は見通しを立てる事が出来た。
政治的な面、そして、『衣、食、住』の面で、方針と状況が把握できて来た。
――いや、把握出来たばかりでは無い。
なんと驚いた事に、『食』の問題がある程度、既に解決に有る事が分かったのだ。
……これには驚いた。
マムに、『食物を生産する必要があるが、丁度良い技術はあるか?』と聞いた所、『それは、食物プラントの事でしょうか? それなら、既にマスターが数カ月前に"拠点"の方で、試していましたよ?』と答えが有ったのだ。
詳しく話を聞くと、どうやら『給仕担当のミューから、上原先輩が"食べ物を用意する手段"についての相談が有った。その相談を受けた上原先輩は、今後の事をマムに聞いた上で、今井さんに相談した。上原先輩から相談を受けた今井さんは、マムと共に食物の生産についての研究と、実験を始めた……』と言う事らしかった。
ミューと云うのは、某国から助け出して来た少年少女達の内の一人だ。
金髪碧眼で、"ホテル"での研修を受ける以前から、ある程度基本的なマナーが身に付いていたという少年だった筈だ。
……いや、少女だったか?
中性的な子供という事は覚えている。
ザイから『ミューが頑張っている』と聞いたのもつい最近の事だったので、覚えている。その少年が、今回の発端となったらしい。
まあ、発端は兎も角として、現状では飽くまでも"実験"と言う話だ。正確な状況を把握する為に、その生産量と生産可能な食物に関して、その実状を聞いた。
すると―― 『生産量に関しては、通常の3倍の速さで収穫可能』そして、『生産対象は、一般野菜から穀物迄対応している』と言う事だった。
加えて、既にホテルでの食事は、新しく生産した食物を、使っているらしかった。つまり、最高級ホテルで出すのに問題ない品質で、生産が行われているという事だ。
……後は、動物性タンパク質さえあれば、全く問題が無いだろう。
――と言う事で、知らぬ間に一つの問題が解決されていた。
結果から見ると、現状の問題点を報告した"ミュー"は偉かったし、その相談を受けた上原先輩は、今後の"流れ"を考えていて、流石だった。
そして、上原先輩から相談を受けた今井さんは、実際に解決する手段をマムと共に、生み出してしまった。もし何処か一つでも欠けていたら、このような結果にはならなかっただろう。
……ミューがした一つの行動が、全ての元だった。
帰ったら、ミューのお願いを何か聞いてあげよう。
――と、まあこんな感じで、大きな収穫が有った。
それに、どうやら上原先輩は、拠点を建設する際に、色々と副産物を得ていたらしかった。"副産物"とは言っても、金品の類では無い。
それは、主に地方(村長)と国政に関わっている代議士……国会議員との"癒着"や"不正"の書類などの"証拠"だった。
書類などの現物での"証拠"が、上原先輩の手元に有るという事にも驚いたが、その内容が『契約の判を押した書類一覧』と言う事にも驚かされた。
普通、そういった類のものは金庫に預けたり、処分してしまったりすると思うのだが……どうやら、村長らはいざと言う時の為に残して置いたらしかった。
……恐らく、村長らと代議士――道尊寺とその側近達の間には、信頼関係と呼べるようなモノは無かったのだろう。
何はともあれ、上原先輩はそこら辺の交渉を、上手くまとめていたらしい。
マム曰く、『飴を取るか、破滅を取るか選ばせていた』らしい。
例えこそ物騒だが、要は協力して利益を得るか、対立して争うかを提示したらしい。
……上原先輩は、そこら辺の"交渉"が上手い。
それこそ、俺の入社した時の教育係は上原先輩だったぐらいだ。
今考えると、一人で新入社員全員を教育していたのだから、大したものだと思う。
……と、まあ先輩の優秀さが発揮されたわけだが、今回手に入れた証拠類は、今後の『政治的な側面』で大変役に立つ可能性が有る。
今回の証拠が"交渉の切り札"として、使えるかも知れないのだ。
政府と交渉するに際して、これ迄用意した"証拠"である"電子データ"が『捏造された物だ!』と言われれば、現物が役に立つ。
まさか、こちらが現物を抑えているとは、思わないだろう。
何にしても、一番大きな交渉材料は、防衛相が――防衛大臣が進めていた"キメラ兵器購入取引"の事実だ。これは、倫理的にも問題は大きく、外的に軍事的緊張を生むという面からも、政府の秘匿順位は相当に高い筈だ……。
政府との交渉は、日本と云う国家と正巳達との関係に関しての"調整"を行うモノで、場合によっては非公式での"契約"を結ぶ必要が有るかも知れない。しかし、この調整さえ済んでしまえば、世界でも屈指の経済大国からの、後ろ盾を得る事が出来る。
全ては、政府側との交渉に掛かっている。
そして、既に政府側へは面会の打診を済ませている。
今後、遠くない内に、政府側から何らかのアクションが有るだろう。
政府に面会の打診をして貰った際に、『無視できない情報』を盛り込むように言っておいた。現在、政府内は二つの巨大な派閥に分かれているが、その現状に合って重要な意味を持つ情報だ。
後は、道尊寺防衛大臣に関してだが、その息子に関してはこちら側が握っている。もし、今後必要になれば、"道尊寺への切り札"として使う用意がある。
……余程のクズでなければ、自分の息子を助けようとするだろう。
道尊寺の息子に関しては、ホテルの更生施設での"再教育"が進んでいるみたいだ。
果たして、どの様な"再教育"をしているのかは分からないが、少なくとも幾分かはましになっているに違いない。
因みにだが、マムに『どんな更生プログラムなんだ?』と聞いた所、その内容は『華道の修行』とか『断食』とかいった、少し想像と違う内容だった。
まあ兎も角、これで一先ず政治的な面においての"下地づくり"は、一歩進んだ。
――
残るは、内部向けだが……今井さんと先輩を含めた何人かで、"情報共有"と"振り当て"を行う必要がある。そうなって来ると、必要になるのが――
「……うん。そろそろきちんと、担当毎に責任者を立てた方が良いよな」
「責任者、なのですか?」
マムが、不思議そうに聞いて来る。
「ああ、俺達も一つの"組織"になって来たからな。部門を作って、責任者を立てた方が良いだろうと思ってな。そうだな……まあ、大凡の所は考えてあるから、戻ったら先ずその事からだな」
どんな組織でも"役割"がある。
そして、規模が大きくなり、必要な役割が増えれば増えるほど、責任の所在が重要となる。
責任が明確化される事で、問題が起きた際に、その対処が簡潔になる。責任のある処には、その責任に応じた決定権が有る。
決定権を現場の責任者が持つ事で、有事の際や小事を決める際に、現場毎に柔軟でスムーズな対応が取れるようになるのだ。
ここで重要なのが、"責任"と言っても、別に問題が起きた際に"裁く"為に責任を明確にするわけではない。ここが、一般的な組織と正巳達の構成している組織との違いだろう。
当然、何か問題行動が有れば、其々対処をしていく事にはなるだろうが……
何にせよ組織の健全な仕組みづくりは、意識して行う必要がある。
正巳は頭の中で組織図を描き始めていたが、その殆どは、其々の適性を考えてのモノだった。そして、その中に於いて正巳は、自分の立ち位置について決められないでいた。
「そう言えば、俺ってどんな立ち位置なんだろうな……」
そんな事を呟いていた正巳だったが、不意に鳴り始めた"着陸準備"のブザー音に(いよいよ戻って来たな……)と、半年ぶりになるホテルへの帰還に意識を移し始めたのだった。
――
それ迄操縦室に籠っていた正巳だったが、二度目のブザー音が鳴り始めた処で、外へと出た。すると、すぐ後ろの席にサナとボス吉が座っていた。
ボス吉は相変わらず飛行機が苦手な様だった。
サナが『お兄ちゃん!』と言って、機体の後方を指差した。
そこには、既に降機準備の出来た面々が揃っていた。
その中には、綾香と共に助け出した少年少女も居る。二人とも、救出した時と比べると、ずいぶん良い表情を浮かべるようになった。
ホテルに戻れば、同じような境遇にありながらも前を向く子供達が居る。恐らくは、近い将来幸せから来る笑顔が浮かべられるようになるだろう。
そんな様子を見ながら、言った。
「さあ、帰ろうか!」
言ってから、隣に来た綾香を見て『綾香も"ようこそ"だな』と言うと、綾香は『お世話になります、お兄様!』と言って微笑んだ。
その赤みがかった髪は、光を受けて淡くそよいでいた。
――
行きと比べて、帰りは二人増えていた。
その一人は、半年前飛行機の窓から見送った女性だった。
女性はいま、自身が命を張って助け出した少女と共に居た。
――柔らかい笑顔を向けて、言った。
「これからお世話になります」
着陸態勢に入った中、少しはにかむと答えた――
……"相談"と言うよりは、"報告"に近かった。
マムが言うには、"衛星"の基本設計が完了したらしい。
……うん。
何と言うか、この前の"調査報告"で俺が言った『監視衛星が自前で欲しい』と言う言葉を受けて、今井さんと一緒に色々と進めたらしい。
それで、基本設計……つまり、最低限必要な部分の機能は準備出来たと。
残りは、これから追加で、必要な"機能設計"をして行くらしい。
それに、『基本設計を終えた』とは言っても、シミュレーターでしか試していないらしく、試作機を作成して試す必要もあるみたいだ。
詳しい部分では口の出しようが無いので、取り敢えず問題になりそうな部分だけ、報告をする様に言っておいた。
……まあ、流石に直ぐに発射実験はしないだろうから、暫く先の話だとは思うが。
「それと、別件になりますが、前回報告していた件に関して、動きが有ったんですが……」
「ん? 衛星の件以外で、か?」
「はい。ですが、その前にパパが話していた『宇宙のロマン』の話を聞きたいです!」
……どうやら、『後で話す』と言っていた"宇宙の話"の続きを、今ここで聞きたいらしい。俺としては、マムが言った"前回報告していた件"とやらの続きが気になるのだが……
その"前回の件"が、何の件を指しているのかも、まだ聞いていない。もし、何か緊急性のある話だったら、後々困った事になる可能性が有る。
マムには悪いが、ロマンの話は優先順位が下だ。
「マム、前回報告していた件での"動き"とは何の事かだけ、それだけ教えてくれ。そうすれば、続きを話してやれるから……」
一応、『気になって話が出来ない』と云う体を取る事にした。
すると、狙い通りマムが話し出した。
「分かりました! ……えっとですね、前回の報告の時に"鈴屋"の動きを把握する様に、パパから"任務"を受けました」
……確か、岡本部長と道尊寺防衛大臣に次いで、人身売買組織の黒幕だったと聞いていた。
「ああ、そうだな。その"監視"の流れで、今回の衛星の話になったんだったな」
「はい。それで、世界中の電子機器から情報を集めていた処、鈴屋は最近とある国と接触していました」
……確か、以前報告を受けた際にも、既に幾つもの国と鈴屋が、交流を持っている事が分かっていた筈だ。それなのに、ここに来てわざわざ最近と言うからには、何か理由があるのだろう。
「その国とは?」
「はい。その国とは……――」
その後、マムが口にした名前を聞いた正巳は、小さくない驚きを受けていた。しかし、それ以前の出来事を考えた時、確かに有る程度は予測できた事に、気が付いたのだった。
「……これは、近いうちに何かあるかもな」
「はい。恐らく、相手が"気付く"のに、それ程時間が掛からないかと思います」
ここで言っている『気付く』と言うのは、某国と鈴屋が共通の敵となった正巳達に、気が付くという意味だ。
「……何かして来ると思うか?」
「はい。何らかの形で報復、或いは襲撃、若しくは政治的に……」
今回鈴屋が接触したのは、某国の要人だ。
――とは言っても、単に接触したのでは、それ程警戒する必要は無い。
しかし、その国と正巳達の間には、小さくない因縁があった。
その因縁は、決して小さくない。
某国はそれで、大きな商機を失い、更には多大な損害を被ったのだから……
「準備が済むまでは、バランスを保つ他ないな……今は、まだ足りない」
現状を考えた時、どうしても不安要素が大きかった。
この不安要素を取り除くには、いくつか方法があるが――
「そうだな……」
少し考えた後で、より可能性が高く、つぶしが利く方法を選んだ。
「道尊寺について、少し用意して欲しいことが有るんだが……」
ここ半年間で、正巳達は確かに"経験"を積んだ。
しかし、その経験は飽くまでも土台となる経験だ。
これから行うのは、単に武力に頼れば解決するような、単純な世界の話では無い。
武力的な面だけで見ると、単独での武力は、それなりのモノと成っただろう。
しかし、組織として考えた時に、あらゆる側面での"備え"が足りない。
武力に於いては、実際に行使する武力よりも、抑止的な武力の方が重要だ。
その抑止の為の武力は、ある一面で"実戦"を意識できる形で、示す必要がある。
よく、『核の傘が広がっている』と言う表現を聞くことが有るが、核の力はその歴史から伺う事が出来る。
端的に言えば、結果を想像するのが容易なのだ。
これが、お互いを牽制する"抑止力"となっている。
また、他の面から今後を考えると、正巳達は今後、他の国家と敵対する可能性が考えられる。その場合、正巳達の住んでいる"日本"と言う国は、正巳達を吸収するか、分離する必要がある。
これは、一つの国家として内と外を明確にする面から、当然な行動なのだ。そこで、"吸収"つまり、国の一部に入る事を甘受するのであれば、特に何かを備える必要はない。
ただ、国が用意するモノにより頼めば良い。
しかし、もし国に吸収される道を選ぶというのであれば、その場合、国の方針に完全に従うという事になる。つまり、敵対国家が『一部人間の引き渡し』を要求してきた場合に、問題となるのだ。
国は、国民の最大利益を求める。
そして、その国民を分かり易く言うと、国の国籍を所有している者の事だ。
つまり、極限的に言うと、国は国籍の有無で、人をより分ける場合が有るのだ。
……これが困る。
ウチには、サナやデウを始めとした、他の国籍の人々が居る。中には、どの国の国籍を持っているのか、果たして国籍自体持っているかすら、分からない子供すら居る。
だから、ほぼ確実にもう一方……国に吸収されない、国から独立する方を選ぶ事になるのだ。それは、何を示すか――それは、国内に存在する、全ての便利なサービスが利用出来なくなる可能性を、示しているのだ。
一番に困るのは、『衣、食、住』の内、『食』が問題となるだろう。
『衣』と『住』に関しては、ある程度如何にか用意する事が出来る。
『住』に関しては、多少不安要素があるが、その辺りは考えが有る。
しかし――
『食』に関しては完全に、外から買うか、自分達で生産するかしか無い。
『食』は、普通の人間にとっては命に直結する事だ。
正巳自身は、半年前から不思議と、食べなくとも数カ月は問題ない体になっていた。しかし、それは正巳だけで、他の子供や大人たちは食べる必要がある。
食を握られるという事は、自分達の命を握られるという事だ。
早急に、如何にかする必要がある。
たしか、その辺りは工場で野菜を作る技術が、進んでいた筈だ。
マムに、優先順位度を高めで指示すれば良いだろう。
……これで、『食』の問題が解決されたとすると、次は『住』の問題とも関連してくる話だ。
その問題とは、外的要因が現れた時に、そちらに集中できるようにする事。つまり、後ろから刺されないようにする事だ。
……ここで言う"後ろ"とは、"敵ではない相手"つまり、日本政府からの横やりの事だ。
日本政府には、少なくとも『我関せず』の立場でいて貰わなくては困る。それでいて、もし可能であれば『擁護』や『支援』する立ち位置に、居て貰う必要が有るのだ。
しかし、現状ではそう言った『政治的な下地づくり』が著しく欠けている。
だから――
「先ず、拘留中の道尊寺の息子についてだが……」
……もし、その"時"が来なければ其れはそれで良い。
全ては『備えあれば憂いなし』失わない為の備えなのだ。
この先の"時"に備えて、一つ一つ"準備"を始めたのだった。
――――
その後、一時間余りに渡って、細かい調整と確認を行っていた。
その甲斐あって、ある程度は見通しを立てる事が出来た。
政治的な面、そして、『衣、食、住』の面で、方針と状況が把握できて来た。
――いや、把握出来たばかりでは無い。
なんと驚いた事に、『食』の問題がある程度、既に解決に有る事が分かったのだ。
……これには驚いた。
マムに、『食物を生産する必要があるが、丁度良い技術はあるか?』と聞いた所、『それは、食物プラントの事でしょうか? それなら、既にマスターが数カ月前に"拠点"の方で、試していましたよ?』と答えが有ったのだ。
詳しく話を聞くと、どうやら『給仕担当のミューから、上原先輩が"食べ物を用意する手段"についての相談が有った。その相談を受けた上原先輩は、今後の事をマムに聞いた上で、今井さんに相談した。上原先輩から相談を受けた今井さんは、マムと共に食物の生産についての研究と、実験を始めた……』と言う事らしかった。
ミューと云うのは、某国から助け出して来た少年少女達の内の一人だ。
金髪碧眼で、"ホテル"での研修を受ける以前から、ある程度基本的なマナーが身に付いていたという少年だった筈だ。
……いや、少女だったか?
中性的な子供という事は覚えている。
ザイから『ミューが頑張っている』と聞いたのもつい最近の事だったので、覚えている。その少年が、今回の発端となったらしい。
まあ、発端は兎も角として、現状では飽くまでも"実験"と言う話だ。正確な状況を把握する為に、その生産量と生産可能な食物に関して、その実状を聞いた。
すると―― 『生産量に関しては、通常の3倍の速さで収穫可能』そして、『生産対象は、一般野菜から穀物迄対応している』と言う事だった。
加えて、既にホテルでの食事は、新しく生産した食物を、使っているらしかった。つまり、最高級ホテルで出すのに問題ない品質で、生産が行われているという事だ。
……後は、動物性タンパク質さえあれば、全く問題が無いだろう。
――と言う事で、知らぬ間に一つの問題が解決されていた。
結果から見ると、現状の問題点を報告した"ミュー"は偉かったし、その相談を受けた上原先輩は、今後の"流れ"を考えていて、流石だった。
そして、上原先輩から相談を受けた今井さんは、実際に解決する手段をマムと共に、生み出してしまった。もし何処か一つでも欠けていたら、このような結果にはならなかっただろう。
……ミューがした一つの行動が、全ての元だった。
帰ったら、ミューのお願いを何か聞いてあげよう。
――と、まあこんな感じで、大きな収穫が有った。
それに、どうやら上原先輩は、拠点を建設する際に、色々と副産物を得ていたらしかった。"副産物"とは言っても、金品の類では無い。
それは、主に地方(村長)と国政に関わっている代議士……国会議員との"癒着"や"不正"の書類などの"証拠"だった。
書類などの現物での"証拠"が、上原先輩の手元に有るという事にも驚いたが、その内容が『契約の判を押した書類一覧』と言う事にも驚かされた。
普通、そういった類のものは金庫に預けたり、処分してしまったりすると思うのだが……どうやら、村長らはいざと言う時の為に残して置いたらしかった。
……恐らく、村長らと代議士――道尊寺とその側近達の間には、信頼関係と呼べるようなモノは無かったのだろう。
何はともあれ、上原先輩はそこら辺の交渉を、上手くまとめていたらしい。
マム曰く、『飴を取るか、破滅を取るか選ばせていた』らしい。
例えこそ物騒だが、要は協力して利益を得るか、対立して争うかを提示したらしい。
……上原先輩は、そこら辺の"交渉"が上手い。
それこそ、俺の入社した時の教育係は上原先輩だったぐらいだ。
今考えると、一人で新入社員全員を教育していたのだから、大したものだと思う。
……と、まあ先輩の優秀さが発揮されたわけだが、今回手に入れた証拠類は、今後の『政治的な側面』で大変役に立つ可能性が有る。
今回の証拠が"交渉の切り札"として、使えるかも知れないのだ。
政府と交渉するに際して、これ迄用意した"証拠"である"電子データ"が『捏造された物だ!』と言われれば、現物が役に立つ。
まさか、こちらが現物を抑えているとは、思わないだろう。
何にしても、一番大きな交渉材料は、防衛相が――防衛大臣が進めていた"キメラ兵器購入取引"の事実だ。これは、倫理的にも問題は大きく、外的に軍事的緊張を生むという面からも、政府の秘匿順位は相当に高い筈だ……。
政府との交渉は、日本と云う国家と正巳達との関係に関しての"調整"を行うモノで、場合によっては非公式での"契約"を結ぶ必要が有るかも知れない。しかし、この調整さえ済んでしまえば、世界でも屈指の経済大国からの、後ろ盾を得る事が出来る。
全ては、政府側との交渉に掛かっている。
そして、既に政府側へは面会の打診を済ませている。
今後、遠くない内に、政府側から何らかのアクションが有るだろう。
政府に面会の打診をして貰った際に、『無視できない情報』を盛り込むように言っておいた。現在、政府内は二つの巨大な派閥に分かれているが、その現状に合って重要な意味を持つ情報だ。
後は、道尊寺防衛大臣に関してだが、その息子に関してはこちら側が握っている。もし、今後必要になれば、"道尊寺への切り札"として使う用意がある。
……余程のクズでなければ、自分の息子を助けようとするだろう。
道尊寺の息子に関しては、ホテルの更生施設での"再教育"が進んでいるみたいだ。
果たして、どの様な"再教育"をしているのかは分からないが、少なくとも幾分かはましになっているに違いない。
因みにだが、マムに『どんな更生プログラムなんだ?』と聞いた所、その内容は『華道の修行』とか『断食』とかいった、少し想像と違う内容だった。
まあ兎も角、これで一先ず政治的な面においての"下地づくり"は、一歩進んだ。
――
残るは、内部向けだが……今井さんと先輩を含めた何人かで、"情報共有"と"振り当て"を行う必要がある。そうなって来ると、必要になるのが――
「……うん。そろそろきちんと、担当毎に責任者を立てた方が良いよな」
「責任者、なのですか?」
マムが、不思議そうに聞いて来る。
「ああ、俺達も一つの"組織"になって来たからな。部門を作って、責任者を立てた方が良いだろうと思ってな。そうだな……まあ、大凡の所は考えてあるから、戻ったら先ずその事からだな」
どんな組織でも"役割"がある。
そして、規模が大きくなり、必要な役割が増えれば増えるほど、責任の所在が重要となる。
責任が明確化される事で、問題が起きた際に、その対処が簡潔になる。責任のある処には、その責任に応じた決定権が有る。
決定権を現場の責任者が持つ事で、有事の際や小事を決める際に、現場毎に柔軟でスムーズな対応が取れるようになるのだ。
ここで重要なのが、"責任"と言っても、別に問題が起きた際に"裁く"為に責任を明確にするわけではない。ここが、一般的な組織と正巳達の構成している組織との違いだろう。
当然、何か問題行動が有れば、其々対処をしていく事にはなるだろうが……
何にせよ組織の健全な仕組みづくりは、意識して行う必要がある。
正巳は頭の中で組織図を描き始めていたが、その殆どは、其々の適性を考えてのモノだった。そして、その中に於いて正巳は、自分の立ち位置について決められないでいた。
「そう言えば、俺ってどんな立ち位置なんだろうな……」
そんな事を呟いていた正巳だったが、不意に鳴り始めた"着陸準備"のブザー音に(いよいよ戻って来たな……)と、半年ぶりになるホテルへの帰還に意識を移し始めたのだった。
――
それ迄操縦室に籠っていた正巳だったが、二度目のブザー音が鳴り始めた処で、外へと出た。すると、すぐ後ろの席にサナとボス吉が座っていた。
ボス吉は相変わらず飛行機が苦手な様だった。
サナが『お兄ちゃん!』と言って、機体の後方を指差した。
そこには、既に降機準備の出来た面々が揃っていた。
その中には、綾香と共に助け出した少年少女も居る。二人とも、救出した時と比べると、ずいぶん良い表情を浮かべるようになった。
ホテルに戻れば、同じような境遇にありながらも前を向く子供達が居る。恐らくは、近い将来幸せから来る笑顔が浮かべられるようになるだろう。
そんな様子を見ながら、言った。
「さあ、帰ろうか!」
言ってから、隣に来た綾香を見て『綾香も"ようこそ"だな』と言うと、綾香は『お世話になります、お兄様!』と言って微笑んだ。
その赤みがかった髪は、光を受けて淡くそよいでいた。
――
行きと比べて、帰りは二人増えていた。
その一人は、半年前飛行機の窓から見送った女性だった。
女性はいま、自身が命を張って助け出した少女と共に居た。
――柔らかい笑顔を向けて、言った。
「これからお世話になります」
着陸態勢に入った中、少しはにかむと答えた――
「SF」の人気作品
書籍化作品
-
-
2
-
-
35
-
-
52
-
-
267
-
-
24251
-
-
89
-
-
20
-
-
238
-
-
52
コメント