『 インパルス 』 ~宝くじで900億円当たったから、理想の国を作ることにした~
116話 伍一会の少年
ユミル達は、ナビの運転する車両で隠れ家に戻って来ていた。
隠れ家と云うだけあって、外見は普通の住宅と変わらない。
ただ、細かい点で、普通の家よりセキュリティがしっかりしている。
特に、電子制御管理の鋼鉄製のドア。二重サッシ構造で、少し衝撃を受けると、内部に金属製のシャッターが下りる。など、通常の家では考えられないセキュリティが備わっていた。
そして、当然駐車場もしかり。
住宅に入ると、手出しが難しいほどのセキュリティが備えられている分、入るまでが危険である。この場合、車両から住宅への移動がそれにあたる。
その為、駐車場は、倉庫型になっていた。
車両が倉庫に入ると、センサーが始動してシャッターが下りる。シャッターは特殊な金属でできている。その為、刃物で傷を付ける事は愚か、半端な熱では溶ける事も無い。
シャッターが下りてしまえば、倉庫から直接、隠れ家に入る事が出来る。
――
シャッターが下り切った事を確認したユミルは、ナビの『今日は休んで下さい』という言葉に頷いていた。
「そうですね……お嬢様には休息が必要なようですし、今日はゆっくり致します」
ユミルがそう答えると、ナビが『外出は危険です。昼食と夕食は常備品……そうですね、昼には"ミートソースパスタ"、夜には軽いモノが良いでしょうね』と返して来た。
……随分と、面倒見が良い。
ただ、それ以上に、屋内に何が有るのか把握している事に驚いた。
ユミル自身、食糧庫の細かい部分迄は、実際に確認をしていなかったのだ。
何はともあれ、綾香をベットに寝かせ無くてはいけない。後で確認する事にして、車両から隠れ家へと移動し始めたのだった。
――様子を確認していたナビ基マムは、電脳領域で『これで、イレギュラーな事態は防げますね……後は、岩斉保文と、伍一会の行動調整ですね……』と一人呟いていた。
◆
隠れ家から車で40分程の場所に、コンクリート造りの地上4階建ての建物が有った。
その建物は、敷地約2,000坪程の広い土地の中に立てられていて、建物と外の間には約3メートルほどの壁がある。
高い壁に阻まれ、中の様子を伺う事は難しい。しかし、もし上空から確認する事が出来れば、過剰なほど警備員が配置されている事が、分かっただろう。
そんな"厳重態勢"の中、一人の男がコンクリート造りの建物の最上階にいた。
男は、手に厚手の皮で作られた特注の鞭を持ち、既に何度目か分からない"振り下ろし"をしていた。
「この、役立たずがぁ!」
「ぅぁ……かんべんぃてくら……ぃ」
鞭を振るった男の前には、木に磔られた少年が居た。
この少年は、鞭うたれる様な事をしたわけでは無い。
ただ、運悪く掃除当番で、掃除の際に部屋を覗き込んでしまっただけである。
そして、運悪くその部屋の主の機嫌が悪かった、それだけである。
◆
少年の生まれ育った地域では、多少名の知れた悪ガキだった。
"不良"に憧れる時期だったのも相まって、最近、住み込みとしてヤクザの世界に『子分にして下さい!』と"直訴"しに来たのだ。
当然、対応した組員は追い返そうとしたが、運が良いか悪いか、この男と出くわしてしまった。男の名は、岩斉保文。この、伍一会のトップである。
――そもそも、適当に選んだ組が"伍一会"だったのは、運が悪かったとしか言えない。
岩斉は、少年を追い返そうとする組員に『おお、やらせてみればええじゃないか!』と言って、中に引き込んだ。"オヤジ"である岩斉に対して、モノを申す事など出来ない組員たちは受け入れる他なかった。
少年は、地元では名の知れた悪ガキでは有ったが、根は真面目であった。
ただ、幾つかの不幸とボタンの掛け違いで、素行が悪くなっていただけだった。
父親の自殺と、母親の蒸発。
これが無ければ、今も普通に学校に通っていただろう。
しかし、全ては過ぎ去った過去である。
今朝も、少年はいつもと同じように部屋を清掃して回っていた。
『4階にある"オヤジの部屋"には入るな』と、言われていた。
しかし、ほんの少しの興味が勝ってしまった。
掃除の際、4階の廊下に立ち入ってしまったのだ。
なんの不幸か、偶然か、扉が開いていた。
少年は、興味を惹かれるままに、開いた扉の隙間から覗き込んでしまった。
そこには、手足を鎖でつながれ、生きているかも分からない少女が居た。
――裸だった。
今は、冬だ。
雪が降らない地方だとは言っても、コンクリートの冷たく冷える床に、裸で居るのは寒い。
思わず、少年は中に入っていた。
――自分の服を着せようとしたのだ。
しかし、部屋の中に入ってすぐ、嫌な予感がした。
予感が誘うままに、振り返った。
……"オヤジ"、いや岩斉親分が居た。
どうやら、用を足しに出ていた様だ。
手が湿って、テカテカと光を反射させている。
咄嗟に、謝ろうとした。
『勝手に入ってすみませんでした』――と。
しかし、次の瞬間、少年は腹部への衝撃と共に襲い来る激痛に喘いでいた。
――息が出来ない程の鈍痛。
岩斉の蹴りを目で追う事は出来たが、避ける事は出来なかった。
少年は、動体視力の良い方であった。
しかし、岩斉の蹴りが鋭かったのだ。
床で蹲って呻いていると、岩斉に持ち上げられた。
――恐怖で、何か言う事など出来ない。
そのまま引きずられて行くと、木の柱がXに組まれた磔器具に四肢を、固定された。……柱に固定される前に、暴れでもすれば逃れられたのかも知れないが、恐怖で体に力が入らなかった。
そうした所で、部屋に備え付けられた"非常連絡用"電話の、呼び出し音が鳴った。
――1回、2回、3回……鳴りやまない。
この、コールには意味がある。
1回、2回、3回と三段階のコールで、非常時の場合に事の緊急度を区別しているのだ。
当然、コールが長い方が、緊急度が高い。今回、鳴りやまないと云う事は、トップに"直接報告"する何か、が起きていると云う事だった。
少年は、落ち着いて来た鈍痛から、意識を逸らす為に、オヤジの様子を伺った。
……何やら不味い事が有ったらしい。
『必ず、連れてこいといっただろうがあ!』とか『折角、学園側にも手を回したというのに、失敗するとは――』等と、怒鳴っている。
暫く怒鳴っていたと思ったら、振り向いてこちらに向かって来た。
……手には、太い紐の様なモノを持っている。
何だろう?と思っていたら、手に持った太い紐の様なモノの端を持ったまま、振りかぶった。そして――『"スパンッ!"』と言う音と共に、目の前で横たわっていた少女に、当たった。
目で追えない程の速さで、紐……いや、鞭が振るわれたのだ。
見ると、少女の肌に、赤い跡が浮かび上がって来ている。
……少女は、その肌の至る所に細いカサブタを作っていたが、どうやらそれらは全て、この鞭による傷だったらしい。
相当に痛い筈だが、少女は微かに反応を返しただけで、声を発しもしなかった。
……これが、自分が求めていた世界だったのか?
確かに、悪そうな姿に憧れていた。しかし、それらは全て"弱きを助ける存在"としての悪さであった。普段素行が悪くても、何か困っている人が居た時にそっと助ける。そんな姿を何処かで思い描いていたのだ。
……自分が、何か思い違いしていた様だと気が付いて来た。
「あ、あのオヤジ……」
「うるせぇ!」
……少年が声を掛けたにも関わらず、少女が蹴られる。
「オヤジ……そ、その子にそれ以上は――」
そう言った瞬間、岩斉が少年に顔を向けた。
少年が見ると岩斉の顔には、ニヤけた笑みが浮かんでいた。
――失敗した。
「おおぅ? なんだぁ? 親である俺に対して、物申すってか?」
岩斉が、顔を近づけて『どうなんだよぉ!?』と怒鳴って来る。
「い、いえ……そんな……」
気圧された少年が、声を絞り出す。
すると、岩斉は『だよなぁ?!』と言って、少女を横目に据え、蹴り始めた。
ただでさえ、危険な状態に見えた。
もし、これ以上の暴行を受ければ……
そう思い至ったら、黙っている事が出来なかった。
「お、オヤジ!」
岩斉が、意外そうな顔で『あん?』と言ってくる。
その顔を見て悟った。
恐らく、これは試しているのだ。
俺が、この"伍一会"と言う組織でやって行けるか、と云う。
もし、ここで何食わぬ顔をする事が出来れば、問題ないのだろう。
しかし――
「それ以上、その子に手を出すなぁ!」
――我慢など出来なかった。
しかし、もう少し言い方は有ったと思う。
一方的に、何をされるか分からない状況で、相手の気を逆撫でる様な事をするなど……もう少し、自分は頭が良いと思っていたが、そうでもなかったらしい。
少年が、岩斉に向かって言い放った瞬間、岩斉の様子が変わった。
恐らく、少年の反応を見る目的を放棄したのだろう。
目つきを鋭く変えた岩斉が、少年に向き直ると、言った。
「ええ根性じゃな、丁度良い。虫の居所が悪かったんだ。コレ、じゃあ直ぐに壊れるから、それほどめい一杯イケなかったからなぁ」
そう言うと、コレと呼んだ少女を無造作に足で脇に動かし、少年の正面に構えた。……男の手には、しっかりと握り直された鞭があった。
少年は、何が起こるか想像に難しくは無かったが、本当に分かってはいなかった。
「この役立たずどもがぁ!」
男の罵声と共に受けた鞭は、少年の皮膚を剥ぎ、鞭の先に付いていた小さな鉄の玉は、少年の骨を軋ませた。その痛みは、これ迄経験した事が無いような激痛であり、最初の一振りで少年は絶叫した。
◆
少年の"オヤジ"であった男は、少年の"絶叫"を聞きながら、先ほど受けた"報告"の事を思い出していた。
先ほど電話で受けた報告は、二週間ほど前に指示しておいた『"弘瀬綾香誘拐"が失敗に終わった』という報告の電話であった。
何やら、『外人の女教師が強くて』とか『車が勝手に動いて』等とほざいていたが、恐らく弘瀬家の雇った"護衛"で間違いないだろう。
弘瀬家の護衛と言えば、"ゲン"と呼ばれている男が有名だ。
しかし、報告に会ったのが女だった事を考えると、これ迄に何度か襲わせた際に護衛をしていた、ブロンド髪の女に間違いないだろう。
忌々しい事だ。
外で襲わせて失敗したから、学校の"隔離した部屋"を用意したというのに……
小娘に雲隠れでもされたら、この後動きが取れなくなってしまう。
何より、小娘が住んでいる場所が、特定できていない事が痛い。
見張りには、弘瀬組本家を見張らせているが、小娘……綾香が出入りしていない事は確認できている。襲撃した際も、車で逃走されて一度も触れられてすらいなかった。
バイクの追跡部隊も用意したのだが、どうやら弘瀬で雇った運転手の腕が良いらしい。途中で撒かれてしまい、住んでいる場所まで特定が出来なかった。
それらの事に対する不満が爆発し、男は鞭を振るう腕に更に力を込めた。
隠れ家と云うだけあって、外見は普通の住宅と変わらない。
ただ、細かい点で、普通の家よりセキュリティがしっかりしている。
特に、電子制御管理の鋼鉄製のドア。二重サッシ構造で、少し衝撃を受けると、内部に金属製のシャッターが下りる。など、通常の家では考えられないセキュリティが備わっていた。
そして、当然駐車場もしかり。
住宅に入ると、手出しが難しいほどのセキュリティが備えられている分、入るまでが危険である。この場合、車両から住宅への移動がそれにあたる。
その為、駐車場は、倉庫型になっていた。
車両が倉庫に入ると、センサーが始動してシャッターが下りる。シャッターは特殊な金属でできている。その為、刃物で傷を付ける事は愚か、半端な熱では溶ける事も無い。
シャッターが下りてしまえば、倉庫から直接、隠れ家に入る事が出来る。
――
シャッターが下り切った事を確認したユミルは、ナビの『今日は休んで下さい』という言葉に頷いていた。
「そうですね……お嬢様には休息が必要なようですし、今日はゆっくり致します」
ユミルがそう答えると、ナビが『外出は危険です。昼食と夕食は常備品……そうですね、昼には"ミートソースパスタ"、夜には軽いモノが良いでしょうね』と返して来た。
……随分と、面倒見が良い。
ただ、それ以上に、屋内に何が有るのか把握している事に驚いた。
ユミル自身、食糧庫の細かい部分迄は、実際に確認をしていなかったのだ。
何はともあれ、綾香をベットに寝かせ無くてはいけない。後で確認する事にして、車両から隠れ家へと移動し始めたのだった。
――様子を確認していたナビ基マムは、電脳領域で『これで、イレギュラーな事態は防げますね……後は、岩斉保文と、伍一会の行動調整ですね……』と一人呟いていた。
◆
隠れ家から車で40分程の場所に、コンクリート造りの地上4階建ての建物が有った。
その建物は、敷地約2,000坪程の広い土地の中に立てられていて、建物と外の間には約3メートルほどの壁がある。
高い壁に阻まれ、中の様子を伺う事は難しい。しかし、もし上空から確認する事が出来れば、過剰なほど警備員が配置されている事が、分かっただろう。
そんな"厳重態勢"の中、一人の男がコンクリート造りの建物の最上階にいた。
男は、手に厚手の皮で作られた特注の鞭を持ち、既に何度目か分からない"振り下ろし"をしていた。
「この、役立たずがぁ!」
「ぅぁ……かんべんぃてくら……ぃ」
鞭を振るった男の前には、木に磔られた少年が居た。
この少年は、鞭うたれる様な事をしたわけでは無い。
ただ、運悪く掃除当番で、掃除の際に部屋を覗き込んでしまっただけである。
そして、運悪くその部屋の主の機嫌が悪かった、それだけである。
◆
少年の生まれ育った地域では、多少名の知れた悪ガキだった。
"不良"に憧れる時期だったのも相まって、最近、住み込みとしてヤクザの世界に『子分にして下さい!』と"直訴"しに来たのだ。
当然、対応した組員は追い返そうとしたが、運が良いか悪いか、この男と出くわしてしまった。男の名は、岩斉保文。この、伍一会のトップである。
――そもそも、適当に選んだ組が"伍一会"だったのは、運が悪かったとしか言えない。
岩斉は、少年を追い返そうとする組員に『おお、やらせてみればええじゃないか!』と言って、中に引き込んだ。"オヤジ"である岩斉に対して、モノを申す事など出来ない組員たちは受け入れる他なかった。
少年は、地元では名の知れた悪ガキでは有ったが、根は真面目であった。
ただ、幾つかの不幸とボタンの掛け違いで、素行が悪くなっていただけだった。
父親の自殺と、母親の蒸発。
これが無ければ、今も普通に学校に通っていただろう。
しかし、全ては過ぎ去った過去である。
今朝も、少年はいつもと同じように部屋を清掃して回っていた。
『4階にある"オヤジの部屋"には入るな』と、言われていた。
しかし、ほんの少しの興味が勝ってしまった。
掃除の際、4階の廊下に立ち入ってしまったのだ。
なんの不幸か、偶然か、扉が開いていた。
少年は、興味を惹かれるままに、開いた扉の隙間から覗き込んでしまった。
そこには、手足を鎖でつながれ、生きているかも分からない少女が居た。
――裸だった。
今は、冬だ。
雪が降らない地方だとは言っても、コンクリートの冷たく冷える床に、裸で居るのは寒い。
思わず、少年は中に入っていた。
――自分の服を着せようとしたのだ。
しかし、部屋の中に入ってすぐ、嫌な予感がした。
予感が誘うままに、振り返った。
……"オヤジ"、いや岩斉親分が居た。
どうやら、用を足しに出ていた様だ。
手が湿って、テカテカと光を反射させている。
咄嗟に、謝ろうとした。
『勝手に入ってすみませんでした』――と。
しかし、次の瞬間、少年は腹部への衝撃と共に襲い来る激痛に喘いでいた。
――息が出来ない程の鈍痛。
岩斉の蹴りを目で追う事は出来たが、避ける事は出来なかった。
少年は、動体視力の良い方であった。
しかし、岩斉の蹴りが鋭かったのだ。
床で蹲って呻いていると、岩斉に持ち上げられた。
――恐怖で、何か言う事など出来ない。
そのまま引きずられて行くと、木の柱がXに組まれた磔器具に四肢を、固定された。……柱に固定される前に、暴れでもすれば逃れられたのかも知れないが、恐怖で体に力が入らなかった。
そうした所で、部屋に備え付けられた"非常連絡用"電話の、呼び出し音が鳴った。
――1回、2回、3回……鳴りやまない。
この、コールには意味がある。
1回、2回、3回と三段階のコールで、非常時の場合に事の緊急度を区別しているのだ。
当然、コールが長い方が、緊急度が高い。今回、鳴りやまないと云う事は、トップに"直接報告"する何か、が起きていると云う事だった。
少年は、落ち着いて来た鈍痛から、意識を逸らす為に、オヤジの様子を伺った。
……何やら不味い事が有ったらしい。
『必ず、連れてこいといっただろうがあ!』とか『折角、学園側にも手を回したというのに、失敗するとは――』等と、怒鳴っている。
暫く怒鳴っていたと思ったら、振り向いてこちらに向かって来た。
……手には、太い紐の様なモノを持っている。
何だろう?と思っていたら、手に持った太い紐の様なモノの端を持ったまま、振りかぶった。そして――『"スパンッ!"』と言う音と共に、目の前で横たわっていた少女に、当たった。
目で追えない程の速さで、紐……いや、鞭が振るわれたのだ。
見ると、少女の肌に、赤い跡が浮かび上がって来ている。
……少女は、その肌の至る所に細いカサブタを作っていたが、どうやらそれらは全て、この鞭による傷だったらしい。
相当に痛い筈だが、少女は微かに反応を返しただけで、声を発しもしなかった。
……これが、自分が求めていた世界だったのか?
確かに、悪そうな姿に憧れていた。しかし、それらは全て"弱きを助ける存在"としての悪さであった。普段素行が悪くても、何か困っている人が居た時にそっと助ける。そんな姿を何処かで思い描いていたのだ。
……自分が、何か思い違いしていた様だと気が付いて来た。
「あ、あのオヤジ……」
「うるせぇ!」
……少年が声を掛けたにも関わらず、少女が蹴られる。
「オヤジ……そ、その子にそれ以上は――」
そう言った瞬間、岩斉が少年に顔を向けた。
少年が見ると岩斉の顔には、ニヤけた笑みが浮かんでいた。
――失敗した。
「おおぅ? なんだぁ? 親である俺に対して、物申すってか?」
岩斉が、顔を近づけて『どうなんだよぉ!?』と怒鳴って来る。
「い、いえ……そんな……」
気圧された少年が、声を絞り出す。
すると、岩斉は『だよなぁ?!』と言って、少女を横目に据え、蹴り始めた。
ただでさえ、危険な状態に見えた。
もし、これ以上の暴行を受ければ……
そう思い至ったら、黙っている事が出来なかった。
「お、オヤジ!」
岩斉が、意外そうな顔で『あん?』と言ってくる。
その顔を見て悟った。
恐らく、これは試しているのだ。
俺が、この"伍一会"と言う組織でやって行けるか、と云う。
もし、ここで何食わぬ顔をする事が出来れば、問題ないのだろう。
しかし――
「それ以上、その子に手を出すなぁ!」
――我慢など出来なかった。
しかし、もう少し言い方は有ったと思う。
一方的に、何をされるか分からない状況で、相手の気を逆撫でる様な事をするなど……もう少し、自分は頭が良いと思っていたが、そうでもなかったらしい。
少年が、岩斉に向かって言い放った瞬間、岩斉の様子が変わった。
恐らく、少年の反応を見る目的を放棄したのだろう。
目つきを鋭く変えた岩斉が、少年に向き直ると、言った。
「ええ根性じゃな、丁度良い。虫の居所が悪かったんだ。コレ、じゃあ直ぐに壊れるから、それほどめい一杯イケなかったからなぁ」
そう言うと、コレと呼んだ少女を無造作に足で脇に動かし、少年の正面に構えた。……男の手には、しっかりと握り直された鞭があった。
少年は、何が起こるか想像に難しくは無かったが、本当に分かってはいなかった。
「この役立たずどもがぁ!」
男の罵声と共に受けた鞭は、少年の皮膚を剥ぎ、鞭の先に付いていた小さな鉄の玉は、少年の骨を軋ませた。その痛みは、これ迄経験した事が無いような激痛であり、最初の一振りで少年は絶叫した。
◆
少年の"オヤジ"であった男は、少年の"絶叫"を聞きながら、先ほど受けた"報告"の事を思い出していた。
先ほど電話で受けた報告は、二週間ほど前に指示しておいた『"弘瀬綾香誘拐"が失敗に終わった』という報告の電話であった。
何やら、『外人の女教師が強くて』とか『車が勝手に動いて』等とほざいていたが、恐らく弘瀬家の雇った"護衛"で間違いないだろう。
弘瀬家の護衛と言えば、"ゲン"と呼ばれている男が有名だ。
しかし、報告に会ったのが女だった事を考えると、これ迄に何度か襲わせた際に護衛をしていた、ブロンド髪の女に間違いないだろう。
忌々しい事だ。
外で襲わせて失敗したから、学校の"隔離した部屋"を用意したというのに……
小娘に雲隠れでもされたら、この後動きが取れなくなってしまう。
何より、小娘が住んでいる場所が、特定できていない事が痛い。
見張りには、弘瀬組本家を見張らせているが、小娘……綾香が出入りしていない事は確認できている。襲撃した際も、車で逃走されて一度も触れられてすらいなかった。
バイクの追跡部隊も用意したのだが、どうやら弘瀬で雇った運転手の腕が良いらしい。途中で撒かれてしまい、住んでいる場所まで特定が出来なかった。
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