『 インパルス 』 ~宝くじで900億円当たったから、理想の国を作ることにした~

時雲

122話 紅い星

 施設の外へと出ると、そこには三人の男達と二十余名の子供達が居た。

 子供達は、布に頭を通すだけの、簡素な服を着ている。
 ざっと顔を見るが、どの子供達も目つきを鋭くさせ、こちらを睨んで来る。

「……この子達で全部か?」

 三人の内一人に聞くと、『はい、施設内に囚われていたのは全部かと……出来れば"ボス"の力を借りたいのですが……』と答えて来る。

 三人の男達は其々、ガウス、デュー、バロムと言う。

 ガウスは、身長170cm後半で堀の深い顔立ちをしている。
 デューは、身長170cm前後で体の線が細く、蛇のような印象を受ける。
 バロムは、身長190cm程もあり、肩幅が広くて熊のような男だ。

 この男達が何者かと言うと――

「お前達、もう一期訓練所・・・に行くか?」

 ザイが、三人に呆れたように問いかける。
 ……既に何度か見た光景だ。

 そんなザイに対して、男達は声をそろえて返答する。

「「「 とんでもありません!! 任務、完了しております!! 」」」

 そう、この男達は"訓練"をしていた者達で、晴れてホテルマンとなるのだ。

 始めは、正巳達の教官の役割をしていたのだが、いつの間にか立場が逆転してしまった。

 本来の"ボス"であるザイの前で、ザイ以外を『ボス』と呼ぶとは……未だ傭兵のノリが残っているのだろう。

 まあ、その気持ちもわかる。

 ウチ・・の"ボス"は凄いのだ。

 『ボス』と言うのは、俺でもサナやデウの事でもない。

「あっ、お兄ちゃん! ボス吉なの!」

 そう、『ボス』と言うのは、"ボス吉"の事だ。

 サナの指す方を見ると、ボス吉が全翼機"ブラック"から降りて、走って来ていた。

 ……ここから見ても、それなりの大きさに見える。

 ――いや、実際に大きい。

 大きさで言えば、軽自動車くらいの大きさがあるだろう。

 ボス吉を見ながら、サナの頭を撫でた。

「ああ、そうだな」

 そのまま見ていると、あっという間にボス吉の体が縮んで行き――

 正巳の腕の中に飛び込むころには、通常のネコサイズになっていた。

 ……ボス吉の柔らかな感触を楽しみながら、言う。

「相変わらず、"身体操作"が上手いな」
『我が唯一主の役に立てること故』

 ボス吉には、何度か背中に乗せて貰った……素晴らしい経験だった。

「俺も、もう少し出来れば良いんだがな……」
『主は今のままで十分であります――にゃ』

 語尾に『にゃ』と付いているのは、最近『"にゃ"って可愛いな』とマムとの会話の中で話したのが原因だろう。時々、思い出したように『にゃ』と付けている。

 何が切っ掛けで、その話題になったのかは覚えていないが……

 それはともかくとして、正巳は身体操作の面で限界があった。

 体の大きさを変える際に、理性が飛びそうになる事が多々あったのだ。

 少々困って、マムに相談した所、色々と小難しい話を聞かされた。
 
 結局分かったのは、体の大きさを変える事は危険を伴うため禁止。現状では、『幼い状態から青年 ――5歳~30代前半―― の範囲での変化のみ可能』と言う事だった。

 ……マムによると、『主人格の細胞以上に取り込んだ自身オリジナル以外の細胞を増幅させると、他の細胞が意思を持ち始める』らしい。

 何となく、自分の中に自分以外の存在がいるみたいで、落ち着かない。
 まあ、これが理由で特別困った事も無いので、特に問題は無いだろう。

 そんな事を考えていたら、ボス吉が少し落ち込んでいる様に見えた。

 ボス吉が言った『唯一役に立てる』と言う事に、関係しているのだろう。こう見えて、中々に繊細な面が有るのだ。

 一応フォローする。

「ありがとうな……この三人も言っている通り、ボス吉の探知には助かってる」

 事実、ボス吉はその嗅覚や聴覚、五感を使って生物の存在を探ってくれていた。

 ……単純に探すのであれば、サナやマムに頼めば良い。
 しかし、ボス吉の探知それは動物的な第六感の様なものがあった。

『我が……』

 ボス吉が、正巳の腕の中でもぞもぞと動く。

 ……どうやら、少し恥ずかしいらしい。

 もう少し、ボス吉と遊んでいても良いのだが――

 その場にいた者達は皆が、正巳とボス吉のやり取りを見ていたらしい。

 ……視線が痛い。

「まあ、なんだ……そろそろ乗り込むか」

 話題を逸らす為では有るが、実際そんなにのんびりしている場合ではないだろう。

 何せ、マムからは予め"時間制限有"での指示が来ていたのだ。時間制限があると云う事は、遅れる事で何らかのデメリットが生じる可能性がある、と云う事だ。

 正巳が『何時だ?』と呟くと、右の耳に装着されていた、黒色の機器が『21時50分です』と返した。……よく見ると、耳に付いた機器は爬虫類の形を模している事が分かる。

「よし、22時前だな」

 ……マムに言われたのは、『22時までに制圧完了、22時10分までに出発』だった。

 上手く説得・・出来れば、問題なく間に合うはずだ。

 どうすれば良いか考えながら、保護対象である子供達の前に、進み出た。


 ――10分後。

 正巳達は、上空遥か1万メートルに居た。

 思っていたよりもすんなりと子供達を説得する事が出来た為、スムーズに離陸出来たのだ。まあ、『説得が上手かった』と言うよりは、同年代に見えるサナの存在と、ボス吉の存在が大きかったのだろう。

 ……現在ボス吉は、子供達にモフモフされている。
 時折こちらに助けを求めて来るが、暫くの間は我慢して貰おう。

 サナに関しては、特に頼んだわけでは無いが、子供達の相手をしている。これは、少し前に施設から保護した子供が、サナの目の前で亡くなった事に起因しているのだろう。

 その子供は、体力が落ちている中、どうしても食欲が回復しなかった。その結果、衰弱し切ってしてしまったのだ。

 恐らくその時、サナ自身思う所が有ったのだろう。
 今では、何気ない会話から感じた異変を、教えてくれるようになっていた。

 正巳の後方では、ザイを囲んで三人の新人ホテルマンが座っている。
 ――恐らく、今回の反省と今後の事について、話し合いがされているのだろう。

 デウに関しては、子供達の細々とした世話を焼いて回っている。
 ――これは意外だったのだが、デウは思いの他世話焼きだったらしい。

 もう一度皆の様子を見て、一先ず大丈夫そうだと結論付けると、マムと話をする為に移動を始めた。移動先は、機体の前方――操縦室だ。

 一応、装着中の仮面を通してでも、マムとの会話は出来る。

 しかし、それ用の道具では無いので、長時間になると疲れるのだ。

 正巳は操縦室に来ると、開いたドアから中に入った。

 この機体は、人工知能であるマムによって操縦されている。

 その為、当たり前では有るが操縦席には、誰も座っていない。

 その空いた席に座る。

 そして、横に掛かっているヘッドホンを手に取ると、頭から装着した。

 ……仮面は、邪魔にならないように変形している。

 正巳は、ヘッドホンの具合を調整すると、会話を始めた。

「詳しく聞こうか、マム?」

 正巳が話しかけてから数秒の間、『私が――いや、ここは私が』等と聞こえたが、その後直ぐに言葉が帰って来た。

「はい、パパ。わたしマムが説明しますね――」

 こうして、マムが話し始めた。


 ――30分後。

 途中で何度か質問はしたが、殆どがマムの話を聞いていた。

 ……マムの話は、現在向かっている場所と、その理由が中心だった。

 途中、伍一会の話になった際に、今井さんの別荘や、正巳の自宅を燃やした"放火犯"の話に発展したりもした。

 しかし、『伍一会は何者だ?』と聞くと、『この件が終わったタイミングで、他の報告・・・・と併せて説明します』と言われてしまった。

 何やら、色々な事が複雑に絡まっている状況らしい。

 ともかく、現時点で優先すべきは、一つ。

 ユミルそして、綾香と言う少女の確保だ。

 綾香と言う名の少女は、国内最大級の暴力団ヤクザ"弘瀬組"組長の娘らしい。その、組長の娘"綾香"とユミルはひょんな事から一緒に生活していて、今ではユミルの心の支えになっているみたいだ。

 ……それで、何故急がなくてはいけないかと言うと、『伍一会の組長と組員が二人を捕えて、二人に悪戯・・をしようとしている』らしい。

 ――どうやら、この『悪戯・・』が、子供の悪戯とは訳が違うようだ。

 その証拠として、今まで屋敷に入って行った少年少女達と、その後の子供達の結末をマムから教えて貰った。

 ……胸糞悪い。

 マムは直接言葉に出さなかったが、"伍一会"と言う組織は、アキラやハクエン達の居た様な"孤児院"から子供を買っていたのだろう。そして、恐らく孤児院で目にした"薬物"は、この組織が……

 正巳は、そこまで考えて、脳裏にある事を思い出していた。

 ――救い出して来た後、療養していたが亡くなって行った子供達の"遺骨"そして、薬物が抜け切る前の子供達の悲痛な表情。

 ……どれも、この"薬物"が一つの重しとして、子供達の心にし掛かっていた。

 これから向かう場所には、その元凶たる者達がいる。

 冷静な筈の正巳だったが、沸々と血が湧きたって来ているのを、感じていた。

 マムに、『後どれぐらいだ?』と聞くと、『到着まで、13分と30秒,29,28……ですパパ』と回答が有ったので、それに頷いてから『俺と何人かが降りた後は、直接ホテルに飛んでくれ』と指示を出して、操縦席から立ち上がった。

 ――正巳が立ち去った後、操縦席に残ったヘッドホンから『……パパ、怒ってましたね』という呟きが漏れていた。




 ……正巳が操縦室から出ると、その変化を感じた者達に緊張が走った。

 早かったのは、ボス吉だった。

 次にサナが、そしてザイと三人の傭兵……基ホテルマン達が集まって来た。

 ……デウは、子供達の世話を焼いていて、こちらに来ない。

 当の子供達は、怯えた様子で一か所に固まっている。
 ――が、それを気にするのは後だ。

「あるじ?」
「おにいちゃ、何かあったなの?」

 ボス吉とサナが伺うような様子で、聞いて来る。

「そうだな……もう一つ、仕事が入った」

 正巳がそう答えると、そこに集まった者が頷いた。

「神楽様、それで……どの様な班構成にしましょうか?」

 ザイが聞いて来る。

「そうだな、俺とサナと他三人……ザイにも頼めるか?」
「……承知しました。デューとバロムは、私と共に神楽様に同行。ガウスは――」

「ああ、ガウスとデウにはこのままホテルに帰還。その後、職員への引継ぎ及び、子供達の世話をして貰いたい……既に他のメンバー、ハク爺とか子供達も帰っているだろうしな……」

 ザイ以外の三人の内では、ガウスが最も現場指揮が上手い。

 予め、帰還の連絡は入れている。

 ガウスであれば、何かあっても上手く処理してくれるだろう。

 問題なのは……

「あ……あるじ……主、我必要無い……」

 激しく落ち込んでいるボス吉だ。

 気持ち、毛がシナシナとして、モフモフ度が下がっている気がする。

 何も言わずにボス吉を抱き上げると、ボス吉に言った。

「子供達のサポートを頼む。 ……俺にはできない仕事だ」

 ……気持ち、ボス吉の毛並みがモフっとなった気がする。

「よし……帰ったら、一つ願いを聞いてやる」

 ……毛が、モフモフモフっとなった。

「さあ、子供の支えになってくれ!」

 そう言うと、『我、主、必ず!』と、片言になりながらも、元気に飛び出して行った。

 ……早速子供達にすり寄って行って、安心させている。

 ……うん。

 ……帰ったら、モフモフさせて貰おう。

 心の中で決意を固めていたら、サナが手を引いて来た。

「……サナ?」

 焼きもちを焼いたのかと思って、振り返ったら、サナはニコニコとしていた。

「お兄ちゃん、落ち着いたなの?」

 その言葉にハッとして、サナと同じ目線まで屈んだ。

「ああ、不要な心配をさせたな……少なくとも、ここでするべきでは無かった」

 恐らく、興奮して周囲を威圧していたのだろう。
 ――マムの話を聞いて、伍一会が許せなかった。

「大丈夫なの……サナがいっしょに居るから」

 そう言ってくるサナを一度抱き寄せてから、『そうだな』と言った。

 そして、再度ザイを含めた四人に向き直ると、大まかな情報を共有し始めた。



 ――8分後。

 そこには、入念にストレッチを行っている一人の男がいた。

 その男――ザイは、正巳からユミルの話を聞いた後、その雰囲気が変わった。

 ……『眠れる獅子が起きた』とでも言おうか、普段氷の様に冷静な男とは思えないほど、気合が入っている。

 そんなザイの様子を見て一つ苦笑すると、正巳も準備を始めた。

 ……いつの間にか左腕に戻っていた、イモリを模した腕輪――"イモ吉"を、腕から外すと耳に装着する。イモ吉を耳に近づけると、自動的に通信機の形になるのだ。

 イモ吉を通して通信する回線は、特殊な回線の為、通常時に使う事がほぼ無い。

 イモ吉が付いていたのと反対の腕には、灰色の腕輪――ヤモ吉が付いている。

 ヤモ吉は、ヤモリを模した形をしている。

 ヤモ吉は主に監視を行ったり、単独で情報の収集を行ったりできる。

 そして、ヤモ吉もイモ吉も、必要な時には武器になる。
 殆どの場合は素手で制圧してしまうため、使う機会が未だにない。

 正巳以外は、小型イヤホンを耳に装着している。

 そんな風に、"準備"をしていた正巳だったが、ガウスが近づいて来たので『ホテルに付いた後の事』を再度頼んでおいた。


 ――その数分後、機内に鳴り響くアラームと共に、降下用ハッチが開いた。

 近くに寄って来たボス吉を一度撫でると、子供達を再度頼んで下がらせた。

 酸素マスク及び、パラシュート等の最終チェック後、"降下"の指示サインを出す。

 正巳の指示サインに頷いた面々が、降下して行く。

 ……サナ、デュー、バロム、ザイの順だ。

 そして、ザイが降りた直後に、闇が広がる空へと躍り出た。

 ――

 ――

 そこは、闇が支配する世界。

 酸素が薄く、気温も低い、一つのミスが死を招く世界。

 そんな、漆黒の世界に、五つの星が流れた。

 その"星"の内の一つ、ほのかに紅く染まった星があった。

 その星は一人の男だった。

 男はその瞳に、煌めく無数の光を映していた。

 その光は、"眠らぬ国"を象徴するような光だった。

 本来、富と繁栄を象徴するのであろう輝きだったが……

 その光を写した男の目には別のモノに見えていた。

 男には、煌めくネオンが ――"大きな闇"を隠す巨大な"舞台装飾"―― か何か、に見えて仕方ないのだった。


 ――

『――高度400M切ります』

 一瞬思考がそれていたが、耳元の通信装置がカウントダウンを始めたので、集中し直した。

 ……タイミングをずらして、順番にパラシュートが開いているのが、視界の隅に確認できる。

 そして……

スリーツーワン――』

 ガイドのタイミングに合わせて、手元のハンドルを引いた。

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