『 インパルス 』 ~宝くじで900億円当たったから、理想の国を作ることにした~

時雲

130話 仲介屋





 ――15分後。

 そこには、改めて揃った面々と、新たに呼び寄せた者達が居た。

 正巳が龍児――

『龍児だ……リュウとでも、龍児とでも好きに呼んでくれ』

 と言われた男に声を掛けた。

「……さっきは済まなかったな」

 ――それに対して龍児が答える。

「なに、お互いに勘違いが先走っただけだろう」

 そう言って、手元に用意した酒を煽ると、俺にも椀を差し出した。

 それを見た綾香が、口を出す。

「お父様!」

 恐らく綾香は、父がこの場にそぐわない事をしている、と思っているのだろう。

 ――しかし、それは違う。

 遠い距離を詰めるには、ある場合酒と言う手段が、良い道具となるのだ。

「いや、俺も頂こう」

 俺の答えに、綾香が『お兄様……』と呟いている。

 ……後10年もすれば、分かるだろう。

 差し出した椀に、酒ががれる。

「それじゃあ、俺からも……」

 そう言って、龍児の椀にも酒を注いだ。

 一度視線を合わせてから、一息に飲み干した。

 その後、二杯ほど口にしたところで、龍児が口を開いた。

「それで、その後ろの男の事を聞こうか……」

 正巳は、振り返らずに答える。

「そうだな……連れて来てくれ」
「承知しました」

 ザイが、片目にガーゼを当てた男を連れて来た。……先程ザイを邸宅内に呼び入れた時、『床を汚してはいけないから』とガーゼで目を縛ったのだ。

「ありがとう」
「いえ……」

 ザイに礼を言うと、俯いている男の顔を上げさせた。

「この男については?」
「確かに知っている顔だな……この男が関係しているのか?」

 疑問を示す龍児に答える。

「まあ、『関係している』と言うか『全てに関わっている』と言うか……」

 そう言いながら、岩斉の顔を見る。

 すると、その失った片目を庇いながらも、耳打ちして来た。

「お、お前、この男を今ここで殺せば、組の半分……いや、7,8割をやるぞぉ!」

 そう言って、こちらを見て来る。
 ……逞しいな。

 変な関心をしていると、龍児が話を振って来た。

「――と言っているが?」

 ……目が意地の悪い光を帯びている。
 ……いや、この場合は、直ぐに"始末"を言ってこない龍児から、何か意図を感じる。

「まあ、そうだな……岩斉、お前の出方次第だな……」

 正巳が行った言葉で、岩斉の顔が喜色に映えた。

「そ、それで、俺が何をすれば良いんだ? 何をすれば――」

『何をすれば、この龍児おとこを殺してくれるんだ?』

 そう続けようとした岩斉に、正巳が言った。

「勘違いするな、俺はリュウ・・・を殺さない……それに、俺はお前に唯一の道を示しているんだ…………死ぬか?」

 意図的に、最後の部分を声を潜ませて言った。

「え……。い、いえ、とんでもないです……そそれで?」

 ……どうやら、ほんとに『逞しさ』と言うか、『渋とさ』だけはあるようだ。

「……お前に聞きたい事がある。その問いに答えれば、お前は解放しよう……その後は、龍児と一緒に弘瀬この組を支えるんだな」

 言いながら、龍児の顔を見る。

「……あぁ、そうだな……チャンスをやろう」

 龍児も同意する。

 ……龍児には、少年と少女の事や、綾香の身に起きた事を説明していなかった。可能性は薄いが、護衛を務めていたらしい、ユミルに危害が及ぶ事を避ける為だ。

 まあ、この男の事だ。

 この場に居るメンツを見ただけで、大方予測が付いていそうでは有るが。

 ……ともかく、今するべきなのは、目の前の男から情報を引き出す事だ。

「お父様――」

 後ろで、綾香が声を上げたが、誰かが止めたのだろう。

 ……綾香以外にも強い"憎悪"を向けている気配を感じる。

 恐らくは、伍一会で保護した少年か少女の何方かだろう。

 ――あるいは二人共か。

 二人とも目が覚めており、其々サナとバロムが支えている。

「……」

 岩斉は、一瞬声がした方を見て、正巳と龍児の顔色を窺った。

 ――そして、と龍児の顔に何を見たか分からないが、口を開いた。

「分かった……」
「それじゃあ、今回の襲撃はお前の指示か?」

 正巳がそう聞いた途端、龍児の眉間にしわが寄った。

「……」

「どうなんだ? ……お前は、綾香とユミルを攫った上で拷問、それ迄は後ろの少年少女を弄んでいたらしいが?」

 正巳が言い終わるや、龍児がズイと近づいて来た。

「おぉう、"拷問"だと?」
「ひぃぃ……お、お前!」

 龍児が、演技で無い迫り方をしている。
 ……本職だけあって迫力がある。

 ――龍児を止める事なく、続ける。

「それに、大分組員……いや、外部から"雇って"いたな?」
「え……えぁ?」

 岩斉が戸惑っている。

「……コイツの組員はどうなった?」

 後ろに問いを投げかけると、ザイが答えた。

「ハッ! 敷地内に存在した者は殲滅済みです――残らず」
「ご苦労……と言う事だが、随分と羽振りが良いよな?」

 組員が全員殺されたと聞いて、青い顔をした岩斉だったが、直ぐに持ち直した。
 ……金の話になったからか、『生き残る道だ!』とでも思ったのだろう。

「か、金なら――」
「麻薬の元締めは儲かるか?」

 正巳がそう言った瞬間、岩斉が視線を龍児に動かした。

「……落ち着け」

 そこには、緑がかった刀身を抜き放った龍児が居た。

「ダメだ……一秒たりとも生かしておけん!」
「――ッチ」

 龍児が振りかぶる動作を取ったのを確認して、座した状態から、抜刀の動きを取る。

 ――立ち上がる動作で懐に入り込み、手を振り上げる動作で刀を下から突き上げた。

『"ガンッツ!"』

 突き上げられた刀が、天井に刺さっている。

「誰も――動くな」

 正巳が放った言葉は、主に龍児サイドに向けて放たれた言葉だ。……龍児の後ろでは、――ゲンと言ったか―― 男が懐に手を差し入れる動作を取っていた。

 正巳達の居る部屋の外でも、何やら気配がする。

 外の者達にも分かる様に、殺気を濃くして行く。

「……」
「……」

「……正巳様、宜しいかと」

 ザイがそう言って、促す。

 部屋の外に意識を向けていた為、気が付かなかったが、目の前に立っていた龍児は座り込んで息を荒くしている。その後ろにいるゲンは、少し離れているにも拘らず震えが見て取れる。

「……あ、あぁすまん……それで、その麻薬だが――」

 元居た場所に座り直すと、何事も無かったかのように岩斉に声を掛けたのだが……

『"ザクッツ"』

 天井に刺さっていた刀が落ちて来た。

 直後、聞くに堪えない"失禁"の音が部屋に響いた。

 ……横に座っていた男が、よだれを垂らして目を剥いている。

「……おにいちゃ、くちゃい、なの」

 サナが、袖を引いて訴えかけて来る。

「……あ、ああ、そうだな……」

 龍児に目を向けると、口元を引きつらせている。

「……なんか悪いな、そのコレ……」

 言いながら、徐々に漏れて来たモノから身を避ける。
 そんな正巳の姿を見てか、龍児は苦笑いしながら言った。

「まぁ、仕方ないだろう……休憩してから続きにするか……」
「悪いが、そうしよう……」

 そう言うと、二人して其々部屋から出始めた。

 ……正巳の後ろに居たメンバーからは、少し非難めいたモノと、何処か感謝の様なモノの二種類の視線を向けられていた。

 特に、少女と綾香はとても良い笑顔をしていた。


 ――15分後。

 再び集まったのは、先程とは別の部屋だった。

 そこに来たのは、ザイ、ユミル、龍児、ゲン、そして正巳、の5名だった。

 ガウス、デュー、バロム、サナ、綾香、少年と少女の7人には、別の部屋で待機している様に言っておいた。サナは最後まで『一緒に行くなの!』と言っていたが、他の者……特に、少年と少女の二人は、先程の岩斉の姿を見て満足した様であった。

 待機組は綾香の案内の元、自分の誕生日に作って貰ったという、"ふわふわルーム"と言う部屋にいてもらう事になっていた。

 何でも、部屋の全部がクッション素材で出来ていて、床はトランポリンの様になっているらしい。子供にとっては、楽しい部屋だろう。

 話を伝えた時に、一番目を輝かせていたのが3人の男達と言うのが、少し心配では有るが……

 何にしても、ここから先は人数を絞る必要があった。

 ――正巳達が居るのは、屋敷の地下にある一室。

 ほんとか嘘か、『爆撃を受けた際に籠る場所』らしい。……入り口が塞がっても数カ月は持つように、非常食や日常生活に不可欠な設備が整っている。

 通常は、床に絨毯が引かれているという話だったが、今は剥き出しのコンクリートになっている。これは、先程龍児が『ここでも漏らされては困るわ!』と言って、組員に一通りの物を持ち出させたためだ。

「……それじゃあ、続きだな」

 目の前に、膝を付いて座っている男がいる。
 男は、衣類を殆ど着ておらず、タオルを一枚羽織るのみだ。

 龍児に目を向けると、頷いて来る。

 龍児から時計回りに、ユミル、ザイ、正巳、ゲンそして龍児、となっている。 

 中心に居るのが、岩斉と言う訳だ。

 岩斉が、床に尻もちをついた形で座っている為、正巳達も各々楽な形で座っていた。
 ……ザイとゲンは、一歩下がって立っている形の為、岩斉を囲んでいる訳では無かった。

「正巳、俺から聞いても良いか?」

 龍児が、正巳に聞いて来る。

「構わないが……殺すなよ?」
「あぁ……」

 頷いた龍児が、岩斉に問いかける。

「それで、お前が得ていたのは、何処からのブツだ?」

 岩斉が、一瞬逡巡すると、正巳に懇願して来た。

「な、なぁ、殺さないよな?」
「……」

 この男は、これ迄数え切れないほどの子供を、不幸にして来た事だろう。
 しかし――

「……お前が問いに答えれば、約束しよう」

 正巳がそう答えると、口を薄く開け、目を見開いた。

「っす、する! 答えるぅ!」
「……それじゃあ、答えると良い」

「あぁ、分かった……そうだな、ヤクは基本大陸産だ。不定期で入港するタンカーから仕入れている……とにかく原価が安くて量も有るから、危険を冒さずに儲けられるんだ……」

 その後、打って変わったようにべらべらと喋り出した岩斉に、思わず言葉を失ったのだった。

 ――20分後。

「それじゃあ、伍一会のメンバーも、その時に来るのか?」
「あぁ、仲介役の男が他の国に顔が聞くんだ。……そうだ、その男にいつも卸して貰っていたんだ……それなのに、半年も連絡が付かなくて……クソっ!」

 ……何やら気になる言葉が出た。

「その『卸す』ってのは、何を・・卸すんだ?」

 そう聞くと、岩斉の顔がニヤ付いた。

「あぁ、それは奴隷さ、人間だよ、何に使っても良い人間の子供!」

 ……

「なるほど、それじゃあ、そこに行けば武器も有るんだな?」

 周りの者達の雰囲気が再び不味い方向に動いたのを感じて、方向を変えた。
 ……懐に仕舞っていた銃を取り出す。

「……コレとか?」
「な、なんでそれを……そう言えば、あいつら……あぁ、そうだソレもだ」

 そう言った岩斉に、思わず頭を掻いた。
 ……コイツが繋がっている。

 続けて質問をしようとしたら、龍児が『見せてくれるか?』と言って来たので、『良いぞ』と言って手渡した。

 岩斉に向き直る。

 ……一番聞きたかった質問だ。

「それで、お前に仲介している者の名前は?」

 正巳の問いに、岩斉はたじろいだ。
 が、譲れない。
 ……殺気を含ませながら問う。

「死にたくないんだよな?」
「ああ、あぁ……そうだよな、どうせ連絡が付かないんだ……」

 もごもごと、言い訳をする様に呟いていたが、顔を上げてこちらを見ると、言った。

「仲介屋は、"スズヤ"と名乗っていた」

 その言葉を聞いた反応は様々であったが、唯一反応していなかったのは、ユミルのみだった。……どうやら、其々、この名前に心当たりがある様だった。

「……龍児?」

「貴様……あの時か、あの時……となると、香織を襲わせたのは……」

 龍児の様子が、『スズヤ』と言う名前を、岩斉の口から聞いた瞬間から変わった。
 そして、止める間も無く――

『"ガチン"』

 ……先程渡していた"拳銃"の引き金を絞っている。

「……なぜ?」

 ――が、龍児の意図した結果にはなっていなかった。

「さっきの休憩の時に、念の為弾を抜いておいたんだよ……」

 そう言いながら近づいて行くと、龍児の話を聞く事にした。
 話を聞いている間は、ユミルとザイに尋問を頼む事にした。
 ……ゲンも、龍児の傍らに寄り添っている。

「……聞かせてくれるか?」

 正巳が、龍児の目を見て問いかけると、龍児は何度か深呼吸した後で、『良いだろう……なに、哀れな男の"昔話"さ……』と話し始めた。

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