『 インパルス 』 ~宝くじで900億円当たったから、理想の国を作ることにした~

時雲

117話 岩斉保文と云う男①

『"ズッツ、パァァン!"』

 空を切る音と、鞭の先が炸裂する音が鳴る。

 ……幾度目か分からない炸裂音の後、木に繋がれた少年の体には、新たに"蛇の這ったような跡"が出来ていた。

 少年は、元々それほど良い服装はしていなかった。
 それでも、一応シャツにズボンという、"見れる格好"はしていた。

 しかし今では……
 着ていたシャツは破け、既に服としての機能を果たしていない。
 ズボンには血の跡が滲んで、まだらな模様が浮かんでいる。

 既に、何度も打たれた後なのだろう。
 体のいたる場所から血が流れている。

 そんな少年を見ながら、男は再び鞭を振り下ろした。

「この、役立たずがぁ!」

 男の振るった鞭に、少年が声を絞り出す。

「ぅぁ……かんべんぃてくら……ぃ」

 少年は、顔も鞭で打たれており、その衝撃で顔が腫れ上がっていた。

 そんな様子を見ながら岩斉保文は、昂って来るのを感じていた。

 そのほっするままに、再度鞭を振り上げた。

 が、そのタイミングで電話が鳴った。

 ……1回、2回、3回――緊急の連絡だ。

「なんだ? 折角の楽しみを邪魔したんだ。それなりの内容だろうなぁ?」

 岩斉が、そう言うと『勿論でさ、オヤジ!』と、返って来た。
 ……興奮した様子が、電話越しでも分かる。

「早く言わんかい!」

 理不尽と言う他ない岩斉の言葉に、一瞬たじろいだ様だったが、直ぐに報告がされた。

「娘に逃げられた後に、必死に捜索してたんでさぁ。そんで、その成果として娘の家が分かったんでぇ、オヤジ……」

 『どうです? やりましたよ?』と、アピールしてくる。

 しかし――

「あたりめぇだろぅ! てめぇらが失敗しなければ、こんな面倒ならなかったんだ――で、どうしてさっさと攫って来ねぇんだぁ?」

 確かに、住んでいる場所が分かったのはお手柄だ。だが、住んでいる場所が分かったのであれば、直ぐに乗り込んで攫って来れば良い筈だ。

 手下達には、それを実行するだけの力も、頭もある。

 ……電話して来た男は、腕っぷしが強い。岩斉自身、腕っぷしの強さが全てだと思っているので、重用している。が、頭を細々と動かせる人間が必要な事も分かってはいる。

 だが、その点においても問題ない。

 岩斉自身が、ここ迄のし上がれた理由の一つ"援助"の一環として、送られてきた人材が居る。その男たちの多くはチンピラだが、中には『幹部』として送られてきた者も居るのだ。

 手下達は、こんな風に一々伺いを立ててくるような者達ではない。

 何方かというと、事を済ませてから、連絡をして来る。

 自分達で"チーム"に分かれていて、其々が効率良く動いているのだ。

 岩斉が指示をしたわけでは無い。

 恐らく、組織から送られて来た者が、指示を出しているのだろう。岩斉としては、『したい事』を伝えれば後は全て済ませてくれるので、勝手が良かった。

 だからこそ、手下達が"攫って来ていない"事に、疑問が有った。

『どうして、さっさと攫って来ねぇんだ?』そう聞くと、電話主が変わった。

「変わりました。――説明させて頂きますと、"攫うタイミングが無い"からです」
「うん?! 説明して見ろ!」

 電話を替わったのは、"頭脳派"で『細目』と呼ばれている男 ――実は、実力も飛びぬけているのだが―― だった。

「はい。先ほど住処……隠れ家とでも言いましょうか――に着きました。その後、何度か侵入のタイミングを計ったのですが、住宅街で人通りが多く……何故か頻繁に警察の車両が行き来するので…………」

 内容を聞くに、確かに"タイミング"が無かったようだ。

「……分かった、お前達はそこで待機して、小娘を必ず攫ってこい!」

 そう言うと、電話の向こうから『必ず』と、返事が有った。

 その返事に満足した岩斉は、電話に出る前とは打って変わり、上機嫌になっていた。

 それも当然だろう。

 細目の男が『必ず』と言った結果、失敗した事はこれ迄無かったのだから。

 既に、結果は約束されたようなものだ。

 そんな、"優秀"な男であったが、岩斉は組織内での位置をあまり高く置いていなかった。それは、表立って言えるような理由では無かったので、密かに心にしまっていた。

 その"理由"と言うのは、岩斉とのタイプの違い(表立って言えば、『器の狭い男』と思われるだろう)と、『男に乗っ取られるかも知れない』という不安であった。

 ――細目の男は、伍一会で高い立場に立つのを目的としていなかったので、そもそもの心配が的外れではあったのだが、そんな"細目の本音"を岩斉が知る筈が無かった。

 何はともあれ、問題が片付きそうであると分かった岩斉は、上機嫌であった。

「ああ、少しやり過ぎたかもなぁ」

 そう言いながら、床に転がっている少女と、木に拘束している少年を見た。

 ……中々にそそる・・・

 再び昂って来た岩斉は、その昂りを感じながら、自分のこの趣向・・を自覚する事になった"過去"を思い出していた。

 そして――再度、目の前で息をしているかも分からない"少女"に目を向け、呟いた。

「全く、新しいのを買わないとなぁ……」

 購入した子供達・・・の最後の子が、目の前で横たわっている少女だ。

 今までは、二ヶ月に一度購入に出向いていた。

 男が子供達を買うのは、孤児院からだった。

 しかし、半年ほど前に孤児院に連絡を取ってみても、連絡がつかなかった。

 今まで、連絡が付かない事など無かった。

 孤児院の場所が分かれば、その場所まで行ったのだが、ルールとして『現地までは外を確認できない車両で行く』事になっていた。その為、所在地が分からなかったのだ。

 ……実は、既に数人分の購入代金を前払いしていた。それに、購入代金に加え、優先的に回して貰えるように、違法ドラッグも回していた。

 通常であれば、不満を吐き散らしている所だったが、この件だけは、そう言う訳には行かなかった。何せ、あの人・・・が絡んでいる。

 あの人の絡んでいる事で、無暗に批判などしたら、どうなるか分からない。

 そもそも、全て……今の自分の立場も、あの男・・・のお陰である様な物だ。



 ――きっかけは、何でもない事だった。

 岩斉は当時、まだ20代前半で、若い衆の教育係だった。

 それに対して、5歳年上の龍児は既に若頭補佐であり、周囲からの人望も厚かった。

 岩斉は教育係では有ったが、特別人望があるわけでは無かった。

 そんな"差"を感じていた岩斉は、嫉妬の心を持っていた。しかし、岩斉自身も龍児に力を貸して貰った事があり、心のどこかで『龍児なら仕方ない』と思っていた。

 弘瀬組のトップは、世襲ではない。

 弘瀬組の伝統として、後を継いだ者が改名して"弘瀬"の性を名乗るのだ。
 娘や息子、妻も父が組のトップである限りは"弘瀬"の姓を名乗る。

 当時のトップである大親分は、『病にかかっている』と噂されていた。
 しかし、内外共に『次のトップは龍児だろう』と言われていた。

 ――龍児には、それだけの器が有った。

 岩斉は、心にチクリと刺さるものを感じていたが、それでも黙っていた。

 そんなある日、客人が来た。

 何やら黒ずくめの男達を引きつれたのっぺりした顔の男だった。

『若頭で"福鬼の龍児"はいるかな?』と言って来た。

 どうやら、龍児の客人だったらしかった。

 追い返すのが通例だが、目の前の男には、無視できないオーラが有った。

 ……少しだけ興味がわいた。

 下っ端に案内させるのが普通だが、自分で案内する事にした。

 龍児の部屋まで行く間に二、三のやり取りをしたが、緊張で覚えてはいなかった。

 龍児に『お客人です』と言うと『通してくれ』と返事が有った。

 龍児の言葉に従い、男達を中に通すと、部屋の外で盗み聞きをしようとした。

 しかし、男が少し大きめの声で『この家には、大きなネズミが居ますね』と言ったので、慌てて立ち去った。

 ――その10分後、男達が出て来た。

 表情や言葉のやり取りでは、ほぼ変わりが無かったが、来た時より近寄りがたい雰囲気を放っている気がした。

 そんな男達を何度かチラチラと横目で見ていたら、のっぺり顔の男が耳打ちして来た。

 その内容は――『一時間後、外に1人で来てください。……絶対に後悔させませんよ?』と云う誘いだった。

 嫌な予感がしたが、断る訳が無かった。

 何せ、龍児の客人が、自分に声を掛けて来たのだ。

 そのまま何事も無かったかのように、男達を送り出した。

 その後、一時間はずっとのっぺり顔の男の、言った言葉の意味を考えていた。

 ――そして、一時間後。

 岩斉は、組の屋敷の外にいた。

 屋敷の外に出ても、誰もいなかった。

 『そりゃあそうか』と呟いて、折角だからコンビニに寄る事にした。

 コンビニまでの10分程度の距離を歩いていたら、大きな黒いバンが幅寄せして来た。

 頭に来た岩斉が、怒鳴ろうとしたタイミングで窓が降りて来た。

 ……そこには、先ほど龍児の客人として来た男がいた。

 ――その後、バンに乗り込んだ岩斉は、のっぺり顔の男からある質問をされた。

『組織の幹部に、果てはトップになりたくはないかい?』

 岩斉は、馬鹿げていると思ったが、一つだけ聞いてみる気になった。

「それが出来る保証は有るんですかねぇ?」

 岩斉の言葉を聞いたのっぺり顔の男は、口元を歪ませると答えた。

『勿論ですよ』

 そして、こうも続けた。

『言う通りにすれば、必ず幹部にします。……その"証拠"を、私の"力"を見せましょう』

 そう言うと、運転手に何やら指示を出し、車が動き出した。

 男は、"力"の"証拠"となる何か、を見せてくれるらしかった。

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