『 インパルス 』 ~宝くじで900億円当たったから、理想の国を作ることにした~

時雲

142話 最地下の収容所

 アブドラ王子から正式に"クーデターの鎮圧依頼"を受けた正巳達は、その後再びバギーに乗り込んでいた。目指すのは基地本部、その地下・・だ。

 現在バギーを運転しているのは、俺と王子だ。
 先程とは、バギーに乗る"組み合わせ"が変わっている。

 出発する際、俺のバギーに乗って貰おうと思ったのだが、王子に『常に安全な場所に居るのは、相応しくないだろう……今回に限っては特にな』と言われた。

 王子自身の中で、何か変化・・が有ったのかも知れない。……運転しているのが王子なのは、単に自分で運転するのが"好きだから"らしかったが。

 現在、並走して走る王子の車両には、ライラを含めた三人の兵士が乗っている。何やら、座る際にライラの指示が有ったらしいが……

 運転する王子の隣には、兵士の一人が乗っている。名は"イムル"だったと思う。後部座席には、運転席の後ろにライラ、その隣にもう一人の兵士"ガイル"が乗っている。

 現状で考えられる、最も安全な座席配置なのだろう。

 実は、ライラの心配(残る兵士が敵である可能性)は不要なのだが……まあ、それは良いだろう。

 隣のバギーを横目で伺っていたのだが、ふと視界に入って来た、綾香の様子が気になった。

 ……気のせいか、目が爛々として見える。別に、綾香を戦闘や何やらが絡むような場所に、連れて行くつもりは無いのだが……。

 綾香の様子を見ながら、言った。

「大丈夫か?」
「ええ、お兄様!」

「……一応言っておくが、綾香には隠れていて貰うからな?」
「んぇ?」

「いや、危険だし、何よりいざと言う時に庇い切れないからな」
「それは……でも!」

「ダメだ。少なくとも、龍児さんから預かっている以上は、危険な目に合わせる訳には行かない。それに、自分の身を守れない者を同行させるなど、出来る筈が無いだろう?」

 今回ばかりは、一歩も引く気が無い事を、しっかりと伝えた。
 何せ、相手は銃器を持った、戦闘のプロ達だ。

 ……場合によっては、俺もマムも、銃器を使う事になるかも知れない。

 すると、暫く黙り込んでいた綾香だったが、小さな声で『……分かりました』と答えが有った。何となく、可愛そうな気がした。しかし、そもそも譲歩する余地など無い事を思い出し、正しい判断だったと言い聞かせたのだった。

 俺の運転するバギーには、隣に綾香、後ろの席にはサナとボス吉。サナの隣には、軍部のスパイだったハサンが、拘束された状態で乗っている。

 当初、ライラ達が『子供の隣に乗せるなんて!』と言っていたが、一応サナもプロの傭兵として実力も経験もある事を伝えると、驚いていた。決め手となったのは、バギーのフレームを両手で掴んで、ギリギリと曲げ始めた事だったのだが……

 それは兎も角、現在向かっている"目的地"には、俺達が一時的に預けていた岩斉も、収容されている筈だ。目的を果たすと同時に、岩斉のピックアップを忘れてはいけないだろう。

 一応、一泊だけは帰還を延長したが、それ以上はマムが辛抱出来なそうだから……

 そんな事を考えていたら、光を放つ場所が見えて来た。

 横目で確認すると、ライラ含め兵士達は打合せ通り、片目をつぶっている。
 その様子を確認すると、王子に片手を上げて合図をした。

「……よし」

 合図を見た王子は、速度を落とすと俺達の後ろに着いた。
 ――それを確認した正巳は、マムに言った。

「マム、やってくれ」
「はい、パパ! ……これでダウンです!」

 マムの言葉と共に、それ迄煌々と光を放っていた基地が、一気に暗闇に陥った。
 暗闇になったた同時に、正巳の仮面が暗視機能を起動する。

 ……よし、問題なく見える。

 一応光が落ちる前に、直線の道である事は確認していた。
 その為、一瞬の合間に事故になる様な事は、無かった。

 問題が無い事を確認し、そのまま地である施設へと走らせた。

 ……今、この場で自由に動けるのは、正巳達だけだ。
 しかし、兵士達もじきに、暗闇に目が慣れて来るだろう。

 全てはスピード勝負だ。

 基地内を把握していた訳では無いが、仮面のパネルに表示されている矢印へと、バギーを走らせる。……目的地までは、マムが誘導する為、その矢印通りに走らせれば良い。

 視界に表示された矢印は、右斜め前方を指している。
 ……何となく見覚えがある。

「着いたな」

 小さく呟くと、本部基地の横にバギーを止めた。
 止めると、直ぐにサナが周囲の警戒を始める。

「……くりあなの」
「了解」

 無線で聞こえて来た、サナに返事する。

「サナ、綾香を安全な場所に保護して来てくれ。その後で合流だ」
「りょうかいなの」

 サナが、綾香をバギーから連れ出すと、基地本部の横の建物へと向かった。
 ……見た感じ、倉庫の様に見える。

 恐らく、中には軍用車や軍備品が保管されているのだろう。
 そんな様子を確認しながら、正巳は王子達と共に、施設内へと入って行った。

 ハサンは、そのままバギーへと置いて来た。運が良ければ、他の兵士に見つけられて、自由になる事が出来るだろう。

 ……初めの内は、"王子に危害を加えようとした"として、ライラが処罰を求めていたが、王子の『全ては不問とする。ハサンは、その目で真実を見る事で、自分のした事を知るが良い』と言う言葉で、全てが納まった。

 ある意味、厳しい言葉だろう。

 ……施設内に入る際のドアは、正巳が近づくと、静かに開いた。そして、ドアが開くと同時に、一人の兵士が飛び出して来た。

 どうやら、仕舞ったドアを開けようと奮闘していたらしい。気配は感じていたので、瞬時に当身で意識を刈り取った。

 ……現在、王子含め全員が、素手の状態だ。

 これは、正巳が『銃器類及び刃物類は使わない様に』と言ったのが原因だ。
 てっきり、ライラ辺りから反対が出るかと思ったのだが、意外にも賛成だったらしい。

 理由を聞いたら、『仲間なので』と言う事らしい。

 ……まあ、クーデターが一人の男の思惑で創られていたと知ったら、当然かもしれない。単に、上官の命令を聞いていたら、クーデターの実行犯になった。というのは、少し可哀想だろう。

 だからこそ、基本的には"殺さず"、"素早く"が今回の肝だ。

 そうこうしている内に、地下に通じる場所まで来た。

 ここから、地下までは自動昇降機エレベーターで行くしか道がない。

 一応、この本部のみ別電源となっていて、基地全体の電源が落ちても、ココだけは電源が落ちないようになっているのだ。当然、それが落ちたのだから、現在中に居る者達はパニック状態だろう。

 ……実際、途中で何人かの兵士に出会ったが、全員が全員多少の動揺をしていた。その中でも、こちらの不審な動きに応じる形で、戦闘を試みて来た者もいたが……

 何はともあれ、ここ迄に出会った者達は、全員床に伏せっている。

 ……意識を失っていない者もいたが、何にしても鈍痛で動く事が出来ないだろう。それに、通信系統に関しても、全てマムが握っている為、状況が漏れる事も無い。

 だから――先を急ぐ。

 問題の、地下へと通じる自動昇降機エレベーターの前まで来た。
 この自動昇降機エレベーターは、一度使っている。

 地下街に降りる際に、ムスタファ大佐の指示で、予めこちらの自動昇降機エレベーターから地下街へと降りる事になっていたのだ。

 地下街へ出るには、20階で降りれば良かった。
 しかし、今回用があるのはもっと下だ。

 どうやら、表向き・・・は"30階"まであるとされているらしい。
 そして、25階~30階迄がその犯した罪に応じて、収容される先らしい。

 ……まあ、懲罰房のようなイメージだろうか。

「マム、中に人は?」
「片方には乗っています」

 ……二基ある内の片方には、人が乗っているらしい。

「乗っていない方を、上げてくれ」
「はい、パパ!」

 マムが言うと、それ迄止まっていた自動昇降機エレベーターが、静かな音を立てて動き始めた。……かなり性能の良い自動昇降機エレベーターだろう。

 ――

 少しして到着した自動昇降機エレベーターに正巳達は乗り込んでいた。二度目では有るが、相変わらず目を引く造りだ。

 ……自動昇降機エレベーターの内装は、壁がガラス張りになっており、その外の岩肌と鉄骨が見える状態となっている。

 恐らく、問題が生じた時にメンテナンスが、し易いつくりになっているのだろう。
 ……何にせよ、高所恐怖症の人にとっては、恐ろしい乗り物だろうが。

「地下41階だったな……」

 『地下』と呟いた正巳に反応したのは、王子だった。

「地下に行くのか? ……てっきり、指令室に行くのかと思っていたんだが」
「ん? ああ、いや別に大佐に会いに本部ここに来た訳じゃないんだ」

 正巳がそう言うと、それ迄静かにしてた他の兵達も、驚いたようだった。

「クーデターの首謀者を、捕えに来たのでは無いのですか?」
「ああ、それも必要だがな……まあ、実際に会って貰うのが早いだろうな」

 そう言うと、マムに『収容所に』と言った。

 その後動き出した自動昇降機エレベーターの中から、ガラス張りになっている外の様子を見ていた。……現在は全く灯りが無い為、暗視システムを通して見ているが、これはこれで中々に男心をくすぐる。

 ……この基地を設計、デザインした人とは趣味が合いそうだ。

 そんな事を考えながら、外の様子を見ていた。

 自動昇降機エレベーターのカウントが、20階を超えた辺りでふと、何かが鉄骨に張り付いていた気がした。しかし、流石に暗闇の中で高速移動中、更には不意に見えた気がした程度だったので、一瞬目に入ったソレ・・が何かは、分からなかった。

 確かに、何かが張り付いている様に見えたのだが……
 気のせいだったのかも知れない。

 少なくとも、こんな地下20階の暗闇の中、鉄骨を登る者などいないだろう。
 何となく嫌な予感がしたが、兎も角目的を果たす事が、最優先だった。

「着きます。目的の場所は一番奥の角がそうです」

 マムに小さく礼を言うと、ふと気になった事を聞いた。

「ムスタファ大佐の位置を教えてくれ」
「はい。現在大佐は――」

 マムに、大佐の位置を聞き終えたのとほぼ同時に、降下が止まった。
 どうやら、目的階に着いたらしい。

 ……後は、マムに合図を送れば、扉が開く。

 一つ深呼吸をすると、王子達に頷いた。

「出るぞ」


 ――
 その後、最地下にある収容所はを難なく攻略した正巳達は、目的の場所に来ていた。

 ……目の前には、鉄製のドアが有る。

 ドアの上部がアーチがかっているのは、多少の力が掛かっても、ドアが変形しない様にだろうか。

 ドアには、只ナンバーが振ってあった。

 "400-1"

 どんな分類がされているのかは分からないが、恐らく何らかの法則があるのだろう。

 そんな事を考えながら、ドアの前に立った。

 ……現在、俺と王子以外は周囲の警戒をしている。

「おい、居るか?」

 そう話しかけると、思いがけず反応が有った。

「クタバレ」
「……」

 その声は、随分としわがれていて、小さかった。しかし、周囲がコンクリートで出来ているこの場所にあっては、音の反響で不思議とハッキリと聞こえたのだった。

「"クタバレ"か……幾らお前でも、そんな暴言を吐けば、重罰に当たるんじゃないか?」
「……タワゴトヲ」

 少しヒントになる言葉を向けたが、一向に気が付く気配が無い。
 そこで、隣に立っていたアブドラに目をやった。

「おい、お前からも何か言ってやったらどうだ?」
「……まさか、いや、もしかしてジイか?」

 正巳の様子と、声を聞いて分かったのかも知れない。
 そう、ここに収容されているのは、"バラキオス将軍"その人だったのだ。

 疑問に思ったのは、只の閃きだった。

 自分に置き換えた時『自分に栄光も破滅も、その何方も、もたらす可能性が有る存在を如何するだろうか?』その結論は、『自分の城の、一番安全な場所に仕舞っておく』だ。

 そこで、マムには先ず『バラキオス将軍、或いは、身元不明者の入出のログを調べるように』と言った。その結果、『ある人物の入ったログは有るが、出たログが無い』事と、『その人物の詳細データは、司令官の権限で、情報改ざんされていた』という事が分かった。

 そして、その人物がいるとしたら、唯一あり得るのがこの"最地下収容所"だったわけだ。最終的に、鍵が閉まったままになってから、数年が過ぎた"部屋"を見つけ出す所まで行ったマムは、良い働きをした。

 これで、随分と時間短縮が出来ただろう。

 一番恐れていたのは、俺達が将軍を救出に来る事を察知したムスタファ大佐が、将軍を亡き者にすると云う流れだったが、如何にか間に合ったようだ。

 その証拠に、向かっている途中だったムスタファ大佐を追い越す事で、如何にか救出する事が出来た。……先ほど、片方の自動昇降機エレベーターに乗っていたのは、ムスタファ大佐だったらしい。

 王子が『ジイ』と話しかけてから、少しの間が空いていた。

 しかし……中から、何か地面をするような音がした後で、『"ガンッ!"』と音がして、ドアの向こうに誰かが来たことが分かった。

 ……微かに、荒い息も聞こえる。

 少し間を置いて、息を吸い込む音が聞こえた。

 そして――

「殿下」

 一言だけであったが、力強い声が聞こえた。

 それに対して――

「爺、待たせたな……すまんな、腑抜けで……」

 そう言って、王子が膝を付いた。


 ――5分後。

 落ち着いて来た王子に変わって、ドアの前に立った正巳は、なるべくドアから離れている様にと言っておいた。

 ……ここ半年の間で、随分と力の操作が、上手くなったと思う。しかし、力加減に関してはサナがの方が上手いし、体のサイズ操作に関してはボス吉が最も上手い。

 何だかんだと、10回に一回ぐらいは力加減を間違えるのだ。
 後ろで警戒に当たっていたライラ達には、警戒を解くように言っておいた。

 既に、このフロアには、他の気配が無い事を確認していたので、問題無いだろう。とは言っても、声を掛けるよりも前から、既に意識は収容されている人物の方に、向いていたみたいだったが。

「少し後ろを開けて、俺から離れてくれ……」

 正巳がそう言うと、特に反論するでもなく、周囲に空間が出来た。
 ……少しは信用してくれたのだろうか。

 何となく、アブドラ以外からの信頼も感じて、嬉しくなった。

「さて、10%位か……スゥーーハァーーー」

 心の中で、『微妙に力む感覚、微妙に力む感覚……』と繰り返していた。

 そして――

『"ズッツッガァアンッツ!!"』

 力を込めてその淵を引っ張ると、ドアの周囲のコンクリートが、剥がれる形で飛び散った。……ドアの淵を見ると、ドアのフレームが直接、鉄筋に繋がっていたと分かる。

 ……どうやら、フレームごと一緒に、壊してしまったらしい。

 まあ、今回は"成功"だろう。

 安堵と共に、そこに居る面々の顔を見たのだが、其々何とも言えない表情をしている。そんな面々に、苦笑いしながら言った。

「あぁ、言いたい事は分かるが……ほら、先にする事が有るんじゃないか?」

 そう促すと、それ迄固まっていたアブドラを始めとした面々が、我に返ったように、空いた穴から中へと入って行った。

 ……其々装備しているポーチから灯りを取り出して、点けているが……まあ、このフロアに関してはクリアリング済みだ。大目に見ても良いだろう。

 ――
 その後、少し離れた場所で、再会を喜んでいる様子を伺っていた。
 その様子を伺っている中で、驚いた事が二つあった。

 一つ目は、"ライラが国王から、将軍の様子を探る密命を受けていた"事。全くその気配に気が付かなかった。そればかりか、途中まではライラが二重スパイでは無いかと、警戒してさえいた。

 二つ目は、将軍の姿はやせ細り、骨が浮き出ていたにも拘らず、その眼光は鋭さを保っていたという事だった。その姿は、何だか"修行"を終えた僧侶の様ですらあった。

 当然、自力では立ち上がれない様では有ったが……

 その様子を確認している最中に、『ズズゥゥゥウンッ!!』と云う、シャレにならない振動と衝撃が有った。

 一瞬、砲撃されたかと思ったのだが、その正体は、横着して降りて来た一人と一匹の様だった。その良く知った二つの気配は、トップスピードのまま飛びついて来た。

 ……飛びついてくる途中で、ボス吉はその体を小さく縮めていたが、その様子は何度見ても見事なモノだった。それに対してサナも、見事なダイブで飛んで来た。

 これ、サナを避けでもしたら大怪我するだろうに……
 いや、サナであれば、擦り傷すら負わない可能性もあるか。

 そんな事を考えていたら、抱き留めたふたりが、揃って『完了した!』と言って来た。

 恐らく、ここでふたりが言っているのは、『綾香を安全な場所に隠して来た』という事を言っているのだろう。

 そんなふたりを撫でながら、サナに言った。

「サナ、悪いんだがレベル2の治療薬出してくれるか?」
「おにいちゃ、ケガしたなの?!」

「いや、俺じゃないんだが、必要なお爺ちゃんがいてな」
「お爺ちゃん? ……じいちゃ?」

「ああ……いや、ハク爺じゃないんだがな、良くなって欲しい人なんだ」
「そうなの?! ……はい、お兄ちゃん!」

 サナが腰に付けていたポーチから、一つの治療薬を出した。

 これは、サナが怪我した時用だったのだが、まだレベル1とレベル3が残っている。安全パイを取ったとしても、十分に余りあるだろう。

 レベル2の治療薬であれば、簡易的な体組織の再生ぐらいは行われるだろう。

 ただ、問題なのは、使用する相手が軍に所属している"将軍"という事なのだが……まあ、後悔するのは後からでも出来る。

 サナから治療薬を受け取ると、サナを抱えたまま歩いて行った。
 ……ボス吉は、頭の上に引っ付いている。

「アブドラ、これを……ゆっくりと半分ほど、飲ませてやれ」
「これは? ……いや、分かった」

 一瞬、何か聞きたそうにしたが、黙って俺から薬を受け取ると、将軍の体を少し起こして口元に注ぎ始めた。……少しづつ注いで行き、半分ほど注いだ所で、礼を言って返して来た。

 ……当の将軍は、自分の事よりも俺とアブドラの様子を、伺っている様だった。

 その様子を見ながら、サナに治療薬を返すと、その容態の変化を一同で見守った。

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