『 インパルス 』 ~宝くじで900億円当たったから、理想の国を作ることにした~

時雲

143話 ハイエナのバラキオス

 立派な髭を蓄え、髪が肩まで伸びている男がいる。
 男は治療薬を口に含んだばかりだった。
 現在王子に支えられているが、王子の支えなくしては、到底体を起こしていることは難しい様子だった。

 この男こそ、バラキオス将軍その人であり、クーデター鎮圧のキーマンだ。

 ――3分後。

 治療薬を飲ませた後の変化には、目を見張るものがあった。やせ細り、皮と骨だけの様に見えたのが、今では引き締まって見える。

 更にその腹部は、先程まで栄養不全特有の"膨らみ"を持っていた。それが徐々に引き締まって行き……腹部が引き締まった代わりに、それまで細かった首元が、しっかりと力を蓄えたように見えた。

 恐らく、体内にあるリソースの"均等分配"が行われているのだろう。不足を補う際に、体内の組織細胞を活用しているのだ。

 その様子を見ていた2人の兵士が、呟いている。

「すさまじいな……」
「ああ、只の薬じゃねぇよな……」

 その驚いている様子を見て、一応釘を刺しておく事にした。

「この事は――」
「他言無用だ!」

 皆迄言う前に、ライラが素早く言い切った。

 恐らく、この薬の効果と、その価値が孕む危険性を理解したのだろう。下手をすると、治療薬コレだけで戦争になりかねない。

「「ハッツ!」」

 兵士達が礼を取る。

 ……ライラとアブドラに任せれば、大丈夫だろう。

「それで、調子はどうだ?」

 幾分か、顔色が良くなっていた将軍に声を掛けた。
 すると、片腕を持ち上げて、手のひらを開いたり閉じたりし始めた。

「む……これは、驚いたな。何だか温かくなった気はしたが、ここ迄回復するとは。先程のモノは、薬品か何かであるか?」

「まあそんなところだな」

「そうか……これが我が軍にも広く支給されれば、幾分か助かるのだが」

 言いながら、何か思い出すような表情をしている。
 将軍と言うからには、これ迄同僚の死に目にもあった筈だ。その事でも思い出しているのだろう。

 しかし、最初に"兵士の為に"と考えるとは……

 この人柄が、部下だけでなく国王や王子からも、信頼を寄せられる理由なのだろう。

「悪いな、これは特殊な薬でな。それ程生産出来ないんだ。それこそ、身内以外に使う気は無いんだ」

 一応、ハッキリと断っておかなくては、後々の問題になる可能性が有る。

 ……大量生産が出来るか出来ないかは、正直分からない。恐らく、今井さんとマムに言えば、可能だろう。とは言っても、先程の答えた通り『身内にしか使うつもりはない』のだ。

「……そうか、まあそうであるよな。すまない」

 少し残念そうでは有ったが、将軍は『すまない』と言いながら頭を下げた。多少無理を言っている自覚はあったのだろう。

「いや、良いんだ。それより、体の方はどうだ?」
「ああ、お陰で今すぐに走り出せそうだな」

 そう言いながら、王子アブドラ膝の上で・・・・笑っている。

 そんな将軍に、アブドラは苦笑いすると、言った。

「爺、そろそろ降りてくれるか?」
「おお、申し訳ないですな殿下……」

 将軍は『忘れておった』と言いながら体を起こすと、そのまま立ち上がった。

「これは、思った以上だな」
「立てるのか?」

「ああ。ほら、こんな事も出来るぞっ!」

 将軍は次の瞬間、その場でバク宙をした。

 しかし――

「うおっっとっと……」

 着地の際に少しバランスを崩して、危うく転びそうになっている。

「将軍! 先ほど迄衰弱してたんですから、急な運動はダメです!」

「あ、ああ……そうだな。それにしても、ライラは随分と……女になったのぅ」

 そう言いながらまじまじと、視線を向けている。
 そんな将軍に対して、ライラが慌てている。

「ちょっつ! あ、あの、これはですねっ!」
「おう、どうしたんだ? 良い出会いがあったんじゃないのか?」

 慌てるライラに対して、将軍は何処か面白そうにしている。その上『学院に居た頃のお前は、がり勉な真面目ちゃんだと思ったが……良かったぞ!』とオヤジ臭い事を言っている。

 すると、多少我慢したのだろう……
 頬を膨らませたライラが、その我慢を破裂させた。

「う、うるさいです! さっさと無事と状況の打開をして下さい!」

 怒り出したライラが言うと、それに反応したアブドラが続けた。

「まあ、そうだな。このままだと、多少問題になるかも知れないからな……」
「うん?」

 王子の言葉に将軍が、状況が読めないという顔をしている。その様子を見ていた正巳は、一応状況の共有と、将軍の持っている情報の確認をする事にした。

「俺が一番情報を持っているだろう。……始めましてになるが、俺は国岡正巳――訳あってこの"基地"に立ち寄った者だ」

 将軍が、よく分からないといった表情をしていたので『まあ、傭兵みたいなものだ』と補足すると、納得していた。

「それで、今回王子からの依頼で、"クーデター鎮圧"を行う事になった。今回将軍には、安否の周知とクーデターを起こそうとしている兵士を、止めて欲しい」

 端的に頼みたい事を伝えると、緩んでいた表情を引き締めた将軍が、口を開いた。

「状況は凡そ分かった。……現状の進行段階と、被害状況、動員数、その他兵力分布を知りたい。……あいつの妄言だと思っていたが、どうやらこの二年の内に地盤を固めていたらしいのぅ。それと、何故私の"安否"が重要となるのだ? それに、クーデターを止めるのであれば、殿下の方が良いと思うのだが……?」

 流石に、クーデターという言葉に、逼迫した状況であると理解したらしい。矢継ぎ早に、幾つかの事を聞いて来た。それに、やはり早い段階で、大佐からアプローチがあったらしい。

 ただ、将軍は自身の価値を、本当の意味で理解していない様だった。……それこそ、自分の一言でクーデターが起きるなんて、思っても居ないのだろう。

「それに関しては、俺からでない方が良いだろうな……」
「ああ、そうだな。私から説明をしよう」

 俺の振りに応えた王子が、将軍の疑問に答え始めた。

「先ずは、お前にどれほどの影響力が有るか、からだな――」

 ――その後、王子とライラとそれに捕捉する形で、二人の兵士によって、現状の正しい理解が共有されていった。

 ――10分後。

 現状を正確に理解した将軍が、正巳に礼を言っていた。

「感謝する。国の危機に貴方方が居た事は、これ以上ない幸運だった!」
「……俺は依頼として受けただけだ」

 少しだけ照れが入りそうになったので、何でもないと云う風に答えておいた。
 後は、将軍による安否の周知と、元凶であるムスタファ大佐を捕まえれば良い。

「そうだな、その前に岩斉――預けていた奴を、連れ出しに行っても良いか?」

 岩斉は、この地下収容所に収容されている筈だ。
 一応、この上の階層も収容施設になっているらしいので、上の部屋の何処かに居るだろう。

 そう思っていたのだが――

「うん? 『岩斉』と言ったか?」

 バラキオス将軍が、正巳の言葉に反応した。
 そんな、将軍の顔を見ながら聞いた。

「何か知っているのか?」
「ここは響くからな……この階層に連れられて来た男が、そんな名前だった筈だ」

 もし、将軍が言っているのが、俺の想像している男と同一であれば、今この階層に居ないのは可笑しいだろう。

「少し話を聞かせてくれ……」
「ああ、良いが……時間が無いんじゃないのか?」

「時間は無いが、事と場合によっては、状況が変わって来るんだ」

 ……何せ、岩斉は大陸の闇組織"顔無しノーフェイス"そして、鈴屋と繋がっていた男なのだ。更には、王子の護衛であったハサンが持っていたのは"顔無しノーフェイス"の構成員が持つ銃だった。

 そのハサンは、『ムスタファ大佐から唆された』と言っていたのだ。

 正巳の、只ならぬ雰囲気を感じ取ったのか、将軍は『分かった』と言うと、話し出した。

「最初、ここに連れられて来た時は、兵士達によって連れて来られていた。しかし、男が『ノーフェイスだと上官に伝えろ』と喚いていてな……それで、私にも聞こえた訳だが。その後、少し経ってから、降りて来る者が居た。はっきりとは分からなかったが、恐らくムスタファだったのだろう。その会話は、ここでも聞き取れたよ」

 将軍は、一息つくと続けた。

「男は言っていたな、『あいつに計画が潰された』とか『子供を連れてこい』とかだったか……男の言葉を聞いたあいつは、何やら焦ったようにして出て行ったのは、覚えている」

 ……間違いなく、岩斉の事だ。

 地下街の飲食店"アリ・ババ"で会う前に、岩斉に会いに来ていたのだろう。これで、ムスタファ大佐が態度を変えた理由が分かった。

「……岩斉と大佐は会っていたのか」

 恐らく、岩斉から自分の計画していた事が、正巳達によって潰された事をムスタファ大佐は知った。そして、自分の計画している"クーデター"が、同じように潰されるのを恐れた大佐は、潰される前に始末しようとしたのだろう……。

 そうなって来ると、気になるのは岩斉の行方だ。

「……それで、岩斉が何処にいるかは知っているか?」
「何処にいるかは分からぬが、一時間ほど前に来た兵士が解放して行ったぞ?」

「……という事は?」
「うむ、今ごろは地下街に居るか、地上に出ているかだな」

 まじか……面倒な事になったかもしれない。
 頭を抱えたくなるのを抑えて、アブドラ王子に言った。

「……至急の用が出来た。お膳立てはするが、放送やら何やらは任せて良いか?」

 そう言うと、王子は一瞬頷きかけたのだが、直ぐにその疑問をぶつけて来た。

「無論、それでクーデター自体は収束に向かうだろう。しかし、肝心のムスタファを捕まえない事には、どうしようもないのでは無いか? もし逃亡でもされれば、厄介だぞ?」

 王子に言われて、肝心な事を伝え忘れていた事に、気が付いた。

「その事だったら問題無い」
「問題無い?」

「ああ、大佐は今エレベーターの中で、動けないでいる筈だ」

 正巳がそう言うと、一瞬の間があった後に、将軍を含めた一同が驚きの声を上げた。その声に釣られて、サナも一緒に『ええ~!』と言っていたのは、ご愛敬だろう。

 サナの頭を撫でながら、『という事で、問題ないんだ』と言ったのだが……

「唐突過ぎます!」
「いつそんな事を知ったんですか?」
「……つくづく、こちら側で良かった」

 などと、突っ込みと安堵の入り混じった反応を、買っていた。

 そんな一同に、苦笑いしながら『それじゃあ、一先ず向かうか』というと、速足で自動昇降機エレベーターへと歩いて行ったのだった。


 ――自動昇降機エレベーターの前。

「……これは?」

 乗ろうと思って戻ってみると、自動昇降機エレベーターは天井がひしゃげる形で損壊していた。……何と言うか、段ボール箱の上で飛び跳ねると、こんな形になるのだと思う。

 ……一応、自動昇降機エレベーターを吊っているワイヤー等は、無事の様だった。しかし、こんなモノには乗れないだろう。

 こんな事になった原因は、一つしかない。

「サナ、それにボス吉……これはどうした?」

 ふたりに聞くと、何やらまずい事をしたのだと気づいたらしい。
 ふたりして、謝って来た。

「おにいちゃ、ごめんなさいなの……早くおにいちゃに会いたくてなの」
「主、我も申し訳なく思う。主の匂いがして来て……」

 ……ボス吉には、何と反応すれば良いのか分からなかったが、きちんと謝れたのだから、許しても良いだろう。第一、この自動昇降機エレベーターは俺のモノでは無いのだ。

 ……まあ、少しだけ予定が変更にはなるが。

「ふたり共、次からは無暗矢鱈と壊して回ってはいけないぞ?」
「はいなの」
「主、承知した」

 片手を上げて返事をしている二人を撫でながら、王子達の方を向くと、其々何とも言えない表情をしていた。

 ……まあ、それも仕方ないだろうが。

「兎も角、少し計画変更だな」
「変更なのか?」

 目を見開いて、自動昇降機エレベーターを観察していた王子が聞いて来た。

「変更だな。……こっちの自動昇降機エレベーターで地上に上がり、将軍に放送をして貰おうと思っていたんだ。それで、クーデターが"鎮圧"――と言うか、"防止"後に、主犯格である大佐を自動昇降機エレベーターから出そうと思っていた」

 そう言うと、王子達は『なるほどな』と言っていたが、将軍は『捕えてから、放送した方が効果があるのでは無いか?』と言っていた。

 まあ、確かにそれでも良いのだが……

「大佐が自動昇降機エレベーターに乗っていたのは、どうやら将軍を始末しに来たみたいなんだ。それ自体は、大した問題では無いが――」

「武器か……」

 将軍も分かったらしい。

「ああ。調べたところ、銃身を短くした散弾銃を使うという事らしいな」

 ……通常の銃であれば、特に問題にはならない。
 それこそ、射線を把握していれば、避ける事が出来る。

 しかし、これが散弾となると様子が違ってくるのだ。
 ……大きく射程外に避ける必要がある。

「つまらない事で、怪我を負う危険は犯したくない……しかし、自動昇降機エレベーターが片方しか使えないとなると、な……如何にかするしかない」

 そう言ってから、そこに居る皆に一旦物陰に隠れている様に、言おうとした。しかし、正巳が口を開くよりも早く、話し始めた者が居た。

「それであれば、私がやろう」

 そう言ったのは、先ほど迄衰弱しきっていたバラキオス将軍だった。
 そんな将軍に対して、ライラが言う。

「……いや、貴方は万全では無いのだから――」
「ここ迄世話になっておいて、こんな些細な事まで、甘える訳には行かないのでなぁ」

 将軍は、譲るつもりは無いのだろう。……こんな事になるのであれば、地上に行く途中で治療薬を飲ませれば良かった気もする。

 ……まあ、そんな事を考えても仕方ないか。

「条件がある」

 そう言った正巳に、皆が視線を向ける。

「ほう、"条件"か……幾ら恩人と言えども、譲れぬぞ?」
「大丈夫だ。心配するような事では無い」

 鋭い視線を向けて来る将軍に、苦笑しながら(本当に死にそうだったのか、この人?)と思いながら、条件を言った。

「条件は三つだ。一つ、殺さない事。二つ、死なない事。三つ、俺の作戦通りに動く事。この三つが条件だ」

 そう言って、将軍を見る。
 すると、顎鬚を擦りながら、何やら面白そうにして言った。

「フハハ、殺さず死なず。か……その策が有るんだな?」

 目がギラついている。

 まあ、自分から言いだす位だから、そうだとは思っていたが……どうやらバラキオス将軍は、自分でも動けるタイプの将軍らしい。

 好戦的な色を帯びた、将軍の瞳を見ながら答えた。

「当然だ」

 将軍は、正巳の返事に満足したらしく、獲物武器は何を使うのか聞いて来たので、腰に提げていたナイフを手渡すと、再度『殺さないでくれよ』と念を押しておいた。

 頷いたのを確認すると、正巳はその作戦を話し始めた。

 ……その作戦とは、一種普通では無い内容では有った。しかし、現状を正しく把握していた将軍は、少し考えた後『分かった』と頷いたのであった。

 将軍が準備をしている様子を見ながら、正巳は将軍の情報に有った二つ名を、思い出していた。その二つ名とは、将軍がまだ若かった頃に付いた二つ名だった様なのだが、その眼光を見ていると、なるほどと思う名であった。

「"ハイエナのバラキオス"か……」

 確かに、一度標的と決めた者を決して諦めないような眼光が、そこにはあった。
 その眼光を見ながら、正巳はもう一つだけ、保険を掛けておく事にした。

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