『 インパルス 』 ~宝くじで900億円当たったから、理想の国を作ることにした~
134話 調査報告
そこに表示されているのは、見知った顔だった。
面長で、その表情こそ笑っているものの、目は笑っていない。
雰囲気は、そのまま"ザ・エリート"と言った感じだ。
「……やっぱり、岡本部長も関わってたか」
「はい。主に、"運び"を担当していた様です」
京生貿易の部長、しかも、実質的支配者であったのであれば、世界中に秘密裏にモノを運ばせる事など朝飯前だろう。……あの用心深い岡本部長の事だから、何重にも保険を掛けていた筈では有るが。
兎も角これで、三人の所有者の一人は分かった。
岡本部長は、確かホテルの"施設"で"更生中"だった筈だ。
――後で、ザイにでも聞いておこう。
「物流は岡本部長か……で、これは?」
正巳がそう言って指差した先には、新聞やテレビ等のニュースで見知った顔がある。
「それは、"政治"担当の所有者ですね」
「道尊寺重三……現職の防衛大臣にして現政権において、その勢力を総理と二分すると言われる、大物政治家」
モニター上に書かれている説明文は、正巳でも知っている"一般常識"だ。
……正巳が読み上げたのを確認したのだろう。マムが、道尊寺に線で繋がっている、新たな資料をピックアップした。
その資料は、ある"雑誌"の切り抜きだった。
「これは……今井さんのご両親の作った記事か……」
そう――
そこにあったのは、道尊寺が十年以上前に噂された"人身売買"を特集した記事だった。
読み終わると、マムが次の記事を表示する。
「今度は……ジャーナリストの死亡事件、零細出版社社長死亡……衆議院解散」
全て、今井さんから聞いていた通りの内容だ。
「これらは、過去の事ですが、これが道尊寺重三が所有者である証拠と……おまけの"不正目録"です!」
そう言ってマムが表示したのは、道尊寺が送ったとみられるメールの内容と電話の録音、それと合わせて本人を撮影した映像だった。
また、『おまけ』と言ってマムが出した"目録"の内容は、さらに酷い内容だった。
……不動産の不正売買。議員の買収及び接待。公共事業の談合の指示とその見返り。あらゆる犯罪組織とのつながり――伍一会、弘瀬組、その両方の名前が有った。
目録を下まで確認して行くと、途中から疑問を覚える内容が多くあった。
「……マム、この"自殺ほう助指示"とか"○○宅への脅迫指示"とか言ったのは、どういった内容だ?」
その内容は、大臣である重三が行ったと考えるには、余りにも不自然な内容だった。……指示した事が不思議なのではなく、他の内容と比較した時、余りにもその内容が"子悪党"っぽい内容だと感じたのだ。
「その内容は、重三本人ではなく、息子に関わる内容ですね」
「……息子?」
疑問に思ってマムに聞くと、マムは『こちらが、"息子"道尊寺生方のプロフィールです』と言って、その経歴を表示した。
……酷い内容だった。
途中からは、犯罪のオンパレードで、"あらゆる犯罪を犯した"と言っても過言では無いであろう内容だった。
驚いたのは、その犯罪の経歴だけではない。
「……おいおい、"京生貿易支店長"って……それに、こっちは最近の――」
そこには、つい一年の"犯罪経歴"が書かれてあった。
その中でも、正巳の目を引いたのは、"今井美花襲撃"と言う部分だった。
「マム、今井さんが襲われた時、俺は何してた?」
「……自宅が燃やされていたのを確認した日と、同時期です」
「そうか……」
と言う事は、今井さんと夜に電話していた筈だが、その"変化"に気が付かなかったとは、腑抜けも良い所だ。戻ったら、何か埋め合わせをしなくては……
「それで、道尊寺の息子の方は今どうなってる?」
「現在、岡本と共に"再教育中"です」
……岡本部長と、道尊寺重三は二人とも孤児院の所有者だった。
「そういう事か……」
単純な事だ。
道尊寺は、経営仲間である岡本に、息子の事を頼んだのだろう。
その証拠に、道尊寺の息子――道尊寺生方がシンガポール支社長就任の際の"辞令"は、推薦人の一人として岡本のサインがある。
そこで、岡本と道尊寺の息子が、今井さんを襲ったと。
その結果、ホテルの従業員 ――運悪くザイが同行していた―― に撃退された上に、拘束されるとは運が無い事だ。
……不思議なのは、何故ザイが"護衛"として同行したのか、と言う事だ。
ザイほどの護衛であれば、相当の費用がかかる。その筈なのに、請求されたのはタクシー運転手としての費用のみだった。
……まぁ何にせよ、所有者の二人は分かった。
物流の岡本康夫(京生貿易部長)
政治の道尊寺重三(代議員、現職の防衛大臣)
となると、最後の一人になる。
「それで、最後の一人は"人脈"だったか?」
そう聞くと、マムが腰に手を当てて、反対の人差し指をピシッと立てた。
教師と言うよりは、ニュースキャスターのような感じだ。
「そうなんです!」
そんなに、力を入れる事ではないと思う……が?
「マム、これは"鈴屋"だと思うんだが……」
そこまで言って、思い当たる事が一つあった。
まさか――
「おいおい、まさか、『鈴屋がそうだ』なんて言わないよな?」
言いながら、何かうすら寒いモノが、首筋を伝うのを感じた。
……マムが指を振ると、モニターに資料が並ぶ。
「……」
「パパの予想通りです。ただ、余りにも情報が少なく、信憑性に欠ける内容も多かったので、今回はその大半は"仮定"としての報告になってしまいましたが……」
マムの話を聞きながら、資料に目を通して行く。
その大半は、鈴屋と思われる人物の写真と、一緒に映っている人物のプロファイルだ。そして、その他にも幾つもの世界の闇が見て取れる。
……最近独立した国家のリーダーと移っている写真が有るが、この国は、非武装国家を目指していた筈だ。次の写真には、ある麻薬カルテルのドンと目される人物との写真がある……
「写真は、どうやって集めたんだ?」
「はい、多くは街中にある監視カメラや、ネットに繋がっている機械によって"顔照合"をして、人物の追跡及び特定。その後、一番近い部分の機器から情報の取得を行いました!」
……全世界においてネットに繋がっていれば、マムの監視下にあったと。
「そうか……でも、これなんかは上空からのモノしかないが?」
そう言って指差したのは、砂漠の中心で車両二台が映っている写真だ。その説明には、"ある国の王子と密会"と書いてある。
「それは、ある国の"情報収集衛星"からの写真です、パパ」
「……まあ、そういう事も有るのか」
とんでもない事であるのは確かだが、今更感が強くて、『あ、そこまで行ってるのね』みたいな反応しか出来なかった。
「パパ? ……資料、足りませんでしたか?」
モニターの上の方にある細い窓から、すっかり明るくなった空を、ぼーっと眺めていたら、マムが声を掛けて来た。
「いや、十分だな……NPOと銘打って、各国でチャリティイベントに参加。参加したイベント内で、要人らと密会か……それに、こっちは子供を"送るリスト"に"調達リスト"か、悪趣味だな」
その他にも、幾つもの国家との蜜月ぶりを、裏付ける資料があった。
「はい……」
「どうした?」
マムが煮え切らない様子だ。
「いえ、"資料"は豊富に有るのですが、その中にはこんなモノまでありまして……」
そう言ってマムが表示させたのは、ある写真だった。
写真の中には、厚手のコートを着た将官達が写っている。
どの男達も若い姿をしており、堀の深い欧州人の顔をしている。
特徴的なのは、その腕章に逆卍が記されている点だろう。
「これがどうした?」
「……この写真の一人が、"鈴屋"と同じ人物であると分析されました」
マムの言葉に、もう一度写真を見るが、記憶にある鈴屋とは似ても似つかない。
そもそも、鈴屋は日本人顔だ。
「これが、"仮定"の部分か……」
「はい、この人物は戦死したとされていて、生きていても130歳を越える筈なんです」
「130を超える……それは何とも」
何とも、言いようがない。
マムの分析が間違っている可能性が高いとは思うが、専門分野でマムが間違えたと云うのも俄かには信じがたい。
有るとすれば、マムのプログラム内にバグが生じた可能性だ。
……取り敢えず、聞くだけ聞いておこう。
「年齢以外のプロフィール……"戦死"と言う事は、軍に属していたのか?」
「はい。……大変優秀だった様で、軍医学校を首席で卒業後、そのまま軍に招聘されています。記録上では、戦死時"中佐"だったと有ります」
軍医か……
「分かった、十分だ。引き続き調べていてくれ」
「はい、パパ」
「あと、鈴屋の場所は常に把握していてくれるか?」
「分かりました……ただ、その点で少々問題がありまして」
「問題?」
「はい、監視衛星はセキュリティレベルが極端に高い為、掌握すると直ぐに"知られる"ので、必要な時以外は、コントロール出来ないんです……」
……まあ、当然と言ったら当然だろう。遥か彼方から、地上を自由に監視できるのだ。セキュリティが厳しくない訳が無い。
「……自前で欲しいよな」
「"自前"ですか、パパ?」
「ああ、なんかこう"宇宙"って言うと、ロマンがあるよな!」
「"ロマン"ですか?」
マムが不思議そうな顔をしている。
……宇宙の"ロマン"を教えておく必要がありそうだ。
「宇宙のロマンはな、未知の物質とか、未知の生命体とか……後は、宇宙に住む事だな!」
「確かに、未知の物質は興味あります! これ迄以上に開発に回せるリソースが増えます! でも、"宇宙に住む"ですか?」
どうやら、マムは今井さんの影響を、多大に受けているらしい。
ここは、じっくりと宇宙の魅力を語る必要がありそうだ。
「そうだぞ、宇宙は人類の目指す"天"なんだ。と言うのも――『"ビィービィー"』」
いよいよ、宇宙の魅力について話そうとした所で、ブザーが鳴った。
「これは?」
「一応、空港到着前の"打診"が入った連絡になります」
「打診?」
「はい、一応軍部所有の空港なので、少々特殊な手続きを踏んでまして」
……恐らく、表に出せないような方法を取ったのだろう。
「そうか……それじゃあ、続きはまた今度だな」
「えっ? ……その、パパ、"待たせます"ので話の続きを――」
マムがそう言って、何やら手をブンブンと振っている。
そんなマムに、苦笑いしながら言った。
「何時でも話せる話の為に、待たせる訳にも行かないだろう?」
そう言うと『パパが最優先です!』等と言っていたが、『時間を取るから……』と言うと、如何にか納得してくれた。
……ここでマムにごねられて、良い事は無い。
ため息を付きたくなるのを抑えて、隣にいるサナに目を向けた。
――――
サナは、盤面上に複数のボードを並べていた。
「これで王てなの!」
将棋では、サナが勝ったようだ。
マムが"穴熊"と言われる戦法を取っていたことが、盤上から読み取れる。
「こっちは、チェック……次で、チェックメイトなの」
チェスでも、勝ったようだ。
こちらは、どんな戦法でだったかも、状況すらもよく分からない。
「ずるいなの、マムレベル不正したなの!」
……オセロでは、最後の数手で僅かにマムが善戦したらしかった。
「レベル不正?」
「そうなの、先読みを人間を超えてたなの!」
「マム?」
「……決して、パパに良い所を見せたかったとかでは無くて、マムには"ルールを外れて来る"者が居るという事をですね――『"ズズンッツ!"』」
マムが、正巳からすると可愛らしい事を言った直後、マムの拳がモニターの一部を貫いていた。……モニターだけではなく、後ろの装甲まで陥没している。
「二人とも、そこまでだ……仲間内での争いは禁止だ」
言いながら、扉の向こうで気配の動きを感じる。
恐らく、ユミル辺りが"様子見"をしに動いたのだろう。
「でも、マムがずるしたなの!」
「……ヴぁいxfkdlnん」
サナが抗議をするように言った処で、マムが壊れた機械の様な音を出した。
すると、それに反応したサナが、つり上がっていた眉をしおしおとさせた。
「マム……?」
「……ヴぉdjkskls」
「痛いなの?」
「……ヴぇfjdjskぁい」
……サナが心配そうにして、壊れた箇所を擦っている。
そんな様子を横目に、イモ吉を耳に取り付けた。
そして、小声で話しかける。
「マム、程々にな……」
「あ、パパにはバレましたか」
「いや、バレましたかって、そりゃあ……見えてる部分にそれらしい機械類は無いし、それに、今井さんが、中で殴っただけで壊れる設計を、するとは思えないからな」
そう言うと、マムが『ネタバラシしますか?』と聞いて来たので、『いや、サナにも良い薬になるだろう』と答えておいた。
すると、『分かりました』と返事があり、閉じていた扉が開いた。
扉が開くと、予想通り気配が飛び込んで来た。
ただ、思ったよりも勢いが早く、飛び込んで来た人物を受け止める形になった。
「おっと……大丈夫か?」
「えっ? 正巳様?!」
驚いているユミルを立たせながら、落ち着かせた。
「……何か有ったかと思いました」
「悪いな、まぁ有ったと云えば有ったんだが……もう大丈夫だ」
そう言いながら、サナの元へと歩いて行くと、サナの頭を撫でながら言った。
「仲間と争って良い事は無いだろう?」
「ないなの」
……大分効いたらしい。
マムが相変わらず、壊れた機械音を発しているせいで、サナが涙目になっている。
「マムは大丈夫だから、ほら、ユミルお姉ちゃんの所に行ってきな」
そう言うと、一度マムの残骸――と言うより、モニターの残骸を一度撫でてから、ユミルの元に飛びついて行った。
ユミルは、一瞬戸惑った様子だった。しかし、直ぐにサナの頭を撫でると、サナが首に手を回したタイミングで抱え上げていた。
見た目こそ、白髪幼女とブロンド美人で違うものの、すっかり姉妹の様であった。
そんな様子を微笑ましく見ていたのだが、二回目のブザー音で我に返った。
『"ビィーービィーー……"』
どうやら、"空港"へと到着したらしかった。
面長で、その表情こそ笑っているものの、目は笑っていない。
雰囲気は、そのまま"ザ・エリート"と言った感じだ。
「……やっぱり、岡本部長も関わってたか」
「はい。主に、"運び"を担当していた様です」
京生貿易の部長、しかも、実質的支配者であったのであれば、世界中に秘密裏にモノを運ばせる事など朝飯前だろう。……あの用心深い岡本部長の事だから、何重にも保険を掛けていた筈では有るが。
兎も角これで、三人の所有者の一人は分かった。
岡本部長は、確かホテルの"施設"で"更生中"だった筈だ。
――後で、ザイにでも聞いておこう。
「物流は岡本部長か……で、これは?」
正巳がそう言って指差した先には、新聞やテレビ等のニュースで見知った顔がある。
「それは、"政治"担当の所有者ですね」
「道尊寺重三……現職の防衛大臣にして現政権において、その勢力を総理と二分すると言われる、大物政治家」
モニター上に書かれている説明文は、正巳でも知っている"一般常識"だ。
……正巳が読み上げたのを確認したのだろう。マムが、道尊寺に線で繋がっている、新たな資料をピックアップした。
その資料は、ある"雑誌"の切り抜きだった。
「これは……今井さんのご両親の作った記事か……」
そう――
そこにあったのは、道尊寺が十年以上前に噂された"人身売買"を特集した記事だった。
読み終わると、マムが次の記事を表示する。
「今度は……ジャーナリストの死亡事件、零細出版社社長死亡……衆議院解散」
全て、今井さんから聞いていた通りの内容だ。
「これらは、過去の事ですが、これが道尊寺重三が所有者である証拠と……おまけの"不正目録"です!」
そう言ってマムが表示したのは、道尊寺が送ったとみられるメールの内容と電話の録音、それと合わせて本人を撮影した映像だった。
また、『おまけ』と言ってマムが出した"目録"の内容は、さらに酷い内容だった。
……不動産の不正売買。議員の買収及び接待。公共事業の談合の指示とその見返り。あらゆる犯罪組織とのつながり――伍一会、弘瀬組、その両方の名前が有った。
目録を下まで確認して行くと、途中から疑問を覚える内容が多くあった。
「……マム、この"自殺ほう助指示"とか"○○宅への脅迫指示"とか言ったのは、どういった内容だ?」
その内容は、大臣である重三が行ったと考えるには、余りにも不自然な内容だった。……指示した事が不思議なのではなく、他の内容と比較した時、余りにもその内容が"子悪党"っぽい内容だと感じたのだ。
「その内容は、重三本人ではなく、息子に関わる内容ですね」
「……息子?」
疑問に思ってマムに聞くと、マムは『こちらが、"息子"道尊寺生方のプロフィールです』と言って、その経歴を表示した。
……酷い内容だった。
途中からは、犯罪のオンパレードで、"あらゆる犯罪を犯した"と言っても過言では無いであろう内容だった。
驚いたのは、その犯罪の経歴だけではない。
「……おいおい、"京生貿易支店長"って……それに、こっちは最近の――」
そこには、つい一年の"犯罪経歴"が書かれてあった。
その中でも、正巳の目を引いたのは、"今井美花襲撃"と言う部分だった。
「マム、今井さんが襲われた時、俺は何してた?」
「……自宅が燃やされていたのを確認した日と、同時期です」
「そうか……」
と言う事は、今井さんと夜に電話していた筈だが、その"変化"に気が付かなかったとは、腑抜けも良い所だ。戻ったら、何か埋め合わせをしなくては……
「それで、道尊寺の息子の方は今どうなってる?」
「現在、岡本と共に"再教育中"です」
……岡本部長と、道尊寺重三は二人とも孤児院の所有者だった。
「そういう事か……」
単純な事だ。
道尊寺は、経営仲間である岡本に、息子の事を頼んだのだろう。
その証拠に、道尊寺の息子――道尊寺生方がシンガポール支社長就任の際の"辞令"は、推薦人の一人として岡本のサインがある。
そこで、岡本と道尊寺の息子が、今井さんを襲ったと。
その結果、ホテルの従業員 ――運悪くザイが同行していた―― に撃退された上に、拘束されるとは運が無い事だ。
……不思議なのは、何故ザイが"護衛"として同行したのか、と言う事だ。
ザイほどの護衛であれば、相当の費用がかかる。その筈なのに、請求されたのはタクシー運転手としての費用のみだった。
……まぁ何にせよ、所有者の二人は分かった。
物流の岡本康夫(京生貿易部長)
政治の道尊寺重三(代議員、現職の防衛大臣)
となると、最後の一人になる。
「それで、最後の一人は"人脈"だったか?」
そう聞くと、マムが腰に手を当てて、反対の人差し指をピシッと立てた。
教師と言うよりは、ニュースキャスターのような感じだ。
「そうなんです!」
そんなに、力を入れる事ではないと思う……が?
「マム、これは"鈴屋"だと思うんだが……」
そこまで言って、思い当たる事が一つあった。
まさか――
「おいおい、まさか、『鈴屋がそうだ』なんて言わないよな?」
言いながら、何かうすら寒いモノが、首筋を伝うのを感じた。
……マムが指を振ると、モニターに資料が並ぶ。
「……」
「パパの予想通りです。ただ、余りにも情報が少なく、信憑性に欠ける内容も多かったので、今回はその大半は"仮定"としての報告になってしまいましたが……」
マムの話を聞きながら、資料に目を通して行く。
その大半は、鈴屋と思われる人物の写真と、一緒に映っている人物のプロファイルだ。そして、その他にも幾つもの世界の闇が見て取れる。
……最近独立した国家のリーダーと移っている写真が有るが、この国は、非武装国家を目指していた筈だ。次の写真には、ある麻薬カルテルのドンと目される人物との写真がある……
「写真は、どうやって集めたんだ?」
「はい、多くは街中にある監視カメラや、ネットに繋がっている機械によって"顔照合"をして、人物の追跡及び特定。その後、一番近い部分の機器から情報の取得を行いました!」
……全世界においてネットに繋がっていれば、マムの監視下にあったと。
「そうか……でも、これなんかは上空からのモノしかないが?」
そう言って指差したのは、砂漠の中心で車両二台が映っている写真だ。その説明には、"ある国の王子と密会"と書いてある。
「それは、ある国の"情報収集衛星"からの写真です、パパ」
「……まあ、そういう事も有るのか」
とんでもない事であるのは確かだが、今更感が強くて、『あ、そこまで行ってるのね』みたいな反応しか出来なかった。
「パパ? ……資料、足りませんでしたか?」
モニターの上の方にある細い窓から、すっかり明るくなった空を、ぼーっと眺めていたら、マムが声を掛けて来た。
「いや、十分だな……NPOと銘打って、各国でチャリティイベントに参加。参加したイベント内で、要人らと密会か……それに、こっちは子供を"送るリスト"に"調達リスト"か、悪趣味だな」
その他にも、幾つもの国家との蜜月ぶりを、裏付ける資料があった。
「はい……」
「どうした?」
マムが煮え切らない様子だ。
「いえ、"資料"は豊富に有るのですが、その中にはこんなモノまでありまして……」
そう言ってマムが表示させたのは、ある写真だった。
写真の中には、厚手のコートを着た将官達が写っている。
どの男達も若い姿をしており、堀の深い欧州人の顔をしている。
特徴的なのは、その腕章に逆卍が記されている点だろう。
「これがどうした?」
「……この写真の一人が、"鈴屋"と同じ人物であると分析されました」
マムの言葉に、もう一度写真を見るが、記憶にある鈴屋とは似ても似つかない。
そもそも、鈴屋は日本人顔だ。
「これが、"仮定"の部分か……」
「はい、この人物は戦死したとされていて、生きていても130歳を越える筈なんです」
「130を超える……それは何とも」
何とも、言いようがない。
マムの分析が間違っている可能性が高いとは思うが、専門分野でマムが間違えたと云うのも俄かには信じがたい。
有るとすれば、マムのプログラム内にバグが生じた可能性だ。
……取り敢えず、聞くだけ聞いておこう。
「年齢以外のプロフィール……"戦死"と言う事は、軍に属していたのか?」
「はい。……大変優秀だった様で、軍医学校を首席で卒業後、そのまま軍に招聘されています。記録上では、戦死時"中佐"だったと有ります」
軍医か……
「分かった、十分だ。引き続き調べていてくれ」
「はい、パパ」
「あと、鈴屋の場所は常に把握していてくれるか?」
「分かりました……ただ、その点で少々問題がありまして」
「問題?」
「はい、監視衛星はセキュリティレベルが極端に高い為、掌握すると直ぐに"知られる"ので、必要な時以外は、コントロール出来ないんです……」
……まあ、当然と言ったら当然だろう。遥か彼方から、地上を自由に監視できるのだ。セキュリティが厳しくない訳が無い。
「……自前で欲しいよな」
「"自前"ですか、パパ?」
「ああ、なんかこう"宇宙"って言うと、ロマンがあるよな!」
「"ロマン"ですか?」
マムが不思議そうな顔をしている。
……宇宙の"ロマン"を教えておく必要がありそうだ。
「宇宙のロマンはな、未知の物質とか、未知の生命体とか……後は、宇宙に住む事だな!」
「確かに、未知の物質は興味あります! これ迄以上に開発に回せるリソースが増えます! でも、"宇宙に住む"ですか?」
どうやら、マムは今井さんの影響を、多大に受けているらしい。
ここは、じっくりと宇宙の魅力を語る必要がありそうだ。
「そうだぞ、宇宙は人類の目指す"天"なんだ。と言うのも――『"ビィービィー"』」
いよいよ、宇宙の魅力について話そうとした所で、ブザーが鳴った。
「これは?」
「一応、空港到着前の"打診"が入った連絡になります」
「打診?」
「はい、一応軍部所有の空港なので、少々特殊な手続きを踏んでまして」
……恐らく、表に出せないような方法を取ったのだろう。
「そうか……それじゃあ、続きはまた今度だな」
「えっ? ……その、パパ、"待たせます"ので話の続きを――」
マムがそう言って、何やら手をブンブンと振っている。
そんなマムに、苦笑いしながら言った。
「何時でも話せる話の為に、待たせる訳にも行かないだろう?」
そう言うと『パパが最優先です!』等と言っていたが、『時間を取るから……』と言うと、如何にか納得してくれた。
……ここでマムにごねられて、良い事は無い。
ため息を付きたくなるのを抑えて、隣にいるサナに目を向けた。
――――
サナは、盤面上に複数のボードを並べていた。
「これで王てなの!」
将棋では、サナが勝ったようだ。
マムが"穴熊"と言われる戦法を取っていたことが、盤上から読み取れる。
「こっちは、チェック……次で、チェックメイトなの」
チェスでも、勝ったようだ。
こちらは、どんな戦法でだったかも、状況すらもよく分からない。
「ずるいなの、マムレベル不正したなの!」
……オセロでは、最後の数手で僅かにマムが善戦したらしかった。
「レベル不正?」
「そうなの、先読みを人間を超えてたなの!」
「マム?」
「……決して、パパに良い所を見せたかったとかでは無くて、マムには"ルールを外れて来る"者が居るという事をですね――『"ズズンッツ!"』」
マムが、正巳からすると可愛らしい事を言った直後、マムの拳がモニターの一部を貫いていた。……モニターだけではなく、後ろの装甲まで陥没している。
「二人とも、そこまでだ……仲間内での争いは禁止だ」
言いながら、扉の向こうで気配の動きを感じる。
恐らく、ユミル辺りが"様子見"をしに動いたのだろう。
「でも、マムがずるしたなの!」
「……ヴぁいxfkdlnん」
サナが抗議をするように言った処で、マムが壊れた機械の様な音を出した。
すると、それに反応したサナが、つり上がっていた眉をしおしおとさせた。
「マム……?」
「……ヴぉdjkskls」
「痛いなの?」
「……ヴぇfjdjskぁい」
……サナが心配そうにして、壊れた箇所を擦っている。
そんな様子を横目に、イモ吉を耳に取り付けた。
そして、小声で話しかける。
「マム、程々にな……」
「あ、パパにはバレましたか」
「いや、バレましたかって、そりゃあ……見えてる部分にそれらしい機械類は無いし、それに、今井さんが、中で殴っただけで壊れる設計を、するとは思えないからな」
そう言うと、マムが『ネタバラシしますか?』と聞いて来たので、『いや、サナにも良い薬になるだろう』と答えておいた。
すると、『分かりました』と返事があり、閉じていた扉が開いた。
扉が開くと、予想通り気配が飛び込んで来た。
ただ、思ったよりも勢いが早く、飛び込んで来た人物を受け止める形になった。
「おっと……大丈夫か?」
「えっ? 正巳様?!」
驚いているユミルを立たせながら、落ち着かせた。
「……何か有ったかと思いました」
「悪いな、まぁ有ったと云えば有ったんだが……もう大丈夫だ」
そう言いながら、サナの元へと歩いて行くと、サナの頭を撫でながら言った。
「仲間と争って良い事は無いだろう?」
「ないなの」
……大分効いたらしい。
マムが相変わらず、壊れた機械音を発しているせいで、サナが涙目になっている。
「マムは大丈夫だから、ほら、ユミルお姉ちゃんの所に行ってきな」
そう言うと、一度マムの残骸――と言うより、モニターの残骸を一度撫でてから、ユミルの元に飛びついて行った。
ユミルは、一瞬戸惑った様子だった。しかし、直ぐにサナの頭を撫でると、サナが首に手を回したタイミングで抱え上げていた。
見た目こそ、白髪幼女とブロンド美人で違うものの、すっかり姉妹の様であった。
そんな様子を微笑ましく見ていたのだが、二回目のブザー音で我に返った。
『"ビィーービィーー……"』
どうやら、"空港"へと到着したらしかった。
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