『 インパルス 』 ~宝くじで900億円当たったから、理想の国を作ることにした~
130話 仲介屋
◆
――15分後。
そこには、改めて揃った面々と、新たに呼び寄せた者達が居た。
正巳が龍児――
『龍児だ……リュウとでも、龍児とでも好きに呼んでくれ』
と言われた男に声を掛けた。
「……さっきは済まなかったな」
――それに対して龍児が答える。
「なに、お互いに勘違いが先走っただけだろう」
そう言って、手元に用意した酒を煽ると、俺にも椀を差し出した。
それを見た綾香が、口を出す。
「お父様!」
恐らく綾香は、父がこの場にそぐわない事をしている、と思っているのだろう。
――しかし、それは違う。
遠い距離を詰めるには、ある場合酒と言う手段が、良い道具となるのだ。
「いや、俺も頂こう」
俺の答えに、綾香が『お兄様……』と呟いている。
……後10年もすれば、分かるだろう。
差し出した椀に、酒が注がれる。
「それじゃあ、俺からも……」
そう言って、龍児の椀にも酒を注いだ。
一度視線を合わせてから、一息に飲み干した。
その後、二杯ほど口にしたところで、龍児が口を開いた。
「それで、その後ろの男の事を聞こうか……」
正巳は、振り返らずに答える。
「そうだな……連れて来てくれ」
「承知しました」
ザイが、片目にガーゼを当てた男を連れて来た。……先程ザイを邸宅内に呼び入れた時、『床を汚してはいけないから』とガーゼで目を縛ったのだ。
「ありがとう」
「いえ……」
ザイに礼を言うと、俯いている男の顔を上げさせた。
「この男については?」
「確かに知っている顔だな……この男が関係しているのか?」
疑問を示す龍児に答える。
「まあ、『関係している』と言うか『全てに関わっている』と言うか……」
そう言いながら、岩斉の顔を見る。
すると、その失った片目を庇いながらも、耳打ちして来た。
「お、お前、この男を今ここで殺せば、組の半分……いや、7,8割をやるぞぉ!」
そう言って、こちらを見て来る。
……逞しいな。
変な関心をしていると、龍児が話を振って来た。
「――と言っているが?」
……目が意地の悪い光を帯びている。
……いや、この場合は、直ぐに"始末"を言ってこない龍児から、何か意図を感じる。
「まあ、そうだな……岩斉、お前の出方次第だな……」
正巳が行った言葉で、岩斉の顔が喜色に映えた。
「そ、それで、俺が何をすれば良いんだ? 何をすれば――」
『何をすれば、この龍児を殺してくれるんだ?』
そう続けようとした岩斉に、正巳が言った。
「勘違いするな、俺はリュウを殺さない……それに、俺はお前に唯一の道を示しているんだ…………死ぬか?」
意図的に、最後の部分を声を潜ませて言った。
「え……。い、いえ、とんでもないです……そそれで?」
……どうやら、ほんとに『逞しさ』と言うか、『渋とさ』だけはあるようだ。
「……お前に聞きたい事がある。その問いに答えれば、お前は解放しよう……その後は、龍児と一緒に弘瀬組を支えるんだな」
言いながら、龍児の顔を見る。
「……あぁ、そうだな……チャンスをやろう」
龍児も同意する。
……龍児には、少年と少女の事や、綾香の身に起きた事を説明していなかった。可能性は薄いが、護衛を務めていたらしい、ユミルに危害が及ぶ事を避ける為だ。
まあ、この男の事だ。
この場に居るメンツを見ただけで、大方予測が付いていそうでは有るが。
……ともかく、今するべきなのは、目の前の男から情報を引き出す事だ。
「お父様――」
後ろで、綾香が声を上げたが、誰かが止めたのだろう。
……綾香以外にも強い"憎悪"を向けている気配を感じる。
恐らくは、伍一会で保護した少年か少女の何方かだろう。
――あるいは二人共か。
二人とも目が覚めており、其々サナとバロムが支えている。
「……」
岩斉は、一瞬声がした方を見て、正巳と龍児の顔色を窺った。
――そして、俺と龍児の顔に何を見たか分からないが、口を開いた。
「分かった……」
「それじゃあ、今回の襲撃はお前の指示か?」
正巳がそう聞いた途端、龍児の眉間にしわが寄った。
「……」
「どうなんだ? ……お前は、綾香とユミルを攫った上で拷問、それ迄は後ろの少年少女を弄んでいたらしいが?」
正巳が言い終わるや、龍児がズイと近づいて来た。
「おぉう、"拷問"だと?」
「ひぃぃ……お、お前!」
龍児が、演技で無い迫り方をしている。
……本職だけあって迫力がある。
――龍児を止める事なく、続ける。
「それに、大分組員……いや、外部から"雇って"いたな?」
「え……えぁ?」
岩斉が戸惑っている。
「……コイツの組員はどうなった?」
後ろに問いを投げかけると、ザイが答えた。
「ハッ! 敷地内に存在した者は殲滅済みです――残らず」
「ご苦労……と言う事だが、随分と羽振りが良いよな?」
組員が全員殺されたと聞いて、青い顔をした岩斉だったが、直ぐに持ち直した。
……金の話になったからか、『生き残る道だ!』とでも思ったのだろう。
「か、金なら――」
「麻薬の元締めは儲かるか?」
正巳がそう言った瞬間、岩斉が視線を龍児に動かした。
「……落ち着け」
そこには、緑がかった刀身を抜き放った龍児が居た。
「ダメだ……一秒たりとも生かしておけん!」
「――ッチ」
龍児が振りかぶる動作を取ったのを確認して、座した状態から、抜刀の動きを取る。
――立ち上がる動作で懐に入り込み、手を振り上げる動作で刀を下から突き上げた。
『"ガンッツ!"』
突き上げられた刀が、天井に刺さっている。
「誰も――動くな」
正巳が放った言葉は、主に龍児サイドに向けて放たれた言葉だ。……龍児の後ろでは、――ゲンと言ったか―― 男が懐に手を差し入れる動作を取っていた。
正巳達の居る部屋の外でも、何やら気配がする。
外の者達にも分かる様に、殺気を濃くして行く。
「……」
「……」
「……正巳様、宜しいかと」
ザイがそう言って、促す。
部屋の外に意識を向けていた為、気が付かなかったが、目の前に立っていた龍児は座り込んで息を荒くしている。その後ろにいるゲンは、少し離れているにも拘らず震えが見て取れる。
「……あ、あぁすまん……それで、その麻薬だが――」
元居た場所に座り直すと、何事も無かったかのように岩斉に声を掛けたのだが……
『"ザクッツ"』
天井に刺さっていた刀が落ちて来た。
直後、聞くに堪えない"失禁"の音が部屋に響いた。
……横に座っていた男が、よだれを垂らして目を剥いている。
「……おにいちゃ、くちゃい、なの」
サナが、袖を引いて訴えかけて来る。
「……あ、ああ、そうだな……」
龍児に目を向けると、口元を引きつらせている。
「……なんか悪いな、そのコレ……」
言いながら、徐々に漏れて来たモノから身を避ける。
そんな正巳の姿を見てか、龍児は苦笑いしながら言った。
「まぁ、仕方ないだろう……休憩してから続きにするか……」
「悪いが、そうしよう……」
そう言うと、二人して其々部屋から出始めた。
……正巳の後ろに居たメンバーからは、少し非難めいたモノと、何処か感謝の様なモノの二種類の視線を向けられていた。
特に、少女と綾香はとても良い笑顔をしていた。
――15分後。
再び集まったのは、先程とは別の部屋だった。
そこに来たのは、ザイ、ユミル、龍児、ゲン、そして正巳、の5名だった。
ガウス、デュー、バロム、サナ、綾香、少年と少女の7人には、別の部屋で待機している様に言っておいた。サナは最後まで『一緒に行くなの!』と言っていたが、他の者……特に、少年と少女の二人は、先程の岩斉の姿を見て満足した様であった。
待機組は綾香の案内の元、自分の誕生日に作って貰ったという、"ふわふわルーム"と言う部屋にいてもらう事になっていた。
何でも、部屋の全部がクッション素材で出来ていて、床はトランポリンの様になっているらしい。子供にとっては、楽しい部屋だろう。
話を伝えた時に、一番目を輝かせていたのが3人の男達と言うのが、少し心配では有るが……
何にしても、ここから先は人数を絞る必要があった。
――正巳達が居るのは、屋敷の地下にある一室。
ほんとか嘘か、『爆撃を受けた際に籠る場所』らしい。……入り口が塞がっても数カ月は持つように、非常食や日常生活に不可欠な設備が整っている。
通常は、床に絨毯が引かれているという話だったが、今は剥き出しのコンクリートになっている。これは、先程龍児が『ここでも漏らされては困るわ!』と言って、組員に一通りの物を持ち出させたためだ。
「……それじゃあ、続きだな」
目の前に、膝を付いて座っている男がいる。
男は、衣類を殆ど着ておらず、タオルを一枚羽織るのみだ。
龍児に目を向けると、頷いて来る。
龍児から時計回りに、ユミル、ザイ、正巳、ゲンそして龍児、となっている。
中心に居るのが、岩斉と言う訳だ。
岩斉が、床に尻もちをついた形で座っている為、正巳達も各々楽な形で座っていた。
……ザイとゲンは、一歩下がって立っている形の為、岩斉を囲んでいる訳では無かった。
「正巳、俺から聞いても良いか?」
龍児が、正巳に聞いて来る。
「構わないが……殺すなよ?」
「あぁ……」
頷いた龍児が、岩斉に問いかける。
「それで、お前が得ていたのは、何処からの薬だ?」
岩斉が、一瞬逡巡すると、正巳に懇願して来た。
「な、なぁ、殺さないよな?」
「……」
この男は、これ迄数え切れないほどの子供を、不幸にして来た事だろう。
しかし――
「……お前が問いに答えれば、約束しよう」
正巳がそう答えると、口を薄く開け、目を見開いた。
「っす、する! 答えるぅ!」
「……それじゃあ、答えると良い」
「あぁ、分かった……そうだな、薬は基本大陸産だ。不定期で入港するタンカーから仕入れている……とにかく原価が安くて量も有るから、危険を冒さずに儲けられるんだ……」
その後、打って変わったようにべらべらと喋り出した岩斉に、思わず言葉を失ったのだった。
――20分後。
「それじゃあ、伍一会のメンバーも、その時に来るのか?」
「あぁ、仲介役の男が他の国に顔が聞くんだ。……そうだ、その男にいつも卸して貰っていたんだ……それなのに、半年も連絡が付かなくて……クソっ!」
……何やら気になる言葉が出た。
「その『卸す』ってのは、何を卸すんだ?」
そう聞くと、岩斉の顔がニヤ付いた。
「あぁ、それは奴隷さ、人間だよ、何に使っても良い人間の子供!」
……
「なるほど、それじゃあ、そこに行けば武器も有るんだな?」
周りの者達の雰囲気が再び不味い方向に動いたのを感じて、方向を変えた。
……懐に仕舞っていた銃を取り出す。
「……コレとか?」
「な、なんでそれを……そう言えば、あいつら……あぁ、そうだソレもだ」
そう言った岩斉に、思わず頭を掻いた。
……コイツが繋がっている。
続けて質問をしようとしたら、龍児が『見せてくれるか?』と言って来たので、『良いぞ』と言って手渡した。
岩斉に向き直る。
……一番聞きたかった質問だ。
「それで、お前に仲介している者の名前は?」
正巳の問いに、岩斉はたじろいだ。
が、譲れない。
……殺気を含ませながら問う。
「死にたくないんだよな?」
「ああ、あぁ……そうだよな、どうせ連絡が付かないんだ……」
もごもごと、言い訳をする様に呟いていたが、顔を上げてこちらを見ると、言った。
「仲介屋は、"スズヤ"と名乗っていた」
その言葉を聞いた反応は様々であったが、唯一反応していなかったのは、ユミルのみだった。……どうやら、其々、この名前に心当たりがある様だった。
「……龍児?」
「貴様……あの時か、あの時……となると、香織を襲わせたのは……」
龍児の様子が、『スズヤ』と言う名前を、岩斉の口から聞いた瞬間から変わった。
そして、止める間も無く――
『"ガチン"』
……先程渡していた"拳銃"の引き金を絞っている。
「……なぜ?」
――が、龍児の意図した結果にはなっていなかった。
「さっきの休憩の時に、念の為弾を抜いておいたんだよ……」
そう言いながら近づいて行くと、龍児の話を聞く事にした。
話を聞いている間は、ユミルとザイに尋問を頼む事にした。
……ゲンも、龍児の傍らに寄り添っている。
「……聞かせてくれるか?」
正巳が、龍児の目を見て問いかけると、龍児は何度か深呼吸した後で、『良いだろう……なに、哀れな男の"昔話"さ……』と話し始めた。
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