『 インパルス 』 ~宝くじで900億円当たったから、理想の国を作ることにした~

時雲

134話 調査報告

 そこに表示されているのは、見知った顔だった。

 面長で、その表情こそ笑っているものの、目は笑っていない。
 雰囲気は、そのまま"ザ・エリート"と言った感じだ。

「……やっぱり、岡本部長も関わってたか」
「はい。主に、"運び"を担当していた様です」

 京生貿易の部長、しかも、実質的支配者であったのであれば、世界中に秘密裏にモノを運ばせる事など朝飯前だろう。……あの用心深い岡本部長の事だから、何重にも保険を掛けていた筈では有るが。

 兎も角これで、三人の所有者オーナーの一人は分かった。

 岡本部長は、確かホテルの"施設"で"更生中"だった筈だ。
 ――後で、ザイにでも聞いておこう。

「物流は岡本部長か……で、これ・・は?」

 正巳がそう言って指差した先には、新聞やテレビ等のニュースで見知った顔がある。

それ・・は、"政治"担当の所有者オーナーですね」
道尊寺重三どうそんじじゅうぞう……現職の防衛大臣にして現政権において、その勢力を総理と二分すると言われる、大物政治家」

 モニター上に書かれている説明文は、正巳でも知っている"一般常識"だ。

 ……正巳が読み上げたのを確認したのだろう。マムが、道尊寺に線で繋がっている、新たな資料をピックアップした。

 その資料は、ある"雑誌"の切り抜きだった。

「これは……今井さんのご両親の作った記事か……」

 そう――

 そこにあったのは、道尊寺が十年以上前に噂された"人身売買"を特集した記事だった。

 読み終わると、マムが次の記事を表示する。

「今度は……ジャーナリストの死亡事件、零細出版社社長死亡……衆議院解散」

 全て、今井さんから聞いていた通りの内容だ。

「これらは、過去の事ですが、これが道尊寺重三が所有者オーナーである証拠と……おまけの"不正目録"です!」

 そう言ってマムが表示したのは、道尊寺が送ったとみられるメールの内容と電話の録音、それと合わせて本人を撮影した映像だった。

 また、『おまけ』と言ってマムが出した"目録"の内容は、さらに酷い内容だった。

 ……不動産の不正売買。議員の買収及び接待。公共事業の談合の指示とその見返り。あらゆる犯罪組織とのつながり――伍一会、弘瀬組、その両方の名前が有った。

 目録を下まで確認して行くと、途中から疑問を覚える内容が多くあった。

「……マム、この"自殺ほう助指示"とか"○○宅への脅迫指示"とか言ったのは、どういった内容だ?」

 その内容は、大臣である重三が行ったと考えるには、余りにも不自然な内容だった。……指示した事が不思議なのではなく、他の内容と比較した時、余りにもその内容が"子悪党"っぽい内容だと感じたのだ。

「その内容は、重三本人ではなく、息子に関わる内容ですね」 
「……息子?」

 疑問に思ってマムに聞くと、マムは『こちらが、"息子"道尊寺生方どうそんじうぶかたのプロフィールです』と言って、その経歴を表示した。

 ……酷い内容だった。

 途中からは、犯罪のオンパレードで、"あらゆる犯罪を犯した"と言っても過言では無いであろう内容だった。

 驚いたのは、その犯罪の経歴だけではない。

「……おいおい、"京生貿易支店長"って……それに、こっちは最近の――」

 そこには、つい一年の"犯罪経歴"が書かれてあった。
 その中でも、正巳の目を引いたのは、"今井美花襲撃"と言う部分だった。

「マム、今井さんが襲われた時、俺は何してた?」
「……自宅が燃やされていたのを確認した日と、同時期です」

「そうか……」

 と言う事は、今井さんと夜に電話していた筈だが、その"変化"に気が付かなかったとは、腑抜けも良い所だ。戻ったら、何か埋め合わせをしなくては……

「それで、道尊寺の息子の方は今どうなってる?」
「現在、岡本と共に"再教育中"です」

 ……岡本部長と、道尊寺重三は二人とも孤児院の所有者オーナーだった。

「そういう事か……」

 単純な事だ。
 道尊寺は、経営仲間である岡本に、息子の事を頼んだのだろう。

 その証拠に、道尊寺の息子――道尊寺生方がシンガポール支社長就任の際の"辞令"は、推薦人の一人として岡本のサインがある。

 そこで、岡本と道尊寺の息子が、今井さんを襲ったと。

 その結果、ホテルの従業員 ――運悪くザイが同行していた―― に撃退された上に、拘束されるとは運が無い事だ。

 ……不思議なのは、何故ザイが"護衛"として同行したのか、と言う事だ。

 ザイほどの護衛であれば、相当の費用がかかる。その筈なのに、請求されたのはタクシー運転手としての費用のみだった。

 ……まぁ何にせよ、所有者オーナーの二人は分かった。

 物流の岡本康夫(京生貿易部長)
 政治の道尊寺重三(代議員、現職の防衛大臣)

 となると、最後の一人になる。

「それで、最後の一人は"人脈"だったか?」

 そう聞くと、マムが腰に手を当てて、反対の人差し指をピシッと立てた。
 教師と言うよりは、ニュースキャスターのような感じだ。

「そうなんです!」

 そんなに、力を入れる事ではないと思う……が?

「マム、これは"鈴屋"だと思うんだが……」

 そこまで言って、思い当たる事が一つあった。

 まさか――

「おいおい、まさか、『鈴屋がそうだ』なんて言わないよな?」

 言いながら、何かうすら寒いモノが、首筋を伝うのを感じた。
 ……マムが指を振ると、モニターに資料が並ぶ。

「……」
「パパの予想通りです。ただ、余りにも情報が少なく、信憑性に欠ける内容も多かったので、今回はその大半は"仮定"としての報告になってしまいましたが……」

 マムの話を聞きながら、資料に目を通して行く。

 その大半は、鈴屋と思われる人物の写真と、一緒に映っている人物のプロファイルだ。そして、その他にも幾つもの世界の闇が見て取れる。

 ……最近独立した国家のリーダーと移っている写真が有るが、この国は、非武装国家を目指していた筈だ。次の写真には、ある麻薬カルテルのドンと目される人物との写真がある……

「写真は、どうやって集めたんだ?」
「はい、多くは街中にある監視カメラや、ネットに繋がっている機械によって"顔照合"をして、人物の追跡及び特定。その後、一番近い部分の機器から情報の取得を行いました!」

 ……全世界においてネットに繋がっていれば、マムの監視下にあったと。

「そうか……でも、これなんかは上空からのモノしかないが?」

 そう言って指差したのは、砂漠の中心で車両二台が映っている写真だ。その説明には、"ある国の王子と密会"と書いてある。

それ・・は、ある国の"情報収集衛星"からの写真です、パパ」
「……まあ、そういう事も有るのか」

 とんでもない事であるのは確かだが、今更感が強くて、『あ、そこまで行ってるのね』みたいな反応しか出来なかった。

「パパ? ……資料、足りませんでしたか?」

 モニターの上の方にある細い窓から、すっかり明るくなった空を、ぼーっと眺めていたら、マムが声を掛けて来た。

「いや、十分だな……NPOと銘打って、各国でチャリティイベントに参加。参加したイベント内で、要人らと密会か……それに、こっちは子供を"送るリスト"に"調達リスト"か、悪趣味だな」

 その他にも、幾つもの国家との蜜月ぶりを、裏付ける資料があった。

「はい……」
「どうした?」

 マムが煮え切らない様子だ。

「いえ、"資料"は豊富に有るのですが、その中にはこんなモノまでありまして……」

 そう言ってマムが表示させたのは、ある写真だった。
 写真の中には、厚手のコートを着た将官達が写っている。

 どの男達も若い姿をしており、堀の深い欧州人の顔をしている。
 特徴的なのは、その腕章に逆卍が記されている点だろう。

「これがどうした?」
「……この写真の一人が、"鈴屋"と同じ人物であると分析されました」

 マムの言葉に、もう一度写真を見るが、記憶にある鈴屋とは似ても似つかない。
 そもそも、鈴屋は日本人顔だ。

「これが、"仮定"の部分か……」
「はい、この人物は戦死したとされていて、生きていても130歳を越える筈なんです」

「130を超える……それは何とも」

 何とも、言いようがない。
 マムの分析が間違っている可能性が高いとは思うが、専門分野でマムが間違えたと云うのもにわかには信じがたい。

 有るとすれば、マムのプログラム内にバグが生じた可能性だ。
 ……取り敢えず、聞くだけ聞いておこう。

「年齢以外のプロフィール……"戦死"と言う事は、軍に属していたのか?」
「はい。……大変優秀だった様で、軍医学校を首席で卒業後、そのまま軍に招聘しょうへいされています。記録上では、戦死時"中佐"だったと有ります」

 軍医か……

「分かった、十分だ。引き続き調べていてくれ」
「はい、パパ」

「あと、鈴屋の場所は常に把握していてくれるか?」
「分かりました……ただ、その点で少々問題がありまして」

「問題?」
「はい、監視衛星はセキュリティレベルが極端に高い為、掌握すると直ぐに"知られる"ので、必要な時以外は、コントロール出来ないんです……」

 ……まあ、当然と言ったら当然だろう。遥か彼方から、地上を自由に監視できるのだ。セキュリティが厳しくない訳が無い。

「……自前で欲しいよな」
「"自前"ですか、パパ?」

「ああ、なんかこう"宇宙"って言うと、ロマンがあるよな!」
「"ロマン"ですか?」

 マムが不思議そうな顔をしている。
 ……宇宙の"ロマン"を教えておく必要がありそうだ。

「宇宙のロマンはな、未知の物質とか、未知の生命体とか……後は、宇宙に住む事だな!」
「確かに、未知の物質は興味あります! これ迄以上に開発に回せるリソースが増えます! でも、"宇宙に住む"ですか?」

 どうやら、マムは今井さんの影響を、多大に受けているらしい。
 ここは、じっくりと宇宙の魅力を語る必要がありそうだ。

「そうだぞ、宇宙は人類の目指す"天"なんだ。と言うのも――『"ビィービィー"』」

 いよいよ、宇宙の魅力について話そうとした所で、ブザーが鳴った。

「これは?」
「一応、空港到着前の"打診"が入った連絡になります」

「打診?」
「はい、一応軍部所有の空港なので、少々特殊な手続きを踏んでまして」

 ……恐らく、表に出せないような方法を取ったのだろう。

「そうか……それじゃあ、続きはまた今度だな」
「えっ? ……その、パパ、"待たせます"ので話の続きを――」

 マムがそう言って、何やら手をブンブンと振っている。
 そんなマムに、苦笑いしながら言った。

「何時でも話せる話の為に、待たせる訳にも行かないだろう?」

 そう言うと『パパが最優先です!』等と言っていたが、『時間を取るから……』と言うと、如何にか納得してくれた。

 ……ここでマムにごねられて、良い事は無い。

 ため息を付きたくなるのを抑えて、隣にいるサナに目を向けた。


 ――――
 サナは、盤面上に複数のボードを並べていた。

「これで王てなの!」

 将棋では、サナが勝ったようだ。
 マムが"穴熊"と言われる戦法を取っていたことが、盤上から読み取れる。

「こっちは、チェック……次で、チェックメイトなの」

 チェスでも、勝ったようだ。
 こちらは、どんな戦法でだったかも、状況すらもよく分からない。

「ずるいなの、マムレベル不正したなの!」

 ……オセロでは、最後の数手で僅かにマムが善戦したらしかった。

「レベル不正?」
「そうなの、先読みを人間を超えてたなの!」

「マム?」
「……決して、パパに良い所を見せたかったとかでは無くて、マムには"ルールを外れて来る"者が居るという事をですね――『"ズズンッツ!"』」

 マムが、正巳からすると可愛らしい事を言った直後、マムの拳がモニターの一部を貫いていた。……モニターだけではなく、後ろの装甲まで陥没している。

「二人とも、そこまでだ……仲間内での争いは禁止だ」

 言いながら、扉の向こうで気配の動きを感じる。
 恐らく、ユミル辺りが"様子見"をしに動いたのだろう。

「でも、マムがずるしたなの!」
「……ヴぁいxfkdlnん」

 サナが抗議をするように言った処で、マムが壊れた機械の様な音を出した。
 すると、それに反応したサナが、つり上がっていた眉をしおしおとさせた。

「マム……?」
「……ヴぉdjkskls」

「痛いなの?」
「……ヴぇfjdjskぁい」

 ……サナが心配そうにして、壊れた箇所を擦っている。
 そんな様子を横目に、イモ吉を耳に取り付けた。

 そして、小声で話しかける。

「マム、程々にな……」
「あ、パパにはバレましたか」

「いや、バレましたかって、そりゃあ……見えてる部分にそれらしい機械類は無いし、それに、今井さんが、中で殴っただけで壊れる設計を、するとは思えないからな」

 そう言うと、マムが『ネタバラシしますか?』と聞いて来たので、『いや、サナにも良い薬になるだろう』と答えておいた。

 すると、『分かりました』と返事があり、閉じていた扉が開いた。
 扉が開くと、予想通り気配が飛び込んで来た。

 ただ、思ったよりも勢いが早く、飛び込んで来た人物を受け止める形になった。

「おっと……大丈夫か?」
「えっ? 正巳様?!」

 驚いているユミルを立たせながら、落ち着かせた。

「……何か有ったかと思いました」
「悪いな、まぁ有ったと云えば有ったんだが……もう大丈夫だ」

 そう言いながら、サナの元へと歩いて行くと、サナの頭を撫でながら言った。

「仲間と争って良い事は無いだろう?」
「ないなの」

 ……大分効いたらしい。
 マムが相変わらず、壊れた機械音を発しているせいで、サナが涙目になっている。

「マムは大丈夫だから、ほら、ユミルお姉ちゃんの所に行ってきな」

 そう言うと、一度マムの残骸――と言うより、モニターの残骸を一度撫でてから、ユミルの元に飛びついて行った。

 ユミルは、一瞬戸惑った様子だった。しかし、直ぐにサナの頭を撫でると、サナが首に手を回したタイミングで抱え上げていた。

 見た目こそ、白髪幼女とブロンド美人で違うものの、すっかり姉妹の様であった。

 そんな様子を微笑ましく見ていたのだが、二回目のブザー音で我に返った。

『"ビィーービィーー……"』

 どうやら、"空港"へと到着したらしかった。

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