『 インパルス 』 ~宝くじで900億円当たったから、理想の国を作ることにした~
142話 最地下の収容所
アブドラ王子から正式に"クーデターの鎮圧依頼"を受けた正巳達は、その後再びバギーに乗り込んでいた。目指すのは基地本部、その地下だ。
現在バギーを運転しているのは、俺と王子だ。
先程とは、バギーに乗る"組み合わせ"が変わっている。
出発する際、俺のバギーに乗って貰おうと思ったのだが、王子に『常に安全な場所に居るのは、相応しくないだろう……今回に限っては特にな』と言われた。
王子自身の中で、何か変化が有ったのかも知れない。……運転しているのが王子なのは、単に自分で運転するのが"好きだから"らしかったが。
現在、並走して走る王子の車両には、ライラを含めた三人の兵士が乗っている。何やら、座る際にライラの指示が有ったらしいが……
運転する王子の隣には、兵士の一人が乗っている。名は"イムル"だったと思う。後部座席には、運転席の後ろにライラ、その隣にもう一人の兵士"ガイル"が乗っている。
現状で考えられる、最も安全な座席配置なのだろう。
実は、ライラの心配(残る兵士が敵である可能性)は不要なのだが……まあ、それは良いだろう。
隣のバギーを横目で伺っていたのだが、ふと視界に入って来た、綾香の様子が気になった。
……気のせいか、目が爛々として見える。別に、綾香を戦闘や何やらが絡むような場所に、連れて行くつもりは無いのだが……。
綾香の様子を見ながら、言った。
「大丈夫か?」
「ええ、お兄様!」
「……一応言っておくが、綾香には隠れていて貰うからな?」
「んぇ?」
「いや、危険だし、何よりいざと言う時に庇い切れないからな」
「それは……でも!」
「ダメだ。少なくとも、龍児さんから預かっている以上は、危険な目に合わせる訳には行かない。それに、自分の身を守れない者を同行させるなど、出来る筈が無いだろう?」
今回ばかりは、一歩も引く気が無い事を、しっかりと伝えた。
何せ、相手は銃器を持った、戦闘のプロ達だ。
……場合によっては、俺もマムも、銃器を使う事になるかも知れない。
すると、暫く黙り込んでいた綾香だったが、小さな声で『……分かりました』と答えが有った。何となく、可愛そうな気がした。しかし、そもそも譲歩する余地など無い事を思い出し、正しい判断だったと言い聞かせたのだった。
俺の運転するバギーには、隣に綾香、後ろの席にはサナとボス吉。サナの隣には、軍部のスパイだったハサンが、拘束された状態で乗っている。
当初、ライラ達が『子供の隣に乗せるなんて!』と言っていたが、一応サナもプロの傭兵として実力も経験もある事を伝えると、驚いていた。決め手となったのは、バギーのフレームを両手で掴んで、ギリギリと曲げ始めた事だったのだが……
それは兎も角、現在向かっている"目的地"には、俺達が一時的に預けていた岩斉も、収容されている筈だ。目的を果たすと同時に、岩斉のピックアップを忘れてはいけないだろう。
一応、一泊だけは帰還を延長したが、それ以上はマムが辛抱出来なそうだから……
そんな事を考えていたら、光を放つ場所が見えて来た。
横目で確認すると、ライラ含め兵士達は打合せ通り、片目をつぶっている。
その様子を確認すると、王子に片手を上げて合図をした。
「……よし」
合図を見た王子は、速度を落とすと俺達の後ろに着いた。
――それを確認した正巳は、マムに言った。
「マム、やってくれ」
「はい、パパ! ……これでダウンです!」
マムの言葉と共に、それ迄煌々と光を放っていた基地が、一気に暗闇に陥った。
暗闇になったた同時に、正巳の仮面が暗視機能を起動する。
……よし、問題なく見える。
一応光が落ちる前に、直線の道である事は確認していた。
その為、一瞬の合間に事故になる様な事は、無かった。
問題が無い事を確認し、そのまま地である施設へと走らせた。
……今、この場で自由に動けるのは、正巳達だけだ。
しかし、兵士達もじきに、暗闇に目が慣れて来るだろう。
全てはスピード勝負だ。
基地内を把握していた訳では無いが、仮面のパネルに表示されている矢印へと、バギーを走らせる。……目的地までは、マムが誘導する為、その矢印通りに走らせれば良い。
視界に表示された矢印は、右斜め前方を指している。
……何となく見覚えがある。
「着いたな」
小さく呟くと、本部基地の横にバギーを止めた。
止めると、直ぐにサナが周囲の警戒を始める。
「……くりあなの」
「了解」
無線で聞こえて来た、サナに返事する。
「サナ、綾香を安全な場所に保護して来てくれ。その後で合流だ」
「りょうかいなの」
サナが、綾香をバギーから連れ出すと、基地本部の横の建物へと向かった。
……見た感じ、倉庫の様に見える。
恐らく、中には軍用車や軍備品が保管されているのだろう。
そんな様子を確認しながら、正巳は王子達と共に、施設内へと入って行った。
ハサンは、そのままバギーへと置いて来た。運が良ければ、他の兵士に見つけられて、自由になる事が出来るだろう。
……初めの内は、"王子に危害を加えようとした"として、ライラが処罰を求めていたが、王子の『全ては不問とする。ハサンは、その目で真実を見る事で、自分のした事を知るが良い』と言う言葉で、全てが納まった。
ある意味、厳しい言葉だろう。
……施設内に入る際のドアは、正巳が近づくと、静かに開いた。そして、ドアが開くと同時に、一人の兵士が飛び出して来た。
どうやら、仕舞ったドアを開けようと奮闘していたらしい。気配は感じていたので、瞬時に当身で意識を刈り取った。
……現在、王子含め全員が、素手の状態だ。
これは、正巳が『銃器類及び刃物類は使わない様に』と言ったのが原因だ。
てっきり、ライラ辺りから反対が出るかと思ったのだが、意外にも賛成だったらしい。
理由を聞いたら、『仲間なので』と言う事らしい。
……まあ、クーデターが一人の男の思惑で創られていたと知ったら、当然かもしれない。単に、上官の命令を聞いていたら、クーデターの実行犯になった。というのは、少し可哀想だろう。
だからこそ、基本的には"殺さず"、"素早く"が今回の肝だ。
そうこうしている内に、地下に通じる場所まで来た。
ここから、地下までは自動昇降機で行くしか道がない。
一応、この本部のみ別電源となっていて、基地全体の電源が落ちても、ココだけは電源が落ちないようになっているのだ。当然、それが落ちたのだから、現在中に居る者達はパニック状態だろう。
……実際、途中で何人かの兵士に出会ったが、全員が全員多少の動揺をしていた。その中でも、こちらの不審な動きに応じる形で、戦闘を試みて来た者もいたが……
何はともあれ、ここ迄に出会った者達は、全員床に伏せっている。
……意識を失っていない者もいたが、何にしても鈍痛で動く事が出来ないだろう。それに、通信系統に関しても、全てマムが握っている為、状況が漏れる事も無い。
だから――先を急ぐ。
問題の、地下へと通じる自動昇降機の前まで来た。
この自動昇降機は、一度使っている。
地下街に降りる際に、ムスタファ大佐の指示で、予めこちらの自動昇降機から地下街へと降りる事になっていたのだ。
地下街へ出るには、20階で降りれば良かった。
しかし、今回用があるのはもっと下だ。
どうやら、表向きは"30階"まであるとされているらしい。
そして、25階~30階迄がその犯した罪に応じて、収容される先らしい。
……まあ、懲罰房のようなイメージだろうか。
「マム、中に人は?」
「片方には乗っています」
……二基ある内の片方には、人が乗っているらしい。
「乗っていない方を、上げてくれ」
「はい、パパ!」
マムが言うと、それ迄止まっていた自動昇降機が、静かな音を立てて動き始めた。……かなり性能の良い自動昇降機だろう。
――
少しして到着した自動昇降機に正巳達は乗り込んでいた。二度目では有るが、相変わらず目を引く造りだ。
……自動昇降機の内装は、壁がガラス張りになっており、その外の岩肌と鉄骨が見える状態となっている。
恐らく、問題が生じた時にメンテナンスが、し易いつくりになっているのだろう。
……何にせよ、高所恐怖症の人にとっては、恐ろしい乗り物だろうが。
「地下41階だったな……」
『地下』と呟いた正巳に反応したのは、王子だった。
「地下に行くのか? ……てっきり、指令室に行くのかと思っていたんだが」
「ん? ああ、いや別に大佐に会いに本部に来た訳じゃないんだ」
正巳がそう言うと、それ迄静かにしてた他の兵達も、驚いたようだった。
「クーデターの首謀者を、捕えに来たのでは無いのですか?」
「ああ、それも必要だがな……まあ、実際に会って貰うのが早いだろうな」
そう言うと、マムに『収容所に』と言った。
その後動き出した自動昇降機の中から、ガラス張りになっている外の様子を見ていた。……現在は全く灯りが無い為、暗視システムを通して見ているが、これはこれで中々に男心をくすぐる。
……この基地を設計、デザインした人とは趣味が合いそうだ。
そんな事を考えながら、外の様子を見ていた。
自動昇降機のカウントが、20階を超えた辺りでふと、何かが鉄骨に張り付いていた気がした。しかし、流石に暗闇の中で高速移動中、更には不意に見えた気がした程度だったので、一瞬目に入ったソレが何かは、分からなかった。
確かに、何かが張り付いている様に見えたのだが……
気のせいだったのかも知れない。
少なくとも、こんな地下20階の暗闇の中、鉄骨を登る者などいないだろう。
何となく嫌な予感がしたが、兎も角目的を果たす事が、最優先だった。
「着きます。目的の場所は一番奥の角がそうです」
マムに小さく礼を言うと、ふと気になった事を聞いた。
「ムスタファ大佐の位置を教えてくれ」
「はい。現在大佐は――」
マムに、大佐の位置を聞き終えたのとほぼ同時に、降下が止まった。
どうやら、目的階に着いたらしい。
……後は、マムに合図を送れば、扉が開く。
一つ深呼吸をすると、王子達に頷いた。
「出るぞ」
――
その後、最地下にある収容所はを難なく攻略した正巳達は、目的の場所に来ていた。
……目の前には、鉄製のドアが有る。
ドアの上部がアーチがかっているのは、多少の力が掛かっても、ドアが変形しない様にだろうか。
ドアには、只ナンバーが振ってあった。
"400-1"
どんな分類がされているのかは分からないが、恐らく何らかの法則があるのだろう。
そんな事を考えながら、ドアの前に立った。
……現在、俺と王子以外は周囲の警戒をしている。
「おい、居るか?」
そう話しかけると、思いがけず反応が有った。
「クタバレ」
「……」
その声は、随分としわがれていて、小さかった。しかし、周囲がコンクリートで出来ているこの場所にあっては、音の反響で不思議とハッキリと聞こえたのだった。
「"クタバレ"か……幾らお前でも、そんな暴言を吐けば、重罰に当たるんじゃないか?」
「……タワゴトヲ」
少しヒントになる言葉を向けたが、一向に気が付く気配が無い。
そこで、隣に立っていたアブドラに目をやった。
「おい、お前からも何か言ってやったらどうだ?」
「……まさか、いや、もしかして爺か?」
正巳の様子と、声を聞いて分かったのかも知れない。
そう、ここに収容されているのは、"バラキオス将軍"その人だったのだ。
疑問に思ったのは、只の閃きだった。
自分に置き換えた時『自分に栄光も破滅も、その何方も、もたらす可能性が有る存在を如何するだろうか?』その結論は、『自分の城の、一番安全な場所に仕舞っておく』だ。
そこで、マムには先ず『バラキオス将軍、或いは、身元不明者の入出のログを調べるように』と言った。その結果、『ある人物の入ったログは有るが、出たログが無い』事と、『その人物の詳細データは、司令官の権限で、情報改ざんされていた』という事が分かった。
そして、その人物がいるとしたら、唯一あり得るのがこの"最地下収容所"だったわけだ。最終的に、鍵が閉まったままになってから、数年が過ぎた"部屋"を見つけ出す所まで行ったマムは、良い働きをした。
これで、随分と時間短縮が出来ただろう。
一番恐れていたのは、俺達が将軍を救出に来る事を察知したムスタファ大佐が、将軍を亡き者にすると云う流れだったが、如何にか間に合ったようだ。
その証拠に、向かっている途中だったムスタファ大佐を追い越す事で、如何にか救出する事が出来た。……先ほど、片方の自動昇降機に乗っていたのは、ムスタファ大佐だったらしい。
王子が『爺』と話しかけてから、少しの間が空いていた。
しかし……中から、何か地面をするような音がした後で、『"ガンッ!"』と音がして、ドアの向こうに誰かが来たことが分かった。
……微かに、荒い息も聞こえる。
少し間を置いて、息を吸い込む音が聞こえた。
そして――
「殿下」
一言だけであったが、力強い声が聞こえた。
それに対して――
「爺、待たせたな……すまんな、腑抜けで……」
そう言って、王子が膝を付いた。
――5分後。
落ち着いて来た王子に変わって、ドアの前に立った正巳は、なるべくドアから離れている様にと言っておいた。
……ここ半年の間で、随分と力の操作が、上手くなったと思う。しかし、力加減に関してはサナがの方が上手いし、体のサイズ操作に関してはボス吉が最も上手い。
何だかんだと、10回に一回ぐらいは力加減を間違えるのだ。
後ろで警戒に当たっていたライラ達には、警戒を解くように言っておいた。
既に、このフロアには、他の気配が無い事を確認していたので、問題無いだろう。とは言っても、声を掛けるよりも前から、既に意識は収容されている人物の方に、向いていたみたいだったが。
「少し後ろを開けて、俺から離れてくれ……」
正巳がそう言うと、特に反論するでもなく、周囲に空間が出来た。
……少しは信用してくれたのだろうか。
何となく、アブドラ以外からの信頼も感じて、嬉しくなった。
「さて、10%位か……スゥーーハァーーー」
心の中で、『微妙に力む感覚、微妙に力む感覚……』と繰り返していた。
そして――
『"ズッツッガァアンッツ!!"』
力を込めてその淵を引っ張ると、ドアの周囲のコンクリートが、剥がれる形で飛び散った。……ドアの淵を見ると、ドアのフレームが直接、鉄筋に繋がっていたと分かる。
……どうやら、フレームごと一緒に、壊してしまったらしい。
まあ、今回は"成功"だろう。
安堵と共に、そこに居る面々の顔を見たのだが、其々何とも言えない表情をしている。そんな面々に、苦笑いしながら言った。
「あぁ、言いたい事は分かるが……ほら、先にする事が有るんじゃないか?」
そう促すと、それ迄固まっていたアブドラを始めとした面々が、我に返ったように、空いた穴から中へと入って行った。
……其々装備しているポーチから灯りを取り出して、点けているが……まあ、このフロアに関してはクリアリング済みだ。大目に見ても良いだろう。
――
その後、少し離れた場所で、再会を喜んでいる様子を伺っていた。
その様子を伺っている中で、驚いた事が二つあった。
一つ目は、"ライラが国王から、将軍の様子を探る密命を受けていた"事。全くその気配に気が付かなかった。そればかりか、途中まではライラが二重スパイでは無いかと、警戒してさえいた。
二つ目は、将軍の姿はやせ細り、骨が浮き出ていたにも拘らず、その眼光は鋭さを保っていたという事だった。その姿は、何だか"修行"を終えた僧侶の様ですらあった。
当然、自力では立ち上がれない様では有ったが……
その様子を確認している最中に、『ズズゥゥゥウンッ!!』と云う、シャレにならない振動と衝撃が有った。
一瞬、砲撃されたかと思ったのだが、その正体は、横着して降りて来た一人と一匹の様だった。その良く知った二つの気配は、トップスピードのまま飛びついて来た。
……飛びついてくる途中で、ボス吉はその体を小さく縮めていたが、その様子は何度見ても見事なモノだった。それに対してサナも、見事なダイブで飛んで来た。
これ、サナを避けでもしたら大怪我するだろうに……
いや、サナであれば、擦り傷すら負わない可能性もあるか。
そんな事を考えていたら、抱き留めたふたりが、揃って『完了した!』と言って来た。
恐らく、ここでふたりが言っているのは、『綾香を安全な場所に隠して来た』という事を言っているのだろう。
そんなふたりを撫でながら、サナに言った。
「サナ、悪いんだがレベル2の治療薬出してくれるか?」
「おにいちゃ、ケガしたなの?!」
「いや、俺じゃないんだが、必要なお爺ちゃんがいてな」
「お爺ちゃん? ……じいちゃ?」
「ああ……いや、ハク爺じゃないんだがな、良くなって欲しい人なんだ」
「そうなの?! ……はい、お兄ちゃん!」
サナが腰に付けていたポーチから、一つの治療薬を出した。
これは、サナが怪我した時用だったのだが、まだレベル1とレベル3が残っている。安全パイを取ったとしても、十分に余りあるだろう。
レベル2の治療薬であれば、簡易的な体組織の再生ぐらいは行われるだろう。
ただ、問題なのは、使用する相手が軍に所属している"将軍"という事なのだが……まあ、後悔するのは後からでも出来る。
サナから治療薬を受け取ると、サナを抱えたまま歩いて行った。
……ボス吉は、頭の上に引っ付いている。
「アブドラ、これを……ゆっくりと半分ほど、飲ませてやれ」
「これは? ……いや、分かった」
一瞬、何か聞きたそうにしたが、黙って俺から薬を受け取ると、将軍の体を少し起こして口元に注ぎ始めた。……少しづつ注いで行き、半分ほど注いだ所で、礼を言って返して来た。
……当の将軍は、自分の事よりも俺とアブドラの様子を、伺っている様だった。
その様子を見ながら、サナに治療薬を返すと、その容態の変化を一同で見守った。
現在バギーを運転しているのは、俺と王子だ。
先程とは、バギーに乗る"組み合わせ"が変わっている。
出発する際、俺のバギーに乗って貰おうと思ったのだが、王子に『常に安全な場所に居るのは、相応しくないだろう……今回に限っては特にな』と言われた。
王子自身の中で、何か変化が有ったのかも知れない。……運転しているのが王子なのは、単に自分で運転するのが"好きだから"らしかったが。
現在、並走して走る王子の車両には、ライラを含めた三人の兵士が乗っている。何やら、座る際にライラの指示が有ったらしいが……
運転する王子の隣には、兵士の一人が乗っている。名は"イムル"だったと思う。後部座席には、運転席の後ろにライラ、その隣にもう一人の兵士"ガイル"が乗っている。
現状で考えられる、最も安全な座席配置なのだろう。
実は、ライラの心配(残る兵士が敵である可能性)は不要なのだが……まあ、それは良いだろう。
隣のバギーを横目で伺っていたのだが、ふと視界に入って来た、綾香の様子が気になった。
……気のせいか、目が爛々として見える。別に、綾香を戦闘や何やらが絡むような場所に、連れて行くつもりは無いのだが……。
綾香の様子を見ながら、言った。
「大丈夫か?」
「ええ、お兄様!」
「……一応言っておくが、綾香には隠れていて貰うからな?」
「んぇ?」
「いや、危険だし、何よりいざと言う時に庇い切れないからな」
「それは……でも!」
「ダメだ。少なくとも、龍児さんから預かっている以上は、危険な目に合わせる訳には行かない。それに、自分の身を守れない者を同行させるなど、出来る筈が無いだろう?」
今回ばかりは、一歩も引く気が無い事を、しっかりと伝えた。
何せ、相手は銃器を持った、戦闘のプロ達だ。
……場合によっては、俺もマムも、銃器を使う事になるかも知れない。
すると、暫く黙り込んでいた綾香だったが、小さな声で『……分かりました』と答えが有った。何となく、可愛そうな気がした。しかし、そもそも譲歩する余地など無い事を思い出し、正しい判断だったと言い聞かせたのだった。
俺の運転するバギーには、隣に綾香、後ろの席にはサナとボス吉。サナの隣には、軍部のスパイだったハサンが、拘束された状態で乗っている。
当初、ライラ達が『子供の隣に乗せるなんて!』と言っていたが、一応サナもプロの傭兵として実力も経験もある事を伝えると、驚いていた。決め手となったのは、バギーのフレームを両手で掴んで、ギリギリと曲げ始めた事だったのだが……
それは兎も角、現在向かっている"目的地"には、俺達が一時的に預けていた岩斉も、収容されている筈だ。目的を果たすと同時に、岩斉のピックアップを忘れてはいけないだろう。
一応、一泊だけは帰還を延長したが、それ以上はマムが辛抱出来なそうだから……
そんな事を考えていたら、光を放つ場所が見えて来た。
横目で確認すると、ライラ含め兵士達は打合せ通り、片目をつぶっている。
その様子を確認すると、王子に片手を上げて合図をした。
「……よし」
合図を見た王子は、速度を落とすと俺達の後ろに着いた。
――それを確認した正巳は、マムに言った。
「マム、やってくれ」
「はい、パパ! ……これでダウンです!」
マムの言葉と共に、それ迄煌々と光を放っていた基地が、一気に暗闇に陥った。
暗闇になったた同時に、正巳の仮面が暗視機能を起動する。
……よし、問題なく見える。
一応光が落ちる前に、直線の道である事は確認していた。
その為、一瞬の合間に事故になる様な事は、無かった。
問題が無い事を確認し、そのまま地である施設へと走らせた。
……今、この場で自由に動けるのは、正巳達だけだ。
しかし、兵士達もじきに、暗闇に目が慣れて来るだろう。
全てはスピード勝負だ。
基地内を把握していた訳では無いが、仮面のパネルに表示されている矢印へと、バギーを走らせる。……目的地までは、マムが誘導する為、その矢印通りに走らせれば良い。
視界に表示された矢印は、右斜め前方を指している。
……何となく見覚えがある。
「着いたな」
小さく呟くと、本部基地の横にバギーを止めた。
止めると、直ぐにサナが周囲の警戒を始める。
「……くりあなの」
「了解」
無線で聞こえて来た、サナに返事する。
「サナ、綾香を安全な場所に保護して来てくれ。その後で合流だ」
「りょうかいなの」
サナが、綾香をバギーから連れ出すと、基地本部の横の建物へと向かった。
……見た感じ、倉庫の様に見える。
恐らく、中には軍用車や軍備品が保管されているのだろう。
そんな様子を確認しながら、正巳は王子達と共に、施設内へと入って行った。
ハサンは、そのままバギーへと置いて来た。運が良ければ、他の兵士に見つけられて、自由になる事が出来るだろう。
……初めの内は、"王子に危害を加えようとした"として、ライラが処罰を求めていたが、王子の『全ては不問とする。ハサンは、その目で真実を見る事で、自分のした事を知るが良い』と言う言葉で、全てが納まった。
ある意味、厳しい言葉だろう。
……施設内に入る際のドアは、正巳が近づくと、静かに開いた。そして、ドアが開くと同時に、一人の兵士が飛び出して来た。
どうやら、仕舞ったドアを開けようと奮闘していたらしい。気配は感じていたので、瞬時に当身で意識を刈り取った。
……現在、王子含め全員が、素手の状態だ。
これは、正巳が『銃器類及び刃物類は使わない様に』と言ったのが原因だ。
てっきり、ライラ辺りから反対が出るかと思ったのだが、意外にも賛成だったらしい。
理由を聞いたら、『仲間なので』と言う事らしい。
……まあ、クーデターが一人の男の思惑で創られていたと知ったら、当然かもしれない。単に、上官の命令を聞いていたら、クーデターの実行犯になった。というのは、少し可哀想だろう。
だからこそ、基本的には"殺さず"、"素早く"が今回の肝だ。
そうこうしている内に、地下に通じる場所まで来た。
ここから、地下までは自動昇降機で行くしか道がない。
一応、この本部のみ別電源となっていて、基地全体の電源が落ちても、ココだけは電源が落ちないようになっているのだ。当然、それが落ちたのだから、現在中に居る者達はパニック状態だろう。
……実際、途中で何人かの兵士に出会ったが、全員が全員多少の動揺をしていた。その中でも、こちらの不審な動きに応じる形で、戦闘を試みて来た者もいたが……
何はともあれ、ここ迄に出会った者達は、全員床に伏せっている。
……意識を失っていない者もいたが、何にしても鈍痛で動く事が出来ないだろう。それに、通信系統に関しても、全てマムが握っている為、状況が漏れる事も無い。
だから――先を急ぐ。
問題の、地下へと通じる自動昇降機の前まで来た。
この自動昇降機は、一度使っている。
地下街に降りる際に、ムスタファ大佐の指示で、予めこちらの自動昇降機から地下街へと降りる事になっていたのだ。
地下街へ出るには、20階で降りれば良かった。
しかし、今回用があるのはもっと下だ。
どうやら、表向きは"30階"まであるとされているらしい。
そして、25階~30階迄がその犯した罪に応じて、収容される先らしい。
……まあ、懲罰房のようなイメージだろうか。
「マム、中に人は?」
「片方には乗っています」
……二基ある内の片方には、人が乗っているらしい。
「乗っていない方を、上げてくれ」
「はい、パパ!」
マムが言うと、それ迄止まっていた自動昇降機が、静かな音を立てて動き始めた。……かなり性能の良い自動昇降機だろう。
――
少しして到着した自動昇降機に正巳達は乗り込んでいた。二度目では有るが、相変わらず目を引く造りだ。
……自動昇降機の内装は、壁がガラス張りになっており、その外の岩肌と鉄骨が見える状態となっている。
恐らく、問題が生じた時にメンテナンスが、し易いつくりになっているのだろう。
……何にせよ、高所恐怖症の人にとっては、恐ろしい乗り物だろうが。
「地下41階だったな……」
『地下』と呟いた正巳に反応したのは、王子だった。
「地下に行くのか? ……てっきり、指令室に行くのかと思っていたんだが」
「ん? ああ、いや別に大佐に会いに本部に来た訳じゃないんだ」
正巳がそう言うと、それ迄静かにしてた他の兵達も、驚いたようだった。
「クーデターの首謀者を、捕えに来たのでは無いのですか?」
「ああ、それも必要だがな……まあ、実際に会って貰うのが早いだろうな」
そう言うと、マムに『収容所に』と言った。
その後動き出した自動昇降機の中から、ガラス張りになっている外の様子を見ていた。……現在は全く灯りが無い為、暗視システムを通して見ているが、これはこれで中々に男心をくすぐる。
……この基地を設計、デザインした人とは趣味が合いそうだ。
そんな事を考えながら、外の様子を見ていた。
自動昇降機のカウントが、20階を超えた辺りでふと、何かが鉄骨に張り付いていた気がした。しかし、流石に暗闇の中で高速移動中、更には不意に見えた気がした程度だったので、一瞬目に入ったソレが何かは、分からなかった。
確かに、何かが張り付いている様に見えたのだが……
気のせいだったのかも知れない。
少なくとも、こんな地下20階の暗闇の中、鉄骨を登る者などいないだろう。
何となく嫌な予感がしたが、兎も角目的を果たす事が、最優先だった。
「着きます。目的の場所は一番奥の角がそうです」
マムに小さく礼を言うと、ふと気になった事を聞いた。
「ムスタファ大佐の位置を教えてくれ」
「はい。現在大佐は――」
マムに、大佐の位置を聞き終えたのとほぼ同時に、降下が止まった。
どうやら、目的階に着いたらしい。
……後は、マムに合図を送れば、扉が開く。
一つ深呼吸をすると、王子達に頷いた。
「出るぞ」
――
その後、最地下にある収容所はを難なく攻略した正巳達は、目的の場所に来ていた。
……目の前には、鉄製のドアが有る。
ドアの上部がアーチがかっているのは、多少の力が掛かっても、ドアが変形しない様にだろうか。
ドアには、只ナンバーが振ってあった。
"400-1"
どんな分類がされているのかは分からないが、恐らく何らかの法則があるのだろう。
そんな事を考えながら、ドアの前に立った。
……現在、俺と王子以外は周囲の警戒をしている。
「おい、居るか?」
そう話しかけると、思いがけず反応が有った。
「クタバレ」
「……」
その声は、随分としわがれていて、小さかった。しかし、周囲がコンクリートで出来ているこの場所にあっては、音の反響で不思議とハッキリと聞こえたのだった。
「"クタバレ"か……幾らお前でも、そんな暴言を吐けば、重罰に当たるんじゃないか?」
「……タワゴトヲ」
少しヒントになる言葉を向けたが、一向に気が付く気配が無い。
そこで、隣に立っていたアブドラに目をやった。
「おい、お前からも何か言ってやったらどうだ?」
「……まさか、いや、もしかして爺か?」
正巳の様子と、声を聞いて分かったのかも知れない。
そう、ここに収容されているのは、"バラキオス将軍"その人だったのだ。
疑問に思ったのは、只の閃きだった。
自分に置き換えた時『自分に栄光も破滅も、その何方も、もたらす可能性が有る存在を如何するだろうか?』その結論は、『自分の城の、一番安全な場所に仕舞っておく』だ。
そこで、マムには先ず『バラキオス将軍、或いは、身元不明者の入出のログを調べるように』と言った。その結果、『ある人物の入ったログは有るが、出たログが無い』事と、『その人物の詳細データは、司令官の権限で、情報改ざんされていた』という事が分かった。
そして、その人物がいるとしたら、唯一あり得るのがこの"最地下収容所"だったわけだ。最終的に、鍵が閉まったままになってから、数年が過ぎた"部屋"を見つけ出す所まで行ったマムは、良い働きをした。
これで、随分と時間短縮が出来ただろう。
一番恐れていたのは、俺達が将軍を救出に来る事を察知したムスタファ大佐が、将軍を亡き者にすると云う流れだったが、如何にか間に合ったようだ。
その証拠に、向かっている途中だったムスタファ大佐を追い越す事で、如何にか救出する事が出来た。……先ほど、片方の自動昇降機に乗っていたのは、ムスタファ大佐だったらしい。
王子が『爺』と話しかけてから、少しの間が空いていた。
しかし……中から、何か地面をするような音がした後で、『"ガンッ!"』と音がして、ドアの向こうに誰かが来たことが分かった。
……微かに、荒い息も聞こえる。
少し間を置いて、息を吸い込む音が聞こえた。
そして――
「殿下」
一言だけであったが、力強い声が聞こえた。
それに対して――
「爺、待たせたな……すまんな、腑抜けで……」
そう言って、王子が膝を付いた。
――5分後。
落ち着いて来た王子に変わって、ドアの前に立った正巳は、なるべくドアから離れている様にと言っておいた。
……ここ半年の間で、随分と力の操作が、上手くなったと思う。しかし、力加減に関してはサナがの方が上手いし、体のサイズ操作に関してはボス吉が最も上手い。
何だかんだと、10回に一回ぐらいは力加減を間違えるのだ。
後ろで警戒に当たっていたライラ達には、警戒を解くように言っておいた。
既に、このフロアには、他の気配が無い事を確認していたので、問題無いだろう。とは言っても、声を掛けるよりも前から、既に意識は収容されている人物の方に、向いていたみたいだったが。
「少し後ろを開けて、俺から離れてくれ……」
正巳がそう言うと、特に反論するでもなく、周囲に空間が出来た。
……少しは信用してくれたのだろうか。
何となく、アブドラ以外からの信頼も感じて、嬉しくなった。
「さて、10%位か……スゥーーハァーーー」
心の中で、『微妙に力む感覚、微妙に力む感覚……』と繰り返していた。
そして――
『"ズッツッガァアンッツ!!"』
力を込めてその淵を引っ張ると、ドアの周囲のコンクリートが、剥がれる形で飛び散った。……ドアの淵を見ると、ドアのフレームが直接、鉄筋に繋がっていたと分かる。
……どうやら、フレームごと一緒に、壊してしまったらしい。
まあ、今回は"成功"だろう。
安堵と共に、そこに居る面々の顔を見たのだが、其々何とも言えない表情をしている。そんな面々に、苦笑いしながら言った。
「あぁ、言いたい事は分かるが……ほら、先にする事が有るんじゃないか?」
そう促すと、それ迄固まっていたアブドラを始めとした面々が、我に返ったように、空いた穴から中へと入って行った。
……其々装備しているポーチから灯りを取り出して、点けているが……まあ、このフロアに関してはクリアリング済みだ。大目に見ても良いだろう。
――
その後、少し離れた場所で、再会を喜んでいる様子を伺っていた。
その様子を伺っている中で、驚いた事が二つあった。
一つ目は、"ライラが国王から、将軍の様子を探る密命を受けていた"事。全くその気配に気が付かなかった。そればかりか、途中まではライラが二重スパイでは無いかと、警戒してさえいた。
二つ目は、将軍の姿はやせ細り、骨が浮き出ていたにも拘らず、その眼光は鋭さを保っていたという事だった。その姿は、何だか"修行"を終えた僧侶の様ですらあった。
当然、自力では立ち上がれない様では有ったが……
その様子を確認している最中に、『ズズゥゥゥウンッ!!』と云う、シャレにならない振動と衝撃が有った。
一瞬、砲撃されたかと思ったのだが、その正体は、横着して降りて来た一人と一匹の様だった。その良く知った二つの気配は、トップスピードのまま飛びついて来た。
……飛びついてくる途中で、ボス吉はその体を小さく縮めていたが、その様子は何度見ても見事なモノだった。それに対してサナも、見事なダイブで飛んで来た。
これ、サナを避けでもしたら大怪我するだろうに……
いや、サナであれば、擦り傷すら負わない可能性もあるか。
そんな事を考えていたら、抱き留めたふたりが、揃って『完了した!』と言って来た。
恐らく、ここでふたりが言っているのは、『綾香を安全な場所に隠して来た』という事を言っているのだろう。
そんなふたりを撫でながら、サナに言った。
「サナ、悪いんだがレベル2の治療薬出してくれるか?」
「おにいちゃ、ケガしたなの?!」
「いや、俺じゃないんだが、必要なお爺ちゃんがいてな」
「お爺ちゃん? ……じいちゃ?」
「ああ……いや、ハク爺じゃないんだがな、良くなって欲しい人なんだ」
「そうなの?! ……はい、お兄ちゃん!」
サナが腰に付けていたポーチから、一つの治療薬を出した。
これは、サナが怪我した時用だったのだが、まだレベル1とレベル3が残っている。安全パイを取ったとしても、十分に余りあるだろう。
レベル2の治療薬であれば、簡易的な体組織の再生ぐらいは行われるだろう。
ただ、問題なのは、使用する相手が軍に所属している"将軍"という事なのだが……まあ、後悔するのは後からでも出来る。
サナから治療薬を受け取ると、サナを抱えたまま歩いて行った。
……ボス吉は、頭の上に引っ付いている。
「アブドラ、これを……ゆっくりと半分ほど、飲ませてやれ」
「これは? ……いや、分かった」
一瞬、何か聞きたそうにしたが、黙って俺から薬を受け取ると、将軍の体を少し起こして口元に注ぎ始めた。……少しづつ注いで行き、半分ほど注いだ所で、礼を言って返して来た。
……当の将軍は、自分の事よりも俺とアブドラの様子を、伺っている様だった。
その様子を見ながら、サナに治療薬を返すと、その容態の変化を一同で見守った。
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