『 インパルス 』 ~宝くじで900億円当たったから、理想の国を作ることにした~
131話 日が昇る
――10分後。
正巳は、奥歯を噛みしめていた。
……あまりに哀しい、あまりに寂しい話だった。
◆
――――――
男は、人生の若い頃を辛い環境で育った。環境の事もあり、非行に走るまでそれほど時間を必要としなかった。……皮肉な事に、男にはカリスマ性があった。
少しやんちゃなグループで名を轟かせていた男は、そのまま国内最大のヤクザに所属する事になった。その組織内でも、同年代を寄せ付けない結果を出した。
組織を組織として機能させた。そんな中にあって、親父と呼んで尊敬している男がいた。親父と慕っている男は常に言っていた。
『俺達ヤクザもんは、飽くまで社会の受け皿だ。社会に溶け込めないはぐれもんが集まる処だ。リュウは、表でもやって行ける。早めに表に出て行け』
……親父は、任侠だった。
そんな親父が好きだった。
しかし、家族は、このヤクザの組織にしかいなかった。
そんな状況が変わったのは、若頭として取り上げられた直後だった。
出会ってしまった。
ふらりと出かけた海辺に居た。まるで、天から降りて来た様な、ヒトだった。
その人は、海辺に横たわっていた。
近寄って声を掛けると、『少しスピードを出し過ぎてしまって』と言う事だった。……近くには、車椅子が横になっていた。
そんな彼女を抱き上げ、車椅子まで運んだ。
……軽かった。
その後、何度か不思議と出合う機会があった。
そして、何時しか約束して会う様になっていた。
その後、悩んだ挙句、親父に話をしに行った。
親父に、『組を抜けたい』と言うと、数秒顔を見た上で『さっさと行け』と言われた。
顔を背けた親父の口元がニヤ付いているのを見て、自分も嬉しくなった。
……その日だった。
事務所に帰ると、ある男が訪ねて来た。
その男は、『スズヤです』と名乗った。
適当にあしらおうとしていたら、スズヤと名乗った男は、『日本を取りませんか?』等と言って来た。どうやら、暴力団という組織を拡大しないか?と言う話だったらしかった。
親父の、『社会のはぐれ者の為の受け皿』と言う認識を継いでいた為、龍児は断った。すると、幾つか脅すかのような、下らない言葉を吐いて出て行った。
……暫くは順調だった。
親父が、次の組長に俺以外を指名して、そのタイミングで組を辞める筈だった。
しかし――事件が起きた。
いつもの様に、香織――日木寄香織とのデートの待ち合わせをしていたが、時間を過ぎても来なかったのだ。
一応、時間になっても来ない場合は、急な用事が入った為と言う事で、次の週に回す事になっていた。しかし、何となく心配になった龍児は、彼女の家の前を車で通り過ぎる事にした。
――何か重大な事があれば、家の前を通るだけで、分かるかも知れないと思ったのだ。
しかし、向かう途中である筈の無い事態に、出くわした。
……香織の乗っている車が車道に止まり、運転手で執事の男が道路に倒れていたのだ。
慌てていた龍児だったが、頭は冷静だった。
直ぐに、関わったであろう組織を特定すると、直ぐに乗り込んだ。
案の定、香織が居た。
その体は、大分ダメージを負っている様だったが、一先ず無事な様子に安心した。
その後、その組織の組員に仕置きをすると、香りを連れて帰った。
その数年後、香織と龍児の間には、一人の子供が生まれていた。
しかし、香織は体に残っていたダメージの為に、直ぐに亡くなってしまった。……最後に香織に言われたのは、『貴方にしか出来ない事がある筈なの……』と言う言葉だった。
しばらく悩んでいたが、龍児は自分の使命を果たす事にした。
……病状に伏せっていた親父に、『オヤジの意思を継ぎます』と言うと、苦笑いしながらも答えてくれた。
――暫く時が経ち、娘である綾香が大きくなって、その名前を忘れかけていた。
――――――
龍児は話し終えると、目の前で聞いていた男の髪が、燃えるような紅色に変わっている事に驚いたが、その表情から、少し気持ちが軽くなった気がした。
これ迄、誰にも話した事の無かった話だったが、口にした事で整理が付いたのだろう。
とは言え、目の前に居る男は、間違いなく香織を襲わせる様に計画した男だ。例え、その裏に居るのが、『スズヤ』であるとしても、この事実は変わらない。
再度、岩斉に詰め寄ろうとした所で、一つの銃声が鳴った。
……見ると、執事のような格好をした男――確か『ザイ』と言ったか、が手に銃を持ち、引き金を引いていた。
◆
……驚いた。
あの、ザイが引き金を引いたのだ。
しかし、撃たれた当人――岩斉が呻き始めた事から、殺してはいないと云う事が分かり、少しホッとした。……確認すると、太ももを撃ち抜いたらしい。
「ザイ……?」
正巳の言葉に振り返ったザイが、
「正巳様、龍児様の話の裏付けが取れました。この男が指示をしていたようです……」
「……どうした?」
ザイにしては歯切れが悪い気がした。
「……状況証拠で判断する事しか出来ませんが、この男も結局は『スズヤ』の人形だっただけのようですね」
ザイが、『やはり』といった口調で言い切った。
……それにしても、『スズヤ』と言うのは、『鈴屋』と同一人物だろうか?
俺の自宅を放火したのが鈴屋の手下で、その時に一緒に居たのが、伍一会のメンバーの者だった事を考えると、間違いないと思うのだが。
もしそうだとすると、かなり根深い所まで『スズヤ』が入り込んでいる事になる。
それこそ、世界トップクラスの企業や各国にまで、その可能性がある。
恐らく、マムからの報告がそろそろ上がって来るはずだ。その報告次第では、色々と準備する必要があるだろう。
ともかく、必要な情報は得た。
「リュウ、これ以上は不要だ。殺さないと約束した……綾香が待っているぞ?」
そう言うと、龍児が我に返ったように、目線を合わせて来た。
「……そうだな、この男は――」
「始末は、任せてくれ……殺しはしないし、運が良ければ生き残れるだろう」
そう言ってから、ザイに『岩斉を拘束しておいてくれ』と頼んでおいた。
――傷の手当をするようには言わなかった。
この傷が男の運命を握っている。
――地上へと戻って来た。
綾香達が居る部屋へと向かう途中、龍児と二人で今後の事を話していた。
基本的には、本人達の意見を尊重すると云う事で決まったが、その中で龍児から頼まれた事があった。それは――
「ん? ……綾香か?」
見ると、角に綾香が居た。
綾香の様子を見た龍児が、すたすたと近づいて行くと、綾香を抱きしめた。
「……終わったの?」
「ああ、お前に話があるんだ……」
二人で5分程話していたと思ったら、こちらに向かって来た。
――綾香一人だ。
「弘瀬綾香です。これから、よろしくお願いしますね! ……お兄ちゃん、お兄様、お兄ぃたん?」
……そう、綾香を連れて行く事になったのだった。
と言うのも、これから伍一会の残党狩りをするらしく、"安全な場所"に置いておきたいらしかったのだ。龍児に、"ホテル"に依頼するように勧めたが、『自分たちの力で片付ける』と断られてしまった。
綾香は俺に挨拶をすると、隣にいたユミルに抱き着いていた。
後は、少年と少女だが……恐らく、二人とも預かる事になると思う。
そんな事を考えていたら、マムから通信が入った。
『パパ、到着します!』
どうやら、帰りの迎えが来たらしかった。
……確かに、暗い筈の闇夜に、ライトが煌々と照っている場所がある。
向こうの方向は、恐らく正面入り口だろう。
そんな様子を横目に、綾香に案内されてサナ達が待っている部屋を開け放った。
「それじゃあ、帰るか――」
開けた先には、順番に飛び跳ね、"トランポリン"を心底楽しむ三人の大人の姿があった。
ザイの目にも留まっていた為、揃って雑用を指示され始めた。
その後、部屋の隅で横になって休んでいた少年と少女の元に行くと、これから如何したいか希望を聞いた。
すると、少年は『一人前に鍛えて欲しい』と言い、少女は『恩をかえしたいです』と言う事だったので、一緒に行く事になった。
二人と話している間、行儀よく待っていたサナが飛びついて来た。
そんなサナを抱えながら、話をした。
サナとの話は、主に"日記"のような内容だったが、一部頭が痛くなる内容もあった。
……『お兄ちゃんは、"はーれむ"をつくるの?』等と言っていたが、どうやら新しい"お姉ちゃん"は、少々悪い事を吹き込んでいたらしかった。
その話を聞いていたマムが、密かに"ハーレム計画"を始めるとは露も思わず。
――その後、弘瀬組の用心棒である"ゲン"から、幾つか質問された。
その中でどうやら"共通の知人"が居るらしい事が分かったので、ゲンに『ハク爺』の話をすると、『サカマキが言っていたのはわっぱか!』と驚いていた。
――玄関まで来たところで、一人のおばあさんが近づいて来た。
その手元を見ると、なんとヤモ吉が居た。
……いや、『居た』のではなく、壊されていた。
直接手で受け取ると、『外来種を逃がしちゃいけないよ?』と言われた。
何か底知れないモノを感じて、お礼を言うと、直ぐに玄関を出る事にした。
――マムはヤモ吉の件で、電脳領域内で複数人格による"会議"を行っていた。
その議題は、『ヤモ吉のパワーアップについて』だった。
その会議で決まったのは、一つ『更に高性能にする』と言う事だった。
この後、ヤモ吉はナノマシンの集合体として復活する事になるが、それを見た正巳含め一同は、『やり過ぎだよ……』と言う意見で一致するのであった。
壊れてしまったヤモ吉を仕舞った正巳は、玄関を出て驚いた。
そこには、大型の車両が二台止まっていたが、どちらも記憶にないモノだった。その車両は、"車両"と言うよりも、船にタイヤが付いているようなイメージをすると分かり易いだろう。
それに、不思議な形の上、後部には何やら大きな排気口が4つ付いているのも普通じゃない。極めつけに、車高が3メートル程ある。
……異様で異質。
何か、現代美術を見ているかのような気分になって来る。
驚いている正巳の横に来たザイは、『前回の流星車も驚きましたが……これは最早、水陸車両ですね。それも、かなりギークに改造してありますね……』と呟いていた。
ザイの後ろにいた、ガウス、デュー、バロムの三人は、少し嫌そうな顔をして岩斉を担いでいた。……突入前にマムから、『帰りは海からですよ!』と聞いていた正巳には、ある考えがあったのだ。
車両に其々乗り込んでいると、綾香とユミルが二人揃ってやって来た。
……ユミルは、綾香に貰ったらしい洋服に着替えていた。
ブロンドのショートヘアに似合う、フリルの付いた服だった。
綾香が、何やら強い視線を送っていたので、二人に『可愛いぞ』と言っておいた。
腕の中にサナを抱えたままだったので、サナが『サナも!』とねだるかと思ったが、どうやら寝てしまったようだった。
綾香が、『私に抱っこさせてくれる?』と言って来たので、起こさないようにサナを任せた。……ユミルは、眠っているサナの手を握りながら"車両"へと入って行った。
「……もう直ぐ日が昇るな」
時刻を確認すると、既に日が白み始める時間帯に近づいていた。
周囲を確認すると、そこには正巳が一人残されただけであった。
……正面には、龍児達が居る。
「また、だな……リュウ」
「ああ、偶には娘に合わせてくれ」
「そうだな……」
「ああ……」
静かに差し出した手を固く握りあうと、そのまま車両に入った。
――車両内には、綾香、ユミル、サナ、少女、それに加えて、白くてモフモフのボス吉が居た。二台ある内の反対には、ザイ、ガウス、デュー、バロム、少年、それと岩斉の6人が乗ったようだった。
恐らくザイの指示だろうが、中々配慮がされていると思う。
一度、綾香に続いて車両に乗り込んだのだが、状況を把握して、もう一台に移動しようとした。しかし、瞬時にボス吉に回り込まれてしまった。
ボス吉を説得しようとしたのだが、そうこうしている内に車両の扉が閉まり、動き出してしまった。……当然、車両を動かしているのはマムなので、一度停車するように言った。
しかし、反応が無かった。マムは対応する気が無いようだったので諦め、耳に付けていた通信機 ――イモ吉―― を外して、腕輪の形状に戻した。
微かに、マムの声が聞こえた気がしたが、その前に車両の上部に付いているボタンを押した。……同じような車両を見た事があったが、案の定"天井が開くボタン"だったらしく、車両の上部が開いた。
車両の上部が開いたのを確認すると、綾香に声を掛けた。
「綾香、ここに来てみろ」
すると、綾香が『何でしょうか?』と近づいて来た。
綾香が来た所で、その手を取ると、車両の天井からその"光景"を見せた。
――そこには、薄っすらと登り始めていた日の光によって照らされた、街があった。……少し高台になっている場所を走っていたのだ。
綾香が頭を出した処で、正巳は下に降りていた。
正巳はその足で、ユミルの方へと歩いて行った。
ユミルは、サナの手を握ったまま、ボス吉のモフモフも楽しんでいた。
そんなユミルを見ながら言った。
「俺達と来ないか?」
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