『 インパルス 』 ~宝くじで900億円当たったから、理想の国を作ることにした~
136話 極秘基地
正巳達の前に、先導するバギーが二台走っていた。
左を走る一台には、三人の兵士が乗っている。
右を行く一台には、二人の兵士が乗っている。
右を走るバギーを運転しているのは、赤ベレーの兵士だが、その隣で恐縮した様子なのは、先程殴られていた兵士だった。
◆
バギーの上で風に当たっていた男は、高鳴る鼓動を抑えられないでいた。
先ほどの体捌き。
部下であろう者達の立ち振る舞い。
男の、ネイティブと変わらない発音。
てっきり通訳か、広く使われている共通言語で、話すものかと思っていた。
それが、本人が話し出し、しかも完璧な発音だった事には驚いた。
ただ、少し引っ掛かるのは、途中で交ぜた"訛り"に、何の反応もしなかった事だ。
反応を見る為に、会話の合間に訛りを挟んだのだ。
勿論、試したと思われる訳にも行かないので、従者を注意した時に交ぜたのだが……特に問題なく、意味を理解していた様だった。
……我が国の"訛り"を学ぶ異国人は居ないだろう。
居るとすれば、それは、学者かスパイだ。
……何にせよ、あの男達は只人ではない。
そもそも、基地には全く別の目的で来たのだが……思わぬタイミングで、面白い一向に出会う事が出来た。
王宮に籠っていては、決して無い出会いだ。
王の座を継ぐ気が無いのに、継承権を破棄していないのは、いざという時に立場を"特権"として行使できるからだ。
その為に、三年に一度ある面倒な"祭り"にも出ている。祭り自体には、慣れた。しかし、どうにも堅っ苦しいのが、性に合わないのだ。
まぁ、今はつまらない事を考えるのは、止めておこう。目の前に、面白い一行が居るのだから……。
とは言え、途中までは徒労に終わるかと思った。
わざわざ、歩いて移動する時間を取り、何かしらの情報を得ようとしたのだが……全く会話をしないのには参った。
こちらから話を振ろうにも、知っているのは"超VIP"という事と、"詮索禁止"という事のみだ。
……話しの振りようがない。
通常、"VIP"を迎える時は、大まかな素性が分かる様に通達される。と言うのも、不手際が無いように"準備"をする為だ。
しかも、今回は"超VIP"という事だ。
"超VIP"とは、国のトップや世界規模で影響力のある資産家、王族等がそれに当たる。
この"超VIP"達は、こちらで詮索をするまでも無く、存在感をアピールしたがる者が多い。だからこそ、誰が来るのか推測する事は比較的容易だ。
もし推測が困難であっても、問題無い。
その為の"特権"だ。
しかし、今回情報に有ったのは"詮索禁止"。しかも、司令官との面会(挨拶だろう)後には、"即時出発"というのが、今回の予定らしかった。
本当に、只の"空港"として活用するつもりらしい。
仮にも、この基地は本国の"極秘基地"なのだが……
「全く、楽しくなって来たじゃねぇか……」
楽しそうに呟いた王子に、隣に座っていた兵士が、若干咎める様に呟いた。
「……王子」
緑ベレーの兵士が『王子』と呟くと、王子と呼ばれた本人は、目を細めた。
そして、面白くなさそうに言う。
「そうじゃないだろ?」
「ですが……」
訂正するように赤ベレーが言うが、緑ベレーは困ったようにして、視線を少し落とした。
そんな緑ベレーに対して、王子はさらに重ねる。
「……なぁ?」
「わ、分かりました……アブドラ…………王子」
流石に折れたかに思えた緑ベレーだったが、『アブドラ』と口にした後に、やはり敬称を付けずにはいられない様だった。
この従者はつい先月、本国から無理やりに付けられた、護衛兼世話人だ。
優秀は優秀なのだが、いかんせん固くてダメだ。
普段から、王子等と呼ばれると、一般人として紛れる際に非常に困るのだ。
それに、外の国では『我』等と云う一人称を付けて話す者は、居ないのだ。
お陰で、王宮を抜け出した後は、とんだ恥をかいた。少なくとも、もう少し柔軟に物事を教えられていたら、恥をかく事も無かったのだ。
とは言え、それをこの従者に言うのは、違うと分かっている。だから、これはちょっとした意地悪だ。
「ったく、お前がそんなだから、困った事になるんだぞ。少なくとも、一般兵に超VIPが普通に話しかけた時、『不敬だ!』なんて、殴りかかる馬鹿はいないだろ?」
「……申し訳ありません」
赤ベレーの男――アブドラは、少し乱暴に言いながらも、その口の端は僅かに上向いていた。
別に、この従者が嫌いでは無い。何というか、反応が側から見て分かりやすくて良い。
それに、真面目は真面目で、弄りがいがある。
――
少しの間、しゅんとしている従者の横顔を見ていたが、基地までの距離を示す立て札が目に入って来た。
……数刻で着くか。
この後にある"面会"のタイミングが全てだ。
……如何にか、時間を稼がなくてはならない。
恐らく、この機会を逃したら、二度と会う事は無いだろう。
一種、決意をしたアブドラは、見えて来た基地に、その視線を定めていた。
◆
正巳達は、車両を停めた後、基地内へと案内されていた。
……所々に植えられている木々や草花も相まって、基地自体が何か、"自然の一部"かのような印象を受ける。
しかし、中に入ってみると、それが間違いであると分かる。……明らかに、基地全体は鉄筋で造られている施設だ。
まぁ、鉄筋等で骨組みを造らなくては、空間に柱の存在しない基地など、造る事が出来ないだろうから、当たり前ではあるのだが……
ともかく、途中で見かけた小山は、中が訓練場になっていて、その中では、兵士達が汗を流していた。
そんな風に、自然を模して造られた基地は、上空から見た時に、自然豊かな島に見える筈だ。
少なくとも、自然豊かな島に見えるように、意図してデザインされているのだろう。
倉庫や滑走路に関しても、同じだった。
倉庫を上から見ると、幾つかの連なった山に見えるに違いないし、滑走路は広い野原に見えるだろう。
ただ、それらを地上から見ると、カモフラージュ率は落ちる。まぁ『カモフラージュ率が落ちる』とは言っても、十分にカバーされてはいるが……
何にせよ、視力が常人とは桁違いである正巳にとっては、全てが"良く出来たカモフラージュ"程度だった。それに対して、正巳と同行していたバロムは、途中まで『見えるのは山や岩山ばかりだな』と思っていた為、岩山が基地だったと知って大変驚いたのだが……
兵士たちに案内されて、岩山の1つに入った。
中に入るまでに二つの扉を通ったが、一方の扉が開いている時に、もう一方の扉は閉まっていた。同じ物を何度か見た事があるが、これは、夜間に外に光を漏らさない為の工夫だ。
半ば予想してはいたが、雰囲気ががらりと変わった様子に、多少なり驚いた。
施設内は正に、都会にあるオフィスの様な雰囲気だ。……オフィスと言うよりは、地下鉄の通路をイメージした方が、近いかも知れない。
コンクリートの床に、コンクリートの壁、ドアは自動式らしく、天井には光が灯っている。何と言うか、"文明的"だ。
「失礼ですが、御一行様はこの後すぐ発たれますか?」
興味深く周囲を確認していた処で、前を歩いている男が話しかけて来た。
前を歩いているのは、赤ベレーの男だ。
……他に四人いたが、二人は到着と共に其々敬礼すると、バギーを運転して持って行ってしまった。残った二人の兵士は、正巳達の後方に付いている。
正巳の横を歩いているザイに、一度視線を向けてから答えた。
「ああ、そのつもりだ。仲間も待たせているから手早く、な……」
後方から微かに"敵意"を感じたが、直ぐに反応したザイの"威圧"によって、掻き消えた。
「なるほど、こちらの基地名産の生魚料理も有るのですが――」
「ほう、生魚――刺身か……」
味付けが気になる。
勿論、刺身には醤油が一番だが、ここでは何で味付けするのか……っと、危ない。危うく、料理に釣られてしまう所だった。
「……まあ、考えておこう」
反応してしまった手前、直ぐに断るのは気が引けたので、曖昧な返事で濁す事にした。……その後、数分もしない内に目的の部屋に着いていたが、その間刺身の事が頭から離れなかった。
どうやら、正巳達が案内されたのは、地上部に存在する基地本部だったらしい。
途中まで全く案内が無かったのだが、部外者に基地内を説明するのは、間抜けだとも思うので、対応としては間違っていないだろう。とは言っても、この建物に関しては、やたらと厳重だったので、特に尋ねるまでも無かったのだが。
赤ベレーの男が、ある扉の前で止まると、ノックした。
何か決まりのありそうな、リズムのあるノックだった。
しかし、その事に思考を回す暇もなく、こちらに先を促して来た。
「お入り下さい」
「ああ……」
赤ベレーの男が開いたドアから、勧められるままに中へと入って行った。
左を走る一台には、三人の兵士が乗っている。
右を行く一台には、二人の兵士が乗っている。
右を走るバギーを運転しているのは、赤ベレーの兵士だが、その隣で恐縮した様子なのは、先程殴られていた兵士だった。
◆
バギーの上で風に当たっていた男は、高鳴る鼓動を抑えられないでいた。
先ほどの体捌き。
部下であろう者達の立ち振る舞い。
男の、ネイティブと変わらない発音。
てっきり通訳か、広く使われている共通言語で、話すものかと思っていた。
それが、本人が話し出し、しかも完璧な発音だった事には驚いた。
ただ、少し引っ掛かるのは、途中で交ぜた"訛り"に、何の反応もしなかった事だ。
反応を見る為に、会話の合間に訛りを挟んだのだ。
勿論、試したと思われる訳にも行かないので、従者を注意した時に交ぜたのだが……特に問題なく、意味を理解していた様だった。
……我が国の"訛り"を学ぶ異国人は居ないだろう。
居るとすれば、それは、学者かスパイだ。
……何にせよ、あの男達は只人ではない。
そもそも、基地には全く別の目的で来たのだが……思わぬタイミングで、面白い一向に出会う事が出来た。
王宮に籠っていては、決して無い出会いだ。
王の座を継ぐ気が無いのに、継承権を破棄していないのは、いざという時に立場を"特権"として行使できるからだ。
その為に、三年に一度ある面倒な"祭り"にも出ている。祭り自体には、慣れた。しかし、どうにも堅っ苦しいのが、性に合わないのだ。
まぁ、今はつまらない事を考えるのは、止めておこう。目の前に、面白い一行が居るのだから……。
とは言え、途中までは徒労に終わるかと思った。
わざわざ、歩いて移動する時間を取り、何かしらの情報を得ようとしたのだが……全く会話をしないのには参った。
こちらから話を振ろうにも、知っているのは"超VIP"という事と、"詮索禁止"という事のみだ。
……話しの振りようがない。
通常、"VIP"を迎える時は、大まかな素性が分かる様に通達される。と言うのも、不手際が無いように"準備"をする為だ。
しかも、今回は"超VIP"という事だ。
"超VIP"とは、国のトップや世界規模で影響力のある資産家、王族等がそれに当たる。
この"超VIP"達は、こちらで詮索をするまでも無く、存在感をアピールしたがる者が多い。だからこそ、誰が来るのか推測する事は比較的容易だ。
もし推測が困難であっても、問題無い。
その為の"特権"だ。
しかし、今回情報に有ったのは"詮索禁止"。しかも、司令官との面会(挨拶だろう)後には、"即時出発"というのが、今回の予定らしかった。
本当に、只の"空港"として活用するつもりらしい。
仮にも、この基地は本国の"極秘基地"なのだが……
「全く、楽しくなって来たじゃねぇか……」
楽しそうに呟いた王子に、隣に座っていた兵士が、若干咎める様に呟いた。
「……王子」
緑ベレーの兵士が『王子』と呟くと、王子と呼ばれた本人は、目を細めた。
そして、面白くなさそうに言う。
「そうじゃないだろ?」
「ですが……」
訂正するように赤ベレーが言うが、緑ベレーは困ったようにして、視線を少し落とした。
そんな緑ベレーに対して、王子はさらに重ねる。
「……なぁ?」
「わ、分かりました……アブドラ…………王子」
流石に折れたかに思えた緑ベレーだったが、『アブドラ』と口にした後に、やはり敬称を付けずにはいられない様だった。
この従者はつい先月、本国から無理やりに付けられた、護衛兼世話人だ。
優秀は優秀なのだが、いかんせん固くてダメだ。
普段から、王子等と呼ばれると、一般人として紛れる際に非常に困るのだ。
それに、外の国では『我』等と云う一人称を付けて話す者は、居ないのだ。
お陰で、王宮を抜け出した後は、とんだ恥をかいた。少なくとも、もう少し柔軟に物事を教えられていたら、恥をかく事も無かったのだ。
とは言え、それをこの従者に言うのは、違うと分かっている。だから、これはちょっとした意地悪だ。
「ったく、お前がそんなだから、困った事になるんだぞ。少なくとも、一般兵に超VIPが普通に話しかけた時、『不敬だ!』なんて、殴りかかる馬鹿はいないだろ?」
「……申し訳ありません」
赤ベレーの男――アブドラは、少し乱暴に言いながらも、その口の端は僅かに上向いていた。
別に、この従者が嫌いでは無い。何というか、反応が側から見て分かりやすくて良い。
それに、真面目は真面目で、弄りがいがある。
――
少しの間、しゅんとしている従者の横顔を見ていたが、基地までの距離を示す立て札が目に入って来た。
……数刻で着くか。
この後にある"面会"のタイミングが全てだ。
……如何にか、時間を稼がなくてはならない。
恐らく、この機会を逃したら、二度と会う事は無いだろう。
一種、決意をしたアブドラは、見えて来た基地に、その視線を定めていた。
◆
正巳達は、車両を停めた後、基地内へと案内されていた。
……所々に植えられている木々や草花も相まって、基地自体が何か、"自然の一部"かのような印象を受ける。
しかし、中に入ってみると、それが間違いであると分かる。……明らかに、基地全体は鉄筋で造られている施設だ。
まぁ、鉄筋等で骨組みを造らなくては、空間に柱の存在しない基地など、造る事が出来ないだろうから、当たり前ではあるのだが……
ともかく、途中で見かけた小山は、中が訓練場になっていて、その中では、兵士達が汗を流していた。
そんな風に、自然を模して造られた基地は、上空から見た時に、自然豊かな島に見える筈だ。
少なくとも、自然豊かな島に見えるように、意図してデザインされているのだろう。
倉庫や滑走路に関しても、同じだった。
倉庫を上から見ると、幾つかの連なった山に見えるに違いないし、滑走路は広い野原に見えるだろう。
ただ、それらを地上から見ると、カモフラージュ率は落ちる。まぁ『カモフラージュ率が落ちる』とは言っても、十分にカバーされてはいるが……
何にせよ、視力が常人とは桁違いである正巳にとっては、全てが"良く出来たカモフラージュ"程度だった。それに対して、正巳と同行していたバロムは、途中まで『見えるのは山や岩山ばかりだな』と思っていた為、岩山が基地だったと知って大変驚いたのだが……
兵士たちに案内されて、岩山の1つに入った。
中に入るまでに二つの扉を通ったが、一方の扉が開いている時に、もう一方の扉は閉まっていた。同じ物を何度か見た事があるが、これは、夜間に外に光を漏らさない為の工夫だ。
半ば予想してはいたが、雰囲気ががらりと変わった様子に、多少なり驚いた。
施設内は正に、都会にあるオフィスの様な雰囲気だ。……オフィスと言うよりは、地下鉄の通路をイメージした方が、近いかも知れない。
コンクリートの床に、コンクリートの壁、ドアは自動式らしく、天井には光が灯っている。何と言うか、"文明的"だ。
「失礼ですが、御一行様はこの後すぐ発たれますか?」
興味深く周囲を確認していた処で、前を歩いている男が話しかけて来た。
前を歩いているのは、赤ベレーの男だ。
……他に四人いたが、二人は到着と共に其々敬礼すると、バギーを運転して持って行ってしまった。残った二人の兵士は、正巳達の後方に付いている。
正巳の横を歩いているザイに、一度視線を向けてから答えた。
「ああ、そのつもりだ。仲間も待たせているから手早く、な……」
後方から微かに"敵意"を感じたが、直ぐに反応したザイの"威圧"によって、掻き消えた。
「なるほど、こちらの基地名産の生魚料理も有るのですが――」
「ほう、生魚――刺身か……」
味付けが気になる。
勿論、刺身には醤油が一番だが、ここでは何で味付けするのか……っと、危ない。危うく、料理に釣られてしまう所だった。
「……まあ、考えておこう」
反応してしまった手前、直ぐに断るのは気が引けたので、曖昧な返事で濁す事にした。……その後、数分もしない内に目的の部屋に着いていたが、その間刺身の事が頭から離れなかった。
どうやら、正巳達が案内されたのは、地上部に存在する基地本部だったらしい。
途中まで全く案内が無かったのだが、部外者に基地内を説明するのは、間抜けだとも思うので、対応としては間違っていないだろう。とは言っても、この建物に関しては、やたらと厳重だったので、特に尋ねるまでも無かったのだが。
赤ベレーの男が、ある扉の前で止まると、ノックした。
何か決まりのありそうな、リズムのあるノックだった。
しかし、その事に思考を回す暇もなく、こちらに先を促して来た。
「お入り下さい」
「ああ……」
赤ベレーの男が開いたドアから、勧められるままに中へと入って行った。
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