『 インパルス 』 ~宝くじで900億円当たったから、理想の国を作ることにした~

時雲

100話 支度 [証拠]

 話し始める前に、デウへの『通訳』を止めるようにマムに伝えた。


 疑っているわけでは無かったが、無駄にリスクを取る必要もない。


 マムから『パパ、大丈夫です! 通訳する際に、パパ達の会話は只の日常会話に聞こえるようにしますので、そのまま話してください』と云う報告があったので、マムに頷いてから、話し始めた。


「俺達は5,6ヶ月の間訓練に出る事になりましたが、今井さんと先輩はどうしますか?」


 そう言って二人に促すと、先輩が考えるような素振りをした後で、しみじみと言った。


「……そうだよなぁ、俺は会社に戻る気になれないし、第一会社の上層がなぁ……」


 先輩に答える。


「ですね、会社の上層が腐ってる現状で戻る訳には行かないでしょうし……そもそも、俺は会社で働く云々の話では無くなりましたからね」


 俺の言葉に今井さんが頷く。


「そうだね、僕も会社には戻る気は無いよ」
「今井部長も、ですか?」


「うん。僕が会社に居たのは『親のやり残した事を済ませる』のが目的だったからね……」


 今井さんの言葉に、先輩が不思議そうに聞く。


「今井部長のご両親のやり残した事、ですか?」


 ……そう言えば、先輩にはその話をしていなかった。


「今井さん、先輩にも話しても良いかと思いますが」
「そうだね、"仲間"だしね……」


 『仲間』と呟いた今井さんは、一度息を吸い込んでから口を開いた。


「うん。それじゃあ僕の話をしようか」


 そう言って、今井さんが『自分の過去……両親と京生貿易かいしゃの話』をし始めた。




――
 しばらく静かに話を聞いていた先輩だったが、今井さんの両親が亡くなったという部分で、奥歯を噛みしめていた。


「……と云うのが切っ掛けで僕は京生貿易で働いていたんだ」


 今井さんが話し終えると、先輩はきつく閉じていた口を開いた。


「それは、辛かったでしょう……これからは俺もご一緒しても良いですか? ……流石に死にかける前に『奴隷』とか『陰謀』とかいった話を聞いていたら、信じられたか分かりませんが、既に自分の目で見て事実と知っていますからね」


 『どうかしてますよ、ほんと』と言った先輩に、今井さんが『本当に、どうかしているよね……まぁ、どうかしているのは僕らもだけどね』と言って、先輩に『改めてよろしく』と言っていた。


 今井さんと先輩の話を聞いていた正巳だったが、ふと気になった事が有った。


「そう言えば、シンガポールで掴まった岡本部長はどうなたんですか?」


 今井さんと、一か月の間にあった事を話す前に、宴会が有った。
 その為、一か月で起こった出来事を知らない。


 それを聞こうとしたのだが、先輩が反応した。


「え、『岡本部長が捕まった』ってどういう事なんだ、正巳?」
「あ、そう言えば先輩には話していませんでしたね……」


 そう言って、今井さんに目を向けると、『僕が話すよ』と言って事の経緯を話し始めた。


 ……俺も今井さん視点で『岡本部長の乱暴』を聞くのは初めてだったので、集中して聞いていた。そして、今井さんが話し終えると、俺も先輩も胸の奥から沸々と湧き上がって来る"苛立ち"に我慢が出来なくなっていた。


「……正巳、岡本はどうなってる」
「先輩……」


 一瞬、先輩の怒気に我に返った。


「……それで、マム?」


 俺に聞かれても、岡本部長の現状を知るはずも無い。
 ここで知っている可能性が有るとすれば、マムしかいないだろう。
 そして、予想通りの答えをマムが返して来た。


「はい、パパ! オカモトは現在ホテル管理課の元、"再教育"されています……ホテルの再教育のデータを見るに、結果に期待して良いかと思います」


「なるほど、生きているんだな……」


「はい。一応京生貿易の役員であり、実質的な支配者ですので……使い道は有るかと思います」


 『どう使いますか?』と聞いて来るマムに対して、正巳達はしばらく声を出せないでいた。


 数秒が経過したところで、ようやく思考が追い付いて来た。


「えっと、それはつまり、今井さんの仇は見つかったって事なんじゃ……」


「そういうことなかも知れないねぇ……」


「そうだな……」


 三人揃って首を傾げながら、『ホントにこんな感じで見つかるものなのか?』と戸惑っていた。


 が、そんな俺達の事を尻目に、マムが証拠となる資料を次々とパネルに表示していく。


 ……どの資料を見ても、それ・・が決して"表に出るはずのない資料"と分かる。


 何せ、それらの資料には『極秘』とか『取引契約書』などと記載されていて、その判は複数の社印が押されていたのだから。


 極めつけは、大臣の押印のある書類だろう。


「……おいおい、全部本物だぞ?」


 そう言って、先輩が頭を抱えている。


 業務において、政府との取引資料を確認した事が有るのだろう。


「ヤバイのは最初からですよ、先輩」


 そもそも、"会社内で拉致されて、目覚めた時点でデスゲームに参加していた"以上のヤバい事は、そうそう無いと思うのだが……


 俺の言葉に『それはそうなんだが、こう云う資料を目にすると現実味が有ると言うか』そう言って、焦っていた。


 ……丁寧に、端から順番に確認しているのは、癖なのだろう。


 先輩の仕事の特徴は"完璧"……つまり、ほぼ漏れ・・が無いのだ。


 その為には、半端ではない量をこなすのが必須なのだが、先輩は当たり前のようにそれをする。


 だからこそ、教える際も"鬼"なのだが……


 辛かった事を思い出しそうになりながら、先輩に声をかけた。


「先輩、仕事じゃないんで完璧に把握しなくても大丈夫ですよ」


「……ああ、そうなんだが。こう、中途半端なのは我慢できなくてな」


 そう言って、先輩は確認を続けている。


 一先ず、気の済むまで放って置くことにして、今井さんに向き直った。


「……今井さん?」


 目を閉じていた今井さんに声を掛けると、ゆっくりと目と開けた。


両親おやが知りたかった事がここに有ると思うと、感慨深いものがあってね。……ううん。まだ終わってないんだけどね、未だ膿は出し切っていないし、国の中枢には腐った奴が未だに我が物顔をしてるし……」


「そうですね。ただ、今回の孤児院の件も、京生貿易の過去の件も共に『人身売買』でした。恐らく繋がっているでしょう」


「うん。今回"施設から出てきた資料"がここに出ているけど、この資料のお陰で進みそうだね」


 ……知らなかった。


 俺が、孤児院で探していた資料情報は、ホテル側が回収して、こちらに渡してくれていたらしい。


「俺達が訓練に出ている間に、所有者オーナーについて、有益な情報が得られていると思います」


 『そうだよな?』と聞くと、マムは胸を張って『はい、パパ!』と答えた。


 そんなマムの機体あたまを撫でながら、一息ついたらしい先輩に声を掛けた。


「先輩、どうでした?」


「ああ、偽造できない署名類も確認できるし、この内容を精査した結果から、岡本部長は完全にクロだな。それで、どうするんだ?」


 先輩が、真面目な顔をして聞いて来る。


「『どうする』ですか?」
「ああ、この資料を使えば、京生貿易と云う会社に壊滅的な打撃を加えられるだろう」


「その場合、会社は?」
「まあ、解体若しくは政府の管理下に入るだろうな。会社の規模から考えて、"倒産"はしないだろう」


 ……まあ、そうだろうな。


「そうなると、政府にも影響が有りそうですね」
「ああ、この資料の重要な箇所……『国有地売却』と『補助金の支給』には国の機関が関わっていて、印を押しているのは大臣だからな」


 もし、現在の政府に混乱が入ったら……


「現状で政府を弱らせるのは不味いですよね」
「……まあ、責任を取るのは首相だろうしな」


 現在、この国は国際的な面から見て、非常に微妙な立場にある。


 いつ侵略が起きても可笑しくはない。


 『侵略』とは、何も領土的な"侵略"が全てではない。利権が関わる事全てに、"侵略"の危険が有るのだ。


 その侵略に対抗するには、政治が機能していなくては話にならない。


 伊達に世界的企業で働いていた訳ではない。
 京生貿易は、世界各国の企業を相手にモノを売り買いする会社なのだ。


 必然的に、世界情勢にも詳しくなる。


「今首相が変わると……マム、現状での首相候補を上げてくれ」


 俺がそう言うと、マムが『はい、パパ!』と言って、パネル上に情報を出力し始めた。


 マムが表示した情報を見て、繋がった。


「……この男か」


「正巳君、こいつはお父さんが記事にしようとした……」


 そこには、何度か目にしていた男の名が有った。


道尊寺どうそんじ重三じゅうぞう……今は大臣でしたか」


「……そうだな。確か、首相と対になる程大きな"派閥"を持っていた筈だ」


 ……道尊寺重三、かつて京生貿易と並んでネット上で『人身売買』をしていると噂された議員。


 現在は、その派閥の大きさから無視する事が出来ずに、首相が大臣の一人として起用している。


「この男が、首相になる確率がトップですか……」
「そのようだね、単独での確率が42%ある。この男の派閥の候補者を合わせると、62%だね」


「正巳、これは不味いんじゃないか?」
「……そうですね。今京生貿易に打撃を加えると、結果的に相手の利益になりそうです」


 それに……


「マム、この男が"所有者オーナー"と見て、裏付ける情報を探すのが良いだろう」


 それを証明する資料は無い。
 しかし、感のようなものが言っていた。


 『道尊寺重三コイツが、政治的力を持つ所有者オーナーの一人だ』と。


 所有者オーナーは主要メンバーが三人いる。


「……となると、後は『物流』と『人脈』か?」
「はい、パパ。恐らくそうですが……『物流』に関しては『政治』と同じで、裏付けのみとなっています」


「まあ、恐らく『物流』は岡本以外に居ないだろうね」


 『そうだろう? マム』と言って、今井さんが悔しそうにしている。


「……今井さん?」
「ああ、いや……長年探していた奴が、近くに居たと考えるとね」


 そう言って、ため息を付いている。


「まあ、ともかくマムには、二人の情報による裏付けと、残り一人の情報収集をして貰う事になるな……それと、道尊寺重三についてもだな」


 そう言った正巳に、マムが答える。


「分かりました、パパ! あと、身ぐるみを剥ぐ"鈴屋"もですよね!」


 そう言って、頭をこちらに寄せて来た。


 『頑張るから撫でてご褒美』もしくは『頑張ったから撫でてご褒美』の何方かだろう。


 ……少し考察をしていたら、ご褒美はお預けと思ったのか、マムが残念そうに見て来た。これはこれで可愛いが……


「ありがとうな、いつも助かってるぞ~」


 そう言って、マムの頭をグリグリと撫で上げた。
 普段よりも多めに撫でて、ついでに頬擦りしておく。


 ……(今は子供の見た目だし、セーフだよね?)


 しばらくそうして居たのだが、先輩が思い出したように言った。


「そう言えば、子供達含めて俺も、このままこのホテルに居るのか?」


「え?」


「いや、ここは環境が良すぎてな……子供の為に良くない気がするんだ」


 ……そう言えば、先輩には『年の離れた妹が居て、小さい頃は面倒を見ていた』と言っていた。恐らく、その経験から子供の"心の成長"を心配をしているのだろう。


「……確かにそうですね。それじゃあ、新しい家を探しましょうか」


 そう言うと、俺達の新居探しが始まった。










 ――すっかり『新居』の事に頭が行っていた正巳達一同は、『伍一会』について共有するのを忘れていた。この"伍一会"が、後々多くの問題を持ってくることになるのだが……そんな事を、今の正巳達が知るはずも無いのだった。

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