『 インパルス 』 ~宝くじで900億円当たったから、理想の国を作ることにした~
122話 紅い星
施設の外へと出ると、そこには三人の男達と二十余名の子供達が居た。
子供達は、布に頭を通すだけの、簡素な服を着ている。
ざっと顔を見るが、どの子供達も目つきを鋭くさせ、こちらを睨んで来る。
「……この子達で全部か?」
三人の内一人に聞くと、『はい、施設内に囚われていたのは全部かと……出来れば"ボス"の力を借りたいのですが……』と答えて来る。
三人の男達は其々、ガウス、デュー、バロムと言う。
ガウスは、身長170cm後半で堀の深い顔立ちをしている。
デューは、身長170cm前後で体の線が細く、蛇のような印象を受ける。
バロムは、身長190cm程もあり、肩幅が広くて熊のような男だ。
この男達が何者かと言うと――
「お前達、もう一期訓練所に行くか?」
ザイが、三人に呆れたように問いかける。
……既に何度か見た光景だ。
そんなザイに対して、男達は声をそろえて返答する。
「「「 とんでもありません!! 任務、完了しております!! 」」」
そう、この男達は"訓練"をしていた者達で、晴れてホテルマンとなるのだ。
始めは、正巳達の教官の役割をしていたのだが、いつの間にか立場が逆転してしまった。
本来の"ボス"であるザイの前で、ザイ以外を『ボス』と呼ぶとは……未だ傭兵のノリが残っているのだろう。
まあ、その気持ちもわかる。
ウチの"ボス"は凄いのだ。
『ボス』と言うのは、俺でもサナやデウの事でもない。
「あっ、お兄ちゃん! ボス吉なの!」
そう、『ボス』と言うのは、"ボス吉"の事だ。
サナの指す方を見ると、ボス吉が全翼機"ブラック"から降りて、走って来ていた。
……ここから見ても、それなりの大きさに見える。
――いや、実際に大きい。
大きさで言えば、軽自動車くらいの大きさがあるだろう。
ボス吉を見ながら、サナの頭を撫でた。
「ああ、そうだな」
そのまま見ていると、あっという間にボス吉の体が縮んで行き――
正巳の腕の中に飛び込むころには、通常のネコサイズになっていた。
……ボス吉の柔らかな感触を楽しみながら、言う。
「相変わらず、"身体操作"が上手いな」
『我が唯一主の役に立てること故』
ボス吉には、何度か背中に乗せて貰った……素晴らしい経験だった。
「俺も、もう少し出来れば良いんだがな……」
『主は今のままで十分であります――にゃ』
語尾に『にゃ』と付いているのは、最近『"にゃ"って可愛いな』とマムとの会話の中で話したのが原因だろう。時々、思い出したように『にゃ』と付けている。
何が切っ掛けで、その話題になったのかは覚えていないが……
それはともかくとして、正巳は身体操作の面で限界があった。
体の大きさを変える際に、理性が飛びそうになる事が多々あったのだ。
少々困って、マムに相談した所、色々と小難しい話を聞かされた。
結局分かったのは、体の大きさを変える事は危険を伴うため禁止。現状では、『幼い状態から青年 ――5歳~30代前半―― の範囲での変化のみ可能』と言う事だった。
……マムによると、『主人格の細胞以上に取り込んだ自身以外の細胞を増幅させると、他の細胞が意思を持ち始める』らしい。
何となく、自分の中に自分以外の存在がいるみたいで、落ち着かない。
まあ、これが理由で特別困った事も無いので、特に問題は無いだろう。
そんな事を考えていたら、ボス吉が少し落ち込んでいる様に見えた。
ボス吉が言った『唯一役に立てる』と言う事に、関係しているのだろう。こう見えて、中々に繊細な面が有るのだ。
一応フォローする。
「ありがとうな……この三人も言っている通り、ボス吉の探知には助かってる」
事実、ボス吉はその嗅覚や聴覚、五感を使って生物の存在を探ってくれていた。
……単純に探すのであれば、サナやマムに頼めば良い。
しかし、ボス吉の探知は動物的な第六感の様なものがあった。
『我が……』
ボス吉が、正巳の腕の中でもぞもぞと動く。
……どうやら、少し恥ずかしいらしい。
もう少し、ボス吉と遊んでいても良いのだが――
その場にいた者達は皆が、正巳とボス吉のやり取りを見ていたらしい。
……視線が痛い。
「まあ、なんだ……そろそろ乗り込むか」
話題を逸らす為では有るが、実際そんなにのんびりしている場合ではないだろう。
何せ、マムからは予め"時間制限有"での指示が来ていたのだ。時間制限があると云う事は、遅れる事で何らかのデメリットが生じる可能性がある、と云う事だ。
正巳が『何時だ?』と呟くと、右の耳に装着されていた、黒色の機器が『21時50分です』と返した。……よく見ると、耳に付いた機器は爬虫類の形を模している事が分かる。
「よし、22時前だな」
……マムに言われたのは、『22時までに制圧完了、22時10分までに出発』だった。
上手く説得出来れば、問題なく間に合うはずだ。
どうすれば良いか考えながら、保護対象である子供達の前に、進み出た。
――10分後。
正巳達は、上空遥か1万メートルに居た。
思っていたよりもすんなりと子供達を説得する事が出来た為、スムーズに離陸出来たのだ。まあ、『説得が上手かった』と言うよりは、同年代に見えるサナの存在と、ボス吉の存在が大きかったのだろう。
……現在ボス吉は、子供達にモフモフされている。
時折こちらに助けを求めて来るが、暫くの間は我慢して貰おう。
サナに関しては、特に頼んだわけでは無いが、子供達の相手をしている。これは、少し前に施設から保護した子供が、サナの目の前で亡くなった事に起因しているのだろう。
その子供は、体力が落ちている中、どうしても食欲が回復しなかった。その結果、衰弱し切ってしてしまったのだ。
恐らくその時、サナ自身思う所が有ったのだろう。
今では、何気ない会話から感じた異変を、教えてくれるようになっていた。
正巳の後方では、ザイを囲んで三人の新人ホテルマンが座っている。
――恐らく、今回の反省と今後の事について、話し合いがされているのだろう。
デウに関しては、子供達の細々とした世話を焼いて回っている。
――これは意外だったのだが、デウは思いの他世話焼きだったらしい。
もう一度皆の様子を見て、一先ず大丈夫そうだと結論付けると、マムと話をする為に移動を始めた。移動先は、機体の前方――操縦室だ。
一応、装着中の仮面を通してでも、マムとの会話は出来る。
しかし、それ用の道具では無いので、長時間になると疲れるのだ。
正巳は操縦室に来ると、開いたドアから中に入った。
この機体は、人工知能であるマムによって操縦されている。
その為、当たり前では有るが操縦席には、誰も座っていない。
その空いた席に座る。
そして、横に掛かっているヘッドホンを手に取ると、頭から装着した。
……仮面は、邪魔にならないように変形している。
正巳は、ヘッドホンの具合を調整すると、会話を始めた。
「詳しく聞こうか、マム?」
正巳が話しかけてから数秒の間、『私が――いや、ここは私が』等と聞こえたが、その後直ぐに言葉が帰って来た。
「はい、パパ。わたしが説明しますね――」
こうして、マムが話し始めた。
――30分後。
途中で何度か質問はしたが、殆どがマムの話を聞いていた。
……マムの話は、現在向かっている場所と、その理由が中心だった。
途中、伍一会の話になった際に、今井さんの別荘や、正巳の自宅を燃やした"放火犯"の話に発展したりもした。
しかし、『伍一会は何者だ?』と聞くと、『この件が終わったタイミングで、他の報告と併せて説明します』と言われてしまった。
何やら、色々な事が複雑に絡まっている状況らしい。
ともかく、現時点で優先すべきは、一つ。
ユミルそして、綾香と言う少女の確保だ。
綾香と言う名の少女は、国内最大級の暴力団"弘瀬組"組長の娘らしい。その、組長の娘"綾香"とユミルはひょんな事から一緒に生活していて、今ではユミルの心の支えになっているみたいだ。
……それで、何故急がなくてはいけないかと言うと、『伍一会の組長と組員が二人を捕えて、二人に悪戯をしようとしている』らしい。
――どうやら、この『悪戯』が、子供の悪戯とは訳が違うようだ。
その証拠として、今まで屋敷に入って行った少年少女達と、その後の子供達の結末をマムから教えて貰った。
……胸糞悪い。
マムは直接言葉に出さなかったが、"伍一会"と言う組織は、アキラやハクエン達の居た様な"孤児院"から子供を買っていたのだろう。そして、恐らく孤児院で目にした"薬物"は、この組織が……
正巳は、そこまで考えて、脳裏にある事を思い出していた。
――救い出して来た後、療養していたが亡くなって行った子供達の"遺骨"そして、薬物が抜け切る前の子供達の悲痛な表情。
……どれも、この"薬物"が一つの重しとして、子供達の心に圧し掛かっていた。
これから向かう場所には、その元凶たる者達がいる。
冷静な筈の正巳だったが、沸々と血が湧きたって来ているのを、感じていた。
マムに、『後どれぐらいだ?』と聞くと、『到着まで、13分と30秒,29,28……ですパパ』と回答が有ったので、それに頷いてから『俺と何人かが降りた後は、直接ホテルに飛んでくれ』と指示を出して、操縦席から立ち上がった。
――正巳が立ち去った後、操縦席に残ったヘッドホンから『……パパ、怒ってましたね』という呟きが漏れていた。
……正巳が操縦室から出ると、その変化を感じた者達に緊張が走った。
早かったのは、ボス吉だった。
次にサナが、そしてザイと三人の傭兵……基ホテルマン達が集まって来た。
……デウは、子供達の世話を焼いていて、こちらに来ない。
当の子供達は、怯えた様子で一か所に固まっている。
――が、それを気にするのは後だ。
「あるじ?」
「おにいちゃ、何かあったなの?」
ボス吉とサナが伺うような様子で、聞いて来る。
「そうだな……もう一つ、仕事が入った」
正巳がそう答えると、そこに集まった者が頷いた。
「神楽様、それで……どの様な班構成にしましょうか?」
ザイが聞いて来る。
「そうだな、俺とサナと他三人……ザイにも頼めるか?」
「……承知しました。デューとバロムは、私と共に神楽様に同行。ガウスは――」
「ああ、ガウスとデウにはこのままホテルに帰還。その後、職員への引継ぎ及び、子供達の世話をして貰いたい……既に他のメンバー、ハク爺とか子供達も帰っているだろうしな……」
ザイ以外の三人の内では、ガウスが最も現場指揮が上手い。
予め、帰還の連絡は入れている。
ガウスであれば、何かあっても上手く処理してくれるだろう。
問題なのは……
「あ……あるじ……主、我必要無い……」
激しく落ち込んでいるボス吉だ。
気持ち、毛がシナシナとして、モフモフ度が下がっている気がする。
何も言わずにボス吉を抱き上げると、ボス吉に言った。
「子供達のサポートを頼む。 ……俺にはできない仕事だ」
……気持ち、ボス吉の毛並みがモフっとなった気がする。
「よし……帰ったら、一つ願いを聞いてやる」
……毛が、モフモフモフっとなった。
「さあ、子供の支えになってくれ!」
そう言うと、『我、主、必ず!』と、片言になりながらも、元気に飛び出して行った。
……早速子供達にすり寄って行って、安心させている。
……うん。
……帰ったら、モフモフさせて貰おう。
心の中で決意を固めていたら、サナが手を引いて来た。
「……サナ?」
焼きもちを焼いたのかと思って、振り返ったら、サナはニコニコとしていた。
「お兄ちゃん、落ち着いたなの?」
その言葉にハッとして、サナと同じ目線まで屈んだ。
「ああ、不要な心配をさせたな……少なくとも、ここでするべきでは無かった」
恐らく、興奮して周囲を威圧していたのだろう。
――マムの話を聞いて、伍一会が許せなかった。
「大丈夫なの……サナがいっしょに居るから」
そう言ってくるサナを一度抱き寄せてから、『そうだな』と言った。
そして、再度ザイを含めた四人に向き直ると、大まかな情報を共有し始めた。
――8分後。
そこには、入念にストレッチを行っている一人の男がいた。
その男――ザイは、正巳からユミルの話を聞いた後、その雰囲気が変わった。
……『眠れる獅子が起きた』とでも言おうか、普段氷の様に冷静な男とは思えないほど、気合が入っている。
そんなザイの様子を見て一つ苦笑すると、正巳も準備を始めた。
……いつの間にか左腕に戻っていた、イモリを模した腕輪――"イモ吉"を、腕から外すと耳に装着する。イモ吉を耳に近づけると、自動的に通信機の形になるのだ。
イモ吉を通して通信する回線は、特殊な回線の為、通常時に使う事がほぼ無い。
イモ吉が付いていたのと反対の腕には、灰色の腕輪――ヤモ吉が付いている。
ヤモ吉は、ヤモリを模した形をしている。
ヤモ吉は主に監視を行ったり、単独で情報の収集を行ったりできる。
そして、ヤモ吉もイモ吉も、必要な時には武器になる。
殆どの場合は素手で制圧してしまうため、使う機会が未だにない。
正巳以外は、小型イヤホンを耳に装着している。
そんな風に、"準備"をしていた正巳だったが、ガウスが近づいて来たので『ホテルに付いた後の事』を再度頼んでおいた。
――その数分後、機内に鳴り響くアラームと共に、降下用ハッチが開いた。
近くに寄って来たボス吉を一度撫でると、子供達を再度頼んで下がらせた。
酸素マスク及び、パラシュート等の最終チェック後、"降下"の指示を出す。
正巳の指示に頷いた面々が、降下して行く。
……サナ、デュー、バロム、ザイの順だ。
そして、ザイが降りた直後に、闇が広がる空へと躍り出た。
――
――
そこは、闇が支配する世界。
酸素が薄く、気温も低い、一つのミスが死を招く世界。
そんな、漆黒の世界に、五つの星が流れた。
その"星"の内の一つ、ほのかに紅く染まった星があった。
その星は一人の男だった。
男はその瞳に、煌めく無数の光を映していた。
その光は、"眠らぬ国"を象徴するような光だった。
本来、富と繁栄を象徴するのであろう輝きだったが……
その光を写した男の目には別のモノに見えていた。
男には、煌めくネオンが ――"大きな闇"を隠す巨大な"舞台装飾"―― か何か、に見えて仕方ないのだった。
――
『――高度400M切ります』
一瞬思考がそれていたが、耳元の通信装置がカウントダウンを始めたので、集中し直した。
……タイミングをずらして、順番にパラシュートが開いているのが、視界の隅に確認できる。
そして……
『3,2,1――』
ガイドのタイミングに合わせて、手元のハンドルを引いた。
子供達は、布に頭を通すだけの、簡素な服を着ている。
ざっと顔を見るが、どの子供達も目つきを鋭くさせ、こちらを睨んで来る。
「……この子達で全部か?」
三人の内一人に聞くと、『はい、施設内に囚われていたのは全部かと……出来れば"ボス"の力を借りたいのですが……』と答えて来る。
三人の男達は其々、ガウス、デュー、バロムと言う。
ガウスは、身長170cm後半で堀の深い顔立ちをしている。
デューは、身長170cm前後で体の線が細く、蛇のような印象を受ける。
バロムは、身長190cm程もあり、肩幅が広くて熊のような男だ。
この男達が何者かと言うと――
「お前達、もう一期訓練所に行くか?」
ザイが、三人に呆れたように問いかける。
……既に何度か見た光景だ。
そんなザイに対して、男達は声をそろえて返答する。
「「「 とんでもありません!! 任務、完了しております!! 」」」
そう、この男達は"訓練"をしていた者達で、晴れてホテルマンとなるのだ。
始めは、正巳達の教官の役割をしていたのだが、いつの間にか立場が逆転してしまった。
本来の"ボス"であるザイの前で、ザイ以外を『ボス』と呼ぶとは……未だ傭兵のノリが残っているのだろう。
まあ、その気持ちもわかる。
ウチの"ボス"は凄いのだ。
『ボス』と言うのは、俺でもサナやデウの事でもない。
「あっ、お兄ちゃん! ボス吉なの!」
そう、『ボス』と言うのは、"ボス吉"の事だ。
サナの指す方を見ると、ボス吉が全翼機"ブラック"から降りて、走って来ていた。
……ここから見ても、それなりの大きさに見える。
――いや、実際に大きい。
大きさで言えば、軽自動車くらいの大きさがあるだろう。
ボス吉を見ながら、サナの頭を撫でた。
「ああ、そうだな」
そのまま見ていると、あっという間にボス吉の体が縮んで行き――
正巳の腕の中に飛び込むころには、通常のネコサイズになっていた。
……ボス吉の柔らかな感触を楽しみながら、言う。
「相変わらず、"身体操作"が上手いな」
『我が唯一主の役に立てること故』
ボス吉には、何度か背中に乗せて貰った……素晴らしい経験だった。
「俺も、もう少し出来れば良いんだがな……」
『主は今のままで十分であります――にゃ』
語尾に『にゃ』と付いているのは、最近『"にゃ"って可愛いな』とマムとの会話の中で話したのが原因だろう。時々、思い出したように『にゃ』と付けている。
何が切っ掛けで、その話題になったのかは覚えていないが……
それはともかくとして、正巳は身体操作の面で限界があった。
体の大きさを変える際に、理性が飛びそうになる事が多々あったのだ。
少々困って、マムに相談した所、色々と小難しい話を聞かされた。
結局分かったのは、体の大きさを変える事は危険を伴うため禁止。現状では、『幼い状態から青年 ――5歳~30代前半―― の範囲での変化のみ可能』と言う事だった。
……マムによると、『主人格の細胞以上に取り込んだ自身以外の細胞を増幅させると、他の細胞が意思を持ち始める』らしい。
何となく、自分の中に自分以外の存在がいるみたいで、落ち着かない。
まあ、これが理由で特別困った事も無いので、特に問題は無いだろう。
そんな事を考えていたら、ボス吉が少し落ち込んでいる様に見えた。
ボス吉が言った『唯一役に立てる』と言う事に、関係しているのだろう。こう見えて、中々に繊細な面が有るのだ。
一応フォローする。
「ありがとうな……この三人も言っている通り、ボス吉の探知には助かってる」
事実、ボス吉はその嗅覚や聴覚、五感を使って生物の存在を探ってくれていた。
……単純に探すのであれば、サナやマムに頼めば良い。
しかし、ボス吉の探知は動物的な第六感の様なものがあった。
『我が……』
ボス吉が、正巳の腕の中でもぞもぞと動く。
……どうやら、少し恥ずかしいらしい。
もう少し、ボス吉と遊んでいても良いのだが――
その場にいた者達は皆が、正巳とボス吉のやり取りを見ていたらしい。
……視線が痛い。
「まあ、なんだ……そろそろ乗り込むか」
話題を逸らす為では有るが、実際そんなにのんびりしている場合ではないだろう。
何せ、マムからは予め"時間制限有"での指示が来ていたのだ。時間制限があると云う事は、遅れる事で何らかのデメリットが生じる可能性がある、と云う事だ。
正巳が『何時だ?』と呟くと、右の耳に装着されていた、黒色の機器が『21時50分です』と返した。……よく見ると、耳に付いた機器は爬虫類の形を模している事が分かる。
「よし、22時前だな」
……マムに言われたのは、『22時までに制圧完了、22時10分までに出発』だった。
上手く説得出来れば、問題なく間に合うはずだ。
どうすれば良いか考えながら、保護対象である子供達の前に、進み出た。
――10分後。
正巳達は、上空遥か1万メートルに居た。
思っていたよりもすんなりと子供達を説得する事が出来た為、スムーズに離陸出来たのだ。まあ、『説得が上手かった』と言うよりは、同年代に見えるサナの存在と、ボス吉の存在が大きかったのだろう。
……現在ボス吉は、子供達にモフモフされている。
時折こちらに助けを求めて来るが、暫くの間は我慢して貰おう。
サナに関しては、特に頼んだわけでは無いが、子供達の相手をしている。これは、少し前に施設から保護した子供が、サナの目の前で亡くなった事に起因しているのだろう。
その子供は、体力が落ちている中、どうしても食欲が回復しなかった。その結果、衰弱し切ってしてしまったのだ。
恐らくその時、サナ自身思う所が有ったのだろう。
今では、何気ない会話から感じた異変を、教えてくれるようになっていた。
正巳の後方では、ザイを囲んで三人の新人ホテルマンが座っている。
――恐らく、今回の反省と今後の事について、話し合いがされているのだろう。
デウに関しては、子供達の細々とした世話を焼いて回っている。
――これは意外だったのだが、デウは思いの他世話焼きだったらしい。
もう一度皆の様子を見て、一先ず大丈夫そうだと結論付けると、マムと話をする為に移動を始めた。移動先は、機体の前方――操縦室だ。
一応、装着中の仮面を通してでも、マムとの会話は出来る。
しかし、それ用の道具では無いので、長時間になると疲れるのだ。
正巳は操縦室に来ると、開いたドアから中に入った。
この機体は、人工知能であるマムによって操縦されている。
その為、当たり前では有るが操縦席には、誰も座っていない。
その空いた席に座る。
そして、横に掛かっているヘッドホンを手に取ると、頭から装着した。
……仮面は、邪魔にならないように変形している。
正巳は、ヘッドホンの具合を調整すると、会話を始めた。
「詳しく聞こうか、マム?」
正巳が話しかけてから数秒の間、『私が――いや、ここは私が』等と聞こえたが、その後直ぐに言葉が帰って来た。
「はい、パパ。わたしが説明しますね――」
こうして、マムが話し始めた。
――30分後。
途中で何度か質問はしたが、殆どがマムの話を聞いていた。
……マムの話は、現在向かっている場所と、その理由が中心だった。
途中、伍一会の話になった際に、今井さんの別荘や、正巳の自宅を燃やした"放火犯"の話に発展したりもした。
しかし、『伍一会は何者だ?』と聞くと、『この件が終わったタイミングで、他の報告と併せて説明します』と言われてしまった。
何やら、色々な事が複雑に絡まっている状況らしい。
ともかく、現時点で優先すべきは、一つ。
ユミルそして、綾香と言う少女の確保だ。
綾香と言う名の少女は、国内最大級の暴力団"弘瀬組"組長の娘らしい。その、組長の娘"綾香"とユミルはひょんな事から一緒に生活していて、今ではユミルの心の支えになっているみたいだ。
……それで、何故急がなくてはいけないかと言うと、『伍一会の組長と組員が二人を捕えて、二人に悪戯をしようとしている』らしい。
――どうやら、この『悪戯』が、子供の悪戯とは訳が違うようだ。
その証拠として、今まで屋敷に入って行った少年少女達と、その後の子供達の結末をマムから教えて貰った。
……胸糞悪い。
マムは直接言葉に出さなかったが、"伍一会"と言う組織は、アキラやハクエン達の居た様な"孤児院"から子供を買っていたのだろう。そして、恐らく孤児院で目にした"薬物"は、この組織が……
正巳は、そこまで考えて、脳裏にある事を思い出していた。
――救い出して来た後、療養していたが亡くなって行った子供達の"遺骨"そして、薬物が抜け切る前の子供達の悲痛な表情。
……どれも、この"薬物"が一つの重しとして、子供達の心に圧し掛かっていた。
これから向かう場所には、その元凶たる者達がいる。
冷静な筈の正巳だったが、沸々と血が湧きたって来ているのを、感じていた。
マムに、『後どれぐらいだ?』と聞くと、『到着まで、13分と30秒,29,28……ですパパ』と回答が有ったので、それに頷いてから『俺と何人かが降りた後は、直接ホテルに飛んでくれ』と指示を出して、操縦席から立ち上がった。
――正巳が立ち去った後、操縦席に残ったヘッドホンから『……パパ、怒ってましたね』という呟きが漏れていた。
……正巳が操縦室から出ると、その変化を感じた者達に緊張が走った。
早かったのは、ボス吉だった。
次にサナが、そしてザイと三人の傭兵……基ホテルマン達が集まって来た。
……デウは、子供達の世話を焼いていて、こちらに来ない。
当の子供達は、怯えた様子で一か所に固まっている。
――が、それを気にするのは後だ。
「あるじ?」
「おにいちゃ、何かあったなの?」
ボス吉とサナが伺うような様子で、聞いて来る。
「そうだな……もう一つ、仕事が入った」
正巳がそう答えると、そこに集まった者が頷いた。
「神楽様、それで……どの様な班構成にしましょうか?」
ザイが聞いて来る。
「そうだな、俺とサナと他三人……ザイにも頼めるか?」
「……承知しました。デューとバロムは、私と共に神楽様に同行。ガウスは――」
「ああ、ガウスとデウにはこのままホテルに帰還。その後、職員への引継ぎ及び、子供達の世話をして貰いたい……既に他のメンバー、ハク爺とか子供達も帰っているだろうしな……」
ザイ以外の三人の内では、ガウスが最も現場指揮が上手い。
予め、帰還の連絡は入れている。
ガウスであれば、何かあっても上手く処理してくれるだろう。
問題なのは……
「あ……あるじ……主、我必要無い……」
激しく落ち込んでいるボス吉だ。
気持ち、毛がシナシナとして、モフモフ度が下がっている気がする。
何も言わずにボス吉を抱き上げると、ボス吉に言った。
「子供達のサポートを頼む。 ……俺にはできない仕事だ」
……気持ち、ボス吉の毛並みがモフっとなった気がする。
「よし……帰ったら、一つ願いを聞いてやる」
……毛が、モフモフモフっとなった。
「さあ、子供の支えになってくれ!」
そう言うと、『我、主、必ず!』と、片言になりながらも、元気に飛び出して行った。
……早速子供達にすり寄って行って、安心させている。
……うん。
……帰ったら、モフモフさせて貰おう。
心の中で決意を固めていたら、サナが手を引いて来た。
「……サナ?」
焼きもちを焼いたのかと思って、振り返ったら、サナはニコニコとしていた。
「お兄ちゃん、落ち着いたなの?」
その言葉にハッとして、サナと同じ目線まで屈んだ。
「ああ、不要な心配をさせたな……少なくとも、ここでするべきでは無かった」
恐らく、興奮して周囲を威圧していたのだろう。
――マムの話を聞いて、伍一会が許せなかった。
「大丈夫なの……サナがいっしょに居るから」
そう言ってくるサナを一度抱き寄せてから、『そうだな』と言った。
そして、再度ザイを含めた四人に向き直ると、大まかな情報を共有し始めた。
――8分後。
そこには、入念にストレッチを行っている一人の男がいた。
その男――ザイは、正巳からユミルの話を聞いた後、その雰囲気が変わった。
……『眠れる獅子が起きた』とでも言おうか、普段氷の様に冷静な男とは思えないほど、気合が入っている。
そんなザイの様子を見て一つ苦笑すると、正巳も準備を始めた。
……いつの間にか左腕に戻っていた、イモリを模した腕輪――"イモ吉"を、腕から外すと耳に装着する。イモ吉を耳に近づけると、自動的に通信機の形になるのだ。
イモ吉を通して通信する回線は、特殊な回線の為、通常時に使う事がほぼ無い。
イモ吉が付いていたのと反対の腕には、灰色の腕輪――ヤモ吉が付いている。
ヤモ吉は、ヤモリを模した形をしている。
ヤモ吉は主に監視を行ったり、単独で情報の収集を行ったりできる。
そして、ヤモ吉もイモ吉も、必要な時には武器になる。
殆どの場合は素手で制圧してしまうため、使う機会が未だにない。
正巳以外は、小型イヤホンを耳に装着している。
そんな風に、"準備"をしていた正巳だったが、ガウスが近づいて来たので『ホテルに付いた後の事』を再度頼んでおいた。
――その数分後、機内に鳴り響くアラームと共に、降下用ハッチが開いた。
近くに寄って来たボス吉を一度撫でると、子供達を再度頼んで下がらせた。
酸素マスク及び、パラシュート等の最終チェック後、"降下"の指示を出す。
正巳の指示に頷いた面々が、降下して行く。
……サナ、デュー、バロム、ザイの順だ。
そして、ザイが降りた直後に、闇が広がる空へと躍り出た。
――
――
そこは、闇が支配する世界。
酸素が薄く、気温も低い、一つのミスが死を招く世界。
そんな、漆黒の世界に、五つの星が流れた。
その"星"の内の一つ、ほのかに紅く染まった星があった。
その星は一人の男だった。
男はその瞳に、煌めく無数の光を映していた。
その光は、"眠らぬ国"を象徴するような光だった。
本来、富と繁栄を象徴するのであろう輝きだったが……
その光を写した男の目には別のモノに見えていた。
男には、煌めくネオンが ――"大きな闇"を隠す巨大な"舞台装飾"―― か何か、に見えて仕方ないのだった。
――
『――高度400M切ります』
一瞬思考がそれていたが、耳元の通信装置がカウントダウンを始めたので、集中し直した。
……タイミングをずらして、順番にパラシュートが開いているのが、視界の隅に確認できる。
そして……
『3,2,1――』
ガイドのタイミングに合わせて、手元のハンドルを引いた。
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