『 インパルス 』 ~宝くじで900億円当たったから、理想の国を作ることにした~

時雲

135話 赤ベレー

 上陸した正巳は、確認していた手順通りに行動した。

 手順というのは――

 1.信号弾発射
 2.周辺警戒
 3.確認手続き
 4.車両で移動

 ――の4つの手順だ。

 "周辺警戒"は、マムがレーダーで確認しつつ、外に展開した正巳、ユミル、ザイ、バロムの4人で行う。その他のメンバーは有事に備えて、車両内で待機だ。

 ザイから『正巳様は、車両内に居て下さい』と言われたが、別に戦闘をしに行く訳では無い。それに、もし問題が起こっても、外にいた方が対処しやすい。

 正巳は仮面を付けると、手順通りに行動した。
 想定外の事態は、ほぼ無かった。

 "想定外"が有ったとすれば、ザイに『あれは、どうされたんですか?』と聞かれた事ぐらいだろう。……ザイが指した部分を見ると、車体前方にコブでも出来たように、一部飛び出ていた。

 一瞬吹き出しかけたが、前方から人が歩いて来るのが見えて、如何にか抑えた。 

 ――

 隣には、ザイにユミル、それとバロムがいる。
 他のメンバーは、車両内で待機だ。

 周囲を見渡すと、白い砂浜に青い海。
 目の前には、鬱蒼うっそうとした林がある。
 正に、リゾート地のそれだ。

 夏には、さぞ観光客が――来るわけないか。
 と言うのも、ここに一般人が来ることは先ず無いのだ。

 海岸線と並行するように、ブロック塀やフェンスが、視界の端の端まで続いている。
 そんな塀の前、正巳達の前に歩いて来たのは、迷彩柄の上下を着た兵士が5名。

 5名全員が、自動小銃を肩から下げている。
 ……物騒な事だが、一名だけ僅かに違和感があった。

 4名が同じ敬礼なのに対して、若干角度が違う。

 ……海兵に交じった陸兵と言った感じだろうか。
 そんな男達を前に、一歩踏み出した正巳が言う。

「出迎えご苦労」

 すると、男達の中で赤いベレー帽を被った男が言った。

「遠くからご苦労様です!」

 他の兵が緑なのに対して、赤のベレー帽と言うのは、男の立場を表しているのだろう。
 頷いた正巳に対して、男が続けた。

「ご案内します!」

 『頼む』と返事した正巳は、男達に続いて歩き始めた。

 ……てっきり、車両で移動するものと思っていたのだが、どうやら前を行く兵士たちは歩いて向かうみたいだった。

 自分達だけ車両に戻る訳にも行かないので、仕方なく歩いて付いて行く事にした。

 ――

 男達の歩く先には、綺麗に開かれた道が有る。

 ……どうにか、車両が行き交えるくらいの車幅だ。

 これなら、すれ違う事は出来ないが、乗って来た車両でも通れるだろう。

 後方で待機していた車両組も、確認出来たのか、動き始めていた。

 車両が動き出した事を確認しながら、順調な様子に安心した。

 ……ここ迄は、打合せ通りだ。



 ――5分後。

 前を、5人の軍人が歩いている。

 ……先ほど、赤いベレー帽――赤ベレーの男は、『遠くから・・・・ご苦労様です』と言っていた。空港の手配類に関しては、全てマムに一任している。

 その為、マムが先方にどのような連絡をしているかは知らない。

 恐らく、問題ないように上手くやっている筈なのだが……先ほどから赤帽の兵士が、チラチラとこちらを見て来る。

「……どうした?」
「っつ!? い、いえ!」

 気になって、聞いてみたのだが、目を逸らされてしまった。……そのくせ、再びチラチラとこちらを伺っている。

「ザイ、アレは?」

 小さな声で呟く。
 すると、歩調を速めて並んだザイが、耳打ちして来る。

「正巳様の仮面もあるでしょうが……私共が、少々変わって見えるのでしょう」

 ……確かに、客観的に見ると興味を引く一向かも知れない。

 バロムと俺は戦闘服だが、俺は仮面を付けている。
 横を歩くザイは、ホテルの制服(戦闘対応)を着ている。
 ユミルは、女性用の戦闘服が無かった為、普段着だ。

 言うなれば、兵士と仮面と執事と一般人だ。

 ……確かに、気にもなる。

「……他のメンバーは置いて来て良かったな」
「そうですね……」

 ここに、幼女に少女×2名、更には大きな猫が加わったら、違和感の塊でしか無いだろう。

 ……と言うか、そもそもユミルが車両内に乗っていてくれたら、多少良かったのだ。それが、『下りる先には、軍の管轄している空港がある』と言った途端、『私も同行します!』と言って聞かなくなってしまった。

 その為、仕方なく車両を降りる所までは、許可した。

 降りた後でザイに、ユミルを説得して貰おうと思ったのだ。しかし、ユミルを見たザイが、"一瞬"浮かべた表情を見たら、『待機するように言ってくれ』と、言い出す事が出来なかった。

 ため息を付きながら歩いていると、木々が開けた。

 ――そこには、真っすぐに伸びる滑走路と、巨大な倉庫が並んでいた。

 どうやら正巳達が居るのは、滑走路の横っ腹だったらしい。
 右の奥に、基地らしき建物が並んで見える。

 恐らく一度、建物のある場所まで行く必要があるだろう。
 ……正直、面倒では有るが、この基地のトップと話をする必要がある。

 マムからは、『そのまま出発しても問題無いです』と言われている。しかし、ここの設備を使わせて貰う以上、挨拶なしに行くのは余りにも礼を欠いている。

 それにしても――

「遠いな……」

 何の気なしに呟いたのだが、前を歩いていた兵士に聞こえた様だった。

 兵士の内一人が、ムッとした様子でこちらを睨んで来た。
 ……気を悪くさせたかも知れない。

 反射的に謝ろうとしたのだが、マムから通信が入った。

「パパ……先程上陸した位置は、車両が滑走路迄入れる、二つの道の内の一つなのです。とは言え、あの視線は許せませんね、パパにあんな――」

 マムが暴走しそうになっていたので、割り込んだ。

「いや、当然だな」

 マムに『兵士が、こちらに非難の視線を向けているのは"当然"だ』と言った。

 ……それにしても、この滑走路迄来る道が二本しかなかったとは、マムだからこそピッタリの場所に着く事が出来たのだろう。

 そんな事を考えていたのだが、不意に敵意を感じた。

 敵意を感じた方に視線を向けると――

「おっと」

 ――音を立てて、顔の横を拳が掠めた。

 かなり練度の高いモノだった。
 半年前の俺だったら、間違いなく喰らっていただろう。

 少しヒヤリとしたところで、殴りかかって来たのが、緑のベレー帽を付けた内の一人だと分かった。……何となく中性的な顔立ちだが、キリっとした顔立ちで、中々男前だ。

 そんな事を考えていたら、男が言った。

「さっきから、不敬だぞ!」

 どうやら、俺が口走った言葉に反応したらしかった。

 目の前の男に言葉を返す前に、確認の為に視線を動かした。

 ……隣に目を向けると、ザイがユミルを止めている。
 反対に立っているバロムは、一歩も動いていない。

 仲間の様子を見て、安心した。
 これ以上の面倒は、勘弁だ。

 一呼吸して言った。

「……不敬か?」
「そうだ! こちらに居られる方に対しての敬意が無い!」

 ……顔を赤くして怒っている。

「そちらとは?」
「ッツ! こちらの、第一王じぃ――」

 男が最後まで言い切る前に、隣で黙っていた赤ベレーの男が、殴り飛ばした。
 腰の入った良いパンチ、に見えるが……

「このっ――馬鹿野郎がぁ!」

 砂利道に転がった男に、赤ベレーの男が怒鳴る。

「貴様が出る幕ではないわ!」
「で、ですが……」

「冷静に成れ!」
「しかし……」

「連れて行け!」
「「ハッツ!」」

 赤ベレーの男命令を受け、隣に立っていた兵士二人が引き摺って行った。
 その様子を確認した赤ベレーは、こちらに再度振り向くと、頭を下げた。

「申し訳なかった!」

 その頭を見ながら、何となく申し訳ない気持ちになった。
 勘違いして、先走った男も悪いが、そもそも切っ掛けを作ったのは、正巳の様なモノだ。

「いや、こちらそ、何だか悪い事をしたな」
「いえ、それよりも、先を急ぎましょうか……この謝罪は、後ほどさせて頂きますので」

 別に、謝罪なんて必要無いんだが……

「いや、謝罪とやらは結構だ。 それにしても……ここからは歩くのか?」

 何となく、連れて行かれた男の口走っていた『第一王子』と言う部分が気にはなったが、面倒な臭いしかしなかったので、スルーする事にした。

 ……半年の間に、様々な経歴を持つ人に出会ったが、かなり変わった人が多かった。変わっているだけであれば良いのだが、皆が漏れる事なく"厄介事"を持ってくるプロだった。

 ……しなくても良い苦労を、散々した気がする。

 そんな正巳の心を知ってか、知らずか、赤ベレーの男が答えた。

「いえ、私共の試用している車両での移動予定でしたが――必要なさそうですな」

 男はそう言いながら、後ろで待機している車両を見た。

「まあ、そうだな……」

 正巳の答えを聞いた男は、少し苦笑いを浮かべると、言った。

「それでは、先導しますので付いて来て下さい」

 そんな男に対して、『分かった』と答えると、赤ベレーの男は兵士たちに指示をして、車両(4人乗りのバギー)を持って来させた。

 そんな様子を見ながら、(車両が有るなら、初めから乗って来れば良かったろうに)と不思議に思った。……車両に乗って来れば、そもそも海岸沿いから歩いてくる必要が無かった筈なのだ。

 ただ、考えていても仕方がない事なので、一先ず目の前の事を済ませてしまう事にした。

「俺達も乗るか……」

 そう正巳が呟くと、ザイが頷いてバロムと共に、車両に乗り込んで行った。
 そんな様子を確認して、気が立っているユミルを促しながら、車両へと戻った。

 車両に乗り込む最中、一応マムに『素性と動向を洗っておいてくれ』と言っておいた。マムの事だから、その程度であれば基地に着くまでに、済むだろう。


<車両内>
 車両に戻ると、サナと綾香が心配そうにして聞いて来た。

「せんめつなの?」
「あれ、モノホンの銃みたいだけど……大丈夫なの?」

 サナは、心配そうにしているが、その口から出た言葉はかなり過激な内容だ。しかも、それが冗談や虚言で済まないのが、余計に問題だ。

 綾香は、何やらおかしな言葉遣いになっているが、緊張の表れだろう。

 二人に苦笑いしながら、『殲滅はしないし、何も問題ないから大丈夫だ』と言っておいた。綾香の心配はもっともだが、サナに至っては、きちんと否定しておかないと間違いを犯しかねない。

 この基地には、飽くまでも"飛行機に乗りに"来たのだ。
 決して、殲滅やら心配になる様な事をしに来たのではない。

 ……改めて、サナには『殴っちゃだめだ』と良く言っておく事にした。

 サナに言い聞かせていると、ボス吉が体を擦りつけながら『主の為なら戦うが?』と言って来たので、ボス吉にも『戦わなくても大丈夫だ』と言っておいた。

 何やら、ボス吉の方は『なるほど、主であれば片手で捻る程度だものな!』と、訳の分からない納得の仕方をしていたが、暴れられるよりは良いので、放っておいた。

 ボス吉の毛並みを撫でていると、車両が動き始めた。
 どうやら、先導する車両が案内を始めたようだ。

 それ程待たずに、赤いベレー帽の男や、他の者達に関しての報告がある筈だ。
 報告がある迄は取り敢えず、車両内でマムからの報告を待つことにした。


 ――10分後。

 移動中にマムから、赤ベレーの男に関する報告があった。

 赤ベレーの男は、中東にある一国の、第一王子だったらしい。

 聞いた事の無い国名だったが、どうやら長い歴史を持つ国の様で、最近では希少金属に加えて自然資源の輸出で、利益を上げているらしかった。

 王子自身に関しても、様々な情報が有った。
 どうやら王子は、自国で教育を受けた後で、15歳で国外の大学で学んでいたらしく、特に考古学や海洋学の専門家の様だった。

 大学を出た後は、帰国する予定だったみたいだが、"研究"と称して様々な場所に"調査"に出向いている様だった。……何となく、今井さんと同じ匂いがする。

 『同じ』とは言っても、こちらの王子は、特に・・自分自身が現地で"探求"する事に、重きを置いている様では有るが……もしかすると、この島にも何かの"調査"出来ていたのかも知れない。

 この手の人種は、自分の探求心を満たす為であれば、あらゆるコネクションや、力を行使する特徴が有ったりする。少なくとも、今井さんの場合はそうだ。

 取り敢えず王子は、"好奇心旺盛な学者"といった感じだ。

 殴りかかって来た兵士に関しても、報告があった。

 ……マム曰く『宮殿内で"天才"として最年少で護衛に付いた"女性"で、警護対象である王子の事を心から尊敬し、慕っている』と言う事だった。

 先ほどの兵士が、女性だったと言う事に驚いたが、言われてみれば、中性的な顔立ちをしていた気もする。胸は、サラシでも巻いているか、目につくほど無いのか、どちらかだろう。

 先ほど王子が"それっぽく"殴っていたのは、女性を傷付けない為と、こちらへ"配慮"した結果だったのかも知れない。

 王子か……悪い奴ではなさそうだが、中々油断ならない男の様だ。

 男勝りな緑ベレーの女性兵士は、"盲目的な従者"と言った処だろう。

 ――その他の兵士は、叩き上げの軍人で、数年前から護衛についているメンバーの様だった。恐らく、専属の護衛チームなのだろう。

 ……とは言え、そんな事はどうでも良い。

 恐らく、複雑な事情めんどうごとがあるのだろうが、触れない方が良いに違いない。

 それに『パパ、ホテルで皆が待っているので、早く帰りましょうね! 絶対ですよ? 寄り道すると何が起こるか分かりませんからね?!』とマムから、釘を刺されている。

 マムは、どうやら新しい自分の機体からだを見せたいらしかった。
 ……必死な様子だったマムの事を思い出して、少し癒された。

 その後、マムから受けた報告と、現状で考えられる今後の動きパターンを考えながら、見え始めていた"基地"に視線を定めていた。

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