『 インパルス 』 ~宝くじで900億円当たったから、理想の国を作ることにした~

時雲

133話 カウント

 ユミルと一緒に車両内に入ると、上部ハッチ(天井の蓋)が閉まり始めた。

 どうやら、手動でも開けられるが、自動でも動作するらしい。

 ……まあ、この車両自体をAIであるマムが操作している事を考えると、半ば当然では有るのだが。

 最近、慣れてきた感は有るが、やはりハイテクは好きだ。

 ……高度過ぎて技術が分からないと、リアクションが取れない。
 それが、この位分かり易くお手軽な感じだと、素直に『凄いなぁ』と思える。

 先程までは、波音が大きかったが、ハッチが閉じるにつれて音が小さくなっていた。
 ……防音性が高いのだろう。ハッチが閉じると、外の音は殆ど聞こえなくなる。

 その後、天井のハッチが閉じ切ると、車両の一部が動き始めた。

 ……そこに出て来たのは、普段収納されている座席とシートベルトだった。

「マム?」

 特にマイクや何かに向けて話しかけたわけでは無い。
 しかし、予想通り返事があった。

「はい、パパ?」

 ……車両に内蔵されているスピーカーから、音を出しているのだろう。

「何か始めるのか?」

 確か打合せした内容だと、孤島にある軍所有の飛行場へ向かう事になっていた筈だ。その為にも、海の上を走れる車両を選択したと思ったのだが……

「はい、高速移動の準備に入りました。それと、パパには報告が有るので、操縦席に移動して欲しくてですね……」

 報告を聞くという点で、操縦席に移動するのは分かる。
 隔離された密室なので、特に情報の秘匿性が高いのだ。

 しかし――

「高速移動?」
「はい。この車両は水陸両用ですが、陸上よりも水上を走るのが早いのです」

 まあ、このタイミングで選んで来た車両、と云うだけの理由が有るのだろう。
 ただ、あまり良い予感がしない。

「それで、その高速移動をするとどうなる?」
「どうなる、ですか?」

「あぁ、特に問題は無いんだよな?」
「……はい」

 マムが答えるまでに微妙な間があった。

「具体的な速度は?」
「常時航行速度として、38ノットです。安定するまでは、ブースト・・・・をしますので――」

 どうやら、38ノットつまり、69.35km/時程の速さで航行するらしい。

 1ノットは、1.852km/時であると、訓練時の座学で学んだ。
 ……『カレンダーを縦読みすると忘れないぞ!』と教わった記憶がある。

 あの教官、筋肉ムキムキのクセして知識も半端なかった。見た目にそぐわず、可愛いものが好きな様で、見えないところでサナを甘やかしていた。

 ……今度、手土産でも持って遊びに行こう。

「――ですので、乗っている方にはシートベルトをして欲しいのです」

 少しばかり、懐かしい事を思い出していたが、マムの言葉で我に返った。
 ……何か、突っ込み忘れた気がするが、まぁ問題無いだろう。

「ん……ああ、分かった。ベルトだな」

 マムと話している最中、ユミルの視線を感じたが、放っておいた。恐らく、先程乗車する際に呟いていた『ナビ』と言う単語が関係しているのだろうが……マムの事だから、タイミングを見て適切に対処するだろう。

 一先ず、横になって休んでいるサナや少女を含め、各員に声を掛け始めた。


 ――5分後。

 マムがカウントダウンを始めていた。

「充填完了、点火・・まで"八"……」

 カウントを聞きながら、周囲を確認した。

 ……其々が席に座り、シートベルトを付けている。

 隣には少女が座っているが、緊張した面持ちで、シートベルトの"ベルト"部分を両手でハシっと握っている。

 ……少女は、疲れの影響か、緊張が緩んだ為か熟睡していた。そこを、何度か揺すって起きて貰ったのだ。

 ……少女が緊張しているのは、正巳が言った言葉が原因だろう。怪我をして貰う訳には行かないので、『恐い事になるから、しっかり掴まってね』と言っておいたのだ。

 少し、力が入り過ぎな気もするが、まあ良いだろう。

「"六"」

 少女の隣には、綾香が座っている。

 初めは、ユミルの隣に座るかと思っていたのだが、迷わず少女の隣に座っていた。
 ……面倒見が良いのだろう。

 ユミルとサナは、俺と少女の正面に座っている。
 そのサナの膝の上には、何時にも増してモフモフなボス吉が、抱えられていた。

 ボス吉がサナに捕まった際に、自身の毛の操作をしたのだろう。……ボス吉は、"自衛"の為にそうしているのだろうが、サナは『もふもふなの!』と、余計喜んでいる。

「"三"」

 ……そう言えば、何故シートベルトを付ける必要があるのか、聞かなかった。

「"二"」

 まあ、このカウントは、これ迄にも何回か経験がある為、凡その予想は着く。
 ……何か、ガスが充填される様な音がする。

「衝撃に備えて下さい―― "一"」

 マムが言った直後、噴射音と同時に強烈な負荷が掛かった。
 ……少女は大丈夫だろうか。

 心配になって、横の少女の様子を確認すると、目を大きく見開いていた。……恐らく、初めての経験に驚いたのだろう。ただ、それ以外は"予想に反して"、問題なさそうだった。

 しかし、その向こうに座っている綾香の様子が可笑しかった。
 口は開いているが、何か声を上げる訳でもないのだ。

 ……恐らく、『隣の少女が"大丈夫"なのに、自分が悲鳴を上げる訳には行かない』とでも考えているのだろう。

 サナは、相変わらずニコニコとして、楽しそうだ。
 ……その手元に抱えられているボス吉は、ピクリとも動かないが。

 ユミルも、若干驚いた様子では有ったが、興味は別の所に向いている様だった。……マムとユミルが接触があった事は確実だろうが、その関係がどんなモノだったかは分からない。

 両者の性格を考えると、並大抵の事では、問題にすらならないだろう。
 問題が起きたとしても、きちんと話し合いさえすれば、大丈夫に違いない。

 ……大抵の問題に関していえる事だが、その大半が会話が足りていない事が、問題の根底にある。相手の事を知る事で、大隊の問題が解決できる。

 とは言っても、実際話し合いが通じない相手や、自分の利益の為に相手を食いつぶそうとする者は、往々にして居る訳だが……

 まあ、そんな相手に対しては、持てる力で対抗する外ない。相手の為に、我が身を切り裂き、仲間を犠牲にするつもりなど毛頭ないのだ。

 まあ、仲間内の問題は起きない方が良いので、なるべく気を配る様にしようと思う。

 そんな事を考えていたら、マムから要請があった。

「パパ、そろそろ……」
「ん?」

 未だに加速の負荷は掛かっている。しかし、"負荷"とは言っても、一定に掛かっている状況なのだ。"加速"にそなえてつけて既にシートベルトは外していた。

「安定して来ましたので、こちらへ」

 マムが『こちらへ』と言うと、前方の扉が左右に開いた。
 開いた先には、"操縦室"が有ると確認できる。

 マムに『分かった』と答えて、立ち上がろうとしたのだが――

「サナもいくなの!」

 と言って、サナが飛びついて来た。

 ……ボス吉を抱えたままだった為、俺とサナに挟まれたボス吉だったが、特に問題なさそうにしている。いや、むしろどさくさに紛れて、ボス吉が俺の腕を両手で掴んでいる。

「……ユミル、その子を頼んで良いか?」
「……」
 
「ユミル?」
「あ、はい。お任せ下さい……」

 ユミルがあからさまに、羨ましそうな視線を向けていた。
 まあ、今後幾らでも触れ合う時間はあるだろう。

 少女が何も言わないので、少し心配では有ったが、こっそりとユミルの袖に手を伸ばしているのを見て、少し微笑ましくも安心した。

 放っておいても、大丈夫だろう。

「前にいるから、何か問題があったら呼んでくれ」

 そう言うと、サナを連れて操縦席へと入った。


<操縦室>
 中に入ると、扉が閉まった。
 扉の間には、クッション材の様なモノが噛んでいて、防水使用になっている。
 恐らくだが、浸水してもこの操縦席は無事なように、作られているのだろう。

 席はソファの様になっていて、見える所にはハンドルやペダルなどが無い。
 外を確認する手段は、上部にわずかに存在する横長の窓のみだった。

 ……まあ、マムが運転する"全自動"なので、窓など無くとも良いのだが。

 基本的に、前面はモニターになっている。
 恐らく、あらゆる情報はこのモニターに表示されるのだろう。
 
 そのモニターには現在、何やら六角形をした建物の図面などを含めた、様々な情報類が表示されている。

 目に留まった単語では、"防衛大臣"やら"汚職"、それに"買収済み"や"官邸アポ済"など、正巳に覚えのない単語が並んでいた。

 その殆どが、聞かないと分からない内容だったが、一部の情報資料――名前と顔写真の載った"リスト"に、目が留まった。

 ……このリストが、ここに表示されていると云う事は、"報告"は今回の件に関連した内容だろう。やはり、三人を残して来て正解だった。

 ボス吉を抱えて、ソファに座る。
 ソファに座ると、サナが興奮した様子で話しかけて来た。

「お兄ちゃん! これ、凄いなの!!」
「あぁ、そうだな」

 サナの様子に苦笑しながら、言った。

「ゲームするか?」
「するなの!」

 ……サナは、少し前から"ボードゲーム"にハマっていた。

 そもそも、"戦術"の基礎思考を学ぶ為に、オセロを教えたのが切っ掛けだった。それが、いつの間にか上達して行き……今では、マムに相手をして貰う様になっていた。

 ……オセロだけでなく、将棋やチェスなどにも手を広げているみたいだ。

 本当であれば、俺がサナの相手が出来れば良いのだが……将棋に関してはルールを知ってはいるものの、プレイ経験が無い。チェスに至っては、ルールも知らないのだ。

 いづれ時間を取て、きちんと覚えようとは思っているのだが……

「……と言う事で、頼めるか?」
「勿論です」

 そう答えて、マムがモニターの一部を"プレイボード"へと変えた。
 それを見たサナは、前まで歩いて行くと、早速"チェス"を選択して遊び始めた。

 ……中々楽しそうにしている。
 どうやら、今は"早指し"と言う、スピードルールが気に入っているみたいだ。

 楽しそうなサナを見て、マムに『ありがとうな』と言うと、『サナとプレイする事で、私も成長できるので』と答えがあった。

 サナは、大分上達している様だった。

(……早いうちにルールを覚えて、特訓だな)

 楽しそうな様子をもう一度見た後で、早速"報告"を聞く事にした。

「聞こうか」

 モニター上に現れた、白い髪の少女――マムのアバターに声を掛けた。
 すると、その尻尾をフリフリした上で答えがあった。

「はい――っと、ちょっと待って下さいね、パパ」
「ん? ……あぁ」

 何をするのかと思っていたら……何処から取り出したのか、指し棒と眼鏡を付け出した。
 そして、指し棒を持ってない方の手で、眼鏡をクイっと直す仕草をした。

 ……また、何か映画か小説からか、影響を受けたのだろう。

 まあ、可愛いのでこれはこれで良い。
 ただ、こんな所を誰かに見られて"そういう趣味"と勘違いされても面白くない。

 ……後ほど、『人が居る所でコスプレはしない様に』と言っておこう。
 そんな事を考えながら、取り敢えず今は、話し出したマムの話に耳を傾ける事にした。

「先ずは、パパから依頼を受けていた件の報告です」
「依頼……あぁ、半年前に依頼した件か」

 半年前、マムには大きく二つの"依頼"をしていた。

 一つ目は、人身売買斡旋組織"孤児院"の所有者オーナーを調べる事。
 二つ目は、NPO法人"にちじょう"の代表である、"鈴屋"を調べる事。

 この二つだ。

「依頼に関して、一部"仮定段階"の件がありますが、その他に関しては、裏が取れました」
「先に、裏が取れている内容から聞こう」

 マムが『仮定』と言った時、悔しそうな様子だったので、安全パイを取る事にした。

「分かりました」

 マムが答えると、それ迄表示されていた情報が、一気に並び替えられ始めた。

 資料や、付属した情報が並び替えられ、関係性を示す線が繋がり始める。
 その線は、蜘蛛の巣の様に繋がっていたが、必要な線を除いて全ての線が消えて行く。

 ――その"内容"を確認した正巳は、思わず呟いていた。

「おいおい、こんなの表に出せねぇぞ……」

 そこには、人身売買をしていた組織の所有者オーナー達が、映し出されていた。

 ……そして、そこにあったのは、見た事のある顔だった。

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