『 インパルス 』 ~宝くじで900億円当たったから、理想の国を作ることにした~
135話 赤ベレー
上陸した正巳は、確認していた手順通りに行動した。
手順というのは――
1.信号弾発射
2.周辺警戒
3.確認手続き
4.車両で移動
――の4つの手順だ。
"周辺警戒"は、マムがレーダーで確認しつつ、外に展開した正巳、ユミル、ザイ、バロムの4人で行う。その他のメンバーは有事に備えて、車両内で待機だ。
ザイから『正巳様は、車両内に居て下さい』と言われたが、別に戦闘をしに行く訳では無い。それに、もし問題が起こっても、外にいた方が対処しやすい。
正巳は仮面を付けると、手順通りに行動した。
想定外の事態は、ほぼ無かった。
"想定外"が有ったとすれば、ザイに『あれは、どうされたんですか?』と聞かれた事ぐらいだろう。……ザイが指した部分を見ると、車体前方にコブでも出来たように、一部飛び出ていた。
一瞬吹き出しかけたが、前方から人が歩いて来るのが見えて、如何にか抑えた。
――
隣には、ザイにユミル、それとバロムがいる。
他のメンバーは、車両内で待機だ。
周囲を見渡すと、白い砂浜に青い海。
目の前には、鬱蒼とした林がある。
正に、リゾート地のそれだ。
夏には、さぞ観光客が――来るわけないか。
と言うのも、ここに一般人が来ることは先ず無いのだ。
海岸線と並行するように、ブロック塀やフェンスが、視界の端の端まで続いている。
そんな塀の前、正巳達の前に歩いて来たのは、迷彩柄の上下を着た兵士が5名。
5名全員が、自動小銃を肩から下げている。
……物騒な事だが、一名だけ僅かに違和感があった。
4名が同じ敬礼なのに対して、若干角度が違う。
……海兵に交じった陸兵と言った感じだろうか。
そんな男達を前に、一歩踏み出した正巳が言う。
「出迎えご苦労」
すると、男達の中で赤いベレー帽を被った男が言った。
「遠くからご苦労様です!」
他の兵が緑なのに対して、赤のベレー帽と言うのは、男の立場を表しているのだろう。
頷いた正巳に対して、男が続けた。
「ご案内します!」
『頼む』と返事した正巳は、男達に続いて歩き始めた。
……てっきり、車両で移動するものと思っていたのだが、どうやら前を行く兵士たちは歩いて向かうみたいだった。
自分達だけ車両に戻る訳にも行かないので、仕方なく歩いて付いて行く事にした。
――
男達の歩く先には、綺麗に開かれた道が有る。
……どうにか、車両が行き交えるくらいの車幅だ。
これなら、すれ違う事は出来ないが、乗って来た車両でも通れるだろう。
後方で待機していた車両組も、確認出来たのか、動き始めていた。
車両が動き出した事を確認しながら、順調な様子に安心した。
……ここ迄は、打合せ通りだ。
――5分後。
前を、5人の軍人が歩いている。
……先ほど、赤いベレー帽――赤ベレーの男は、『遠くからご苦労様です』と言っていた。空港の手配類に関しては、全てマムに一任している。
その為、マムが先方にどのような連絡をしているかは知らない。
恐らく、問題ないように上手くやっている筈なのだが……先ほどから赤帽の兵士が、チラチラとこちらを見て来る。
「……どうした?」
「っつ!? い、いえ!」
気になって、聞いてみたのだが、目を逸らされてしまった。……そのくせ、再びチラチラとこちらを伺っている。
「ザイ、アレは?」
小さな声で呟く。
すると、歩調を速めて並んだザイが、耳打ちして来る。
「正巳様の仮面もあるでしょうが……私共が、少々変わって見えるのでしょう」
……確かに、客観的に見ると興味を引く一向かも知れない。
バロムと俺は戦闘服だが、俺は仮面を付けている。
横を歩くザイは、ホテルの制服(戦闘対応)を着ている。
ユミルは、女性用の戦闘服が無かった為、普段着だ。
言うなれば、兵士と仮面と執事と一般人だ。
……確かに、気にもなる。
「……他のメンバーは置いて来て良かったな」
「そうですね……」
ここに、幼女に少女×2名、更には大きな猫が加わったら、違和感の塊でしか無いだろう。
……と言うか、そもそもユミルが車両内に乗っていてくれたら、多少良かったのだ。それが、『下りる先には、軍の管轄している空港がある』と言った途端、『私も同行します!』と言って聞かなくなってしまった。
その為、仕方なく車両を降りる所までは、許可した。
降りた後でザイに、ユミルを説得して貰おうと思ったのだ。しかし、ユミルを見たザイが、"一瞬"浮かべた表情を見たら、『待機するように言ってくれ』と、言い出す事が出来なかった。
ため息を付きながら歩いていると、木々が開けた。
――そこには、真っすぐに伸びる滑走路と、巨大な倉庫が並んでいた。
どうやら正巳達が居るのは、滑走路の横っ腹だったらしい。
右の奥に、基地らしき建物が並んで見える。
恐らく一度、建物のある場所まで行く必要があるだろう。
……正直、面倒では有るが、この基地のトップと話をする必要がある。
マムからは、『そのまま出発しても問題無いです』と言われている。しかし、ここの設備を使わせて貰う以上、挨拶なしに行くのは余りにも礼を欠いている。
それにしても――
「遠いな……」
何の気なしに呟いたのだが、前を歩いていた兵士に聞こえた様だった。
兵士の内一人が、ムッとした様子でこちらを睨んで来た。
……気を悪くさせたかも知れない。
反射的に謝ろうとしたのだが、マムから通信が入った。
「パパ……先程上陸した位置は、車両が滑走路迄入れる、二つの道の内の一つなのです。とは言え、あの視線は許せませんね、パパにあんな――」
マムが暴走しそうになっていたので、割り込んだ。
「いや、当然だな」
マムに『兵士が、こちらに非難の視線を向けているのは"当然"だ』と言った。
……それにしても、この滑走路迄来る道が二本しかなかったとは、マムだからこそピッタリの場所に着く事が出来たのだろう。
そんな事を考えていたのだが、不意に敵意を感じた。
敵意を感じた方に視線を向けると――
「おっと」
――音を立てて、顔の横を拳が掠めた。
かなり練度の高いモノだった。
半年前の俺だったら、間違いなく喰らっていただろう。
少しヒヤリとしたところで、殴りかかって来たのが、緑のベレー帽を付けた内の一人だと分かった。……何となく中性的な顔立ちだが、キリっとした顔立ちで、中々男前だ。
そんな事を考えていたら、男が言った。
「さっきから、不敬だぞ!」
どうやら、俺が口走った言葉に反応したらしかった。
目の前の男に言葉を返す前に、確認の為に視線を動かした。
……隣に目を向けると、ザイがユミルを止めている。
反対に立っているバロムは、一歩も動いていない。
仲間の様子を見て、安心した。
これ以上の面倒は、勘弁だ。
一呼吸して言った。
「……不敬か?」
「そうだ! こちらに居られる方に対しての敬意が無い!」
……顔を赤くして怒っている。
「そちらとは?」
「ッツ! こちらの、第一王じぃ――」
男が最後まで言い切る前に、隣で黙っていた赤ベレーの男が、殴り飛ばした。
腰の入った良いパンチ、に見えるが……
「このっ――馬鹿野郎がぁ!」
砂利道に転がった男に、赤ベレーの男が怒鳴る。
「貴様が出る幕ではないわ!」
「で、ですが……」
「冷静に成れ!」
「しかし……」
「連れて行け!」
「「ハッツ!」」
赤ベレーの男命令を受け、隣に立っていた兵士二人が引き摺って行った。
その様子を確認した赤ベレーは、こちらに再度振り向くと、頭を下げた。
「申し訳なかった!」
その頭を見ながら、何となく申し訳ない気持ちになった。
勘違いして、先走った男も悪いが、そもそも切っ掛けを作ったのは、正巳の様なモノだ。
「いや、こちらそ、何だか悪い事をしたな」
「いえ、それよりも、先を急ぎましょうか……この謝罪は、後ほどさせて頂きますので」
別に、謝罪なんて必要無いんだが……
「いや、謝罪とやらは結構だ。 それにしても……ここからは歩くのか?」
何となく、連れて行かれた男の口走っていた『第一王子』と言う部分が気にはなったが、面倒な臭いしかしなかったので、スルーする事にした。
……半年の間に、様々な経歴を持つ人に出会ったが、かなり変わった人が多かった。変わっているだけであれば良いのだが、皆が漏れる事なく"厄介事"を持ってくるプロだった。
……しなくても良い苦労を、散々した気がする。
そんな正巳の心を知ってか、知らずか、赤ベレーの男が答えた。
「いえ、私共の試用している車両での移動予定でしたが――必要なさそうですな」
男はそう言いながら、後ろで待機している車両を見た。
「まあ、そうだな……」
正巳の答えを聞いた男は、少し苦笑いを浮かべると、言った。
「それでは、先導しますので付いて来て下さい」
そんな男に対して、『分かった』と答えると、赤ベレーの男は兵士たちに指示をして、車両(4人乗りのバギー)を持って来させた。
そんな様子を見ながら、(車両が有るなら、初めから乗って来れば良かったろうに)と不思議に思った。……車両に乗って来れば、そもそも海岸沿いから歩いてくる必要が無かった筈なのだ。
ただ、考えていても仕方がない事なので、一先ず目の前の事を済ませてしまう事にした。
「俺達も乗るか……」
そう正巳が呟くと、ザイが頷いてバロムと共に、車両に乗り込んで行った。
そんな様子を確認して、気が立っているユミルを促しながら、車両へと戻った。
車両に乗り込む最中、一応マムに『素性と動向を洗っておいてくれ』と言っておいた。マムの事だから、その程度であれば基地に着くまでに、済むだろう。
<車両内>
車両に戻ると、サナと綾香が心配そうにして聞いて来た。
「せんめつなの?」
「あれ、モノホンの銃みたいだけど……大丈夫なの?」
サナは、心配そうにしているが、その口から出た言葉はかなり過激な内容だ。しかも、それが冗談や虚言で済まないのが、余計に問題だ。
綾香は、何やらおかしな言葉遣いになっているが、緊張の表れだろう。
二人に苦笑いしながら、『殲滅はしないし、何も問題ないから大丈夫だ』と言っておいた。綾香の心配はもっともだが、サナに至っては、きちんと否定しておかないと間違いを犯しかねない。
この基地には、飽くまでも"飛行機に乗りに"来たのだ。
決して、殲滅やら心配になる様な事をしに来たのではない。
……改めて、サナには『殴っちゃだめだ』と良く言っておく事にした。
サナに言い聞かせていると、ボス吉が体を擦りつけながら『主の為なら戦うが?』と言って来たので、ボス吉にも『戦わなくても大丈夫だ』と言っておいた。
何やら、ボス吉の方は『なるほど、主であれば片手で捻る程度だものな!』と、訳の分からない納得の仕方をしていたが、暴れられるよりは良いので、放っておいた。
ボス吉の毛並みを撫でていると、車両が動き始めた。
どうやら、先導する車両が案内を始めたようだ。
それ程待たずに、赤いベレー帽の男や、他の者達に関しての報告がある筈だ。
報告がある迄は取り敢えず、車両内でマムからの報告を待つことにした。
――10分後。
移動中にマムから、赤ベレーの男に関する報告があった。
赤ベレーの男は、中東にある一国の、第一王子だったらしい。
聞いた事の無い国名だったが、どうやら長い歴史を持つ国の様で、最近では希少金属に加えて自然資源の輸出で、利益を上げているらしかった。
王子自身に関しても、様々な情報が有った。
どうやら王子は、自国で教育を受けた後で、15歳で国外の大学で学んでいたらしく、特に考古学や海洋学の専門家の様だった。
大学を出た後は、帰国する予定だったみたいだが、"研究"と称して様々な場所に"調査"に出向いている様だった。……何となく、今井さんと同じ匂いがする。
『同じ』とは言っても、こちらの王子は、特に自分自身が現地で"探求"する事に、重きを置いている様では有るが……もしかすると、この島にも何かの"調査"出来ていたのかも知れない。
この手の人種は、自分の探求心を満たす為であれば、あらゆるコネクションや、力を行使する特徴が有ったりする。少なくとも、今井さんの場合はそうだ。
取り敢えず王子は、"好奇心旺盛な学者"といった感じだ。
殴りかかって来た兵士に関しても、報告があった。
……マム曰く『宮殿内で"天才"として最年少で護衛に付いた"女性"で、警護対象である王子の事を心から尊敬し、慕っている』と言う事だった。
先ほどの兵士が、女性だったと言う事に驚いたが、言われてみれば、中性的な顔立ちをしていた気もする。胸は、布でも巻いているか、目につくほど無いのか、どちらかだろう。
先ほど王子が"それっぽく"殴っていたのは、女性を傷付けない為と、こちらへ"配慮"した結果だったのかも知れない。
王子か……悪い奴ではなさそうだが、中々油断ならない男の様だ。
男勝りな緑ベレーの女性兵士は、"盲目的な従者"と言った処だろう。
――その他の兵士は、叩き上げの軍人で、数年前から護衛についているメンバーの様だった。恐らく、専属の護衛チームなのだろう。
……とは言え、そんな事はどうでも良い。
恐らく、複雑な事情があるのだろうが、触れない方が良いに違いない。
それに『パパ、ホテルで皆が待っているので、早く帰りましょうね! 絶対ですよ? 寄り道すると何が起こるか分かりませんからね?!』とマムから、釘を刺されている。
マムは、どうやら新しい自分の機体を見せたいらしかった。
……必死な様子だったマムの事を思い出して、少し癒された。
その後、マムから受けた報告と、現状で考えられる今後の動きを考えながら、見え始めていた"基地"に視線を定めていた。
手順というのは――
1.信号弾発射
2.周辺警戒
3.確認手続き
4.車両で移動
――の4つの手順だ。
"周辺警戒"は、マムがレーダーで確認しつつ、外に展開した正巳、ユミル、ザイ、バロムの4人で行う。その他のメンバーは有事に備えて、車両内で待機だ。
ザイから『正巳様は、車両内に居て下さい』と言われたが、別に戦闘をしに行く訳では無い。それに、もし問題が起こっても、外にいた方が対処しやすい。
正巳は仮面を付けると、手順通りに行動した。
想定外の事態は、ほぼ無かった。
"想定外"が有ったとすれば、ザイに『あれは、どうされたんですか?』と聞かれた事ぐらいだろう。……ザイが指した部分を見ると、車体前方にコブでも出来たように、一部飛び出ていた。
一瞬吹き出しかけたが、前方から人が歩いて来るのが見えて、如何にか抑えた。
――
隣には、ザイにユミル、それとバロムがいる。
他のメンバーは、車両内で待機だ。
周囲を見渡すと、白い砂浜に青い海。
目の前には、鬱蒼とした林がある。
正に、リゾート地のそれだ。
夏には、さぞ観光客が――来るわけないか。
と言うのも、ここに一般人が来ることは先ず無いのだ。
海岸線と並行するように、ブロック塀やフェンスが、視界の端の端まで続いている。
そんな塀の前、正巳達の前に歩いて来たのは、迷彩柄の上下を着た兵士が5名。
5名全員が、自動小銃を肩から下げている。
……物騒な事だが、一名だけ僅かに違和感があった。
4名が同じ敬礼なのに対して、若干角度が違う。
……海兵に交じった陸兵と言った感じだろうか。
そんな男達を前に、一歩踏み出した正巳が言う。
「出迎えご苦労」
すると、男達の中で赤いベレー帽を被った男が言った。
「遠くからご苦労様です!」
他の兵が緑なのに対して、赤のベレー帽と言うのは、男の立場を表しているのだろう。
頷いた正巳に対して、男が続けた。
「ご案内します!」
『頼む』と返事した正巳は、男達に続いて歩き始めた。
……てっきり、車両で移動するものと思っていたのだが、どうやら前を行く兵士たちは歩いて向かうみたいだった。
自分達だけ車両に戻る訳にも行かないので、仕方なく歩いて付いて行く事にした。
――
男達の歩く先には、綺麗に開かれた道が有る。
……どうにか、車両が行き交えるくらいの車幅だ。
これなら、すれ違う事は出来ないが、乗って来た車両でも通れるだろう。
後方で待機していた車両組も、確認出来たのか、動き始めていた。
車両が動き出した事を確認しながら、順調な様子に安心した。
……ここ迄は、打合せ通りだ。
――5分後。
前を、5人の軍人が歩いている。
……先ほど、赤いベレー帽――赤ベレーの男は、『遠くからご苦労様です』と言っていた。空港の手配類に関しては、全てマムに一任している。
その為、マムが先方にどのような連絡をしているかは知らない。
恐らく、問題ないように上手くやっている筈なのだが……先ほどから赤帽の兵士が、チラチラとこちらを見て来る。
「……どうした?」
「っつ!? い、いえ!」
気になって、聞いてみたのだが、目を逸らされてしまった。……そのくせ、再びチラチラとこちらを伺っている。
「ザイ、アレは?」
小さな声で呟く。
すると、歩調を速めて並んだザイが、耳打ちして来る。
「正巳様の仮面もあるでしょうが……私共が、少々変わって見えるのでしょう」
……確かに、客観的に見ると興味を引く一向かも知れない。
バロムと俺は戦闘服だが、俺は仮面を付けている。
横を歩くザイは、ホテルの制服(戦闘対応)を着ている。
ユミルは、女性用の戦闘服が無かった為、普段着だ。
言うなれば、兵士と仮面と執事と一般人だ。
……確かに、気にもなる。
「……他のメンバーは置いて来て良かったな」
「そうですね……」
ここに、幼女に少女×2名、更には大きな猫が加わったら、違和感の塊でしか無いだろう。
……と言うか、そもそもユミルが車両内に乗っていてくれたら、多少良かったのだ。それが、『下りる先には、軍の管轄している空港がある』と言った途端、『私も同行します!』と言って聞かなくなってしまった。
その為、仕方なく車両を降りる所までは、許可した。
降りた後でザイに、ユミルを説得して貰おうと思ったのだ。しかし、ユミルを見たザイが、"一瞬"浮かべた表情を見たら、『待機するように言ってくれ』と、言い出す事が出来なかった。
ため息を付きながら歩いていると、木々が開けた。
――そこには、真っすぐに伸びる滑走路と、巨大な倉庫が並んでいた。
どうやら正巳達が居るのは、滑走路の横っ腹だったらしい。
右の奥に、基地らしき建物が並んで見える。
恐らく一度、建物のある場所まで行く必要があるだろう。
……正直、面倒では有るが、この基地のトップと話をする必要がある。
マムからは、『そのまま出発しても問題無いです』と言われている。しかし、ここの設備を使わせて貰う以上、挨拶なしに行くのは余りにも礼を欠いている。
それにしても――
「遠いな……」
何の気なしに呟いたのだが、前を歩いていた兵士に聞こえた様だった。
兵士の内一人が、ムッとした様子でこちらを睨んで来た。
……気を悪くさせたかも知れない。
反射的に謝ろうとしたのだが、マムから通信が入った。
「パパ……先程上陸した位置は、車両が滑走路迄入れる、二つの道の内の一つなのです。とは言え、あの視線は許せませんね、パパにあんな――」
マムが暴走しそうになっていたので、割り込んだ。
「いや、当然だな」
マムに『兵士が、こちらに非難の視線を向けているのは"当然"だ』と言った。
……それにしても、この滑走路迄来る道が二本しかなかったとは、マムだからこそピッタリの場所に着く事が出来たのだろう。
そんな事を考えていたのだが、不意に敵意を感じた。
敵意を感じた方に視線を向けると――
「おっと」
――音を立てて、顔の横を拳が掠めた。
かなり練度の高いモノだった。
半年前の俺だったら、間違いなく喰らっていただろう。
少しヒヤリとしたところで、殴りかかって来たのが、緑のベレー帽を付けた内の一人だと分かった。……何となく中性的な顔立ちだが、キリっとした顔立ちで、中々男前だ。
そんな事を考えていたら、男が言った。
「さっきから、不敬だぞ!」
どうやら、俺が口走った言葉に反応したらしかった。
目の前の男に言葉を返す前に、確認の為に視線を動かした。
……隣に目を向けると、ザイがユミルを止めている。
反対に立っているバロムは、一歩も動いていない。
仲間の様子を見て、安心した。
これ以上の面倒は、勘弁だ。
一呼吸して言った。
「……不敬か?」
「そうだ! こちらに居られる方に対しての敬意が無い!」
……顔を赤くして怒っている。
「そちらとは?」
「ッツ! こちらの、第一王じぃ――」
男が最後まで言い切る前に、隣で黙っていた赤ベレーの男が、殴り飛ばした。
腰の入った良いパンチ、に見えるが……
「このっ――馬鹿野郎がぁ!」
砂利道に転がった男に、赤ベレーの男が怒鳴る。
「貴様が出る幕ではないわ!」
「で、ですが……」
「冷静に成れ!」
「しかし……」
「連れて行け!」
「「ハッツ!」」
赤ベレーの男命令を受け、隣に立っていた兵士二人が引き摺って行った。
その様子を確認した赤ベレーは、こちらに再度振り向くと、頭を下げた。
「申し訳なかった!」
その頭を見ながら、何となく申し訳ない気持ちになった。
勘違いして、先走った男も悪いが、そもそも切っ掛けを作ったのは、正巳の様なモノだ。
「いや、こちらそ、何だか悪い事をしたな」
「いえ、それよりも、先を急ぎましょうか……この謝罪は、後ほどさせて頂きますので」
別に、謝罪なんて必要無いんだが……
「いや、謝罪とやらは結構だ。 それにしても……ここからは歩くのか?」
何となく、連れて行かれた男の口走っていた『第一王子』と言う部分が気にはなったが、面倒な臭いしかしなかったので、スルーする事にした。
……半年の間に、様々な経歴を持つ人に出会ったが、かなり変わった人が多かった。変わっているだけであれば良いのだが、皆が漏れる事なく"厄介事"を持ってくるプロだった。
……しなくても良い苦労を、散々した気がする。
そんな正巳の心を知ってか、知らずか、赤ベレーの男が答えた。
「いえ、私共の試用している車両での移動予定でしたが――必要なさそうですな」
男はそう言いながら、後ろで待機している車両を見た。
「まあ、そうだな……」
正巳の答えを聞いた男は、少し苦笑いを浮かべると、言った。
「それでは、先導しますので付いて来て下さい」
そんな男に対して、『分かった』と答えると、赤ベレーの男は兵士たちに指示をして、車両(4人乗りのバギー)を持って来させた。
そんな様子を見ながら、(車両が有るなら、初めから乗って来れば良かったろうに)と不思議に思った。……車両に乗って来れば、そもそも海岸沿いから歩いてくる必要が無かった筈なのだ。
ただ、考えていても仕方がない事なので、一先ず目の前の事を済ませてしまう事にした。
「俺達も乗るか……」
そう正巳が呟くと、ザイが頷いてバロムと共に、車両に乗り込んで行った。
そんな様子を確認して、気が立っているユミルを促しながら、車両へと戻った。
車両に乗り込む最中、一応マムに『素性と動向を洗っておいてくれ』と言っておいた。マムの事だから、その程度であれば基地に着くまでに、済むだろう。
<車両内>
車両に戻ると、サナと綾香が心配そうにして聞いて来た。
「せんめつなの?」
「あれ、モノホンの銃みたいだけど……大丈夫なの?」
サナは、心配そうにしているが、その口から出た言葉はかなり過激な内容だ。しかも、それが冗談や虚言で済まないのが、余計に問題だ。
綾香は、何やらおかしな言葉遣いになっているが、緊張の表れだろう。
二人に苦笑いしながら、『殲滅はしないし、何も問題ないから大丈夫だ』と言っておいた。綾香の心配はもっともだが、サナに至っては、きちんと否定しておかないと間違いを犯しかねない。
この基地には、飽くまでも"飛行機に乗りに"来たのだ。
決して、殲滅やら心配になる様な事をしに来たのではない。
……改めて、サナには『殴っちゃだめだ』と良く言っておく事にした。
サナに言い聞かせていると、ボス吉が体を擦りつけながら『主の為なら戦うが?』と言って来たので、ボス吉にも『戦わなくても大丈夫だ』と言っておいた。
何やら、ボス吉の方は『なるほど、主であれば片手で捻る程度だものな!』と、訳の分からない納得の仕方をしていたが、暴れられるよりは良いので、放っておいた。
ボス吉の毛並みを撫でていると、車両が動き始めた。
どうやら、先導する車両が案内を始めたようだ。
それ程待たずに、赤いベレー帽の男や、他の者達に関しての報告がある筈だ。
報告がある迄は取り敢えず、車両内でマムからの報告を待つことにした。
――10分後。
移動中にマムから、赤ベレーの男に関する報告があった。
赤ベレーの男は、中東にある一国の、第一王子だったらしい。
聞いた事の無い国名だったが、どうやら長い歴史を持つ国の様で、最近では希少金属に加えて自然資源の輸出で、利益を上げているらしかった。
王子自身に関しても、様々な情報が有った。
どうやら王子は、自国で教育を受けた後で、15歳で国外の大学で学んでいたらしく、特に考古学や海洋学の専門家の様だった。
大学を出た後は、帰国する予定だったみたいだが、"研究"と称して様々な場所に"調査"に出向いている様だった。……何となく、今井さんと同じ匂いがする。
『同じ』とは言っても、こちらの王子は、特に自分自身が現地で"探求"する事に、重きを置いている様では有るが……もしかすると、この島にも何かの"調査"出来ていたのかも知れない。
この手の人種は、自分の探求心を満たす為であれば、あらゆるコネクションや、力を行使する特徴が有ったりする。少なくとも、今井さんの場合はそうだ。
取り敢えず王子は、"好奇心旺盛な学者"といった感じだ。
殴りかかって来た兵士に関しても、報告があった。
……マム曰く『宮殿内で"天才"として最年少で護衛に付いた"女性"で、警護対象である王子の事を心から尊敬し、慕っている』と言う事だった。
先ほどの兵士が、女性だったと言う事に驚いたが、言われてみれば、中性的な顔立ちをしていた気もする。胸は、布でも巻いているか、目につくほど無いのか、どちらかだろう。
先ほど王子が"それっぽく"殴っていたのは、女性を傷付けない為と、こちらへ"配慮"した結果だったのかも知れない。
王子か……悪い奴ではなさそうだが、中々油断ならない男の様だ。
男勝りな緑ベレーの女性兵士は、"盲目的な従者"と言った処だろう。
――その他の兵士は、叩き上げの軍人で、数年前から護衛についているメンバーの様だった。恐らく、専属の護衛チームなのだろう。
……とは言え、そんな事はどうでも良い。
恐らく、複雑な事情があるのだろうが、触れない方が良いに違いない。
それに『パパ、ホテルで皆が待っているので、早く帰りましょうね! 絶対ですよ? 寄り道すると何が起こるか分かりませんからね?!』とマムから、釘を刺されている。
マムは、どうやら新しい自分の機体を見せたいらしかった。
……必死な様子だったマムの事を思い出して、少し癒された。
その後、マムから受けた報告と、現状で考えられる今後の動きを考えながら、見え始めていた"基地"に視線を定めていた。
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