『 インパルス 』 ~宝くじで900億円当たったから、理想の国を作ることにした~

時雲

108話 ユミル [決断]

 正巳が、離陸した機内から地上を眺めていた頃、滑走路の傍らで、正巳達の乗る"機影"を見送る姿が有った。その後ろ姿は何処か寂しげで、一瞬呟いた一言も、その心境を表すものだった。


「申し訳ありません……」


 女性は数秒間頭を下げた後、顔を上げた。それは、後で知るであろう正巳に対しての謝罪であった。恐らく『相談せずに行くなんて!』と怒るであろうから……そして、傷付くだろうから……


 顔を上げた時――その顔には、先ほど迄の寂しげな雰囲気は無かった。


 その表情は、何かを決意したかの様な表情ものに変わっていた。


「仇も、危険も取り除きます……」


 そう一人ごちると、通常通る事の出来ない筈の、電子ロック式ゲートを通って歩き出したのだった。その片腕は、相変わらず体に固定されていて、動く事は無いようだった。













 ユミルは、昨日の事を思い出していた。


 無事に正巳と再会できた時の事、それと引き換えに多くの仲間を失った事。


 そして……帰還する際に知らされた情報・・の事。


 仲間を失った事は、既に受け止めていた。


 ……仲間たちは、正巳を守る為に死んで行った。


 通常、命を懸けて任務を遂行する事は稀であり、基本的に何方かを選択しなくてはいけない場合は、依頼主では無く個々の命を優先するように。と云うのが組織の掟だ。


 しかし、この『個々の命を優先に』と云う掟にも、例外がある。
 幾つかのパターンは有るが、今回はその中の一つに当てはまった。


『自身の全てを持って任務それを遂行する事が、自身の命よりも重いと判断した場合はその限りではない』


 勿論、その判断基準は個々に委ねられている。


 ホテルは国際機関から、様々な呼ばれ方をしている。"世界大使館"なんかは最も有名な呼ばれ方だ。この部分だけを聞くと、あたかも"不干渉"の様に感じるかもしれない。


 しかし、そうではない。


 ホテルとしての目的があるのだ。


 その目的とは『世界のバランスを保つ事で、より多くの安静を得る事』である。


 より多くの幸福を目指しているのがこのホテル……"ホテル・エル・セレト"なのだ。幸福とは、其々の国や文化において定義や感じ方が異なる。その為、基本的には全ての国と中立の立場にいる事になるのだ。


 そして、ホテルの職員にとっての『より多くの幸福』は、其々の判断に任されてはいるが、ホテルが下した決定は絶対だ。もし、決定された事に従えないのであれば、ホテルを去る事になる。


 ――そして、ユミルはどうしてもホテルの決定に従う事が出来なかった。


 ホテルの決定は、『仲間の仇打ちの禁止』と『神楽一向への自発的な支援の禁止』であった。もし、これが前者のみであれば、ユミルも呑む事が出来た。


 しかし、後者はどうしても受け入れる事が出来なかったのだ。


『仲間の死が無駄死にになる』


 仲間たちが、命を懸けたのは、正巳に"その価値が有る"と信じたからだ。


 それが、ここで正巳が死にでもすれば、その行為が無駄になる。




 ――――実は、ザイとしては、わざと"依頼"とする事で、実質的な支援をしていたのだが、その場に居なかったユミルが知るはずも無かった――――




 仲間の死を無駄にしない為に、正巳達を死なせる訳には行かなかった。


 本当であれば、少なくともひと月は余裕を持って……腕を治せないか試してみて、出発したかった。しかし、そうも言ってられない状況だったのだ。


 それは、孤児院の跡地で火葬した後、車両に乗り込もうとした時だった。


 何の前触れもなく、装備していたレシーバーに連絡が入った。


『ユミルさん、情報です。神楽一向の命が危険に晒されています――』


 当然、聞き返した。


『根拠となる情報が有るのか』
『誰が命を狙っているのか』
『時間はどれくらいあるのか』


 それらに対する答えは、分かりやすかった。


『過去にも何度か狙われており、内二回拠点への放火が有った』
『狙っていると思われる組織には見当がついて居り、実行犯に関しては割り出しが済んでいる』
『時間的余裕は一週間ほどで、そこを過ぎると全てが手遅れになる可能性が高い』


 つまり、直ぐ出発し、実行犯を始末し、危険を取り除く必要がある。


 そして、その為には……ホテルを辞める必要がある。


 ホテルに在籍したまま、行動を起せば、『復讐行為を行ってはいけない』という通達に抵触する。ただ、この通達は飽くまでも"ホテルに在籍している場合の"である。


 ホテルを辞めてしまえば、この縛りからは解放される。
 ただ、ホテルを辞めた瞬間から、ホテルの権威による保護の一切が無くなる。


 よって、ホテルを辞めた時点で、ホテルの特殊権威『ホテル内においてその従業員は全ての面で保護される。もし、ホテル内において、その生命が脅かされる事態になった場合、全能力を持ってそれに対処する』……という部分の適応外になるのだ。


 ホテルの"武力"は、単純に見積もっても列強クラスだ。


 その有無は、トップしか知らないが、"核武力"も保有しているとすらされている。それに、武力におけるトップ三か国……アメリカ、ロシア、中国と協力関係にある。


 もし、ホテルに手を出せば、列強三国も相手取らなくてはいけないのだ。


 流石に、現時点でそんな国は無いだろう。


 だからこそ、ホテル内は"安全"なのだ。


 そんな、"安全"なホテルなのだが……誰とは名乗らぬ者からの情報を受け取った後、ユミルは『辞表』を出していた。


 情報の提供主は、名乗りはしなかったが、外部から"対策された"レシーバーをジャック出来る存在は、知っている限りそれ程多くは心当たりはなかった。


 そして、情報を渡す事で"利益"がある存在は、一人しか知らなかった。


 その存在は、正巳に関する事で不利益になる事は絶対にしないだろう。


 だからこそ、情報の正当性は保証されている。
 ――いや、信用するに値する。


 そんな事を思い出しながら、ユミルは予め"退職金"代わりに譲って貰った『少し変わった・・・・・・車両一式』を走らせていた。勿論向かう先は、情報にあった場所――『九州地方』である。


 先に待つのが、"死の気配"である事を肌に感じ取っていた。しかし『情報』と共に送られた、ある・・『動画』で、全ての不安を吹き飛ばし、幸せな気分になれるのであった。


 ……その動画・・には、楽しそうにして尻尾を撫でている正巳が映し出されていた。


「……私もしっぽ……」


 無意識の内に、何やら呟いていたユミルは、自動・・で走行する車両の中で、長い・・ブロンドの髪を揺らしながら、幸せそうな表情を浮かべていたのであった。……そこには、かつて"孤独"だった少女の面影はなかった。



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